対談 CONVERSATION

デザインストラテジスト太刀川英輔 が見る「デザイナー」という職業

HERO X 編集部

デザインストラテジスト。耳慣れないこの言葉を肩書きとしているのは大阪万博日本館基本構想のメンバーの一人、太刀川英輔氏だ。島根県の小さな島の出版社から発売となった著書『進化思考』は1万部を突破。「変異」と「適応」の往復が人々の思考を進化させていくという太刀川氏。これからの時代に必要なデザイン力について、HERO X編集長・杉原行里と語り合った。

創造性は特殊な能力ではない。
『進化思考』を広めるための教育活動

杉原:ここから少し太刀川さんの著書『進化思考』の話しをぜひしていきたいと思います。この本の優れたところは、紙が良い(笑)。まず本を読む前から、僕らの本を読む姿勢までデザインしているなと思ったんです。

太刀川:著者兼デザイナーとして、我ながらいいデザインだと思っています。なんかちょっと、そういうオーラを出し過ぎて、とっつきにくい本になってしまって、これ買うのハードル高いですよね。でも気に入ってます。この紙、読み心地も良いですよ。

杉原:この本を出された出版社を僕は知らなかったんですが、この出版社も面白いですね。

太刀川:誰も知らない出版社でしょうね。島根の海士町という隠岐諸島の町で、米子の先の境港という所から2~3時間フェリーに乗るとたどり着けるという辺境の地にある出版社です。
人口2200人ぐらいしかいない島ですが、教育や地方創生などの分野で画期的な取り組みを次々と打ち出しています。特に教育の分野での注目度が高く、僕も来週『教育魅力化』という授業をしに、現地の高校へ行く予定です。全寮制の学校で、生徒の何割かはこの学校に島留学として来るんです。学習塾を公設していて、偏差値も倍率もとても高くなっています。

その島のあり方に強く共感して、ここでの活動を選びました。

途上国、地方で見られる“蛙跳び現象”

太刀川:カンボジアでもプロジェクトをやっていて、カンボジアの大学の理事も務めているのですが、現地ではトゥクトゥクの運転手がスマホを使っていて、そのトゥクトゥクがEVで、太陽光発電してるんですよ。日本の都心より、よっぽど進んでいる。いわゆる蛙跳びと言われる現象(*1)が起きていますが、EVはガソリンより安いからとか、電気が通ってないから太陽光にならざるを得ないとか、そんな切実な理由からなんです。

(*1) 未整備な地域が、最先端技術の導入により一気に発展すること

僕らが目指している未来は、田舎と都会のどちらにあるのか。何もないということは、新しい仕組みを入れられるキラーパスが通るということなんです。

少数の人たちが辺境から変えていく。ある場所で、現地の人が目の前にある課題を突破したら、その課題を共有している人は全世界に何百万人もいるかもしれないですよね。そういう意味でいうと創造性教育っていうのは、僕はひとつの課題だと思っています。

創造性の話って、こんなにも世の中にとって本質的だし、僕らの生きる意味そのものにもすごく直結する。人の創造性って、とても大事なテーマなんです。にもかかわらず、創造性をトレーニングする方法が整備されてないから、多くの人が夢やぶれたバンドマンみたいに諦めてしまう。

それを変えたいというのが、『進化思考』の教育で取り組んでいることです。

杉原:たしかに教育の中で、「なぜ僕らは算数、国語、理科、社会に加えて、『創造』みたいなのはないのかな」と、著書を読んですごく思いました。

太刀川:著書のタイトルにあるように、進化思考は「変異と適応の往復」です。

「変異」して現状から逸脱していくためには、自分たちのバイアスを壊さなきゃいけない。その壊し方には、共通しているパターンがあるんです。自然界の進化や発明は、そこに至った人だけが持っている特殊な力によるものではなく、壊し方のパターンさえわかっていれば、誰にでもできるという考え方です。

それには物事の本質的な関係を理解することが大切で、人類史の中で科学者たちが懸命に取り組んできたんです。そういう方法を素直に学ぶべきであるというのが、「適応」ということです。つまり、「変異」と「適応」を往復すると勝手に進化しちゃうのが生物であり、実は我々の創造性であるっていうのが、おおまかな『進化思考』の概念ですね。

CDOというポジション
日本社会でも根付く?

