テクノロジー TECHNOLOGY

スポーツは「観戦」から「同化」するものへ。高専生が生み出した『シンクロアスリート』の可能性 前編

吉田直人

従来のスポーツ観戦スタイルといえば、映像、あるいは会場での生観戦。手法は違えど、試合を俯瞰するという行為によりその“視点”は共通している。そこに新たなスタイルと注目されるのがVRを使った観戦だが、独立行政法人国立高等専門学校機構東京工業高等専門学校(以下:東京高専)のチームが開発した『シンクロアスリート』は、VR(ヴァーチャル・リアリティ)やモーションベースといったテクノロジーを活用し、アスリート目線の臨場感あふれる体験を提供する。選手たちを俯瞰するのではなく、選手と同化する。新たなスポーツ観戦システムを作り出した彼らに、開発の経緯について聞いた。

アスリートの世界へ没入。
仕組みは学生オリジナル

専用のゴーグルを装着し、座席に腰掛けると、たちまちアスリートの視点へとダイブする。
「氷上の格闘技」とも呼ばれるスピードスケート・ショートトラックや、激流を乗りこなすカヌー・スラローム、さらに、トラックを疾走するレーサー(陸上競技用車いす)。さまざまなアスリートの目線と動きに合わせて、ディスプレイに映る景色がリアルな音声とともに流れ、座席自体も上下左右に可動する。「リプレイモード」と「リアルタイムモード」という2つの機能を搭載しており、前者は、予め収録した競技映像と動きを用いて、ユーザーが実際に競技をしているような体験をすることができる機能だ。収録には、360度カメラと、加速度センサーを内蔵したスマートフォンを使用する。後者は、前者における2つのツールに加えて、ライブ配信用の小型サーバを選手に身につけてもらい、今まさに競技をしている選手の目線と動きを、ユーザーがリアルタイムに体感することができる機能。アスリートと同化した臨場感溢れる体験は、もはや“競技観戦”の領域を越えていると言えよう。

その体験は、選手目線の映像を再現するヘッドマウント・ディスプレイ(HMD)と、選手の動きを再現するモーションベース(=通常、自動車や航空機、宇宙船の操縦試験、訓練に用いられる可動式の装置)によって生み出される。設計、部品加工、組み立て、プログラミングまで、すべて東京高専のオリジナルだ。

新たなスポーツ観戦システムは、『第7回ものづくり日本大賞』(※1)でも評価され、内閣総理大臣賞を受賞。今年10月に開催された『国際福祉機器展』でも展示され、東京2020でカヌー競技が開催される東京都江戸川区との協業も進行中だ。今回は、初期開発メンバーの1人で、ソフトウェア部分を担当した瀧島和則さん、松林勝志教授、山下晃弘准教授、現在のチームメンバーである米本毬乃さん、一瀬将治さんに話を伺った。

※1:『第7回ものづくり日本大賞』における「ものづくりの将来を担う高度な技術・技能」分野「青少年部門(大学・高等専門学校・専門学校クラス)」にて受賞。

開発のきっかけは学園祭の「ジェットコースター」

『シンクロアスリート』開発の経緯を語る瀧島和則さん

「シンクロアスリート」開発の経緯について教えてください。

瀧島:発端は、3年前(2015年)に、当時のクラスメートの1人が「ジェットコースターをつくりたい」と言い出したことでした。けれども、実際にジェットコースターのコースをつくって教室で走らせるのは危ないと。そこで、モーションベースを用いて、「ヴァーチャル・ジェットコースター」という形で擬似再現できるのではないかと思い、学内の文化祭に向けて開発をして、当時は装置の動きも遅かったのですが、なんとか完成させることができました。

松林:その時は、布でスクリーンをつくって、3台のプロジェクターを使ってジェットコースターに乗車時の映像を投影しました。映像は全部CG。計算作業に1ヶ月ぐらいかかりましたね。

