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プロスポーツ選手ケア知識を地域医療に生かす「武蔵野アトラスターズスポーツクリニック」

日常生活で首や腰を痛めた、スポーツでケガをしたなど体の不調や異変を感じた際に、まずどこへ行くべきだろう。リラクゼーションサロンでは心もとないし、外科だとすれば整形? それとも鍼灸院や整骨院? 自分で調べてみたものの、判断に自信が持てない場合もあるかもしれない。「三鷹駅」から徒歩数分、武蔵野市にある「武蔵野アトラスターズスポーツクリニック」は日本にはごく少数しかない、スポーツチームと連携したクリニック。スポーツ医学のノウハウをアスリートだけではなく、一般の患者にも展開し、日々治療を行っている。「診療科目は普通の整形外科。スポーツ現場で培ったノウハウを活かした診療を行っているのでスポーツクリニックと銘打っていますが、アスリートに特化した敷居の高い場所ではないので、一般の人にもどんどん来てほしい」と語る院長の丸野秀人氏に、同クリニックが手掛ける治療やプログラムについて話を伺った。

アスリートケアで培った
ノウハウを選手と地域住民に還元

「武蔵野アトラスターズスポーツクリニック」は、日常的にスポーツへの医療サポートを充実させたいという理念のもと、地域のラグビーチームの協力と、企業による経済的な支援により2018年に開院したクリニック。院長を務める丸野氏はラグビーチーム「横河武蔵野アトラスターズ」のチームドクターとして長年選手の支援に携わってきた人物だ。自身もラグビー選手としての競技経験を持ち、スポーツ医学の知見とノウハウを豊富に備える丸野氏は選手からの信頼も厚い。

武蔵野アトラスターズスポーツクリニック 院長 丸野秀人氏

「ラグビーというとすごくケガが多いイメージを持たれるかもしれませんが、選手は日々、危険性を認知しながら取り組んでいます。他のスポーツと比べて特別多いかというと、そうでもないんですね。関節の靱帯損傷や骨折、捻挫に肉離れなどの負傷は、競技を問わずアスリートにはつきものです。肉離れひとつとっても、症状によって軽度(1度)、中程度(2度)、重度(3度)と重症度が異なります。また、ラグビーであれば、選手のポジション、持ち味により身体で気をつけるべき所は変わります。短・長距離を走ることが多い選手、しゃがむ、パスを渡すことが多いポジションにいる選手、タックルが得意な選手というように、選手の特徴、プレイスタイルにより強化するべきポイントは違うので、疾患や外傷のケアにも個別性が問われます。一人ひとりに合わせた治療を目指してプログラムを組むことが、チームドクターの役割としては重要なことです。ケガをした場合のリハビリに関しては、一般の医療機関で行うリハビリと共に、競技復帰に向け、一歩進んだジムトレーニング機器を使っての『アスレティックトレーニング』を行っています」(丸野氏)

また、「横河武蔵野アトラスターズ」と合わせて女子ラグビーチーム「横河武蔵野アルテミ・スターズ」とも連携している同クリニックは、女性アスリートのサポートにも力を注いでいるという。女性アスリートの身体のケアは、現在ホットな話題のひとつ。無理なトレーニングが原因で月経不順、月経過多となることは少なくない。近年は大学病院などでも女性アスリート外来ができるほど、女性アスリートに対してのヘルスケアの重要さが認知されはじめている。食事制限や運動の負荷など、ストレスが重なると無月経に陥る女性アスリートも。長期化すると女性ホルモンのひとつ、エストロゲンが減少し、骨密度が低下、疲労骨折や、骨粗しょう症になるリスクが大きくなるのだ。

同クリニックでは月に2回、婦人科の女性医師を迎え、月経調整やピルの処方など、女性アスリートがいつでも悩みを相談できる環境を整えている。

ヨーロッパのビッグクラブチームであれば、充実した設備を備えた専属のクリニックを抱えていることも珍しくはないが、日本は欧米ほどスポーツと経済が密接に結びついておらず、医療サイドに還元できるほどの収益を上げているスポーツはそう多くない。

「日本のスポーツはアマチュア志向が強いこともありますし、保険診療の縛りもある。必要なときはここに通えばよい、という医療機関をチームが提供できるのが理想ですが、これまでの慣習としても、金銭面においても実現するのはなかなか難しいんですよね」と丸野氏。クリニックの開業はだからこその挑戦とも言える。アスリートが気軽に頼れるドクターとして、診療を続けている。