杉原:今、海外では企業経営に関してもCDO(最高デザイン責任者)というポジションが広がってきています。今後、日本でもCDOは増えると思いますか?

太刀川:世界が先んじていて、日本が遅れて採用していくという流れで、増えざるを得ないんじゃないかな。いろんな会社でデザイナーがそのままCDOになるみたいなことは、世界中で増えていくとは思っています。

10年ほど前にサムソンの副社長で、元デザイナーという方と話したことがあって、「サムソンにデザイナー出身の役員は何人いますか」と聞いたら、20人はいると答えたんです。日本でもデザイナーだけれども企業自体のトランスフォーメーションにデザインの観点からすごく踏み込んでいる方はいます。

杉原:CDO に採用される、CDO になるべきデザイナーの側の力量も問われるかなと。デザイナー側のアップデートについてはどんな風に考えますか?

太刀川:デザイナーも経営言語を持たなきゃいけないでしょうね。進化思考で言うところの適応的な観察力というのは、絶対的に必要になるし、その自分達がいるフィールドがデザイン業界ではないのだということを、よく理解したほうがいいでしょう。言うまでもなく、「デザイン業界」なんていう世界はないので。

杉原:本当ですね。やめてほしいですよ、「デザイン業界」とか言うの。

太刀川:デザインという力は、それを用いてどういうふうに社会に影響を及ぼすことができる力なのかを踏まえて、相手先に言語化して伝えることが必要になります。その価値を理解し、それを実践する力も必要です。

優れたデザイナーなら、企画力や事業としてそのデザインの効能を語り切る力などは、暗黙的に持っている能力だといいますし、そういう観察力こそデザイナーが磨かなきゃいけないことなのですが、これまでの教育の中では一切出てきませんでした。その ミッシングピースは割と大きいと思います。

杉原:まさにそれです。カテゴライズされた分野でのスペシャリティだけをもってデザイナーと呼ばれることが多くて、やっぱり世界の CDOとはちょっと違うイメージかな。主観ですが、デザイナーは、膨大な知識を学びアップデートし続ける必要があると思っています。

太刀川:「デザイナー」という記号に憧れを持つのではなく、「デザイナーに何ができるからこれをやりたい」と思ってほしいしですね。あるいは、「今のデザイナーにはまだできてなさそうな、この分野を極めていきたいからデザイナーになる」というような、アンビシャスにデザインの領域を拡大してくれるデザイナーこそ、将来を考えるいい機会になると思います。そしてそれは、お医者さんでも、消防士でも同じ事が言える。

杉原:面白いね~。だって、消防士について10年後20年後の進化論をやるためには、今消防士はどういう仕事をしていて何をしているのかといった解剖から始まって、逆に言えば絶対領域はどこで、何が共通領域で他の職業があるか、これどうやってコンパイルしていくかとか、考えるとワクワクしてたまらない。

太刀川:「消防士になりたい」と思っていたけど、「将来の自動化技術による消化とか火事のディテクトは、AI の仕事だから、徹底的に世界から火事をなくすためには僕はプログラミングを学ばなきゃいけないことに気づきました」といった結論でもいいわけです。

杉原:最高! 「ロボットがいれば火の中に人間が入る必要はないので、ロボットが投げる消火剤としてもっと耐久性のあるものに改良したい」とかね。

太刀川:そう、それでいい。目的から入ると手段は自由になる。手段を目指しちゃうと、手段が名前になった職業名を目指しちゃうというのは、違うなと。

僕は未来を作るためには、子供が一番大事だと思っています。今後はこの進化思考をもっと広めていくための教育活動にも力を注いでいきます。

太刀川英輔(たちかわ・えいすけ)
NOSIGNER代表。進化思考家、デザインストラテジスト、慶應義塾大学特別招聘准教授、キリロム工科大学理事。プロダクト、グラフィック、建築、空間、発明の領域を越境し、次世代エネルギー、地域活性化、伝統産業、科学コミュニケーション、SDGs等の数々のプロジェクトを成功に導くために総合的な戦略を描く。グッドデザイン賞金賞(日本)、アジアデザイン賞大賞(香港)他、100以上の国際賞を受賞。現在は世界のデザインアワードで審査員も務めている。

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(text: HERO X 編集部)

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世界が注目するスマートマスク開発のドーナッツロボティクス社 小野CEOが失敗から学んだこと

