対談 CONVERSATION

1億円プレイヤーの誕生も夢ではない!テクノスポーツ「HADO」開発者インタビュー 後編

宇都宮弘子

AR(拡張現実)技術とウエラブル端末を使い、新たなスポーツ「HADO」を誕生させ、新ジャンルの“テクノスポーツ”という市場を生み出した株式会社meleap CEO福田浩士氏。「テクノスポーツで1億円プレイヤーを誕生させたい」と意気込む同氏。対談後編は、スポーツとテクノロジーの融合によって広がるテクノスポーツの未来とHADOから展開される観戦ビジネスについて、HERO X 編集長・杉原行里がお話を伺った。

杉原:福田さんはテクノスポーツをこれからどのように拡大していこうとお考えですか?

福田:スポーツはもともと市場としても大きいですよね。サッカー、野球、テニスという昔からの伝統的なスポーツもありますが、その後、F1やバイクレースなどもスポーツの仲間入りを果たしています。F1などを“モータースポーツ”、サッカーやテニスなど伝統的なスポーツを“アナログスポーツ”としたとき、次世代の新ジャンルスポーツ市場が生まれてくると考えて、そこを「テクノスポーツ」と位置付けたいと。「HADO」は、“アナログスポーツ” “モータースポーツ”に次ぐ大きい枠組みの“テクノスポーツ”という市場の中で、代表競技となるスポーツとして、自分たちが創っていくんだという思いでやっています。スポーツって投資すればするほど伸びるものですよね。10億円投資すれば10億円分の伸びをするし、1兆円投資すれば1兆円分の伸びをする。それならば、大きく資金調達をして事業に投資するしかないなと。

杉原:なるほど。今から市場を創り上げていくということですから、かなりのブルーオーシャンですよね。僕がいいなと思ったのは、5試合勝てば1000万円という「HADO BEAST COLOSSEUM」なんです。投資すればするほど成長曲線を示してくれるっていうのを地でいっているなと。やっぱり1000万円って大きいですよね。そうなると、プレイヤーのクオリティーも上がって担保されるし、そこに辿りつくまでのストーリーもおもしろくなる。1000万円がもしかしたら、来年には1億円になっているかもしれないですよね。

福田:そうですね。やっぱりプレイヤーが年収1億円稼げるスポーツに育てていかなければいけないと思っていて、2021年からはテクノスポーツの競技でプロリーグを展開したいと考えているんです。テクノスポーツでもプロになれば1億円稼げるんだっていう夢をみてもらいたい。人生をかけたピリピリ感とか、スポーツでしか味わえないような勝負の瞬間を感じて欲しいんですよね。

杉原:素晴らしい考えだと思います。マイナースポーツって、結局どれだけ極めても生きていけないから、いつまでもマイナースポーツという枠から抜け出せない。パラリンピックにもそういう一面があるなと思っていて、やっぱり1億、2億稼げるプレイヤーが出てこないと、そこに夢が生まれない。サッカーとかF1みたいな大きな枠組みにはなりにくいような気がしているんです。だから、福田さんが考えられているような、テクノスポーツ「HADO」から1000万とか1億とか、それを踏まえた上でのロードマップが出来ているというのは本当におもしろいなと思います。僕も出たいです(笑)。

「HADO」が目指す5年後の未来

杉原:「HADO」が目指している5年後の未来について聞かせてください。

福田:直近の5年間で「HADO」を観戦ビジネスとして広めていきたいと思っています。スポーツを日常的に観戦している人ってまだまだ少ないと思っていて、もっと熱狂できる応援の対象があれば、日々の生活がおもしろくなるんじゃないかなって。ネットが普及し、居住場所にしばられないコミュニティ、コミュニケーションが生まれている一方で、地域性というものがどんどん薄れてきているように感じています。そうなると、スポーツマーケティングを考える上で、なるベく接点を増やしたきっかけづくりをしていくことが大切なのかなと思っています。ワールドカップやオリンピックって4年に1度ですけど、間違いないく日本全体が盛り上がりますよね。全くルールを知らないような競技ですらハラハラドキドキしながら観るし、それがもっと日常になれば人生楽しいだろうな、知らないなんてもったいないなって。今、僕がスポーツで創っていこうと思っている価値はそこにあります。

杉原:福田さんが考えている新しい観戦の仕方というのは、スポーツを日常の中にどのように溶け込ませていくかに集約されるのでしょうか?

