対談 CONVERSATION

「OTOTAKEプロジェクト」鼎談後編 最大の目的は“選択肢”を増やすこと

宮本さおり

“楽しい”と“悔しい”の感情が入り混じり進められていることが分かった「OTOTAKEプロジェクト」。プロジェクトの中心にいるのはもちろん乙武洋匡氏だ。だが、このプロジェクトはビックネームが挑戦しているということだけには留まらない。むしろ“ポスト乙武”が生れることを望んでいると話す乙武氏。プロジェクトの先にどのような未来を見ているのだろうか。プロジェクトを技術の面で支える遠藤謙氏と編集長・杉原行里の鼎談はますますヒートアップしていく。

杉原:乙武さんを二足歩行させることに挑戦している「OTOTAKEプロジェクト」には多数の問い合わせが来ているそうですね。

遠藤:理学療法士の方からの問い合わせが圧倒的に多いですね。このプロジェクトに関わりたいという人は増えてきていて、 “「OTOTAKEプロジェクト」を応援するプロジェクト”もあるんです(笑)。

杉原:素晴らしいですね。僕はこういうことこそが今の日本に必要だと思っているんです。「OTOTAKEプロジェクト」を通して、それぞれカテゴライズされて繋がっていなかった医療、医学、福祉がリンクして見えてきたような気がします。例えば、理学療法士については、今の日本の法律ではかなり厳しいしばりがあると聞きます。

遠藤: 確かに、活動にしばりがあるとは聞きますが、それが良い場合もあるという人もいます.例えばアメリカでは理学療法士が自分で開業できる権利が与えられていますが、日本はまだそれはないですよね。自由度が増すという意味ではいいのかもしれませんが、開業する理学療法士が急激に増えた場合、保険適用内のリハビリテーションの質が下がってしまうという危険性もあると伺いました。そしてこれは実際にアメリカで起こっていることということも聞きましたし、日本は改善余地はいくらでもあるとは思いますが,今は一応バランスがとれているんだなと思いました。リハビリは基本的には院内で行われ、質の担保がされています。日本でも、理学療法士は自費のリハビリテーションなら医師の指示がなくてもできるのですが、理学療法士として開業する人は少ないです。リハビリテーションって、1時間やっても5000円程度。毎日患者さんが来てくれるなら成り立つかもしれませんが、開業してもやっていける人はなかなか少ないらしいです.

福祉用具のフェラーリとは

杉原:先ほど“選択肢”という話をしましたが、僕は全部の自動車が乗用車やファミリーカーである必要はないと思っています。その中にスポーツカーがあったり軽自動車があったり。例えば、スポーツカーを助成金で買うのは違和感がある、ロボット義足や義手が世の中の標準になるのか、それとももっと遠いところを目指しているのか、どういったビジョンで進められているのですか?例えば今回のロボット義足や義手は将来的には保険適用の枠組みとして世の中で標準化されるべきか、それとも自由診療の枠組みにするべきか、そのあたりはどうお考えですか?

乙武:今回のプロジェクトを進めていくなかで、私でさえ色々と体の難題が見つかってきたので、同じ欠損の方でも感じ方は千差万別だろうなと思います。8割ぐらいの方が「これ使えるね」というものならニーズが出て価格も下がってくるので保険適用の対象になるのかもしれませんが、1~2割の人しか使えないとなると、やはり難しいと思います。

遠藤:私が技術者として言えることは、「今我々は“フェラーリ”を作っています」ということ。乙武さんという影響力を持った人がリードユーザーとして義足を装着することによって、違うマーケットも生まれるし、社会に対する影響力もすごく大きい。最新技術の研究をしやすい環境が生まれるんですよね。でも、フェラーリを作るところから生まれた技術のどこを落とし込めばプリウスが生まれるのかということは、また次のステップになるわけで、そこに直接繋がっているわけではないんです。

福祉用具に選択肢を示すための挑戦 

杉原:なるほど。乙武さんはF1ドライバーでありリードユーザーという立ち位置だということですね。今回の「OTOTAKEプロジェクト」のように、ハードウエアとソフトウエアを全体的なパッケージとしてみせてもらえた方が、世の中に理解されやすいですよね。僕は密かに遠藤さんのコンペティターがもっと現れたら、もっとおもしろくなるだろうなって思っているんです。

