対談 CONVERSATION

センシング技術と即自的インターフェースが導く未来「ORPHE TRACK」開発者・菊川裕也が見る夢 後編

吉田直子

履くだけで自分のフォームや歩き方が分析できるウェアラブルシューズ「ORPHE TRACK」。前編では、楽器のもつ「即自的フィードバック」をスマートウェア開発につなげるという、菊川氏のユニークな発想を伺った。後編では、「ORPHE TRACK」で蓄積されたノウハウやデータを、今後どう生かしていきたいかを聞く。リハビリや医療の分野にもかかわりが深い編集長・杉原が、技術革新が可能にする医療・福祉の未来を、菊川氏と共に語る。

「走る」「歩く」のセンシングが
医療につながる

杉原:今現在は、首都大学東京に入った時からの考え方やビジョンを受け継ぎつつ、企業ブランディングもきちんとやりつつ、次のステージに行っている感じですか?

菊川:まさにそうじゃないでしょうか。最初の2、3年は、まず「ORPHE ONE」というものを作りながら、会社のあり方を試行錯誤していて、コラボもたくさんやっていました。あとは同じセンサーをハイヒールにとりつけて、歩行の指導をやってもらったりしています。これは、(RDSの)陸上トラック競技用の車イスの取り組みに近いですね。

杉原:そうですね。僕ら、いま手を組んでいるのがリハビリのチームなんです。「歩く」という行為は、例えばそれを見ることで特定の病状などもわかりやすくなるので、医療にもつながりますよね。でも、それには、その人の歩き方を常に理解するセンシングも必要です。それは靴だよね、みたいな話はexiii design 代表で、RDSのプロダクトデザイナーの小西哲哉(http://hero-x.jp/article/8714/)ともしていました。

菊川:そういうことに取り組まれていたらわかると思うのですが、例えば認知症のかたが、歩幅が狭くなったり、歩行速度が遅くなったり、足が上がりにくくなったりすることが、骨格的な問題で起こっているのか、認知的な問題で起こっているのかを切り離すのは結構複雑ですよね。転倒した時のデータがあっても、「この人は歩行速度がいくつだから、認知症です」みたいなジャッジはおそらく難しくて、その人の日常生活のデータなど、色々なデータを組み合わせた中で、予測ができるようになるのかなと思うんです。

杉原:まさにその通りだと思います。ブロックチェーンではないけれど、様々なIoTが入ってデータバンキングしながら、病気などを予測する動きは、たぶん次のビジネスとして来るのではないかと思いますね。

専用センサーをソールに入れるだけで、ランのデータをスマートフォンに飛ばせる。着地の瞬間はサイドのLEDが光って通知してくれる

転倒のタイミングを
靴で知らせることはできる?

杉原:医療という面では、転倒を防止すれば、日本の医療費の多くは削減できるといわれているそうです。

菊川:医療費は40兆円とかですよね。

杉原:要は、高齢者が自分の歩き方が変わっていることに気づかない。それで、転倒して骨折すると動かなくなるので、認知症が始まっていく。だけど、靴の中にセンシングがあって、家族に「そろそろ歩行をトレーニングする必要がありますよ」とウォーニングするようなものができると、かなり日本の、というか、世界の医療費も下がるだろうというのを、僕は「ORPHE TRACK」を見ながら考えているんです。

菊川:うちの場合はセンシングできるというのと、その時、常に身に着けているというのがセットになっているのが強みですね。高齢者でも靴は履くはずなので。振動モーターとかも入っているので、危ないという時に予知できるなら、ちょっと前に教えてあげるとか。例えば高齢者は爪先があがらなくなったら転倒しやすくなっているというのはすでに知られていますが、そこで「転倒しやすいから外には出ないで」と言ったら、結局寝たきりになるので、逆効果ですよね。だから、たぶん、本当に直前に教えてあげることができなかったら、あまり変えられないと思っています。

杉原:倫理的な問題を一回置いておいて、「ちょっと足が上がってないぞ」「少しは上げる準備をしておいてください」というアドバイス、コーチングがあると面白いですよね。

菊川:もちろん、あるといいと思いますね。ただ、僕が勝手に思っていることは、ランナーでも歩く人でも、「こうしてください」と言われても、なかなか出来ない。そこを、音や振動や光で、自然とそうなるようにしてあげたい。だから、もしこけやすい歩き方をしている人だったら、アプリケーションを通じて楽しんでいるうちに、こけづらくなるというのをやりたいんです。変化を人間側に求めない。テクノロジー側が人間を変えていくようにすればいいと思っています。

