医療 MEDICAL

VRと外骨格ロボによる革新的リハビリ。その驚きの効果とは!?

岸 由利子 | Yuriko Kishi

13年間、下半身にまひを抱えていた32歳の女性をはじめ、8人のブラジルの下肢まひ患者が、革新的なリハビリによって、異例の効果を得ていることが、英科学誌・サイエンティフィック・リポーツで報告された(2016年8月9日)。

リハビリに使われたのは、VR(仮想現実)と、脳でコントロールする外骨格ロボット。医学的にリハビリが不可能だとされていた8人の患者に対し、最先端テクノロジーを組み合わせるという斬新なリハビリ研究を行ったのは、神経科学者であり、ブレイン・マシン・インターフェース(BMI)の世界的権威、米デューク大学のミゲル・ニコレリス教授率いる研究チーム。

この研究は、ブラジル政府の障がい者支援事業「WAP(ウォーク・アゲイン・プロジェクト)」の一環として行われた。サイエンティフィック・リポーツに掲載されたのは、28ヶ月間(2016年8月時点)かけて進行中の研究において、初期の研究結果で、WAPとしては、初めて公表した臨床論文である。

「我々の患者のように、3~13年もの長い間、下半身まひの状態でいると、脳は、自分の体に足がある感覚や、歩くという概念そのものを忘れはじめます」とニコレリス教授は話す。

それらの記憶を患者の脳から誘発するために、まず行われたのが、VR機器「オキュラスリフト」と、感覚を送ることができる特殊な長袖シャツを使ったリハビリ。患者の頭には、脳波を読み取る装置を付け、“歩く想像”を繰り返し膨らませてもらう。と同時に、オキュラスリフトのVR上には、患者の思考によって自由に動かすことができるアバター(化身)と、歩くことで見えてくる周りの景色が映し出される。

VR上に映し出されるのは、芝生や砂地などの映像。“長袖シャツ”は、それら地面のリアルな感触に近い感覚を患者に送る。すると脳は、自分の足で得た感覚だと錯覚して解釈する。「感触を与えなければ、リアルな感覚を生み出すことはできないのです」とニコレリス教授が言うように、患者の体感を通じて、歩くことを再び脳に覚えさせていくのだ。

VR上で、自分のアバターをコントロールできるようになると、今度は、脳で制御する外骨格ロボットを使って、足を動かすリハビリが行われた。

約1年間かけて行われたリハビリ研究の結果、8人の患者すべてにおいて、足の一部の感覚と筋肉をコントロールする力が戻り、中には運動能力の回復がみられた人もいた。相互作用を持つ複数の刺激を与えることが、下肢にわずかに残っていた神経を目覚めさせる手立てになったのだ。

さらに、このリハビリは、膀胱や腸など、患者の臓器の働きを助長することにも役立っている。緩下剤やカテーテルに頼る人を減少させる上でも、感染症のリスクを減らすという意味でも、今回の成果は画期的な進展といえる。

「今後も、可能なかぎり経過観察していきたい」とニコレリス教授は話す。今回採用されたVR技術とハプティクス(触覚技術)は、医療機関にとって、手の届かないシステムではない。これに似たリハビリが、広く適用される日は近いはずだ。

[TOP動画引用元]https://www.youtube.com/watch?v=jgEXpWDc1Go&feature=youtu.be

(text: 岸 由利子 | Yuriko Kishi)

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“脳卒中が治る”未来を描く、リハビリテーション神経科学の可能性【the innovator】前編

長谷川茂雄

慶應義塾大学理工学部でのBMI(ブレイン・マシン・インターフェース)研究を経て、“リハビリテーション神経科学”という新たなサイエンスを打ち出した牛場潤一氏。「脳の機能は、一度でも深刻なダメージを受けると回復できない」という医学界では当たり前の概念を、自ら覆そうとしている同氏は、“医”と“工”の壁を取り払い、そこを行き来することで、「脳卒中による身体の麻痺が治る未来が見えてきた」と語る。それは異端が思い描いた幻想などではない。純粋な探究心と行動力、ユニークな発想が実を結び不可能を可能にしつつあるのだ。その現状を知るべく、まるでバーが併設したアート展示空間のような牛場氏の研究室を訪ねた。

小学生のときに抱いた
AIへの興味がすべての始まり

牛場氏の研究室には、バーカウンターが併設してある。ここは牛場ならぬ通称“ウシバー”。グラスを傾けながら学生とディスカッションすることもしばしば。とても理工学部の研究室には見えない。

脳科学が身近に感じられるようになった近年。BMI(ブレイン・マシン・インターフェース)という言葉もよく耳にするようになった。脳にダメージを受けた人が、自らの脳波を信号に変えてデバイスを自由に動かす。ひと昔前ならSFで描かれたようなテクノロジーが、もはや当たり前になりつつある。

そんなBMI研究の第一人者である牛場潤一氏は、慶應義塾大学理工学部に籍を置きながら、脳の本質を理解すべく学生の頃から医局に頻繁に出入りし、医学の知識を深めるとともに独自の研究スタイルを確立させてきた。まさにの二刀流といえるのかもしれない。

「もとを辿れば、小学生の頃にAIの研究をしている理工学部の大学院生に、プログラムを教えてもらったことがきっかけでした。それから僕は人間の知能とはパソコン上に実装できるのか? そんなことを考えるようになったんですね。ちょっと早熟だったかもしれません(笑)。でもAIのしくみは、実際の人間の脳とは違う。そう思うようになってから、今度は、生理学とか医学の勉強をし始めたんです」

