テクノロジー TECHNOLOGY

子供の“得意”を伸ばす 「DigSports」がもたらす未来

長谷川茂雄

文部科学省が昭和39年から行なっている子供の「体力・運動能力調査」によれば、昭和60年頃を境にして、子供たちの走る力、投げる力、握力といった基本的な運動能力は、全国的に低下の一途を辿っているという。また運動をする子供と、しない子供の二極化も著しいといわれる。もちろん、その原因を探り改善を図るための取り組みは、さまざま行われているが、近年注目を浴びるのは、AIやセンシングなどのテクノロジーを駆使したプロジェクトの数々だ。今回は、お手軽に、しかも楽しく子供たちの適正が診断できる「DigSports(ディグスポーツ)」に着目して、この画期的なサービスの利点と、そこから見える未来を考えてみた。

ライフスタイルの変化で
子供の体力は低下の一途

“日本は、子どもの運動能力が年々低下している”。そういわれて久しいが、その原因はさまざまだ。根底には、高度情報化社会によるライフスタイルの変化があることは間違いない。生活の利便性は高まったけれど、その反面、運動をする機会が確実に減っている。代わりに、子どもたちのスクリーンタイム(ゲームやスマートフォンの利用時間)は増加傾向にある。

ほかにも、自由に運動ができる公園や施設が限られている、地域に指導者がいないといった環境的な要因や、また、食習慣の乱れなど、子どもの体力低下を招く要素は多々ある。

そんな現状に対する危機感と、東京オリンピック・パラリンピック等のビッグイベント開催に伴うスポーツへの関心の高まりなどを見据えて、株式会社電通国際情報サービス(以下ISID)が2017年に開発したのが、子どもの運動能力をAIで自動測定し、個々のスポーツ種目の適正を判定するシステム「DigSports」である。

近年、欧州を中心に発達してきたスポーツ分野におけるセンシング技術の導入は、日本でも少しずつ広がりつつある。

使い古された根性論などではなく、合理的に選手の能力やパフォーマンスを測定し、可視化することで適切な指導を行う。そんな取り組みは、例えば、全国に名をとどろかせるスポーツ強豪校では、当たり前に浸透してきている。

一口にセンシングといっても、方法はさまざまだが、「DigSports」は、I C搭載バンドを装着して(記憶媒体のため、近くに置くだけでも構わない)モニターの前に立つだけで、文部科学省の新体力テストに採用されている5項目(反復横跳び、垂直跳び、50メートル走、ボール投げ、持久走)の自動測定ができる。

注目すべきポイントは、いくつも器具を装着する必要がないお手軽さ、そして、5m四方のスペースさえあれば実施可能というコンパクトさだ。

小スペースでモニターを見ながらお手軽にセンシングできるのが、「DigSports」の強み。

面倒な機器装着がなく
さまざまな測定ができる

ISIDが同サービスを開発した経緯は、先述のとおりだが、このプロジェクトには、スポーツ嫌いの子どもたちが自分にマッチしたスポーツに出会うことで、スポーツを好きになってほしい、そして、できれば生涯スポーツを、長く楽しんでほしいという期待も込められているという。

もちろん、適正に合致したスポーツにのめり込むことで、将来のトップアスリートが生まれる可能性もある。

代表的な体力測定のメニューは全て網羅されている。オプションで投球フォームの指導なども受けられる。

わずか5m四方のスペースで、50m走や持久走の記録を測定できるというのは興味深いが、そこには、スポーツトレーニング専門家として名高い、遠山健太氏(全日本スキー連盟フリースタイルスキーフィジカルコーチ)が考案したスポーツ診断メソッドを応用したアルゴリズムが活用されている。

測定者の体格(足の長さなど)や、膝を上げるスピード、垂直跳びの結果などから、数値を割り出すため、大きなスペースも細かなモーションキャプチャも不要なのだ。

各々の種目の測定結果からAIで運動能力が分析され、特徴を割り出すとともに、自分の属するタイプは動物で表現される。わかりやすい図表で結果が出てくるため、子どもも理解しやすいのが大きな特徴だ。

測定結果はすぐにアウトプットされる。まるで星占いのような動物のタイプ分けや見やすい図表入りというのもユニークだ。

地域に根ざしたカスタマイズで
さらに提案性を高める

センシングというと、限られたスポーツエリートを効率よく育成するために使われる技術というイメージがあるが、「DigSports」は、あくまで、お手軽に、そしてわかりやすく子どもたちの“得意”を見つけ出すために活用されている。いわば、スポーツを始めるきっかけを提供しているのだ。

ただ、「DigSports」の対象者は、必ずしも子どもだけではない。小学生以上であれば、基本的には誰でも活用ができる。運動能力を分析する際の平均データは、70歳までインプットされているため、高齢者であってもトライすることも分析することも可能だ。

また、これまでさまざまな自治体と、地域に根ざした活用法も模索してきた。例えば、鹿児島県沖永良部島の知名町で、スポーツ庁と取り組んだ成人のスポーツ習慣化促進事業では、島に住む子育て中の女性を対象に「DigSports」が活用された。