宮本さおり

翻訳機能を持つスマートマスクとして注目を集めている「C-FACE」。開発、販売を手がけているのがドーナッツロボティクス株式会社(以下 ドーナッツ)だ。フォーブスに「コロナ後に世界が注目のスマートマスク」として報じられ、世界各国から注文が殺到。2020年に累計7 億円の資金調達を完了し、現在20億円の資金調達を目指している。8回の起業失敗経験を生かし、現在地に たどり着いたというCEO 小野泰助氏にHERO X編集長・杉原行里が迫る。

世界が注目するスマートマスク
ドーナッツロボティクス社はこうできた

アプリをダウンロードすると、マスクを通して話した言葉を自動的に翻訳、スマホなどに表示させることができるスマートマスク。

杉原:スマートマスク「C-FACE」が好調なようですね。小野さんはいろいろな起業経験がおありだと伺いますが、スタートはどのようなものだったのでしょうか。

小野:ありがとうございます。最初の起業は、20代の時にはじめた 小さなカフェでした。父方と母方、両方の 曾祖父が西日本で名の通る企業の創設者で、祖父、父からいろいろ学んで育ちました。ドーナッツ社は5〜6年前、40歳頃に立ち上げた会社なんです。

杉原:意外です。ロボットとは全く違う分野だったのですね。飲食というのは、家業とは関係のあることだったのですか?

小野:そうでもありません。一つは製菓業で、一つは医薬品系でしたから。

杉原:それなのに、全く違う分野のカフェをはじめられた。

小野:ええ。10代の頃に父親を亡くし、もともと次男で、先祖の会社に就職しない事は決まっていました。大学を卒業して、どうしようかなと考えましたが、独立するには小さなカフェしかできませんでした。

杉原:そうだったんですね。私も20代の頃に父を亡くしましたが、会社を継ぐことは一切考えていませんでした。いろいろとあって、今は継ぐことにしたのですが、小野さんはそのまま別の道を歩かれた。

小野:そうなんです。20代の頃というのは、大学を出たてで力もなくて、銀行も融資をしてくれませんよね。それで、じゃあ、自分でやるしかないなと思って、自宅を改造して店をオープンさせたんです。苦労の後に、一旦は成功し、いくつもの店を持つことができましたが、そこから失敗し、30代前半で結局 全てを失うことになりました。

杉原:それは苦しい30代ですね。

小野:はい。すでに祖父も父も他界していましたから、実家からの支援はありませんでした。 20代から、これまで 合計8回くらい起業して失敗をしていますが、その間は、お客様に来ていただくためにはどうしたらいいかを、独学で とことん研究してきました。すべてを無くした後も学び続け、デザインに黄金比を取り入れるようになりました。少しずつ店舗やプロダクトのデザインの依頼が増え「何をやってもヒットする。」というくらい極めた感覚を得た頃、テレビ番組からのお誘いが来て「デザインの匠」としてテレビに出演させていただくことになりました。デザイナーとして成功する一方で、自ら飲食業をまた経営する事は考えませんでした。人口減少社会ですし、お客様が 増えてくれなければ どれだけ頑張っても大きくは伸びていかない。短期では業績が伸びるのですが、僕には どれも長期的な成功は難しいものでした。

杉原:なるほど。

小野:これから人口がどんどん減る中で、「何の業界で起業すれば良いのか?どの産業が100年先に繁栄しているのか?」と考えました。また「デザインの分野では誰にも負けない自信があるけれど、また起業するなら 9回目で おそらく最後になる。どうせやるなら、100年先まで伸び続ける産業に挑戦したい。これまで 自分は、登る山を間違えてきたんじゃないか。」と思いはじめたんです。人口が減ることによって生まれるニーズは何だろうなと考えました。

杉原:それで、AIやロボットにたどり着いたということですか。

小野:そうです。私は理系ではないのですが、もともとガジェットやデバイスが大好きで、小学生の頃から電子手帳を使っていました。使うだけじゃなくて、分解して、組み立て直すみたいなことをする子どもでした。

杉原:それ、僕も同じでした(笑)。

小野:そうですか(笑)。それで、自分のデザインでロボットやプロダクトのデザインをやってみたいなと思い始めた。それがドーナッツ社を立ち上げるきっかけです。ドーナッツ社では、これまでの失敗を活かし、資金調達から人材育成まで、今までとは全て 逆のことをしようと思っていました。