瀧島:学園祭で展示したところ、乗った人みんな、キャーキャー言っていて、「凄くよくできたね」と大好評でした。すると、その翌年の高専プロコン(=全国高等専門学校プログラミングコンテスト/※2)の課題部門が、東京2020が近いこともあり「スポーツ」がテーマだったんです。そこで、ヴァーチャル・ジェットコースターの仕組みをスポーツに応用してみてはどうかということになりました。カメラでスポーツの映像を撮影し、センサーを用いて選手の動きを収録して、モーションベースで再現すれば、スポーツにおける実際の動きと映像を体感してもらうことができるのではないかと。なんとかコンテストに間に合わせて、結果的に最優秀賞を頂くことができました(※3)。

※2「ロボコン」で知られる『全国高等専門学校ロボットコンテスト』初開催の翌年(1989年)から開催されている高専生によるプログラミング大会。

※3:文部科学大臣賞、最優秀賞、情報処理学会若手奨励賞を受賞した。

東京2020の開催自治体もバックアップ

開発で工夫された点はどんなところですか

瀧島モーションベースという装置は通常、自動車の運転や、航空機の操縦シミュレーションに用いるため、正確な動作が求められますが、私たちは、精度はある程度担保した上で、人が乗って選手の動きを楽しめる装置を目指して作りました。映像については、今までは選手目線のスポーツ観戦が難しかったので、実現できれば、技術的にも観戦のスタイルとしても面白いのではないかと考えていました。

松林:さらに工夫したポイントは、装置の小型化です。モーションベースは、大きな物になると油圧システムを使います。そうなると金額も大変高価ですし、体積も重量も大がかりになってしまうので、スポーツ会場やその付近まで運搬することが困難になると考えました。ですので、『シンクロアスリート』のモーションベースは電動式を採用して、小型化に成功しています。通常のモーションベースと異なる点は、水平回転ができないことですが、それはHMDに360度映像を映すことで補完することができました。

例えばカヌーなどは、動きもダイナミックなので相性が良さそうですよね。

松林はい。3軸のシステムで水平を保ったままの上下運動が可能なので、それを活かしたスポーツが良いだろうと,考えました。アイディアとして浮かんできたのがカヌー競技です。上下運動で船の動きをリアルに再現することができます。そこで、東京2020でカヌー競技の会場となる江戸川区にお願いをして、江戸川区カヌー協会さんを紹介して頂きました。江戸川区としても競技施設はできるけれど、区としてどのように区民の方々の理解を促す広報活動を展開していこうか、ということも課題だったようです。そこに『シンクロアスリート』のお話をして、全面協力して頂けることになりました。

「着席位置の違い」までわかる精巧さ

東京2020の開催も追い風になっているのですね。逆に、開発で苦労した点はありますか。

瀧島(昨年卒業した)機械工学科の学生が作ったハード部分と、私たち情報工学科の学生で担当したソフトウェアのすり合わせが大変でした。

具体的にどんなすり合わせをするのでしょうか。

瀧島:「機械本体」と機械を制御する「モータードライバ」とモーターに指示を送る「コンピュータ」と3つの系統があって、各部分で通信・電力のやりとりをする必要があります。コンピュータの指示が誤って伝達されると、ドライバが故障してしまったり、正常に動作しなかったりするんですが、実際に組み立てて試験運転してみるまでわからない。だから、通信の不具合チェックが開発の最終段階になってしまい、そこからの修正が大変でした。

ユーザーが着席するシート下部にあるモーションベース

ライブ配信の開発にも結構苦労しました。スポーツ会場での生中継ならば、電波の伝達速度の都合上、実際の競技と映像や動きに多少のタイムラグが生じるのは許容範囲です。しかし、展示会等でライブパフォーマンス的に見せる場合は、5秒、10秒遅れたら話になりません。その遅延時間をいかに減らすかはかなり苦労しましたね。現在はWi-Fi回線を使用して動かしていますが、遅れはほぼ感じない状態に持っていくことができています。

今年開催された江戸川区の展示会(『第20回産業ときめきフェア in EDOGAWA』)や『国際福祉機器展』でも展示されていましたが、体験した方の声はいかがでしたか。