子育て等の理由でスポーツから遠ざかる成人女性は少なくないが、改めて自分の適正を測定、分析することで、またスポーツを始めるきっかけができる。このプロジェクトでは、20〜40代の女性が「DigSports」を通して、新たなライフスタイルを見つける機会を得たという。

これからの「DigSports」の課題としては、知名町での事例のように、地域の特性とニーズを踏まえた活用法、そしてそれに合わせたカスタマイズなどが考えられる。

現在は、分析結果から提案する適正スポーツは74種類。ただ、場所によっては、気候などの影響により、競技人口が極端に少なかったり、指導者がほぼいないというスポーツがあることも考慮して、より地域にマッチした提案が望まれる。

そんなアップデートがなされれば、今後、「DigSports」を媒介にした官民一体のプロジェクトやイベントが、全国で盛り上がることも期待できる。

“得意を見つける、得意を広げる”。当初のコンセプトを具現化したこの画期的なシステムが、あらゆる場所で、より簡単に活用できるようになれば、スポーツを幼少期から始める人口も増える可能性がある。

加えて、国民全体に広がった“体力低下”という大きな問題解決の糸口が見えてくるかもしれない。

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(text: 長谷川茂雄)

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顔の表情で操縦する車いす。ブラジルで生まれた“The Wheelie”

岸 由利子 | Yuriko Kishi

車椅子は、操作レバーで動かすもの。そんな常識をくつがえす画期的な開発が、ブラジルの研究者たちによって行われています。ユーザーの顔の表情を読み取って動く車椅子“The Wheelie(ザ・ウィリー)”とはーその実態に迫ります。

緻密に認識された顔の表情が、車椅子のコマンドに

“The Wheelie(ザ・ウィリー)”は、脳性麻痺や筋萎縮性側索硬化症(ALSまたはルー・ゲーリック病)などの病気で、操作レバーの使用が困難な人のために開発された車椅子。

満面の笑み、半笑い、アヒル口、舌出し、プクッと膨らませた頬。これらはすべて、自撮りのために作ったポーズ…ではなく、The Wheelie(ザ・ウィリー)を操作するためのコマンドなのです。

「口、鼻、目など、顔まわりの70箇所以上の動きをカメラが認識します。ここから、前、後ろ、左、右、そして最も重要な“停止”などの動作を行うためのコマンドが抽出されます」と話すのは、サンパウロのカンピーナス大学電気電子工学部のカードーゾ教授。それぞれの顔の表情は、車椅子の動作やスピード、方向とマッチするようにプログラミングされています。

確信と情熱から生まれた次世代のウィールチェア

ブラジルの研究者たちは、法執行機関やテロ対策軍が使用する顔認識システムと同じ技術を試み、脳波をコンピューターが読み取れるコマンドにダイレクトに変換できる「BCI(ブレイン・コンピューター・インターフェイス)」の開発に取り掛かっていました。

例えるなら、インテルのリアルセンステクノロジーに3Dカメラを組み合わせることで、ユーザーの表情から意思を読み取り、それをコマンドとして動く車椅子が実現したーThe Wheelie(ザ・ウィリー)は、そんなイメージの構造です。

生みの親は、パウロ・ガーゲル・ピンへイロ氏。前述したカードーゾ教授の博士研究員時代にアドバイザーを務めていた方で、独創的な車椅子のコンセプトを思いついた時、“人々の生活に大いに役立つ違いを生むものになる”とすでに確信していたのだそう。その後、教職を退職し、医療用の可動性デバイスを作ることをミッションとしたHoo-Box社を設立。

「ザ・ウィリーは、実にさまざまな顔の表情を読み取ることが可能です。ALSの異なるステージにいる方たちのために、大いに役立つことを願っています」とピンへイロ氏が言うように、ちょうど生産モデルの最終実験を行っていた時、同社は、ALS患者が実生活で使える車椅子を急速に作り上げていきました。

ユーザーの自尊心を高め、自立を可能にする

Hoo-Box社が行ったある実験では、たった3分以内で、ターンや回転など、40もの異なるコマンドを出す顔の表情を読み取り、車椅子は20ヤード(約18.2m)のコースを完走。前進速度は、時速1/2マイル(約0.8km/時)、回転スピードはその半分ほどだったそうです。

「ザ・ウィリーは、欠陥を補うと共に、ユーザーが持ちうる能力を最大限に活かして、可動性と自立性を向上させるだけでなく、自尊心を高められるのです」と同氏は言います。

「つい最近まで、脳性麻痺や手足を動かすことの障がいを持つ人は、他の誰かに(車椅子を)押してもらうか、コントロールしてもらうかしかなかった。(中略)この車椅子は、彼らの自立を可能にするものです」と語るのは、ユナイテッド・アクセス・ニューヨークの社長であり創立者、及びWheely NYCの共同製作者のダスティン・ジョーンズ氏。

前途有望な最新の開発である一方、価格の問題があります。研究者たちによる適正価格は、現段階では1台2000ドル。これが、平均的な電動車椅子の約2倍に相当する額であることを踏まえて、今後2年以内に生産ラインに乗せて、世に送り出していきたいーHoo-Box社は、このように考えているようです。

[引用元] https://vimeo.com/180916378

(text: 岸 由利子 | Yuriko Kishi)

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