杉原:それも面白いですね。僕は、失敗は大事だと思うんです。例えば、アメリカの億万長者の6割は、一度 すべてを失うような事を経験していると言われてますよね。

小野:なるほど。僕も 多くのものを失い、人生の大半は どん底にいました。

杉原:そこから どう立ち上がるか?が大事なんでしょうね、きっと。

小野:そういう意味でいくと、このドーナッツ社を立ち上げる時に、最初の投資家として、F Ventures(ベンチャーキャピタル)が入ってくれたのですが、同じようなことを言ってくれました。失敗続きの私で、デザイナーとしては有名になっていましたが、ロボットでは結果を出していないので、ベンチャーキャピタルも なかなか出資はしてくれません。でも、そんな時でもF Venturesは「失敗から立ち上がった人の方が投資しやすい。」と言ってくれたんです。失敗したことを良かったなんて言ってくれる人はいなかったので、神様が現れたくらいの気持ちでした。

カフェ経営がもたらした着眼点

見守りロボットや、受付ロボットなど、様々な場面での活用が見込まれる「cinnamon(シナモン)」。

杉原:ドーナッツ社ではじめに手がけられたのは「cinnamon(シナモン)」ですよね。これはつまり、小野さんが考えていた人口減少という課題と、カフェ経営で気づいたこれからの課題から生まれた発想ということですか?

小野:そうですね。店舗や企業の受付などでロボットが必要な時代が来ます。もう一つ、独居老人が増えると思うので、誰がその相手をするのかという問題もありました。私は医療系企業の子孫でもあるので、医療面も気になっていました。かねてより病床が足りなくなり、自宅を病室のようにしないといけないことが必ず起こると言われていました。まさにコロナでそうした状況が現実味を帯びましたが、自宅から医師とデータのやりとりができる端末やロボットがないと、見守りができないだろうという課題感を持っていました。

杉原:「cinnamon」はコミュニケーションロボに近いのでしょうか。

小野:そうですね。ソフトウエアは、色々な企業と連携して作っていますが、健康データを毎日とっていくことで、その管理をすることもできます。

杉原:そうすると、ドーナッツ社で、ハードを作って、ソフトの部分はいろいろな人に加わってもらい、シナモンをプラットフォームとして使ってもらうという考えですか?

小野:そうですね。今はC-FACEの問い合わせが殺到しているため、エンジニアが全員そちらに かかりっきりになってしまい、シナモン計画はちょっと置いていかれている状態なのですが(笑)。

杉原:みなさん恐らくC-FACEのことを聞かれると思ったので、あえて、シナモンの話題に触れてみたのですが。では、その話題のC-FACEについて、アイデアは随分前からあったと伺っています。

「C-FACE」は1月には声から元気の度合い(ストレス度)を測定する機能も発表。

小野:そうですね。皆から天才と言われる東京大学のエンジニアが、インターンで弊社にいるのですが、彼のアイデアでした。彼の入社面接の時に「喋ったことがそのままスマホ画面に文字で表れるマスクの研究などをしている」と話してくれました。私はその時、これは かなり面白いアイデアだけど、マスク市場が小さ過ぎて成功はしないだろうと思いました。当然、その開発は進めずに、東大エンジニアには 2〜3年間、シナモンを作ることに専念してもらいました。そこで、小型マイクや翻訳のソフトウエア開発などを一緒に取り組み、シナモンを完成させた直後にコロナ禍がやってきました。翻訳のできるロボット開発と、以前からのアイデアを融合させたのが、スマートマスク「C-FACE」なんです。彼は、C-FACE開発に寄与した事で、2021年の東京大学 大学院情報理工学系 研究科長賞を受賞しました。

杉原:今後はどんな展開を考えられているのでしょうか。

小野:マスクの次は、スマートフォンの再定義を考えています。既存のスマホとは違って、いろんな役割を担うようなものです。そう遠くない未来に発表できれば嬉しいです。楽しみにしていてくださいね。

小野泰助 (おの・たいすけ)
2つの老舗企業 創業者の血を引くが、14歳で父を亡くし、プロダクトや建築デザインを独学で身につける。22歳で起業し、数々の失敗の後「デザインの匠」となり、テレビ出演多数。2014年、北九州のガレージで小型ロボット「シナモン」をデザインし、ドーナッツロボティクス社を創業。

(画像引用元:https://www.donutrobotics.com/

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(text: 宮本さおり)

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