テクノロジー TECHNOLOGY

集中度もストレスも読み取るイヤホン「VIE ZONE」

Yuka Shingai

パンデミックを契機に、大きく変化し始めた私たちのライフスタイルやワークスタイル。 なかでもリモートワークの普及は、フレキシブルな働き方を可能にし、大きなメリットを与えたと同時に、オンオフの切り替えが難しい、集中力が持続しない、コミュニケーション不足に陥るなどのデメリットも散見されている。ヒトの脳波と生体情報を取得するイヤホン型ウェアラブルデバイス「VIE ZONE」はこれらの課題解決に大きく寄与してくれるかもしれない。製造・開発を手掛けるVIE STYLE株式会社の代表取締役・今村泰彦氏に話を伺った。

体と心の充実が生産性を向上させる。
テクノロジーでその手伝いがしたかった

「創業した時に考えた言葉が今の社是にもなっている『味わい深い人生を。』だったんです。多分、当時は味わい深くない人生だったんだろうなあ」と今村氏は笑った。

ミュージシャンとして活動しながら、大手レコード会社で勤務。その後、シリコンバレー発のIT企業に勤めていた今村氏。社風は非常に先進的でオフィスへの通勤やコアタイムなどの制約もない、“自由”そのものである一方で、徹底した成果主義があることを痛切に感じていた。

「仕事はとても楽しいんだけど、働き続けることで消耗していく実感があったんです。こういう人生を生きていくために自分は働いているんだっけ?と疑問に感じて、自分でビジネスを興すなら違うことをやりたいなと思いました」

成果や結果を出すことは、ビジネスにおいて不可欠である。しかし自分の内面にフォーカスし、自分の体と心が充実したら生産性は自ずと上がるのではないか。綺麗ごとではなく、「後から結果が付いてくる」ための手伝いをするテクノロジーが必要だと考えた今村氏。
音楽業界でのキャリアと、ミュージシャンとしての経験から、“音楽”に着目。音楽をアウトプットにすれば、集中力が高まる、リラックスするなどの効能が得られるという学術論文が発表されているが、課題は一人ひとりの目的・要望に合った適切な音楽を選ぶことだ。そこで、センサーから生体情報を取得し、行動変容や意識の変化をもたらすことにフォーカスしたサービスを模索し始めた。

禅発祥の地、鎌倉だから発信できる
倫理観のあるビジネス

VIE STYLEが拠点を置く鎌倉は禅発祥の地。建長寺にて禅とITを掛け合わせたハッカソン(ハック(hack)とマラソン(marathon)を組み合わせた造語。ソフトフェア開発の関係者が、 短期間に集中的に開発作業を行うイベント)「ZenHack(禅ハック)」を主宰していた今村氏のもとにイスラエルの脳科学者、ダン・ファーマン氏が訪ねてきた。本場シリコンバレーではエナジードリンクや濃いコーヒーを片手にコーディングし、イノベーションを創出するイベントだが、ZENHACKはひと味違う。その名が示す通り、早寝早起きして座禅を組み、精進料理を食べ、緑茶をたてるという禅の世界を味わいながらITの課題解決に臨むのだ。このファーマン氏との出会いをきっかけに「脳」へ関心を寄せるようになった。

「ファーマン氏に脳科学の技術や可能性を教えてもらっているうちに、脳に関するビジネスは悪用されるリスクが内包されているだけに、倫理観が重要だと気づいたんです。その点、禅は倫理の塊ですからね。近年、海外でも瞑想がブームになっていますけど、シンプルに生きることとか殺生しないとか、伝統的な価値観を受け継いでいる鎌倉から最先端のテクノロジーを発信することが世界にインパクトを与えるんじゃないかと思いました」

自分が一番集中している脳波を計測、
解析して「ZONE状態」を学習

耳が痛くならないワイヤレスエアーヘッドホン「VIE SHAIR」、カスタムフィット完全ワイヤレスイヤホン「VIE FIT2」に続き、現在開発中の「VIE ZONE」は外耳道および耳たぶのセンサーから、脳波をはじめとする様々な生体情報を高精度に取得することができる。取得した生体データは専用アプリ「ZONEアプリ」に転送され、ストレスや感性、眠気・疲労などがAIによるパターン学習を経て計測される。“自分の脳専用”に解析モデルがカスタマイズされていき、映像・音声などの刺激により脳を理想的な状態に導く「ニューロフィードバック」と呼ばれる技術を使ってトレーニングしていく仕組みだ。

「やっていることはとても単純なんですよ。音楽を流して、どのトラックが一番集中力を高める脳波を出しているか計測して解析する。そして集中できる音楽だけをかける、もしくはかけないということです。たとえば原稿の締め切りが迫っているのに集中できないことってあるでしょう? しかし実際は集中できている瞬間があるはずで、『この時間、この状態では集中できている』と自分で確認できれば、限られた時間の中でも作業を終えられるようになります。ダッシュボードでリアルタイムに波形を確認することで、集中できる状態、自らの『ZONE状態』を学習していく。2時間ならその時間内で、やるべき仕事が完了するよう最適化できる状態を目指しています」

元々、一度集中してしまうと何十時間でも没頭してしまう過集中タイプで休むことが下手だったと自らを分析する今村氏。VIE ZONEで学習し続けた結果、現在は集中とリラックスを適宜切り替えられるようになったとのことだ。

