テクノロジー TECHNOLOGY

アシックスが開発する、義足のためのスポーツシューズとは?

浅羽 晃

社会は障がい者が抱えるハンディキャップを、できる限り、軽減させなくてはいけない。その実現のために、公共施設や交通機関のバリアフリー化をはじめとして、さまざまな方策が実践されているが、障がい者と健常者がともに集うコミュニティづくりも、極めて有効な策といえるだろう。株式会社アシックスが、ナブテスコ株式会社との研究連携によって開発を進める義足装着者用スポーツシューズは、スポーツによって障がい者と健常者を結びつける可能性を秘めている。開発にあたっているアシックスの坂本賢志氏にお話をうかがった。

障がい者と健常者がともに
スポーツを楽しむ世界観を描く

競技用のシューズやウェア、スポーツ用品などのグローバル企業であり、強いブランド力を持つ株式会社アシックス(以下、アシックス)と、鉄道車両のブレーキ装置やドア開閉装置などが国内市場シェアの1位であり、航空機の飛行姿勢を制御するフライト・コントロール・アクチュエーターの世界的メーカーとしても知られるナブテスコ株式会社(以下、ナブテスコ)。一見、接点のなさそうな両者が研究分野で連携するようになったのは、ちょっとした偶然がきっかけだった。

「神戸市では毎年9月、『国際フロンティア産業メッセ』という産業総合展示会が開催されていますが、2016年には健康医療特別展示があり、アシックスもブースを設けました。アシックスは機能訓練特化型のデイサービスをTryus(トライアス)という名で展開していて、その紹介のためです。近くにはナブテスコさんのブースもあり、展示されている義足を見て、興味を持ちました」

ナブテスコは1993年に世界で初めて電子制御膝継手を商品化しているように、義足においても高度な技術力を発揮している。体重のかかり方や歩くスピードに合わせて、半自律的に膝継手が曲がるナブテスコの義足は、高い活動性を有し、運動を可能にする。

「義足を装着している方の活動性、運動性を上げるためには、膝についてはナブテスコさんの技術で解決できています。課題が残るのは膝から下であり、それをサポートできるのはシューズだろうと考えました。当社の研究所は神戸の西区にあり、ナブテスコさんも非常に近い場所に事業所を持たれているので、“近くで働いている者同士、何かをしましょう”と、展示会の場で盛り上がったのです」

ナブテスコと研究分野で連携するにあたって、アシックスは、まず“世界観”を描いた。

「障がい者のスポーツ実施率は、健常者と比べて、どうしても低くなってしまいます。スポーツ庁が2017年3月に発表した第2期『スポーツ基本計画』によると、障がい者の週1回以上のスポーツ実施率は19.2%で、健常者の42.5%と比較して低い水準です。スポーツ庁は2022年3月までに障がい者のスポーツ実施率を40%に引き上げる方針を立てていますが、そのためには障がい者と健常者が同じステージでスポーツを楽しめるようにすることも大事だと考えました。たとえば、義足のお父さんと健常者の息子さんがいて、いっしょにバドミントンをやるような世界観です」

障がい者と健常者が同じステージでスポーツを楽しむようになると、スポーツ実施率の向上以外にも好ましい効果が見込める。

「障がい者の方は、同じ障がいを持っている方同士でコミュニティを形成する傾向があります。そうすると、災害が起こったときなどは障がい者が障がい者をサポートすることになるのです。1995年の阪神・淡路大震災の際は、神戸でもそのことが理由で逃げ遅れたという方もいたそうです。障がい者と健常者がスポーツを通じて同じコミュニティの仲間になれば、そうした問題を解決することもできるのではないでしょうか」

5mm角の中敷きセンサーで
力のかかり方を測定する

障がい者と健常者が同じステージでスポーツを楽しむ世界観の実現のために、具体的にはスポーツシューズにどのような工夫を盛り込んだのだろうか。

「まず、履きやすさです。健常者は靴を履くとき、足首を曲げます。しかし、義足の足首はL字型で固定されているため、一般的な形の靴では履きづらいのです。そこで、甲の部分は大きく開くようにして、L字を乗せたら、あとは3本のベルトを締めるだけというものにしました」

一般的に靴のベルトは、靴の向きに対して垂直に締めるようになっているが、義足装着者用スポーツシューズのベルトは、斜めに角度をつけて締めるようになっている。これは義足装着者が横方向に動く際の力のかかり方を解析した結果だ。