乙武:そうですよね。実はそれは私自身も抱えている問題です。乙武のコンペティターがいないんですよ。私が活動を自粛していた時期でさえ、障がい者が巻き込まれる事件やリオのパラの時にはコメントを求められました。約2年メディアから姿を消していたのに、残念ながら私にとって代わる人は現れなかった。私がこの電動義足で歩けるようになったとしても、やはり40年電動車いすで生活してきましたから、これからも生活のメインは電動車いすであることは変わらないと思うんです。じゃあなぜ僕が二足歩行の練習をしているのか。それは世間に“選択肢”を提示したい、ということなんですよね。世の中には二足歩行をしたいと願う人がいる。その人たちに私が歩く姿を届けることで、車いすしか選択肢のなかった人にも「こういう選択肢があるんだ」と気づいてもらえる。オプションとして二足歩行という“選択肢”がある、ということを提示することがこのプロジェクトの最大の目的だと思っています。

前編はこちら

乙武洋匡
1976年4月6日生まれ。大学在学中に出版した『五体不満足』がベストセラーに。卒業後はスポーツライターとして活躍。その後、教育に強い関心を抱き、新宿区教育委員会非常勤職員「子どもの生き方パートナー」、杉並区立杉並第四小学校教諭を経て、2013年2月には東京都教育委員に就任。教員時代の経験をもとに書いた初の小説『だいじょうぶ3組』は映画化され、自身も出演。続編小説『ありがとう3組』も刊行された。おもな著書に『だから、僕は学校へ行く!』、『オトことば。』、『オトタケ先生の3つの授業』など。2014年4月には、地域密着を目指すゴミ拾いNPO「グリーンバード新宿」を立ち上げ、代表に就任する。2015年4月より政策研究大学院大学の修士課程にて公共政策を学ぶ。

遠藤謙
慶應義塾大学修士課程修了後、渡米。マサチューセッツ工科大学メディアラボバイオメカニクスグループにて、人間の身体能力の解析や下腿義足の開発に従事。2012年博士取得。一方、マサチューセッツ工科大学D-labにて講師を勤め、途上国向けの義肢装具に関する講義を担当。現在、ソニーコンピュータサイエンス研究所アソシエイトリサーチャー。ロボット技術を用いた身体能力の拡張に関する研究に携わる。2012年、MITが出版する科学雑誌Technology Reviewが選ぶ35才以下のイノベータ35人(TR35)に選出された。2014年ダボス会議ヤンググローバルリーダー。

[TOP画像引用元:https://note.mu/h_ototake/

(text: 宮本さおり)

(photo: 増元幸司)

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対談 CONVERSATION

脳をヒントにしたAI開発が次のアーキテクチャを作る 自律型AIはどこまでいけるのか

吉田直子

脳科学とAIの融合分野において世界をリードする金井良太氏。金井氏が代表を務める株式会社アラヤでは、人間の脳の仕組みをAI技術に応用し、製造業を中心とした企業に最先端のAIソリューションを提供している。同社が得意とするエッジAIとは何か。そして、金井氏がプロジェクトマネージャーとして参加する内閣府のムーンショット事業の狙いとは。次世代AIの可能性について、HERO X 編集長・杉原行里が聞く!

クラウド不要のエッジAIとは

杉原:御社の強みであるエッジAIとは、なんでしょうか?

金井:エッジというのは、スマホやカメラのような端末のことです。一般的なAIは映像をクラウドにあげて、クラウド上で計算して答えを返しますが、エッジAIはスマホなどのデバイス上で計算するというものです。全部クラウド上で自動にすると、遅延も生じてしまうし、計算が重たいですよね。それを、ディープラーニングまで含めてデバイス上で実行するのがエッジAIという技術です。

杉原:クラウドにいったん上げなくていいということですね。

金井:まさにそうです。そのほうが安価だったりします。

杉原:なぜほかのシステムはクラウドに1回上げるということになっているのでしょうか? アイデアがないのか、気づいていないのか。

金井:みんなエッジでやりたいはずですが、なぜできないかというと計算が多いからです。そこで、計算を少なくするとか、計算をしやすいようにするとかの手法が、我々の技術ドメインになると思います。

杉原:変数が少なくなるという感じでしょうか?