杉原:それ、すごくよくわかります。僕らは、もともと車イスをやっている業界ではないので、モビリティをやっている時に「この時代なのに、どうして人間がモノに合わせるのか?」と思う時があるんです。

菊川:それは、たぶん日本人が苦手なところだと思います。ガマンをして、モノに合わせてしまう。うちのアンバサダーをしてくれているランナーが、アプリを使って着地とかを見ながら2カ月くらい走ったら、相当なミットフットの技術を習得したんですね。そもそもフォームを変えられたこと自体がすごいですし、変わったということを簡単に証明できるのが面白い。今まではなかなか伝えられなかったことが伝えられるから、自分にとっても他人にとってもわかりやすくなる。

杉原:こんなに簡単にレジリエンスが出ちゃうのが、すごいですよね。

菊川:そうです。100万人の高齢者が履いていてくれて、転倒のことを研究すれば、「こけにくさ」というのも、社会的にすぐ実験できたり、証明できたりするのではないかと思っています。

予防医療の経済効果を
可視化していくことの意義

杉原:今はアシックスと組んでいるんですか?

菊川:ええ。現在お見せしている「ORPHE TRACK」」は自社オリジナルで作ったランニングシューズですが、これとは別にアシックスのシュ-ズの中にうちのセンサーが入るものを開発中です。

杉原:今後、企業として、「歩く」「履く」「動く」以外にセンシングの技術でやりたいことはありますか?

菊川:構靴にはこだわっていますね。僕がやりたいのは、本当にただ「靴を履く」という行為自体に意味付けをすることです。「歩く」「走る」という根源的なところが楽しくなることで人を変えたいので、ウェアラブルでプラスワンをしたくないんです。それが出来るのってたぶん、靴を含めて、本当に限られたアイテムしかないです。もともとは靴自体が、裸足だと歩けなかった領域を歩けるようにしたり、疲れにくくしたりするためのものです。最近も靴によってタイムが短縮されたりしていて、 そもそも“最小の乗り物で人間を拡張する“ということが、靴に含まれている。その面白さに、全然飽きないんです。

杉原:未来の靴はどうなっていくと思いますか?

菊川:ひとつ思っているのは、さっきも言ったように、今は靴に対して人間が合わせている状態に近いですよね。それが、靴と歩き方の因果関係が全部データで結べるようになったら、靴やインソー     ルを正しく選んでいる限りは、歩きに関する悩みはなくなっていく。そういう方向性にはいくだろうなとは思っています。

杉原:今まではそこを検証しようがなかったから、大量生産されていた。それが今、パーソナライズできるようになっている。僕の中の見解としては、ユニバーサルデザインの定義が変わっていき、個人所有を目的とした物作りやプロダクトが主流になると感じています。「HERO X」などを通じて色々な人とお会いしていると、みなさん、ほぼ同じことを言うんです。みんなそこに行きつくとしたら、その未来ってめちゃくちゃ楽しそうだなと。僕も自分に合った靴が欲しいですね。ただ、「自分に合った」というのが一体なんなのかというのが、次の議論になっていくと思います。

菊川:そこの証明をするためのデータだと思います。ただ、数種類のシューズの中に、僕らのセンサーを入れ替えられるようにした時、同じ人でも靴によってタイムが変わってくれば、やりたい走りに合わせて靴を選べます。しかも、そのデータは靴メーカーに返ってくるので、メーカー側も確実に効果を与える製品を作っていくようになる。本当に近い未来に、そういうループが回っていくのではないかという感覚はありますね。

杉原:今まで、有名なランナーが履いていることを広告して購買意欲を促していたものが、インソールを含めて、これが正しいんだよとコーチングしてあげられる。そのワンパッケージは、確かに新しいけれど、本来あるべきだったものがやっと追いついてきた感覚に近いですね。

菊川:そうですね。あとは、杉原さんも同じだと思うのですが、やりたいなと思っているのは、予防医療の経済効果を今の時点で評価できるようにすることです。というのは、医療費はみんなで負担しているけれど、予防医療のために買うものは100%自己負担ですよね。その状態のままだと、予防医療の段階で防ぐことが難しいのではないかと思うんです。だから、データをみんなが活用できる形にしておけば、それこそ「転倒をしやすくなっていますよ」というのを止めにかかる何かができるんじゃないかと。