義足を装着して横に移動する際の力のかかり方を解析し、バンドは斜めに締めるようにした

甲の部分が大きく開くので、容易に履くことができる

「中敷きに5mm角でセンサーを配置した靴を義足の方に履いていただき、どのような動きをしたときに、どのような力がかかるかを測定しました。すると、足を開いて横方向に動き、踏ん張ったときは、斜めに力がかかることがわかったのです。横方向に動き、着地した瞬間の安定性を向上させるために、ベルトは斜めに取りつけました」

この点は、高度な研究施設を持つアシックスならではの研究成果といえるだろう。

「私どもは、トップアスリートを含むスポーツをされている方の、動作分析の膨大な知見がありますから、ある程度は予測できた部分もあります。そして、義足装着者用スポーツシューズにおいても、大きな鍵となるのはソールの溝と考えました。義足の足首に相当する部分は硬いL字型のカーボンで、靴を履く場合は、L字を包むようにして、足部形状の樹脂カバーをつけます。つまり、靴を履いて、つま先に力がかかるときは、ちょうどカーボン部分が途切れ、樹脂のみとなった部分が曲がることで地面とフィットし、反対にかかとに力がかかるときは、カーボンの後ろの樹脂の部分が曲がることで地面とフィットするのです。今回の義足装着者用スポーツシューズのソールは、その曲がる部分が、より曲がりやすくなるように、大きな溝にしています。また、曲がる部分は、ソールの他の部分よりもやわらかい素材とすることで、より地面とフィットするようにしました」

一般的な靴が、つま先部分が低く、かかと部分が高くなっているのに対して、今回、試作した義足装着者用スポーツシューズは全体がフラットになっている。これはナブテスコの半自律的な膝継手に、スポーツ動作に合致した屈曲動作をしてもらうためだ。

「つま先部分が低いと、つま先に力がかかり、意図しない場面で膝継手が曲がってしまうことも考えられます。義足が完全にフラットな状態でシューズに収まることで、そういった事態が発生しづらい構造になりました」

ソールのつま先部分が適正な位置で曲げられる構造になっているため、地面とフィットしやすい

量産化による発売も視野に入れる一方、
さらなる性能の向上にもチャレンジ

見た目にこだわった点にも、アシックスらしさが強く感じられる。現在、義足用の靴は、1足で通勤もウォーキングもできるような、汎用的な使い方を想定しているものがほとんどだ。しかし、今回の義足装着者用スポーツシューズは、スポーツに特化したことで、まさにスポーティなデザインとなっている。

「義足の方に今回のスポーツシューズを見ていただいたとき、“いままで義足向けのかっこいいシューズがなかったけれど、これならみんなといっしょにスポーツをしたいという気持ちになる”という言葉をいただきました」

見た目もスポーツ実施率を向上させる要素となり得るのだろう。

「義足装着者用スポーツシューズは、バドミントン、卓球、テニスといったスポーツのためのシューズとして開発しています。バレーボールやバスケットボールなど、大きくジャンプするスポーツは、膝継手そのものを壊してしまう危険があるため、いまのところ、現実的ではないのです」

試作品による実証試験では、確かな手応えを得られた。

「義足の方にバドミントンをやっていただいたのですが、“膝を曲げたいときには曲げられて、曲げたくないときには曲がらないので、安心してできる”とおっしゃっていました。同じくバドミントンを、一般的なランニングシューズでやっていただくと、“怖くてできない”とのことでした。期待どおりの性能は得られています」

次のステップは、量産化による市販だ。

「性能がいくらよくても、高価だからという理由で使ってくださる方が少ないのでは意味がありません。当社の他商品のパーツを流用するなどの工夫によって、お求めやすい価格とし、将来的な発売も視野に研究開発を進めています」

一方で、さらなる性能の向上にもチャレンジしている。

「足首の前と後ろに人工筋肉を配置して、足首も可動となるような研究もしています」

さまざまな分野で技術開発が進めば、障がい者と健常者のスポーツ実施率が限りなく近くなることも夢ではないのだろう。

坂本賢志(Kenji Sakamoto)
1969年、大阪府生まれ。株式会社アシックスに入社後、研究所にてコート系競技(バレーボール、卓球、テニス等)シューズの研究開発に従事。その後、経営企画室に異動して、IoT/デジタルに関わる事業開発を担当。現在は同社スポーツ工学研究所のIoT担当マネジャーとして、スポーツや健康促進で重視されるようになった「測位」「運動解析」のセンシング研究に注力している。「お客さまに喜んでいただける100%のモノ、サービスをまず考え、販売価格を睨みながら機能・性能を削っていく減点法によるものづくりを常に意識する」のがモットー。

(text: 浅羽 晃)

(photo: 河村香奈子)

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【国立リハ×UCHIDA×RDS】パラリンピアンとリハビリ研究者の歩みが結実!