金井:そうですね。入力のビット数を減らしたり、あとは枝刈りといって、計算する時にニューラルネット(人間の脳の働きを模倣する数理モデル)のつながりを減らしても同じような計算結果が出るようにするなどです。

杉原:そう伺うと単純な疑問が出てくるのですが、クラウドに上げて計算したものと、御社のエッジAIで計算したものとでは、この言葉が正しいかどうかわからないのですが、整合性は保てるのでしょうか?

金井:いえ、計算を簡単にしてしまうので、性能は落ちます。ただ性能を落とさずに計算を減らすというようなことを研究開発しています。自動運転などではかなり高い精度が求められますので、実際に我々が手掛けているものは工業製品の検査とかが多いですね。

今のAI開発は野球でいうと
ピッチャー量産型!?

杉原:御社のサイトに掲載されている「お掃除ロボットの例」(https://www.araya.org/about/feature/)ですが、要は機械による自動化は地図に沿って走行計画を作っていくけれど、自律AIなら「部屋をきれいにする」という目的を人間と共有する、という。この言い方が僕はすごくわかりやすかったです。

金井:今のAIの使われ方は、物事を自動化するところがメインで、その先に自律というアイデアがあります。自動というのは人がやり方を教えてその一部をAIに置き換える手法ですが、自律の場合は、目的を与えたらやり方を見つけ出すところまで、AIがやる。さっきのお掃除ロボットだったら部屋をきれいにするためには途中の問題も自分で解く必要がありますが、現状のディープラーニングは自動レベルのものが多いです。我々はそこに強化学習や深層強化学習と呼ばれる手法を取り入れていて、それを使うと自律への道が開けるのではないかと考えています。

杉原:面白いですね。御社はAIに意識を実装する研究もしているとお聞きしましたが、すごくシンプルな質問をしていいでしょうか? 意識ってなんですか?

金井:意識は感覚だと思いますね。ものを見た時は「見た」という感覚が生じるし、痛みを感じたときは「痛い」という感覚が生じる。そういう主観的な感覚のことを意識と言っています。

杉原:五感で感じられることが意識ということでしょうか?

金井:そう、感じる能力ですね。それをAIにもたせようと思ったら、結構具体的なことを考えなきゃいけない。自発性とか、想像力とか、AIが考えるというのはどういうことか、みたいなことを突き詰める必要があります。でも、そういうことを考えていくと、普通のAIとは違う作り方を思いつける。だから、新しいAIのアーキテクチャを考える時のヒントとして、意識をもたせるには?ということを研究したりはしますね。

杉原:この意識をもったAIが、どのような分野に入ってくるんでしょう?

金井:今、仮説としているのは、いわゆる汎用人工知能みたいなものが作られるということです。脳の中にはたくさんのAIが一緒にいる状態で、その合体方法を意識というプラットフォームが示している。今のAIは機能特化型といって、姿勢の推定や、表情の読み取りなど、1つのことに特化しています。だけど人間はそれをうまく組み合わせて考えることができる。だから、今いろいろな人が作っているAIを統合して、ひとつの強力なAIを作る方向になるのではないかと思います。

杉原:野球でいうと、今のAIはピッチャーばかり作っているみたいな感じですよね。でも、金井さんは「野球やろうぜ」と言っている。

金井:そんな感じですね。チームをちゃんと作ろう、という意味です。

ムーンショットで
BMIの技術開発

杉原:御社を知るきっかけになったのが、内閣府が進めているムーンショット型研究開発制度です。目標1のブロックで民間企業として参加しているのは御社だけですが、参加のきっかけはなんでしょうか?

金井:ムーンショットの目標は、「時間と空間と脳と身体の制約から解放される」という突拍子もないものです。これは自分に向いていそうだなと思って、普通に応募しました。

杉原:今回ムーンショット1で、2050年までに御社が達成したい目標はありますか?