米本:小さいお子さんから高齢者の方まで幅広い層の方に乗って頂きましたが、アンケートをとってみると、「楽しかった」という声も多く頂き、狙いどおりでした。シンクロアスリートによって、ひと味違ったスポーツ体験を楽しむことができるという実感を得ることができました。

松林:カヌーのクラブハウスで関係者にも乗ってもらうと「非常にリアルでよくできている」という意見を頂きましたが、一方で「普段座っている位置よりも前方に座っている感じがする」と。なぜならば、カメラの位置が実際のカヌーのシートよりも少し前についているからなんです。つまり経験者にとっては、通常との場所の違いまでわかるほどリアルに仕上がっているということです。実際にシンクロアスリートの動作と、本物のカヌーの動作を波形比較してみたところ、ほぼ一致していました。安全面を考慮して、激しい動きはカットしていますが、ほぼ完璧に再現できています。波形が一致するように、機構学を用いて計算を行ったので、一致するのは当然といえば当然なのですが、実際に一致していると嬉しいですよね。

後編へつづく

(text: 吉田直人)

(photo: 河村香奈子)

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ルーツは日本にあり!意思の通りに動かせる最新義手“X-Finger®”の開発者を直撃【the innovator】

中村竜也 -R.G.C

アメリカDidrick Medicalが開発した “X-Finger®”は、難しい装置を使わずに、使用者の自指の動きに合わせて自然な指先の動きを実現、指欠損者が日常を取り戻すための助け手となっている。そんなX-Finger®の考案者で同社CEOのダン ディドリック氏は日本の技術に絶大な信頼を寄せている一人だ。来日中のダン氏を直撃、X-Finger®の誕生秘話と、ダン氏と日本のつながりについて伺った。

X-Finger® 最初のクライアントとなったのは戦争で指を失った軍人。普通、指を失った軍人は退役せざるを得なくなるのだが、ダン氏のもとを訪れた男性は再度、軍のテストを受けたいという強い意志があったという。X-Finger®の第1号使用者が、戦地に向かう軍関係者となれば、国が認めるほどのクオリティを持っていることの証しにもなる。世に出すためのまたとないチャンス、「やり甲斐のある仕事、全力で挑みました」。しかし、ここまでの道のりが平坦だったわけではない。

日本で思い出した自分の道

空手を始めとする日本のの文化が好きだったというダン氏は、大学を卒業して1週間後には日本へと渡る。まず横浜駅で英語の地図を入手、そこからどこに住めるのかと考え、川崎に向かったのだ。「ノープランにもほどがありますよね()」。その後、英語講師としての職を見つけて、川崎で暮らし出す。工業地帯という川崎の場所柄なのか、ある日、仕事で指をなくした人との出会いがあった。ひょんなことから、彼のために義指を作ることになり、プレゼント。すると、彼の顔がパッと明るくなったのだ。このことをきっかけに、ダン氏は英語講師を辞める決意をしたという。「今まで自分がやってきたことと、また向き合ってみようと思ったんです」

実はダン氏、幼いころから特殊メイクが大好き。元々手先が器用だったダン少年は、特殊メイクをすることにのめり込み、13歳の時には特殊メイクのHow toビデオを発売するほどの腕前となっていた。ダン氏18歳頃のこと、ある日、歯科医師の父から「自分の患者のために鼻と上唇を作ってくれ」とのオーダーを受けた。

「父の患者に、9本の歯と上唇と鼻を口腔癌の手術で失ってしまった方がいたんですね。父はその方の義歯を作ってあげたのですが、地元の病院が彼女のために作ったエピテーゼ(人工ボディ)の完成度がかなり低かったんです。それを見た父が『息子がエピテーゼを作った方が、もっといい物が作れる』とその患者に伝え、了承を得たので、得意の特殊メイクの技術を駆使し製作しました。そして彼女が、完成したエピテーゼを初めて着けた時に、嬉しくて泣きだしたんです。私にとっては、特殊メイクアップアーティストとして初めての仕事であったと同時に、その経験が私の人生を大きく変えました」

