福祉 WELFARE

製造業から医療現場まで作業支援を補助!誰もが自立できる社会を実現する「マッスルスーツ」

Yuka Shingai

ウェアラブル端末と並んで、近年進化が目覚ましいアシストスーツ。身体機能を補助、拡張、支援してくれる装着型ロボットは、製造業、建築業、農業、医療・介護など多岐に渡る分野で活躍が期待されている。株式会社イノフィスが提供する「マッスルスーツ」はパワードスーツには珍しい、アクチュエータ(駆動源)に人工筋肉を用いた、この分野のパイオニアともいえる製品。「マッスルスーツ」の開発者であり、株式会社イノフィスの創業者でもある、東京理科大学 工学部機械工学科教授の小林宏氏に、開発経緯や課題、マッスルスーツが描く未来について話を伺った。

「本当に役立つものは何か」
との問いかけがマッスルスーツを作った

パワードスーツというと映画「アイアンマン」のような全身スーツを想像するかもしれないが、「マッスルスーツ」は上半身に着用し、腰・腕を補助するウェアラブル型ロボットだ。素材はアルミで、サイズはバックパック程度だが、人工筋肉に空気を供給することで、最大35.7kgf(140Nm=1メートル先にある14㎏のものを持ち上げられる力)の補助力を発揮。人や重い物を持ち上げる際に、中腰姿勢を保つサポートができる。

装着や操作方法もいたってシンプルで、販売を開始した2014年から、現在までの累計出荷台数は約4,000台( 2019年4月時点)以上にも上る。

小林氏が「マッスルスーツ」の開発をスタートしたのは2001年のこと。ソニーから AIBO、QRIO、ホンダから ASIMO が発売され、2足歩行型ロボットが脚光を浴びていた頃とほぼ同時期だ。

「当時は2足歩行型ロボットが脚光を浴びていましたが、2足歩行というのは機能のひとつに過ぎません。プログラミングでミリ単位の制御をしなければ、荷物を持たせてドアを開けるような動作もできず、悪路に行くとか災害現場で人を救助するとか、高齢者の歩行補助なんてとてもじゃないけど、できそうにはありませんでした。エンターテイメントとしては面白いけれど、僕たちは技術を熟知している分、それらが生活に組み込まれるとは思えなかったのです。

ちょうどその時期、ヒューマンロボットの国家プロジェクトが立ち上がって、2020年には産業ロボット以外の非製造ロボットが自動車産業並みになると推測されていましたが、そううまくはいかないだろうとも思っていました」(小林氏)

東京理科大学 工学部機械工学科教授・小林宏氏

本当に役に立つものを開発したい──それでは本当に役に立つものとは何か?と考えたときに、小林氏は「誰かに手助けされないと生きていけないことが人生において一番困ること」という答えにたどり着いたと言う。

「現在は社会的背景もあって、医療現場などで活用されていますが、最初は介護や福祉については特に考慮していませんでした。本質的な部分で『それを身に着ければ動けるもの』が欲しいと思ったんです」とウェアラブルロボットの開発当初について小林氏は語る。

はじめは、衣服に人工筋肉をつけて動かす「内骨格タイプ」を開発したが、衣服がずれることで動きに限界があること、引っ張る支点である骨や関節に負担がかかるため、体に不自由がある人、高齢者などには使いづらいことから「外骨格タイプ」に切り替えることとなった。

また、転倒のリスクを避けるため、最初は一番作りやすいと思われる腕の補助を行う装具から着手したが、実際に工場現場で検証したところ、作業者の多くが腰痛に悩んでいることを知り、2006年からは腰を補助するマッスルスーツの開発に取り組むことになったという。

軽くて柔らかい、
漏電の危険性も充電の必要もない
「人工筋肉」のメリットを活かして

機械工学のプロフェッショナルとして動くものを作る際に、アクチュエータに何を用いるかが非常に重要な要素であると小林氏は語る。よく使われるものはモーターだが、小林氏はマッスルスーツを開発するにあたって、人工筋肉を使うのが最適だと確信していたという。

マッスルスーツに使われている McKibben 型人工筋肉の仕組みは下記の通り。

ゴムチューブを筒状のナイロンメッシュで包んで両端をかしめた構造で、ゴムチューブ内部へ圧縮空気を注入することによるゴムチューブの径方向への膨張が、外側を包むナイロンメッシュがあることによって、長さ方向へ収縮、強い引っ張り力に変換される。軽量かつ簡易な構造で、柔らかく、水中でも動作し、収縮する(最大でも全長の30%程度)だけなので安全に使えることが大きな特長だ。

実は今から30年余り前、「ラバチュエータ」という製品名で McKibben 型人工筋肉がロボット用に販売されていたことがある。しかしヒステリシス(=履歴現象、履歴効果。加える力を最初の状態のときと同じに戻しても、状態が完全には戻らないこと)が生じ、空気を入れる場合と抜く場合に同じ圧力をかけても、縮む量が変わってしまうため、産業用ロボットに求められる精密な制御には不向きというデメリットがあった。