目指すべきは
行き来できる知識と技術の習得

研究室のいたるところに、牛場氏が書いたこの空間の目的やヴィジョン、哲学などが展示してある。インスタレーションのように、来訪者のために特別にディスプレーすることもあるという。

小学校のときには、もうすでにロールプレイングゲームを自分で作り、中学校、高校時代も、人間の知能はどうすればパソコンという魔法の箱に組み込むことができるのか? そんな近未来的な技術の探求に没頭したという。そこから人間の脳そのものに興味を持ったとき、祖父が脳卒中を発症。会話ができなくなり、人格も変わってしまった。

「やっぱり脳って、(人間の)すべてのコントローラーそのものなので、そこに病気があると、本人も周囲の人間もこんなに苦しむのだと実感しました。だから、脳の本質を理解することができたら、祖父のように脳の病気で苦しんでいる人たちに福音をもたらすような技術が作れるのではないか? そのために医学のことを一度しっかりやって、それを自分が好きで追い求めてきた理工学の分野に活かそうと。そういう道筋は、自分にしかできないのではないかと思うようになったんです」

祖父の脳卒中も転機となり、牛場氏は理工学と医学の世界を行き来できる、ハイブリッドな知識と技術を習得したいと考えるようになった。それが現在の研究スタイルの土台にもなっている。

「医学も深く知りたかったのですが、残念ながら医学部に入れるほど頭が良くなくて(笑)。結局、理工学部に入って、なるべく医学に近い研究室に潜り込もうと、いろいろ工夫したんですよ。医学部の授業も履修して単位振替をしたり、ツテを辿って医学部のリハビリ科出入りさせてもらえるようにしたり。医局に席をもらって、医局員の人たちと机を並べて研究ができるようにもしていただきました。それは今でも感謝しています」

かくして理工学部生でありながら医局に入り浸るようになった牛場氏。あいつは医者だっけ?と周囲から言われるぐらいに溶け込もうと努力し、そうこうしているうちに、ドクターから、入局した新人が受ける解剖学の試験を受けてみろと言われたという。

「これはチャンスだと思いました。それで猛勉強をして、その年に受験した人のなかでトップの成績を取ったんです。そしたら周囲からこいつは本気だ!と認められて、なんとか仲間に入れてもらえたんですよ。それからは、現役のドクターにいろんな楽屋話を聞いたり、疑問があれば質問したりしながら医学的知識と医療現場の認識を深めていきました。でもドクターが診療をしている平日の日中は、理工学部に戻って電気回路やプログラミングを学ぶというライフスタイルを続けて。そんな学生時代で得られたのは、医療に使える技術だけを追い求めても、患者さん一人一人のヒストリーや現場の様々な泥臭いことと向き合わなければ、フェイクでしかないということでした」

生物本来が持っている力で
脳の機能も回復するはずだ

研究室のソファ周辺には、牛のオブジェやチェアが。学術的な雰囲気と最新のテクノロジー、牛場氏の遊び心の詰まったユニークな空間だ。

自分がのめり込んできた理工学的な技術と、医局や現役ドクターから見聞きする医療のリアル。それを結びつけるのは、教科書や座学で得られる知識だけではないと痛感した。そしてを深く掘り下げて初めて見えてきたのは、リハビリテーション神経科学という新しいサイエンスの形だった。それが、牛場流BMI研究へと繋がっている。ハイブリッドな知識と技術を、セオリーだけで成り立たない医療現場に生かす。それは常識を打ち破る挑戦でもあった。

「自分は、そんな流れを経てBMIの研究をしてきたわけですが、注目したのは、脳のやわらかさ、つまり可塑性なんですね。ノーベル生理学・医学賞を受賞したラモン・イ・カハールが言うように、神経は一度切れたら再生しないと長らく信じられてきました。だから脳卒中の患者さんは麻痺が一生残るし、治療介入しても治らないとされていますが、脳の中には損傷をまぬがれた、健康な状態の神経がまだ残っています。自分はテクノロジーをうまく使って、そういった脳部位が本来持っている治る力を引き出そうと考えたんです。そういう設計のデバイスを作れば、患者さんの脳のなかに残された書き換わる力が働くはずだと」

まさに医学と理工学、そのどちらか一方を追求しただけでは得られない牛場氏ならではの視点。それは、あたかも医工連携を一人で実践しているような印象さえ受ける。

手に持っているのが脳波を検出して脳内の運動情報を読み取るBMI。

「僕自身は、医工連携という言葉は、あまり好きではありません。脳や人間を治そうとしたときに、その性質や特性にフィットするテクノロジーをデザインすることで価値を生み出す。それは当たり前のことだと思うんです。医の側はこれをやって、工の側はこっちをやりますというような分業制ではなく、本来は一体的なものであるはずなんです。自分の専門がリハビリテーション神経科学という言い方をしているのには、それを標榜する意図もあるんですよ」

後編へつづく

牛場潤一(うしば・じゅんいち)
1978年、東京生まれ。慶應義塾大学理工学部生命情報学科准教授。2004年に博士(工学)を取得し、同年から慶應義塾大学理工学部生命情報学科に助手としてキャリアをスタートさせる。専門は、リハビリテーション神経科学。2008年よりBMI研究を開始し、理工学部からの新たな神経医療の創造を目指している。芸術や音楽への造詣も深く、学生時代はファンクバンドやジャズバンドでトランペットを担当していた。祖父は、慶應義塾大学医学部第8代医学部長の牛場大蔵氏、父は、應義塾大学名誉教授でフランス文学者の牛場暁夫氏。
http://www.brain.bio.keio.ac.jp/

(text: 長谷川茂雄)

(photo: 河村香奈子)

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