金井:まず2030年までにBMI(ブレインマシーンインターフェース)を実用化できるレベルをめざしています。BMIには侵襲・非侵襲といろいろあります。最初、イーロン・マスクがやっているみたいに侵襲で脳に電極を埋め込むことを考えていたのですが、それ以外にも非侵襲で普通に脳波をとったり、あとは意外と外から画像だけ解析すればいけるんじゃないかと思って。脳を見なくても何をやろうとしているかが予測できればよいので、AIのノウハウを最大限応用すれば、侵襲性が低くても人が何か考えただけでモノを動かすくらいのことができるのではないかと思っています。

杉原:PoC(プルーフオブコンセプト)としてどのあたりに入りそうですか? エンタメでしょうか? それとも老人や言語が伝えにくくなった方たちに、最初に実証していくのか。

金井:侵襲と非侵襲で使える場所が違うと思います。侵襲のほうは完全に四肢麻痺やALSのかたの身体の補完という医療用の目的。非侵襲のほうは意外に自分自身のモニタリングみたいなものに使われるんじゃないでしょうか。まず自分の疲れを知るとか、鬱や過労を防止するみたいに使って、そのあとにインターフェースとして検討されていくと思います。たぶん、声を出さないでしゃべるくらいにはなると思います。

杉原:すごいですね。例えば触覚センサーみたいなものをつけて、より重さや触覚が伝わっていくと、自宅でロボットを遠隔操作することもできますよね。

金井:そうですね。入力のところを簡単にすればいいのかなと思っています。BMIですごくいいものを作ろうとすると、精密なデータが脳からとれて、ロボットのほうも自由度が高いイメージになりますが、そこまでいかなくても「前に進みたい」と思ったら、歩くところはもう全部半自動でロボティクスでやってしまえばいいのかなと。

事業者のほうが脳の研究は進んでいる

杉原:HERO Xはスタートアップのかたも読んでいるので、起業の時に大事にしていたことをお聞きしたいと思います。

金井:起業をする時は、少しでも前に進みたいと思っていましたね。進まないのが一番つまらないので。あとから考えるといろいろ失敗もありましたが。

杉原:研究領域だけではなく、実装領域も兼ね備えるための起業だったのでしょうか?

金井:そうですね。研究でできることは限られているんです。特に脳の画像を見て、個人の特徴、例えば知性とか性格とかを読み取ることはかなりできていたので、そういうことを役立てたいと思っていました。脳の研究も、Googleのような企業が圧倒的になってしまって、アカデミックな研究よりも自分が事業を作ったほうが研究が進むのではないかと思ったんです。起業したい人からよく相談を受けるのですが、実際にはなかなか起業しないですね。やってみればいいんじゃないかと思うのですが。

杉原:僕もよくそういう相談を受けますが、悩んでいる方が心に悪いですよね。

金井:やったほうがいろいろ得られるとは思いますよね。

杉原:最後に、今後AIはどんな風に生活に入り込んでいくと思いますか?

金井:着実に様々なところに使われ始めるとは思います。ただスマホやネットレベルの、誰も気づかないけれど、実は広範囲に使われていたみたいな存在になっていくのではないかと。

杉原:人々がそれを実感して気づくタイミングって15年、20年くらい先ですか? それとも、何気なく生活がアップデートされていって、そもそも気づかない?

金井:後者だと思いますね。パソコンが速くなっても気づかないみたいなことだと思います。

杉原:気づいたら20年前よりかなりよくなっているよね、みたいな感じですね。金井さんのAIに対するアプローチってすごく新鮮というか、ほかのかたからあまり聞いたことないなと思います。会社の事業としてはBtoBが多いのでしょうか?

金井:ほぼBtoBのAI開発と、R&Dのお手伝いですね。自動車の会社が多いです。

杉原:ぜひレース業界もよろしくお願いします。マシンも、いまや走るセンサーといわれていますから。今日はどうもありがとうございました。

金井良太(かない・りょうた)
株式会社アラヤ創業者。2000年京都大学理学部卒業後、2005年 オランダ・ユトレヒト大学で人間の視覚情報処理メカニズムの研究でPhD取得(Cum Laude)。米国カルフォルニア工科大学、英国ユニバーシティ・カレッジ・ロンドンにて研究員。JSTさきがけ研究員、英国サセックス大学准教授(認知神経科学)を経て、2013年に株式会社アラヤを創業。神経科学と情報理論の融合により、脳に意識が生まれる原理やAIに意識を実装する研究に従事すると同時に、産業界におけるAIと脳科学の実用化に取り組む。文部科学大臣表彰若手科学者賞、株式会社アラヤとしてJEITA ベンチャー賞(2020)、ET/IoT Technology Award(2019)など多数受賞。2020年より、内閣府ムーンショット事業プロジェクトマネージャーとしてブレイン・マシン・インターフェースの実用化に取り組む。

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(text: 吉田直子)

(photo: 増元幸司)

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