一方で、人工筋肉にはモーターなど他のアクチュエータにはないメリットも多い。

「このチューブは約120グラム、卵2個分程度の重さで、5気圧の圧縮空気を入れると最大250㎏引っ張ることができます。モーターのように水に濡れてしまうと漏電する危険性もないし、防爆性(可燃性のガス・蒸気・粉塵による火災や爆発を防止する性質)もある。充電する必要もなくコストや安全性でも優れています。柔らかくて軽いし、人を動かすものなら、2,3ミリ程度のズレはそこまで大きな問題ではありません。使うならこれだなと最初から考えていました」(小林氏)

技術には限界がある。
改良を重ねる上ではユーザーとの
相互理解が不可欠だった

「一般的な機械を作るのと、人が着ける機械を作る最大の違いは、使う人間に文句を言われること」と小林氏は笑う。

開発当初から、実際にユーザーに試してもらって吸い上げた意見をリストアップし、お互い合意の上で改良を重ねてきたが、重さやコストなど共通するリクエストもあるなかで、使う人の体型、着け心地、感じ方にはやはり個人差があり、どう最適化していくかがエンジニアリングの腕の見せ所だ。

「うんと力が強い方がいいだろうと思って作ってみたら、実際はそこまで大きな力を求めているわけではないことも分かりました。今まで世になかったものを作るわけだから、こちらが良かれと思って付けた機能にユーザーが満足するとは限らない。比較のしようがないから、出してみてやっていくしかない」と、トライアル&エラーを重ねてきた。

「『これを着ければスーパーマンみたいになれるんでしょ』と誤解されることもあって、最初はそのギャップに苦労しました。でも技術には限界があって、万能ではないから、『これはできなくても仕方がないよね』と理解してもらえたのは、製品を使ってくれるエンドユーザーや企業と密に組んで進めてきたから」と、作り手とユーザー間のリスペクトを重視してきたことにも言及している。

「とにかくいろんな人が使ってもらえるようにしないと発展しない。今はその落としどころが少し見えてきたところ」

現在は作業支援がメインだが、「マッスルスーツ」がアプローチできる範囲はまだまだ広がりそうだ。技術だけではなく、相手への理解度や想像力も含めて、誰もが自立できる社会の実現に期待したい。

小林宏(こばやし・ひろし)

東京理科大学 工学部機械工学科教授。株式会社イノフィス創業者。1966年8月29日生まれ。東京理科大学博士課程修了、博士(工学)。1996年、日本学術振興会海外特別研究員としてチューリッヒ大学に派遣されたのち、1998年、東京理科大学工学部第一部機械工学科で講師、1999年同助教授、2008年同教授(現在)。

イノフィスhttps://innophys.jp/

(text: Yuka Shingai)

(photo: 増元幸司)

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福祉 WELFARE

遂に5回目を迎えた、超福祉展を体験レポート。注目の展示を一挙公開!

川瀬拓郎

“ちがいを、あなたに。ちがいを、あなたから”というスローガンを掲げ、今回で5回目の開催となった超福祉展。例年通り11月初旬の1週間、渋谷ヒカリエ8/(ハチ)をメイン会場として行われ、サテライト会場含む合計12会場で、述べ5万7,800人もの来場者を集めた同展をリポートする。

正式名称は「2020年、渋谷。超福祉の日常を体験しよう展」。2020年を迎えた渋谷では、健常者も障がい者もマイノリティも垣根なく活躍できる日常が実現されていることを意味する。2020年を卒業の年と位置付け、従来の福祉にありがちなイメージを刷新させ、意識のバリアを取り除く、様々な提案がなされるイベントだ。知る・考える・体験するという3つのカテゴリーで、展示・シンポジウム・イベントが複数の場所で同時進行するのが特徴。

メトロから直結しているのも便利なヒカリエ8階にエスカレーターで上がると、「マイノリティ」をイメージしたシアン、マゼンタ、それらが混ざり合ったパープルの、超福祉展のカラーリングで彩られたメイン会場が広がる。“楽器を纏う”と題した作品や、ボディシェアリングを可能にする小型ロボット“NIN-NIN”が、トルソーのディスプレイでお出迎え。インフォメーションカウンターがその隣に設置されていた。

  渋谷区、超人スポーツ協会他との共催によって、ヒカリエ以外にもハチ公前広場でも様々なイベントやパフォーマンスが開催され、渋谷駅地下13番出口広場では“超人スポーツ体験会”、渋谷キャスト スペースでは文部科学省とのコラボイベント「超福祉の学校」などが行われた。なにせ1週間も開催されているので、常時イベントやプレゼンテーションがあるのだが、特に注目すべきものを下記に紹介していこう。

