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まさに雪上のF1。極寒の舞台裏にある、エンジニアたちの闘い【KYB株式会社:未来創造メーカー】後編

岸 由利子 | Yuriko Kishi

チェアスキーほど、命の危険と背中合わせのパラ競技は他にない。時速100km以上の豪速スピードで、雪山の傾斜面を一目散に滑降するアグレッシブさとスリルが、アスリートを奮い立たせ、観客を熱狂させる。2014ソチパラリンピックでは、森井大輝選手がスーパーG(スーパー大回転)で銀メダル、鈴木猛史選手がスラローム(回転)で金メダル、狩野亮選手がダウンヒル(滑降)とスーパーG(スーパー大回転)の2種目で金メダルを獲得。日本のヒーローたちは、圧倒的な強さを世界に知らしめた。そんな彼らの疾走を裏舞台で支えているのが、日本トップクラスのシェアを誇る総合油圧機器メーカー、KYB株式会社(以下、KYB)のショックアブゾーバ開発者、石原亘さんだ。別名・油圧緩衝器と呼ばれるこの部品、一体どのように作られているのか?目前に迫る2018ピョンチャンパラリンピックに向けての開発は?石原さんにじっくり話を伺った。

極寒の世界で活かされる、卓越した技術

チェアスキーの大会や強化合宿が行われるのは、世界に点在する雪山。氷点下20~30度の世界で、優れたパフォーマンス力を発揮するためには、安定した性能を保持できるショックアブゾーバでなければならない。

「シリンダーの中に入れるのは、二輪車用とは異なる専用の油です。その油を密封するためのシールという部品など、寒冷仕様の部品については、長年、弊社が培ってきたスノーモービルの技術を活かしています。チェアスキーのショックアブゾーバには、さまざまな分野の技術を集結させて作っています。モトクロスやロードレースの技術も、取り込めるものは取り込んでいます」

選手のお守り的存在
海外遠征には、専任のテクニシャンが同行

サポート体制も万全だ。海外各地で行われる合宿や大会には、現場でのセッティングを専門に行うテクニシャンが帯同する。KYBにテストライダーとして入社した元モトクロスライダーで、選手から聞いたコメントを元にその場で仕様を変えて仕上げてしまうのだそうだ。

「お守りじゃないですけど、いてもらえるだけで安心です。どこをどう調整すればいいのか、僕たちだけではやはり分からないところが多いので。家族のように仲良くしていただいているので、いらっしゃらない時は、ポカンと穴が空いたみたいな寂しい気持ちになります」と話すのは、鈴木猛史選手(写真、右)。

石原さんは、テクニシャンからフィードバックした情報を元に、改良を加えたり、新しい部品を作るなどして、連携体制を取りながら、設計業務に従事している。そのかたわら、国内で行われる大会や遠征には、定期的に足を運び、選手たちに会いに行く。

「現場では、選手からの評価や要望をじかに聞けますし、実際に滑りを見ることで、以前の動きとの違いを確認することもできます。選手と密なコミュニケーションを取ることで、何を求めているのか、その意図がだんだん見えてきます。具体的に“この部分をこうしたい”と言う選手もいれば、“滑りをこんな風にしたい”と抽象的に伝える選手もいます。それらをきちんと聞き分けた上で、適切な説明や提案を行うように心がけています」

調整のキモは、感覚を翻訳するという作業

「例えば、選手が“堅い”という時、どの部品が機能した時に堅く感じるのかを見極めなくてはなりません。製品にフィードバックするためには、感覚を正しく“変換”することが極めて重要です。翻訳とも言えるこの作業は、中々難しいところもありますが、きちんと汲み取れるよう、精度を上げることに尽力しています」

ソチパラリンピック閉幕後の2014年ごろよりサポート体制を刷新し、テクニシャンやスタッフと共に、選手たちの活躍を一心に支えてきた石原さんにとって、嬉しいことがあった。