順調な選手人生のために必要な
ジュニア選手のケア

さまざまなスポーツでジュニアやユースのクラブチームができる中、早くから選手を目指してトレーニングに励む子どもたちも増えている。選手として伸びる時期と成長期が重なる子どもも多いため、ジュニア選手の身体的ケアの重要度は大人よりも増すとも言われる。身体のケアを怠れば、選手としての寿命を縮めてしまうこともあるからだ。高校野球の投球制限のニュースは記憶に新しいが、未来ある子どもたちの選手生命を守るための取り組みはさまざまな形で始まっている。

そんな意識の高まりからか、同クリニックには運動系の部活動やスポーツクラブに所属する小中高生も多く通い、その割合は患者全体の約20%にものぼるという。「成長痛」と括られることが多い痛みについても、スポーツからの影響が出ていることもあるようだ。骨が大きく成長しているときに、過度な練習で負荷がかかりすぎることで、腱の炎症や骨端線損傷、疲労骨折間際の骨膜障害に悩む小中高生も増えている。

「同じ学年でも4月生まれと3月生まれでは身長や体格も違えば、適した練習方法だって異なるのに、部活動では一緒に練習することになる。その結果、ある子は体に痛みが出るけど、別の子には出ないということが起こり得るわけです。

その時期からメンテナンスやケアを行うことで痛みは防げるはずですし、選手生命を長く保つこと、健康的に競技に臨めるのは間違いないことですが、指導者がそれを理解せずにとにかく練習しろ、という現状はよくないと思っています」(丸野氏)

学校現場では、たとえば内科や歯科、眼科のかかりつけ医は持っていても、整形外科はほとんどない。怪我をした際に、そのスポーツに対する専門的知識を持つ指導員がいないために、的確な指導が受けられず、困っている子どもたちのためには、「医療サイドからの啓蒙活動も重要」だと丸野氏は強調する。

今後は日本スポーツ協会を通じて、指導者に外傷のケアについて勉強会を開いたり、武蔵野アトラスターズと武蔵野アルテミ・スターズと関係のあるラグビースクールやサッカーチームの父兄に向けての講演を計画しているという。

「医学的な処置が必要といった時に、知識がないばかりに何となく整骨院に行って治療をしてもらう、という流れも解消したい。ファーストタッチとして整形外科に来てもらい、そこから理学療法士がついて物理療法や運動療法を行うのか、やはり整骨院でよいのか判断するフローを作ったほうがいいですよね。整形外科と整骨院もお互い顔が見えていれば、患者さんに『あの先生は信用できるから、行ってくるといいよ』と紹介もしやすいし、勉強会などを通じて知り合いになるのも大切だと思っています」と、丸野氏は体制の強化にも意欲を示している。

田中将大選手も受けた再生医療、
PRP療法とは

また、現段階では保険診療外のため、自費治療という扱いにはなるが、再生医療のひとつである『多血小板血漿(PRP)療法』はアスリートの治療法としてメジャーになりつつある。

『多血小板血漿(PRP)療法』とは、出血した際に、組織を修復する細胞の働きを誘導する因子がたくさん入った血小板の働きを利用した治療法で、スポーツによる慢性的な膝、肘、肩、アキレス腱などの腱や筋肉の治療促進が期待できる。患者自身の静脈血(通常10ml)を採血し、遠心分離機にかけて血小板だけの層「多血小板血漿(PRP)」を抽出・作製したPRPの注入液を患部に注射する。

個人の治癒力を活かす治療法のため、治療効果には個人差があり、病態や疾患の進行度合いによって、必要な回数も変わってくるが、自分自身の血液を採血するため、特別な副作用が出にくいことが特徴として挙げられる。

「どんな症状でも絶対治るとまでは言い切れないものの、通常治らなかったものが治る確率が上がるという点で注目されています」(丸野氏)

元はシワ伸ばしなど形成外科領域やインプラントなど歯科領域で使われることが多かったこの技術がスポーツの分野で注目されるようになったのは、ニューヨーク・ヤンキースの田中将大選手が数年前、右肘靱帯を負傷した際に靱帯再建手術ではなく、PRPでの治療でリーグ復活を果たしたことが大きい。

処置はクリニックを受診した当日に受けることができ、採血からPRP抽出液を作るまでも10分程度と、治療にかかる時間が短いことは重要なメリットだ。なお、同クリニックでの取り扱いはないものの、血液加工物の関節内投与と定義される2種(再生医療新法)であれば、変形性膝関節症や軟骨が変形した人への治療も行えるため、認知の拡大に期待がかかる。

加齢による体の変調で、整形外科のお世話になる機会は増えていくが、「スポーツクラブがあって、地域のみんなが健康増進のためにスポーツをして、そしていつでも相談しにいけるクリニックがある。そのようなユニットがいくつもできるのが、まさに理想」と話す丸野氏。スポーツを楽しむ人が増えれば地域の健康増進にもつながる。目指しているコミュニティの在り方、「全ての人にとって理想の関係」を実現するため、スポーツ医学で身につけた知見を元に地域に根ざしたクリニックとしてその役割を果たそうとしている。