杉原:予防医療を推進するには、データをバンキングしていって、自分にメリットがあると明確に見せていくことが大事ですよね。今回、菊川さんのプラットフォームを見ていて、めちゃくちゃ面白いと思ったのは、そこもあります。僕らもオリパラを契機に、次の世代にどう新しい絵をもっていけるかは、すごく考えていますね。

前編はこちら

菊川裕也(きくかわ・ゆうや)
1985年、鳥取県出身。一橋大学 商学部 経営学科を卒業後、首都大学東京大学院芸術工学研究科に進学。音楽演奏用のインターフェース研究・開発を行う。視覚的インターフェース「PocoPoco」が、アジアデジタルアート大賞優秀賞を受賞。その後、スマートシューズ「ORPHE ONE」を開発し、2014年10月にno new folk studioを設立。クラウドファンディングでの資金調達に成功し、「ORPHE ONE」を量産化する。2019年7月にランナー向けシューズ「ORPHE TRACK」を発売。

(text: 吉田直子)

(photo: 壬生マリコ)

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目指すはAIの民主化。低コストAIで企業を応援したい

小泉恵里

なんとなく理解しているようで、理解していないワード、“AI”。AIをビジネスに導入しようと考えても、莫大な投資だけでなく、何をAI化するか・できるか、導入後の運用などAI導入の障壁は大きいように思われる。そんなAIの壁に一石を投じるのがトルフテクノロジーズ株式会社(以下、トルフ)だ。同社は、様々な企業に実用的なAIプロダクトの提供と、技術を生かしたコンサルティングを手がけている。さらに採用に特化した自社プロダクト「トルフAI」でも注目を集めている。「AIの民主化」を目指すCEO 高橋雄介氏、COO 川原洋佑氏、CTO 細川馨氏にお話を伺った。

プロダクト思考の専門家集団
だからできる、AIの民主化

企業の事業モデルをデジタルで変革する「デジタルトランスフォーメーション(DX)」が、コロナ禍でますます加速している。リモートワークやオンライン診断、B to Bマーケティングの分野でもイノベーションが進み、特にAI(人工知能)の活用が事業発展のために必須になるだろうと予測されている。ところが、AIなどの先端ITを活用したデジタル事業をどう立ち上げるか、推進組織をどのように構築するか、莫大なコストがかかるのではないか、と多くの企業が二の足を踏んでいるのが現実だ。

AIに対する敷居は高まり、特に中小企業や飲食店などスモールビジネスを展開する事業者にとって、AIの導入・活用は難しい状況にある。そこで、誰もが気軽にAIを!と「AIの民主化」を目指すトルフが昨今注目を浴びている。社名のトルフに込めた意味をCEO 高橋氏はこう語る。

「トリュフ(弊社では「トルフ」と呼んでいます)は、美味しいのに高価でなかなか手に届きにくい食材です。AIを含むテクノロジーも同様で、開発・導入・運用のコストや専門的な知識・スキルが要求されるため、その費用を負担できる大企業以外には手の届きにくいものとなっています。弊社では、高度な専門知識やスキルを背景に、手の届きにくかったAIやテクノロジーを、飲食店や小売店、中小企業を含む多くの皆様に活用いただきたいという想いがあり、これを、“美味しいトルフをより多くの皆さんの手元に”という意味を込めて表現しています。これは尊敬する友人が同じ名前でベーカリーを作ったストーリに着想を得てつけた名前です。」

シリコンバレーで起業経験のある高橋氏を中心とした天才頭脳メンバーが集い、AIプロダクトと活用法を提供していることがトルフテクノロジーズの強みだ。

「我々の強みは、高速でAIプロダクト化を可能にするチーム力です。社内にはAIをはじめ、データ工学・データマイニング・プログラミング言語・消費者行動心理学・UXデザイン等の専門家やボットのシナリオライター等、博士号取得者が在籍しています。研究だけにとどまらず、クライアントの課題を明らかにし、解決策を導き出し、社会の中できちんと機能し役立つプロダクトに完成させることに情熱を持っています」

お客様のニーズを製品に落とし込んでプロダクトにする、起業家的なマインドを持ったメンバーだからこそ、実用的なAIプロダクトを生み出せているのだ。

「また、弊社はAIを本筋としたコンサルティングを強みとしており、多様な領域に対してAI導入をサポートできる点も特徴だと言えます。AIチャットボットの基礎技術を多様なニーズに展開することで、企業の成長を目指しています」