「弊社がショックアブゾーバの開発を本格的に再起してから、最も心に残るのは、狩野亮選手からいただいた言葉です。“これまでは自分の納得がいく仕様になるのに3年かかっていたのに、1年ほどで3年分の進歩ができた”と。大変喜んでくださり、感無量でした」

日本代表選手たちと作ってきたショックアブゾーバの仕様は、当然ながら、速さを目指すものだが、その進化と共に、乗りやすさも格段にレベルアップを遂げている。近年は、市販のチェアスキー用製品の提供も行っている。

「レジャーとして、チェアスキーを楽しまれている一般の方はもちろんのこと、次世代の日本代表選手を目指すような子供たちならなおさら、初期の段階から、より乗り心地の良いマシンに乗っていただく方が、成長も早いのではないかと思います」

来春開幕のピョンチャンパラリンピックに向けて、ショックアブゾーバの改良・調整に全力投球の日々を過ごす石原さんは、技術者という生業についてこう話す。

「弊社の製品は、基本的に自動車や工業製品に関わるものなので、それ単体でスポットライトを浴びる機会は少ないです。しかし、パラリンピックという世界の大舞台で戦うチェアスキーヤーのマシンの重要な一部を担う部品開発を通して、世の中に貢献できるということ。それを少しでも知ってもらえたら、技術を志す若い人たちにも夢のある仕事ではないかと思います。目指す道の選択肢のひとつとして世界が広がれば、幸いです」

選手が表舞台のヒーローなら、石原さんら技術者は、紛れもなく、裏舞台のヒーローだ。近々、テレビなどで競技の映像を目にする機会があれば、どうか想い出して欲しい。この人なしに、チェアスキーのマシンは存在しないということを。表裏一体のヒーローがタッグを組んで目指す世界の頂点は、もうすぐそこだ。

前編はこちら

石原 亘(いしはら・わたる)
チェアスキーショックアブソーバ開発者。2009年、KYBモーターサイクルサスペンション株式会社に入社。スノーモービル、ATV用ショックアブソーバの設計を経て、2015年よりチェアスキー用ショックアブソーバの設計に携わる。また、設計開発を行う傍ら、チームの国内遠征にも同行し、現地での仕様変更などのテクニカルサポートも対応する。趣味はモトクロス、自動車ラリー競技への参加や、スキー、スノーボードなどのウィンタースポーツ。

(text: 岸 由利子 | Yuriko Kishi)

(photo: 増元幸司)

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画面の見過ぎで斜視が多発!?外出自粛生活ではIT眼症に注意

Yuka Shingai

企業のリモートワークや全国の公立小中高校の休校によって、画面を通じたデジタルコミュニケーションが活性化する一方で、気がかりなのは、その二次的な健康被害。一部の学校で開始されたオンライン授業や、空き時間に動画配信コンテンツなどの視聴で子どもにタブレットやスマホを持たせる割合が上がった家庭も多いはず。長時間画面を見続けることが増えると、大人も子どもも気を付けたいのが目への負担である。近年、子どもや若者に急性内斜視の患者が増えているらしく、スマホなどタブレット端末の画面を長時間見過ぎることによる影響が懸念されている。目に優しいアイテムを取り入れて一工夫することで、在宅勤務も学習も快適になるかもしれない。

CVSを解消する機能満載!
BenQのアイケアモニター
「GW2480T」

動画URL:https://www.youtube.com/watch?v=qnDGK8WkpgM&feature=emb_logo

液晶ディスプレイ、DLPプロジェクターの生産数で世界トップクラスを誇る、台湾の電気製品メーカーBenQが近年とくに力を入れているのがヘルスケアや教育といった領域。ビジネスパーソンから医師とその患者、教師やゲーマーにいたるまで、ありとあらゆる人々の声に耳を傾けながら製品を生み出している同社が2019年に発売したフルHD液晶ディスプレイ「GW2480T」は、画面を見続けることによって発生する視界のかすみや頭痛、ドライアイといったコンピュータービジョンシンドローム(CVS)を防止するアイテムとして注目を集めている。