武蔵野アトラスターズスポーツクリニック
https://musashinoasc.com

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人工関節から高齢化社会のQOLを考える。上智大学 久森紀之教授が挑む生体機能材料研究

浅羽 晃

高齢化社会が進むにつれて、ますます重視されているのがQOL(Quality of Life/生活の質)だ。単に長生きできればいいというものではなく、命あるかぎり、充実した日々を過ごしたいという思いは、すべての人に共通するだろう。ところが、年齢を重ねるとQOLを損なうさまざまな事象と向き合うことになる。骨や関節軟骨などの変性による、骨粗鬆症、変形性脊椎症、変形性関節症などの疾患はその典型だ。上智大学理工学部機能創造理工学科では、人工関節を中心とした生体機能材料の研究によって、骨や関節に悩みを抱える患者を救おうとしている。研究のリーダーである久森紀之教授にお話をうかがった。

人工関節の多くは輸入品だが、
そのことによる問題も生じる

人工関節には、膝関節、股関節、肩関節、肘関節などがあるが、久森教授が専門領域としているのは人工膝関節だ。変形性膝関節症や関節リウマチによって膝関節の損傷が進むと、人工膝関節置換術という手術が行われ、その件数は現在、年間8万件に達する。これほど広く用いられている人工膝関節だが、まだまだ改良の余地は多い。

「日本で使われている人工関節はほとんどがアメリカやヨーロッパから輸入したものです。もちろん、手術においては患者さんの形状にできるだけ合った人工関節を選ぶのですが、輸入品は欧米の人の体型や体格、生活様式に合わせてつくっています。すなわち、日本人の患者さんに、完全に合っているとは言えないわけです。輸入品に頼るのではなく、日本人の体型、体格、生活様式に合わせた人工関節を、出だしから考える必要があります」

新たな独自の人工関節を設計する際は、日本の実情に合わせて、耐久性の向上も考慮される。現在の人工関節の耐久性は10~15年とされているが、高齢化が進む日本においては現状の耐久性が二次的な問題を発生させる恐れがあるのだ。

「70歳で人工関節にすると、80~85歳のときに交換する必要があります。高齢での手術は患者さんにとって肉体面、精神面で大きな負担になりますから、予期せぬ疾病を誘発するリスクもあるでしょう。そこで私たちは現状の2倍、20~30年の耐久性を目指して、研究・開発を進めています」

日本人の体型、体格、生活様式に合い、耐久性も向上させた人工関節をつくるとなると、素材と形状の両面から改良を進める必要がある。

「現在、人工関節の土台となるパーツの素材はチタンが一般的です。体内に入れていても毒性のある成分が出ることはないうえに、軽くて丈夫なことから選ばれているのですが、体に本当に適しているのかというと、確証はありません。そもそも、人工関節に使われているチタンは医療用に開発されたものではなく、航空機の材料として用いられているものです」

現行のチタンが、人工関節の素材としてベストであるとはかぎらないのだ。しかし、久森教授は、現時点ではチタンから離れるつもりはない。チタンを主成分としたチタン合金で、最適な素材がないかと探っている。

「まったく違う素材で、より人工関節に適したものがあるかもしれません。しかし、その素材を発見し、さらには安全性を検証して認可を受けるとなると、長い時間がかかります。私たちの仕事は、研究成果を社会にフィードバックする使命もありますから、スピードは重視します。そうなると、より優れたチタン合金を開発するほうが現実的なのです」

高度な医療である機能創造の研究を
慶應大学医学部とジョイントで行う

膝の動きを忠実に再現できる装置を開発した。たとえば、この装置に膝関節の模型を取り付けると、前十字靭帯や後十字靭帯、外側側副靭帯や内側側副靭帯にどのような力がかかるか、正確に測ることができる。

チタンについては、その長所である高い強度が、人工関節においてはマイナス要素となっている面もある。

「骨に対してチタンが強すぎるのです。我々の骨というのは体に力が入ることによって、毎日、入れ替わり、骨に力をかけないと痩せてきてしまいます。体内にチタンを入れると、チタンが力をもってしまい、場合によっては骨が痩せてしまうことがあります」