福田:そうですね。シンプルに自分事になるかどうかということなんですよね。例えばオリンピックで考えたら、日本人として日本が負けることはプライドが許さないとか、自分のアイデンティティがそもそも日本人だからどうしても日本を応援したくなるとかっていうように、自分事にしていかないといけないんじゃないかと。それを仕組みとしてもっともっと盛り上げていけたらなと思います。

杉原:先日、我々も記者発表をしたのですが、その時のテーマが「自分事」だったんですよね。例えばF1で世界最速を目指しながら最高峰の舞台で培ってきた技術が、実は知らない間に日常に溶け込んでいる。例えばパドルシフトができたことで、脚の悪い人が手で運転できるようになったり。パラリンピックも少し見方を変えるだけでおもしろくて、ここで僕らRDSのセンシング技術が自分の周りにいる人たちの生活を少しでも変える可能性があるんだという見方をすると、自分事になるし、より強いアイデンティティになる。

スポーツを自分事として観戦するという新しい仕組み


福田:新しい観戦ビジネスを目指して僕たちが創っているのは、観客がプレイヤーの一員としてゲームに参加するという仕組みです。あくまでフィールド上にいるのは代表のプレイヤーなんですけど、それを観ている観客もプレイヤーにして、1000人対1000人の闘いにしてしまう。そうなれば、2000人の観客のすべてが自分事として観戦できるようになるんじゃないかなと。

杉原:おもしろい! それって観戦しながら参加できるということですよね。僕もサッカーを観に行ったりするんですけど、あれって観戦しに行っているというよりは、熱い声援を届けに行っているんだと思うんです。観戦だけしたいならテレビの方が断然観やすいですもんね(笑)。結局、その空間にいるからこそ感じられる臨場感を味わうための権利を手に入れたいのだと思います。近い将来「HADO」も現場で観戦した方がより自分事として体感できるようになるということですよね。この仕組みはどのあたりまで出来てきているのでしょうか?

福田:今年の年末にリリースする予定です。

杉原:もうすぐですね。楽しみにしています!

前編はこちら

福田浩士(ふくだ・ひろし)
1986年新潟県生まれ。明治大学工学部卒業後、東京大学大学院を修了。2012年に株式会社リクルートに就職。退職後、2014年1月に株式会社meleapを設立。CCOの本木卓磨らと共にAR(拡張現実)技術とウエラブル端末を用いたテクノスポーツ「HADO」を開発、レジャー施設やイベントなどでサービスを展開している。

(text: 宇都宮弘子)

(photo: 増元幸司)

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車いすバスケのレジェンド、根木慎志が描くパラスポーツの未来 前編

岸 由利子 | Yuriko Kishi

2000年シドニーパラリンピック男子車いすバスケットボール日本代表チームのキャプテンを務めるなど、トップアスリートとして活躍したのち、パラスポーツを主軸とするスポーツの面白さや楽しさを伝播するために、全国各地の小・中・高や、イギリス、ブラジルの学校など、計2,600校にも及ぶ学校を訪れ、のべ80万人の子どもたちに向けて、講演活動や体験会を行ってきた根木慎志氏。現在、プロジェクトディレクターとして携わる日本財団パラリンピックサポートセンター推進戦略部「あすチャレ!」での活動をはじめ、四半世紀以上に渡り、力を注いできたパラスポーツの普及活動の先にどんな未来を見つめているのか。根木氏と出会ったその日から、“あ・うんの呼吸”で意気投合し、親交を深めてきたHERO X編集長の杉原行里(あんり)が話を伺った。