ブルーライト軽減、輝度と色温度を環境光に合わせて自動調節する「ブライトネスインテリジェンス」機能やディスプレイ上の表示のちらつきを防ぐ「フリッカーフリー」技術、ディスプレイに表示される赤や緑の量をそれぞれカスタマイズできるカラーユニバーサルモードなど、画面を眺めているうちに蓄積されるストレスを軽減するあらゆる機能が搭載されている。また、赤外線センサーでユーザーの有無を検出し、デスクにいる時間から逆算して休憩を促してくれたり、高さ調整機能で自分にとってベストな視聴角度に合わせられたりと、きめ細やかさにも富んでいる。

ITで生活が便利になる一方、
目の疲れは社会問題化!?

アイケアモニターは、休校が終わってもプログラミングなどデジタル学習の機会も想定されるし、ゲームや映画・動画の視聴時にも、もちろん活用できる。これからはモニターが一家に一台という新常識が生まれるかもしれないなか、視聴環境を最適なものに整えることは新しい健康づくりとして注目されるであろう。

冒頭で触れた急性内斜視も、近くの画面を長時間集中して見てしまうことによって、眼を動かすための筋肉が収縮したままになることが原因と考えられている。BenQが注目したコンピュータービジョンシンドロームなどその他の症例からも、ディスプレイの見過ぎによる目の疲れは単なる体調不良に留まらず、社会問題化しているように思える。公益社団法人日本眼科医会では、こどものIT眼症を防ぐため、IT機器の使用は “3つの50” を守ることと注意喚起している。
1) 50cmで楽に見える状態のものを
2) 連続使用は50分以内
3) 距離は50cm以上離れる習慣を

子どもたちは、見る機能や目を動かす機能も発展途上であるためより注意したいが、大人の私たちも長時間のウェブ会議などリモートワーク疲れが出始めている今、テクノロジーを駆使したより健康なライフスタイルを目指したいものだ。

眼の動きだけでデバイスをコントロールできる
「JINS MEME BRIDGE」が可能にするものとは?
【JINS:未来創造メーカー】

記事URL:http://hero-x.jp/article/191/

同じく「目」に関するインタビューをアーカイブ記事からご紹介しよう。
豊富なデザインとお手頃価格でおなじみの眼鏡メーカー「JINS」。なかでもヒット商品のブルーライトカット眼鏡「JINS SCREEN(旧JINS PC)」は、視力の悪い人は当然のこと、本来眼鏡が必要でない人にまで訴求した、メガネの新しい価値観を生み出した成功例のひとつであった。JINSがそういった新しい価値観でものづくりをするなかで生まれたのが「JINS MEME」、そして『JINS MEME BRIDGE』だ。

眼球が動いたとき眼の付近の皮膚表面に発生する電位の変化から、眼球の動きを判定する眼電位技術を利用したセンシング・アイウェア「JINS MEME(ジンズ・ミーム)」とそれを活用したプラットフォーム『JINS MEME BRIDGE』がALS患者の支援プロジェクトとしても知られている。

眼鏡をコントローラーとして使うことで、ハンディキャップを抱える人や高齢者、一般の人も含め、全ての人に表現の自由を叶えつつ、眼鏡=視力の補正というこれまでの概念を覆すものだ。ただの装具でもファッションアイテムでもない、本来の目的を飛び越えた先に、無限の可能性が広がっている。

大人も子どもも、ハンディキャップを抱える人も、テクノロジーを上手に活用することで、全ての人がより心地よい生活を送れると言えよう。まずは今、酷使しがちな目を意識的にいたわってあげてみてはいかがだろうか。

TOP画像引用元:https://www.benq.com/

(text: Yuka Shingai)

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