川瀬拓郎

医療・リハビリ領域での新しいシステム開発、ものづくりで注目を集める国立障害者リハビリテーションセンター研究所・神経筋機能障害研究室長の河島則天氏。パラアイスホッケー日本代表として活躍し、2010年のバンクーバー大会で銀メダルを獲得した高橋和廣氏。高橋氏をテストパイロットとして開発を進めてきた下肢装具「C-FREX」は、麻痺によって脚が完全に動かない脊髄損傷者の二足歩行を無動力で可能にするという。 そんな「C-FREX」とHERO X編集長率いるRDSが開発した「RDS WF01」がコラボ!来る7月14日、西東京市における点火セレモニーにて全貌が明かされる「C-FREX × RDS WF01」について、直前リポートをお届けする。

いつかその日が来ると信じてトレーニングを続けた

大学生時代のスノーボード中の転倒事故で脊髄損傷を負い、車いす生活となった高橋氏。病院でのリハビリを経てすぐにパラアイスホッケーに打ち込み、2002年から18年までの冬季パラリンピック4大会に日本代表として出場したキャリアを持つ。現在は代表から引退し、地元の西東京市の職員として勤務している。そんな高橋氏が聖火リレーランナーとして、久しぶりに公の場に姿を現すことになる。そこには、ある研究者との出会いが欠かせなかった。

高橋:事故直後は動かなくなった足もそのうち治るだろうと、あまり深刻に受け止めていませんでした。ここ(国立障害者リハビリテーションセンター:以下、国立リハ)に転院して初めて、もう歩けないということを知らされました。ただ、それまで打ち込んできたスポーツによって得られた経験や努力が無駄になるということはないし、きっとこの身体になっても何か自分にできることがあるはずだと思っていました。

河島:僕は2000年から国立リハで研究のキャリアをスタートさせましたが、最初に取り組んだ研究テーマが脊髄損傷者の装具を使った歩行リハビリでした。そのタイミングでカズ(高橋氏)が入院していたんです。入院中のリハビリで関わりを持ち、年齢が近いこともあって親しく接するようになり、退院後もその関わりはごく自然に続きました。当時はまだ再生医療のサの字もない頃でしたが、「麻痺した脚の機能を維持しておくことは重要だし、この先恐らく再生医療なども進歩するだろうから、退院した後も装具での歩行リハビリを続けていこうよ」と勧めて、実際にそれを続けてきた感じですね。

二度と自分の脚で歩くことができないという現実を受け止め、いつ来るか分からない医療の進歩を信じて20年以上もリハビリを続けて来られたのは、患者と研究者という関係性を超えた信頼と高橋氏の持ち前のポジティブな意識と日々の努力があってのこと。C-FREXの開発に至ったのも「いい装具がないなら、自分たちで作るしかない!」というシンプルな動機からだった。前回の取材から3年半が経過したが、改めて現在に至るまでの経緯を振り返ってみよう。

C−FREX開発初期段階のCG画像

記事を読む▶DIYスピリッツがもたらした二足歩行アシスト装具C-FREXの可能性【the innovator】前編

河島:C-FREXの開発は全くのゼロから始めたわけではなく、従来型の装具の構造や機能、そして使い手側のカズが歩行リハビリによって積み上げた動きやスキルがベースになっています。脊髄損傷者の誰もが歩けるロボットを作るのではなく、カズのアスリートとしての高い身体能力があるからこそ、無動力での膝を曲げた歩行も実現可能だろう、というのが開発前の思惑でした。モーターなど外部の動力を使って誰もが歩けることを目指すようなロボット装具とは、そもそもコンセプトや出発点が異なるわけです。カズと出会ってから20年以上になりますが、彼のパラアスリートとしての活動を通じて大きな人間的成長を得たことも、一緒にやってこられた要因ですね。