「一番重要なことや、やらなきゃいけないことを、一番集中できる時にエネルギーを注ぎこむことができたら1日8時間拘束されるとか、時間効率みたいなことってあんまり関係なくなるんですよ。朝起きてすぐの頭がまっさらな状態でアイデアを考えるクリエイティブな作業に集中して、午後、疲れてきたら情報収集とかメールとかリアクティブな作業をするとか。よくそんなに仕事量をこなせますねと言われるんですけど、エネルギーを無駄遣いしないことが重要なんです」

10年後にはヒットチャートがなくなる?
音楽のあり方は変化するはず

現代人にとってストレスは切っても切り離せないもの。脳が発しているメッセージを受け取って、自分で解釈してほしいと今村氏は主張する。

「発汗や動悸は計測しやすいんだけど、その指令を出している脳ってすごく複雑な器官にも関わらず、活動していてもなかったことにされがちなんですよ。なぜなら脳は触覚じゃないし、計測器が埋められないから。加えて好き嫌いや快・不快を感じても、前頭葉の働きで衝動が抑えられてしまうので、ストレスや疾患を引き起こしてしまうわけです。それをもっと可視化、数値化できたら、ストレスが溜まっている自覚がなくても、存在していると納得できるんではないでしょうか」

VIE ZONEは、未病領域も視野に入れている。日常生活で軽視されがちなマインドヘルスの改善に脳計測を活かす上でカギとなるのがエンタメだろうと今村氏は語る。音楽がウェルネスに貢献するというのは今村氏らしさに溢れる持論だ。

「ヒット曲ってバブルっぽい価値観が生み出したものだと思っているんです。だけどこれからはもっと日常の重要な部分やウェルビーイングのためにエンタメが機能する、よりパーソナライズドな方向に進むだろうと考えています。音楽の目的やあり方がどんどん変化していけば10年後にはヒットチャートと呼ばれるものはなくなっているかもしれないですよね」

現在はコア技術の開発は完了し、デバイスのローンチ後は音楽配信サービスにも参入する予定だ。ウェルビーイングに賛同してくれるアーティストとのコラボレーションも計画中だという。しかし、あくまでもスコープはBtoBtoCで個人が楽しむサービスにしたいため、企業への導入は当面考えていないという。

「イヤホンをつけられて、より集中して働きなさいって管理社会みたいで嫌でしょう(笑)。企業への啓発よりも、自分が自分を高めるために、自分のマインドを大事にしてほしいんです。これだけテクノロジーやAIが発達しているんだから、人間にしかできないクリエイティブなことや、食べる、寝る、運動するといった生命活動の優先を体現するプロダクトにしていきたいですね」

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(text: Yuka Shingai)

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ロボットと人間の未来を予感!?アイコンタクトができるロボット『SEER』

HERO X 編集部

その幼子のような表情には、誰もが引き込まれてしまうだろう。日本のアーティスト・藤堂高行氏が開発した『SEER(Simulative Emotional Expression Robot)』は、向かい合う人の視線をとらえ、アイコンタクトができるロボットだ。人々と視線を交わし、うなずくような表情を見せるロボットは、「不気味の谷」を越えるものとなりそうだ。

SEERはロボットの「視線インタラクション」をテーマに作品をつくり続けている藤堂高行氏が制作したヒューマノイド型のロボットヘッド。目の前にいる人間を知覚し、そこに視線を往復させるカメラが組み込まれている。表情は、うなずくような頭の動きと、ワイヤーで作られた眉毛、眼球の動きで表現される。目を合わせた人の表情を模倣して見せることも可能だ。3Dプリンターで製作されたヘッドが、特定の性別や民族を反映していない点も、大きな特徴だ。どの文化圏の人々が利用したとしても、違和感はないだろう。ニュートラルで穏やかな表情は人間に敵意を抱かせず、優しさを感じさせる。

人間がロボットを見るとき、そこには「不気味の谷」が存在するという。ロボットが人間に近すぎると感じたある時点で人々はロボットに不快感を抱き、それを越えて人間と見分けがつかなくなると、再び共感が高まるという現象だ。アイコンタクトを獲得したことで、SEERは「不気味の谷」を軽やかに越えているように感じる。現在はアートプロジェクトとして発信されているが、今後は様々な活用法が考えられていくかもしれない。

一方で、ロボットが実用的な部分で、かなり人間の生活に入りこんでいる実例もある。株式会社ATOUNが制作するパワーアシストスーツは重い荷物の上げ下げをサポートする。

参考記事:ロボットを着て動き回れる世界を夢見る、社会実装家・藤本弘道【the innovator】

工場などで大きなニーズがあり、「腰」をサポートするパワードウェアは累計270台ほど売れているという。働き方改革の面からも、作業アシストロボットは今後大きく注目されそうだ。

実用的なものから人に癒しを与えるロボットまで、ロボット技術は日進月歩ですすんでおり、すでに私たちの生活の中で無視できない存在になっている。SEERがとらえる視線の先には、ロボットと人間のどんな共存が待っているのだろうか。

[TOP動画引用元:https://www.youtube.com/watch?v=opjXuy5uHBo

(text: HERO X 編集部)

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