聴覚を研ぎ澄ます新感覚のエンタテインメント

初出展となるエイベックス・エンタテインメントが披露したのは、SARFという音声AR(Augmented Reality=拡張現実)を利用した体験型コンテンツ。目を閉じた状態でヘッドホンを装着し、7つのポイントを歩く。音声ガイダンスに加え、それぞれのポイントで触れた物体の大きさや形状、質感などから連想したヒントをつなぎ合わせると、謎が解けるという仕掛け。筆者も体験させてもらったが、一人ずつアシスタントが付き添うので、移動の不安はほとんどない。経路にあるポイントで音声によるヒントを注意深く聞きながら、設置された物体を触っていくがほとんど判別できなかった。これは普段我々がいかに視覚に頼っているのか、聴覚と触覚による情報を活用できていないかを再認識させてくれた。

運ぶと乗るを両立させた可変式電動カート

軽自動車でおなじみのスズキは、以前から歩行に障がいのある人のために電動カート(スズキではセニアカーと呼ぶ)に取り組んできた大手企業のひとつ。今回披露された新作kupoは、手押しカートと電動カートを兼ねる2WAYデザインが特徴。ユーザーの買い物体験をさらに楽しいものへ変え、なるべく歩行を促すコンセプトになっている。大きなショッピングセンターなどでは特に重宝することだろう。シンプルで直感的なデザインも今までになくスタイリッシュ。お年寄りのカートっぽく見えないところがいい。

健常者も障がい者も便利なオフィスチェア

オフィス家具で有名なオカムラからは、座ったままの姿勢で安全かつスムーズな移動を可能とする新しいオフィスチェア“ウェルツ セルフ”を展示。右は電動式の「Weltz-EV」。特に驚いたの左の足こぎ式のタイプで、4つのキャスターとともに取り付けられた大きな車輪によって、重心を安定させることに成功。旋回半径が小さく、足こぎする際にキャスターにぶつかりにくい形状になっている。オフィスや工場はもちろん、美術館や図書館などの公共スペースでも活躍することだろう。

いつでもどこでも学べて使える手話アプリ

ソフトバンクが手がけたのは、360°回転できる3Dアニメーションで約3000の手話が学べるアプリ、その名も“ゲームで学べる手話辞典”。様々な団体からの受賞を誇るだけあって、その完成度とユーザインターフェイスは折り紙つき。なんの予備知識なく始めても、画面を見ていればすぐに楽しめる。実際の人の動きを多方面からキャプチャーしたモーションデータを3Dキャラクターに流し込んでいるため、動きもリアルでスムース。ゲームを楽しみながら手話を覚えるモードも秀逸。小難しく構えることなく、手話をぐっと身近に感じさせてくれる。

助けて欲しいと助けたいをつなぐアプリ

大日本印刷が手がけ、JR大阪駅での実証実験も成功させたのが、“スマホで手助け”というLINEアプリ。段差で前に進みにくい車いすやベビーカー利用者、目的地までの行き方がわからない国内外の観光客を、手助けできる人とつなぐことが目的。同社は&HANDプロジェクトの発案段階から参画し、昨年末には立っているのがつらい妊婦さんと席を譲りたい乗客をマッチングさせる、LINEで席譲り実験も成功させている。地味ではあるのだが、声を掛けづらい、気恥ずかしいといった両者の心のバリアを取り除くことができるという点を評価したい。

点字ブロックの可能性を広げる新提案

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パラアスリートの興奮をゲーム感覚で楽しむ

リニューアル化が進められている渋谷駅。その駅地下13番出口広場で、ヒカリエB3から宮下公園へつながるコンコースにある13番出口地下広場。その特設スペースには、超人スポーツ体験会が行われていた。特に大きな注目を集めたのが、こちらの“Cyber Wheel”。ヘッドセットを装着し、VR空間をパラ陸上競技で用いられる車いすレーサーで駆け抜けるというもの。実際に試してみると、上半身のちょっとした傾きで左右にカーブしたり、ホイールを回す力の入れ具合でスピードに差が出たり、ゲーム感覚でパラスポーツの醍醐味が体験できた。まるで映画『トロン』の中に迷い込んだような気分もあり、たった数分でも実にエキサイティング。今後は複数台同時に走って、競い合うこともできるだろう。

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ざっと取材日当日の目立った展示を紹介したが、大きく分けて2つのアプローチがあったように思える。1つは既存の障がい者向けの商品やサービスを、デジタルやデザインの力でアップグレードしたもの。もう1つは、VRやARといった先端テクノロジーを、障がい者のニーズに合わせてプロダクトに落とし込むもの。前者は地味ではあるが、すぐに実用可能で、ユーザーが利便性を感じやすいもの。後者は見た目が派手で、実際の生活の利便性というよりもエンタテイメントを志向したものと言えるだろう。

超福祉の日常は、意識せずとも健常者も障がい者もマイノリティも気持ちよく共生できる空間であることが前提だ。そうしたすぐ先の未来を支えるのは、テクノロジーによってさらに使いやすく進化した、様々なインフラにあることが理解できるイベントだった。特にスマホを利用したコミュニケーションアプリは、もっと多くの人にその存在を知ってもらうべきだろう。ことさら障がい者福祉やダイバーシティという単語を使わずとも、自然につながり合う日常は、案外近いのかもしれない。

(text: 川瀬拓郎)

(photo: 増元幸司)

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