高橋:リハビリを義務的に捉えていたら、これほど長く続いたとは思えません。受傷直後の国立リハでのリハビリが終わっても、ほぼ毎日装具を使って家の周りを歩いていました。それがルーティンとなり、ライフワークとなっていきました。僕は股関節周りの筋肉も動かないのですが、C-FREXの支柱と残された体幹でしっかりと麻痺した脚を支えて、まずは安定した立位姿勢が可能になります。それから杖と上半身でバランスを取り、重心移動とともに体幹を起こす動作によって、振り子のように脚を前方に振り出していくのです。「杖で身体を支えるのはとても大変でしょ?」とよく言われますが、両手の杖はあくまでバランスを取るためのサポートで、麻痺しているとはいえ体重は装具と脚で支えますからそれほど疲れません。装具さえ壊れなければ1時間だって連続で歩けます。

オリパラ延期による一年を経てトリプルコラボへ
国立リハ×UCHIDA×RDS

開発中の装具の動画をご覧になればお分かりだが、C-FREXは振り子のように脚を交互に前方へ出して、重心移動させながら、膝の動きも伴った二足歩行を実現する。開発に着手したのは2016年からだが、それ以前の長年のトレーニングによってパイロット側の高橋氏が身体と装具の調和した使い方を熟知していることもあり、動力なしに膝の動作を実現するという目標を達成している。

高橋:転倒したこともありますが、それほど危険だと感じたことはありません。転倒して装具を壊して、歩けなくなる時間ができてしまうことの方がむしろ苦痛でした。C-FREXの開発以前からずっと歩行トレーニングをしていたし、多少の段差やスロープでもそれほど困難ではありません。

河島:以前に取材していただいたときのC-FREXはまだ試作段階で、ちゃんと膝を曲げて歩ける段階ではありませんでした。ある程度満足いく歩行になったのが、昨年、コロナの影響がなければ実施予定だった7月のトーチリレーの時期で、もともとはトーチリレーをお披露目の機会とする予定でした。オリパラの延期が決定した後、1年前にできていたことをただ繰り返すだけというのはもったいないので、歩行動作や膝の動きをスムーズにできるように改良を重ね、当初からコンセプトとして掲げていた車いすとのコンパチブルを実現させようということになりました。

以前の取材時は、装具と車いすの両方の開発をUCHIDA社が手がけていたが、今回の聖火リレーではRDS社の車いす「RDS WF01」を組み合わせることになった。両社ともにカーボン加工技術において屈指の技術力を誇る会社で競合他社でもある。ライバルのタッグは可能性への挑戦を意味し、その結果、双方の技術を駆使して新しいビジョンを示し得るプロダクトへと昇華しつつある。

河島:そもそもC-FREXの初期ビジョンには、より自然な歩行を実現するということに加え、“歩く”というアクティビティを実現するための環境やアクセシビリティを考慮した車いすとのコンパチブルを掲げていました。C-FREXの開発は今まで通りUCHIDAさんに、車いすに関しては別案件での共同開発を進めてきたRDSさんに技術連携をお願いして実現しました。今回の試みはあくまで新しいビジョンを示すプロトタイピングの段階ですが、実際にC-FREXとWF01を合流させてみたところ、思いのほか良く調和し、脊髄損傷者が使うシーンをイメージできつつあるため、プロダクトとして仕上げる方向もありかなと、率直に思っています。ちなみに調和の理由は、C-FREX、WF01のいずれも、僕が絶大な信頼感をもって接してきたプロダクトデザイナーの小西哲哉が手掛けたものである、という共通点があるので、当然といえば当然です。

高橋:従来型の装具では2本の脚を棒のように固定して歩行していたのですが、C-FREXは膝が曲がり、カーボンのしなやかさが良く作用するので、より自然な歩きになりました。膝を曲げて歩くというのは長らく忘れていた感覚ですし、自分の目で直視して曲がっていることを実感しながら歩けるようになったことは、大きな進歩になったと思います。車いすに関しては、WF01は見た目がかっこいいので、すぐに乗ってみたくなりました。いかにも車いすというデザインから解放されて心理的なハードルが下がったことで、外出意欲を向上させてくれる効果もあると思います。

記事を読む▶「WF01」で車いすの概念を変える!!RDSが送り出す最新パーソナルモビリティー

今できる技術をできていない分野へ転用すること

さて、まだ遠い未来の話になるが、先端医療では脳に電気的な信号を送って運動神経へと伝達させ、機能が失われた部位、欠損した部位を動かせるという取り組みが一部で話題になっている。こうしたアプローチについては、実現までのハードルが高いことや倫理面での問題が立ちはだかる。実際に現場で研究を続けている河島氏と高橋氏は、どのような見解をお持ちなのだろう。