誰もがAI技術の中で
快適に暮らす未来のために

AIプロダクト化だけでなく、技術的な観点から経営を支援するレンタルCTO(技術支援)事業も手がける同社。何をAI化するといいか、そのためにはどのようなプロダクトが必要か、などAI専門家の視点から経営効率化のサポートを行っている。さらに「リーンスタートアップ」という開発手法を取り入れることで、本来であれば莫大にかかる初期投資費用を低コストに抑えていることも魅力だ。

リーンスタートアップとは、短期間で初期の製品を作り、実際のお客様に使っていただきながら、修正・改良を高速で行うスタートアップ手法。

クライアントからの課題やニーズを聞き、プロダクトを開発し、使いながら修正していく。二人三脚で実際にAIを活用していくことがトルフのコンサルテーション。AI導入のハードルを下げ、大企業・中小企業問わず、活用を当たり前にしていきたいと高橋氏は語る。

「AIを使って幸せな暮らしを。AIの民主化を目指し、技術先行ではなく、UXの観点で実用的なプロダクト提供を行なっていきます。あらゆる企業の課題に対して、いかに最小限のコストで最大限の価値を出せるか、知見をどれだけ生かせるか、にフォーカスしています。そのため、AIが不要なのでは?というご提案になることも多々あります。」

飲食店採用向けAIプロダクト
「Truffle AI」

「トルフ AI」は月額5,000円~30,000円で提供しており、課金額に応じて使える機能は変わる。お試しプランでは、面設設定1件につき1,000円。多様なニーズに応えている。(※販売代理店ごとにサポート内容・料金は異なる)

企業向けにAIプロダクト開発を手掛けているトルフだが、自社のプロダクト開発・提供も行っている。そのなかで、飲食業界に旋風を巻き起こしているのが、飲食店の採用に特化したAIチャットボット「トルフAI」だ。トルフAIを開発するきっかけは、近所の飲食店の店長から「店の仕事で忙しい中、面接のスケジュール調整をするのが難しい」と聞いたことだったという。飲食店のアルバイト採用フローがいたってシンプルであることもあり、開発を進め、“採用に特化した”AIチャットボットが完成した。「AIとビジネスの間に距離があるから、その距離を縮めたい」という思いがあるからこそ、「トルフAI」とのやり取りは、まるで人間とチャットしているようなスピード感と柔軟性がある。

トルフAIのサンプル画面。応募者(黄色)の内容に対し、チャットボット(グレー)が回答。「インターネットに接続していないタイミングでもbotが機能するから会話速度が早いんです。botを開いているブラウザ側で判断して会話ができるようにしています」と川原氏。

「繰り返し頻繁に発生するシンプルな作業は、人に代わってAIがやるべきだと考えています。AIが提示した選択肢に、人間ははい、いいえを選択するだけでいい。企業側は管理画面を見に行かなくても、メールで面接スケジュールを確認できます。また、応募者側は予約メールの文面に面接日時の変更、辞退など必要なリンクが全て記載されているので、ワンクリックでアクションが起こせるところが大きな特徴です」

特定の分野に特化して開発されたからこそ、管理側にとっても、使う側にとっても、ストレスのないアプリが実現された。現在では、焼肉ライクなどで知られる人気企業ダイニングイノベーション社がトルフAIを使って、寿司業態の新店舗オープニングスタッフの採用を行なっている。

現在トルフAIは、大手グルメ予約サイトを手掛ける企業をパートナーとして、販売拡大するとともに、データ拡充のフェーズにある。今後は、基盤技術であるチャットボットを採用領域以外のニーズに対してカスタマイズし、スポーツジムや医療機関等、多様な業種への展開を目指しているようだ。

「例えば会員制のパーソナルトレーナーのノウハウをAI化できると、AIという脳みそがトレーニング手法を学び取って遠隔でのトレーニング指導が可能になる。そうすれば、会員限定ではなく3億人に届けられる。さらに翻訳することで日本人以外の生徒にもノウハウを提供できます。コスト効率が上がり、ビジネス拡大も狙えるというわけです」

誰もが知らず知らずの内にAI技術の中で快適に暮らしている、そんな世界を目指し、トルフテクノロジーズは挑戦している。

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(text: 小泉恵里)

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