川崎での出来事は、当時の思いを蘇らせた。ただ、日本語もあまり喋れず、義指を作る会社へのコネクションもない日本では、なかなか道は険しいと判断。7年間住んだ日本を離れ、故郷フロリダに戻る決意をし、顔の失われた部分を復元する顎顔面技工士の会社を始めた。

その会社での初めての患者は、3本の指を失い手話もできない、しかも耳も不自由という方だった。家族とコミュニケーションをうまく取るためにも、曲がる義指を作らなければと考えた。多くの義指は、いくつかの専門会社が各パーツを作り、ひとつの義指を完成させるのが通常であり、ダン氏のように1人ですべて完成させるスタイルは極めて稀なこと。そして、この経験こそがX-Finger®の始まりの前夜となったのだ。



そこからX-Finger®の開発に取り掛かる準備を始めたダン氏だが、販売を開始するには、特許やCAD含め1000万円近く掛かることが分かった。「当時はまだ経済的に厳しかったこともあり、自分の力ですべて挑戦してみることに決めたんです。そして数々の試練を乗り越え、第1号の試作品を完成することができたのです」

それから2年の歳月をかけ、ようやく保険会社の認可を得ることができた初期のX-Finger®の様子がこの動画で確認出来る。

「やはり開発には予算というものがつきもので、私もそこに苦労をしてきました。でも逆を言えば、高いモチベーションと情熱を持つことができたとも言えるのです。お金を理由に辞めるわけにはいかないじゃないですか。そこで考えたのが、様々なコンテストにX-Finger®を出すということ。なぜならそこには何千万という賞金があったからです」

投資家からのオファーももちろんあったという。しかし、目の前にぶら下げられた人参を容易に掴んでしまえば、X-Finger®の未来はないとダン氏は判断したのだ。そして、自らの判断を信じるべく、高い志のもとコンテストに臨んだ結果、数々の優勝を手にし、開発費用となる賞金を手に入れていった。それだけではない、優勝という二文字は、どんなものにも勝るPRとして、瞬く間にその名を世に広めていくのである。

日本での開発・製造に踏み切った理由

「中国の工場は、最初はすごくいい完成度で各パーツを作ってくれるのですが、時が経つにつれて完成のクオリティがどんどん落ちていくんです。そのことに悩んでいた最中、現在Didrick Medical Japanとして稼働している、愛和義肢製作所の林さんが私にコンタクトを取ってきてくれました。私は日本に住んでいた経験があるので、日本製のクオリティの高さをよく知っていて、それはもう嬉しかったですね()。現在も、様々な国でX-Finger®を作っていますが、やはり日本製の質の高さは飛び抜けています」

現状に満足しないからこその品質の高さ

「おそらく多くのX-Finger®ユーザーは満足してくれていると思います。でも私自身、デザイン、機能性とも常に上を目指しているので、まだまだ満足していない状態です。もっとよくできるはずなんです。作り手側の人間なら分かると思うのですが、満足のいった最新作だから販売しているはずなのに、すぐに改良点が見えてくる。発明家がだいたいお金持ちになれない理由がそこです()。まだちょっとお見せできませんが、今回来日したのも、新しいアイデアを愛和義肢製作所に伝えたかったからなんです」

そして最後にX-Finger®が切り開く未来を、どのように考えているか伺った。

「一番の願いは、私が考案したX-Finger®を、若い世代の方々にもっと素晴らしいものへと進化させていってほしいです」

今ここにある製品は、きっとダン氏にとってはすでに過去の物なのだろうとお話を聞いて感じた。使用者の話をしっかりと聞き、受け止める作業の繰り返しが、新たなひらめきのきっかけになる。そんな彼の頭の中は現在進行形で何年も先を見据えているに違いない。

※X-Finger®は平成30年度に厚生労働省 補装具の完成用部品に登録され、公的支給の対象となり、労災でも対応可となっている。

Didrick Medical
 https://www.x-finger.com/index.html

株式会社 愛和義肢製作所 
https://aiwa-gishi.jp/

(text: 中村竜也 -R.G.C)

(photo: 壬生マリコ)

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