スポーツは、勝ちに行くから面白い

杉原行里(以下、杉原):前回は、X-Challengehttp://hero-x.jp/movie/1335/にご登場いただき、ありがとうございました。学生時代の部活に戻ったみたいで、めちゃくちゃ楽しかったです。特に、車いすバスケ用の車いすでコートをひたすら走り続けた“恐怖の20分間走”は、思い出深いです(笑)。僕たちのチームのペナルティだったにも関わらず、根木さんも一緒に走ってくださって。コーチやキャプテンに愛情をもってしごかれている部員の気持ちでした。

根木慎志氏(以下、根木):僕も、あんなにガッツリ走ったの、どれぐらいぶりやろ(笑)。現役の時のスピードでは走れてないけど、今の自分が持ってる最大限の力で、最高に楽しんで走れたから、ある意味、全力で走れたんとちゃうかな。

杉原:あの後、プライベートでも、体育館を貸し切って、車いすバスケ大会をやりましたよね。バスケットボールの経験者は、数名いましたが、車いすバスケに関しては、根木さん以外、全員素人。企業の社長さん、元プロ野球選手や芸人さん、RDSのスタッフなど、総勢30人が集まり、6チームに分かれて競い合いました。

根木:あれは、面白かったよね。バスケの経験がある人たちは、基本的なことを分かっているし、スクリーンプレーで、ちょっとレクチャーしただけで、ルールもすぐに飲み込めていたし、実際、プレーも上手いし、さすがやなぁという感じでした。賞品がかかってたから、芸人チームは、ちょっと違うテンションで頑張ってたみたいやけど(笑)。

杉原:あのレクチャーのおかげで、僕ら、初戦敗退ですよ(笑)。

根木:いきなりゲームやったから、余計に面白かったよね。勝負やから、みんな真剣になるし、“勝ちに行く”というスポーツの楽しさがあった。でも、実際、あの大会に集まった人たちの大半は、“車いすバスケ? よう分からんけど、なんかオモロそうやし、行ってみよか?”という感じで、多分、分からないながらも、とにかく来てみたっていう感じやったんやと思う。

杉原:でも、いざ始めると、みんなが熱くなった。キャラクターも特技も戦略も、みんなが違っていて、面白かったですよね。

根木:“トランプ大会しようぜ!”では、あの盛り上がりはなかったよね、きっと。車いすバスケを知らなくても、バスケと言うと、イメージが湧きやすいと思うし、見たことも触ったこともないものに対して、人間は、おのずと興味を持つ生き物やし。だからこそ、あれほど熱くなれたんとちがうかな。

杉原:言うまでもないことですが、当然ながら、根木さんは、他の人たちとは全く動きが違う。根木さんが、あるチームのメンバーに入ることが決まった時、“超ズルいよ~。何なんだよ~”って声が上がりましたけど、僕は、あの感覚こそが、今後、車いすバスケというスポーツを普及させていく上で、ひとつのブレークスルーになるんじゃないかなって思いました。20代~40代の大人たちが真剣に勝ち負けを競う中、車いすは、補助的なツールとしてではなく、このスポーツにエントリーするためのギアとしてあるわけで。

根木:“ズルい”とかいう発想、いいよね。面白いよね(笑)。

子どもも熱くなる。
想像を超えた車いすバスケの面白さ

杉原:今後、この大会というか、ストリートバスケ的な動きをもっと広げていこうと、根木さんとアイデアを企てているわけですが、第2回、第3回と進めていく時、一般ユーザーが欲しいと思えるような車いす(競技用マシン)を作っていきたいなと思っていて。繰り返しますが、身体能力を補助するツールとしてではなく、拡張するためのカッコいいモビリティとしての車いす。それを作っていきたいなと。

根木:クルクル回ったり、明らかに普通とは違う動きができるのは、補助的な道具として使われてきた競技用車いすがあるから。それは間違いないことやけど、これから僕らがやろうとしていることって、どちらかと言うと、「人間ってこんなこともできるんだ」っていう、おそらく想像を超えたところにある車いすバスケの面白さをプレイヤーには体感してもらい、見る人に感じてもらうことやったりするよね。それをみんなで楽しむという。だから、何かこう、競技用車いすも、突き抜けてる感じのものができたらいいよね。