河島:みなさんが思い描くテクノロジーを駆使した未来の医療・リハビリの姿は、BMI(ブレイン・マシン・インターフェイス:ヒトの脳とコンピュータをつなぐ技術)やロボットリハビリなどの先進技術かもしれません。我々の研究室では再生医療リハビリを主要テーマとしていますし、僕の本職は装具の研究開発ではなく新しいリハビリ医療技術の現場実装を目指すことです。ただし、高度な技術がなければリハビリが進歩しないかというと決してそうではなく、むしろ先進技術を駆使するという向きとは反対に、現状は本来使える技術や情報が溢れ、飽和している状態だと思います。「新しい技術を」と力まずとも、他の産業領域ですでに実現できている技術を適宜必要なところにあてがうだけで、障がい当事者への恩恵につながるようなものづくりや環境構築は充分に可能だと思っています。事実、今回のC-FREXは特殊なセンサーやモーター、製造技術を駆使したものではなく、すでにある装具にカーボン素材の特性や機構設計、デザインの要素を取り入れて、使いやすく洗練されたものにアッセンブルしたというだけのことですから。

高橋:再生医療が進化して脳から神経へ伝達することができたとしても、脚を動かすという感覚を忘れてしまっていたら歩けません。残された身体をいかに思い通りに動かせるようにしておくかということも重要だと思います。僕がC-FREXで歩いている時は、脳からの命令が脚にたとえ伝わっていないとしても、確実に“脚を動かしている”イメージをもって歩いています。装具というツールが身体と一体になり、自分の動きとして表現される、という感じですね。あと、歩きからは離れますが、車いすのことを言うと、通常の車いすのブレーキは、タイヤをレバーで押し付けるタイプがほとんどですが、WF01はディスクブレーキを使っており、これには驚きましたし、「これいいじゃん!」って興奮しました。タイヤにレバーを押し当てて車輪を止める方法よりも、ブレーキ機構そのもので止めるほうが「カチッ」っていう音もでないし見た目もスッキリするし、いいですね。ちょっとした改良かもしれませんが、実際に使う側にとってはありがたいものなのです。

たしかにディスクブレーキは昔から使われてきた技術で、決して珍しいものではない。旧態然とした車いすのイメージにとらわれず、既存の技術を転用するだけでも大きな改善につながる好例でもあるのだ。これまでも河島氏は、医療技術や義肢装具の進歩による恩恵を、より多くの障がい者が受けられることの重要性について言及してきた。絵に描いた餅ではなく、できることを着実に、実現可能な未来に一歩だけでも近づくこと。C-FREXは小児用モデルの開発や、脊髄再生医療後のリハビリツールへとつなげることも念頭に置いて既に計画しているというから納得である。普段使いの車いすとアクティビティとしての歩きをシームレスに繋ぐことを可能にしたC-FREXとRDS WF01のコラボレーション。「見ている人々にポジティブな印象を与えることができれば嬉しい」と語る河島氏と、ともにリハビリを続けてきた高橋氏の長年の歩みが今、披露される。

◎点火セレモニー・西東京市:7月14日(水)15:35~16:06
※当日はライブストリーミング配信予定。詳細は「東京2020オリンピック・パラリンピック競技大会 東京都ポータルサイト」へ。

河島則天(かわしま・のりたか)
金沢大学大学院教育学研究科修了後、2000年より国立障害者リハビリテーションセンターを拠点として研究活動を開始。日本学術振興会海外特別研究員、特別研究員SPDとしてのトロントリハビリテーション研究所での活動を経て、帰国後は新しいリハビリテーション技術の開発に取り組む。計測自動制御学会学術奨励賞、バリアフリーシステム開発財団奨励賞のほか、学会での受賞多数。2014年よりC-FREXの開発に着手。重心動揺リアルタイムフィードバック装置BASYS、3指電動義手Finchの開発をはじめ、数々のリハビリテーション装置の開発を手掛ける。

高橋和廣(たかはし・かずひろ)
1978年生まれ、東京都出身。小学6年生からアイスホッケーのジュニアクラブに所属、高校在学時には3年連続インターハイに出場。大学3年の時、スノーボード中の事故で脊髄を損傷し下半身不随に。リハビリ退院後にパラアイスホッケーに出会う。以後、東京アイスバーンズに所属し、02年のソルトレーク大会から3大会連続で日本代表として出場、2010年バンクーバーパラリンピックでは中心選手としてパラリンピック団体競技として初の銀メダル獲得に貢献。代表から引退した現在も河島氏とともに歩行トレーニングを続ける。

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(text: 川瀬拓郎)

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