形状の改良については、ここ10年ほどで急速に進化かつ一般化した3Dプリンタが大いに役立っている。

「従来の人工関節は、いくつかあるサイズのバリエーションのなかから、患者さんに合ったものをインプラントしてきたわけですが、3Dプリンタを使うことにより、オーダーメイドで人工関節を提供できるようになります。ジャストフィットサイズのものを提供でき、骨質も考慮できるという意味では、3Dプリンタは整形外科領域において、非常に有効な手段になっています。実際に私たちも、チタン合金の粉末を使って3D造形した人工関節のサンプルをつくっています」

上智大学理工学部機能創造理工学科は、人工関節をはじめとする機能創造の研究を慶應義塾大学医学部と共同で行っている。

「ドクターは医者の考えで患者さんに向かいます。我々は医療で必要な実験の手法や、解析の方法、シミュレーションといったものを工学部の知見をもって行います。両者がジョイントすることで、医学に貢献することができれば、すばらしいことです」

上智大学理工学部と慶應大学医学部のジョイントによる大きな成果のひとつが、膝の動きを模擬できる装置の開発だ。この装置を用いると、膝を伸ばしたり、曲げたり、ひねったりという生理的な動作を忠実に再現できて、そのときに、膝関節のどの部分にどれだけの力がかかっているかを計測することができる。

「たとえば、どのような方向に、どれくらいの力を入れたら靭帯が切れるのかということがわかります。それを医学的なデータとして活用すれば、もっといい手術の手法や再建が提案できたり、新しい素材を使った人工靭帯をつくったりすることも可能でしょう。

痛みを解消する新しい装具は
膝の根本的な治療を可能にする

慶應大学医学部、義肢装具メーカーと共同開発した装具は膝痛の根本的な治療も可能にして、歩く楽しさを取り戻す。

膝を傷めている患者の歩行をサポートする装具も、上智大学理工学部機能創造理工学科と慶應大学医学部とのジョイントで開発した医療器具のひとつだ。

「膝が悪くて歩けないというのは、多くの場合、骨と骨が擦れて痛いからなのです。従来は、サポーターなどで膝を固定し、骨と骨が擦れないようにするという対処法が一般的でした。しかし、これでは治療を先延ばししているだけであり、膝の周りの筋肉は衰えるだけです。私たちは、骨と骨が離れていれば痛くはないという点に着目して、新しい装具を開発しました」

具体的には、装具の膝の部分に設けたリンクによって、膝を伸ばした状態のときには大腿骨(太ももの骨)と脛骨(膝から下の脚の骨)が強制的に離れるような仕掛けをつくり、骨と骨の接触を防いでいる。

膝の部分にリンクを設けたことにより、膝を伸ばしたときに大腿骨と脛骨が強制的に離れるようになっている。

「理論的には、大腿骨と脛骨が離れれば痛まないのですが、膝の小さなリンクによって本当に体重を支えられるのか、大腿骨を実際に持ち上げることができるのかということを、各種の計測により数値で示し、効果をエビデンスとして証明しました。実際に、この装具を試用した方からは、まったく痛みを感じずに歩くことができると、好評をいただいています」

この装具は、慶應大学医学部ならびに沖縄の義肢装具メーカーと共同で開発した。

「一般的に、現代の研究は、一個人や研究室だけで成果を上げることは難しい。工学があり、医学があり、メーカーがあって、チームとしてまとまることが非常に大事なのです。プロフェッショナルな集団が集まることによって、研究の成果が世に出るスピードが早くなります。工学だけでバイオマテリアルの研究を進めることには限界があると思います」

久森教授が進めている研究のなかで、実用化すれば有意義なもののひとつに、人工骨の新素材がある。現在、人工骨の主原料は歯磨き粉にも用いられているアパタイトであり、久森教授もアパタイトを基本とした素材を想定している。

「アパタイトとコラーゲンをミックスした材料を体に入れれば、骨の生成が早くなるのではないか、サンゴのような生物由来のカルシウムも利用できるのではないかなど、仮説を立てて研究しています」

近年、サンゴの白化現象が、地球温暖化を原因とするシンボリックな出来事として報じられている。環境悪化を食い止めることがなにより大事なのだろうが、死滅したサンゴの有効利用を考えることも大切な視点だろう。そこには久森教授の研究に対する信条が表れているように思える。

久森紀之(Noriyuki Hisamori)
1971年、東京都生まれ。工学院大学工学研究科工学化学専攻博士修了。1999年より、上智大学理工学部機能創造理工学科にて、高度医療技術に用いる生体機能材料について、ならびに環境強度および破壊力学に基づく構造物の安全安心性について研究中。現在、理工学部教授。慶應義塾大学医学部スポーツ医学総合センター非常勤講師。ソフィアオリンピック・パラリンピックプロジェクト研究部会長。研究の先には患者さんがいるので、「誠実に、謙虚に」がモットー。

(text: 浅羽 晃)

(photo: 増元幸司)

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