今日も、豊島区の小学校で体験会をやってきたんやけど、ミニバスケットボールで、大活躍している子がいました。でも、初体験の車いすバスケでは、なかなか、思うように動けなかったみたいで、「カッ!」と声を上げたりしながら、奮闘してて。終わった後に感想を聞くと、「すごく難しかったけど、ミニバスにはない面白さがあった。したことのない動きができるのが、面白くて仕方がなかった」と。

杉原:「あすチャレ!School」をはじめ、根木さんが取り組まれていることって、障がい者を支援するということではなく、子どもたちを含む参加者の人に、車いすバスケを体験してもらうことで、結果として、このスポーツを普及させていくということであり、その大きなきっかけのひとつになろうとしているのが、おそらく東京2020ですよね。「開催が決まったことで、出会う人が格段に増えて、自分が表に出ていく機会も増えた。このチャンスをしっかり活かしていきたい」とおっしゃっていたことが、僕の中で印象に残っています。ブレることなく、邁進されていて、すごいなと思いました。

子どもたちに伝えたいのは、
「友だちになろう」

根木:東京2020がひとつの大きなきっかけになって、パラスポーツやパラリンピックが知られるようになってから、驚くほどのスピードで、日に日に、ステージが変わってます。最初は、それらの言葉を知ってもらうことからのスタートやったのが、今ではほとんどの人が知るようになった。車いすバスケも、飛躍的に知ってもらえるようになった。じゃあ、次に何をするべきかというと、僕ができることのひとつは、これまで以上に、自分が伝えられるメッセージをしっかりと伝えていくこと。それをひと言に集約するなら、「友だちになろう」です。

この30年近く、全国各地の小・中・高の学校で講演や体験会をして、たくさんの子どもたちと触れ合って、「友だちづくり」をしてきたけど、言ってることは、今も昔も、一貫して変わってません。

今日の体験会は、300人くらいの子どもたちがいたんかな。隣同士、みんな友だちやんなぁって。でも、友達やからといって、顔形や髪型や着てる服が同じかといったら、みんなそれぞれ違うわけじゃないですか。考え方も、まったく一緒なんて、絶対ないから。でも、相手のことを自分ごととして考える、相手の気持ちを分かろうとすることで、その人と自分が違うということも理解できるようになる。それが、人を認めるっていうことやと思うので。そして、相手を認めることによって、どんどん違いが分かってくるから、逆に、自分のことをより深く知れるようになる。

僕は、事故に遭って、車いすになって、もう大好きなスポーツが出来へんわっていう時に、車いすバスケに出会ったんやけど、実際にやってみた時に、「コレ、ヤバイな、すげぇな!」って思って。今まで経験したことのないようなスピード感もそうやし、さっき話した、「人間って、こんなことも出来るんや!」という、上手い選手のプレーを見た時に垣間見た、人間の可能性。そういったことを子どもたちに実演して見せたり、話したりすることによって、僕自身も、自分のことを一番知れたんとちゃうかなって思いますよね。

中編へつづく

根木慎志(Shinji Negi)
1964年9月28日、岡山県生まれ。シドニーパラリンピック車いすバスケットボール元日本代表チームキャプテン。現在は、アスリートネットワーク副理事長、日本パラリンピック委員会運営委員、日本パラリンピアンズ協会副理事長、Adapted Sports.com 代表を務める。2015年5月、2020年東京パラリンピック大会の成功とパラスポーツの振興を目的として設立された日本財団パラリンピックサポートセンターで、推進戦略部「あすチャレ!」プロジェクトディレクターに就任。小・中・高等学校などに向けて講演活動を行うなど、現役時代から四半世紀にわたり、パラスポーツの普及や理解促進に取り組んでいる。

(text: 岸 由利子 | Yuriko Kishi)

(photo: 壬生マリコ)

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