プロダクト PRODUCT

TAASの描き出す企業の最適化。 無料で機密文書を処理して、SDGsに貢献?

長谷川茂雄

“オフィスサイネージメディア”。少し聞き慣れないこのワードは、2016年に設立されたTAAS株式会社(以下TAAS)が生み出した新しい価値観に基づくメディアのこと。その根幹を成すのは、“e-Pod Digital(イーポッド・デジタル)”と呼ばれる機密文書処理サービスだ。「0円溶解処理」という謳い文句が示す通り、同サービスには、お金がかからない。文書の回収ボックスが広告メディア化した画期的なシステムなのだ。しかもこのサービスは、紙が再生資源化することからSDGsの貢献にも直結する。その先にはいったい何が見えるのか? TAAS株式会社 代表取締役兼CEOの大越隆行氏を訪ねた。

前例のない“オフィスサイネージ”
というメディアを創出

企業にとって、機密文書の処理は不可欠。それゆえ、業者に溶解処理を依頼するのは、当たり前のルーティンでもある。もちろん、それに対してコストをかけることも、これまでは疑問視されてこなかった。e-Pod Digitalは、その価値観を根底から変えるサービスだ。

「かつて自分が、海外の会社の立ち上げに携わっていた時に、数週間ぶりに日本に帰って来ると、膨大な広告やチラシが郵便ポストに入っていたのですが、それを捨てるたびに“もったいないな”と思っていて。たくさんのチラシが捨てられたゴミ箱を見て、企業の機密文書も高いサービスレベルで処理して、さらに付加価値も与えることができれば、共感してもらえるのではないかと。そう思ったのがe-Pod Digitalを作った原点ですね」

企業が大きくなればなるほど、処分する機密文書の量も膨大になる。それを安全に、しかも無料で処分できるサービスであるe-Pod Digitalは、コストの削減になるだけでなく、旧態依然とした考え方を変える起爆剤ともなる。 “オフィスサイネージ”という世界でも前例のない広告メディアを兼ねることで、無料のサービスとして成立させていることもユニークだ。

こちらが、e-Pod Digital。上のモニターが14インチ広告スペース、下が設置企業側が使えるサイネージパネル。利用企業は、自由に部署内などで共有したい社内情報を自由にサイネージで情報発信でき、IoTツール・デジタルツールとして使用されている。

「こういった形のオフィスサイネージは、これまで世界的にも例がありませんでした。日本では2019年8月に特許を取得して、現在、アメリカとEUにも特許出願を済ませている状態です。オフィスの中に、これほど入り込んだ広告メディアはありませんから、そこが大きな魅力だと思います」

ターゲットにダイレクトに
情報発信ができる

溶解処理するために、機密文書を回収して保管しておくボックスは、必ず社内に設置される。しかも通常は、部署やセクションごとに置かれるため、同じ環境、境遇の人たちが目にすることになる。それは広告主にとって、かなり有意義なことだ。

「タクシーの座席に設置されているデジタルサイネージのオフィス版だといえば、イメージしやすいと思います。しかもe-Pod Digitalの場合は、広告を目にする人の働く企業やその規模、業種などが全て明確なので、ターゲティングやセグメンテーションが既に全部できています。ペルソナの設定とリアルなニーズに齟齬が出にくく、無駄なくターゲットに情報を提示できる。それは、理にかなっています」

e-Pod Digitalは、企業内に入り込むことで、「より明確なニーズに対して情報が訴求できる」と語る大越氏。

確かに、機密文書は、同じ所属部署・チームが共有する。その処理ボックスであるe-Pod Digitalを取り巻く人々は、必然的に同じ境遇の人間であるため、ニーズが掴みやすい。それは広告媒体として、大きなアドバンテージとなっていることは頷ける。

「サービスがスタートしてから丸2年ですが、もうすでに300社以上が利用してくださっています。ボックスがいっぱいになったら提携業社に取りに来てもらえたり、処理証明書が発行できたりしますが、それらは全てクラウド上で完結して管理もできるんですよ」

e-Pod Digitalには、広告サイネージの他に、企業側がクラウド上で自由なやりとりができるもう一つのサイネージが装備されている。それは、共有する部内にメッセージを提示する掲示板的な使い方もできれば、クラウド上で連絡ツールのような使い方もできる。備品の発注なども可能だ。

「そういった付加価値もありますし、e-Pod Digitalは、ビジネス設計の時点から、 そもそもSDGsを意識したビジネス設計をしてきました。実際、企業側もこのサービスを利用することで、環境問題の解決に寄与することを認識していただいています」

企業内の紙が“循環”するという
新たな常識を作りたい

TAASは、e-Pod Digitalのサービスを通して、国連が定めた17の“持続可能な開発目標”の中から、特に3つの目標を掲げて実践している。機密文書の処理システムだからといって、決して紙の使用を推進しているわけではない。

TAASが力を入れているSDGsへの貢献は、こちらの9、12、17番の3つ。

「基本的に、私たちはペーパーレスを推奨しています。とはいえ、日本に根付いている企業文化の中で、ペーパーレスを完璧に実行することは、なかなか難しいと思います。ですが、紙の使用を最低限に減らした上で、どうしても必要な提案書や契約書などを処理する場合は、e-Pod Digitalを使えばSDGsに寄与できる。なおかつコストも大幅に下げられるとなれば、デメリットはないんですよ」

現在、e-Pod Digitalで処理された企業の機密文書は、A6のノートなどに生まれ変わり再利用されている。それは企業のロゴなどを入れたノベルティ(有償)などとしても重宝しているという。まさに紙が“循環”しているのだ。

処理された機密文書からリサイクルされたA6ノート。

「これまで、機密文書を処理する場合は、業者に費用を払って委託するのが常識でした。ただ、これからは無料でそれをやり、なおかつSDGsにも寄与することが、当たり前になっていくはずです。日本に昔からある業態でも、新しい視点やサービスがあれば、まだまだ効率化は図れると思っています」

これまで誰も着目してこなかった機密文書の処理にイノベーションをもたらしたe-Pod Digital。まさに目から鱗とも言える着眼点と発想が興味深いが、大越氏には、まだまだ様々なプランがあるようだ。最後に、今後の展望を聞いてみた。

「今後は、異なる業種との協業を強めていきたいと考えています。e-Pod Digitalで生まれたサイネージの機能だけを提供するとか、広告配信の仕組みだけを提供するなどして、また新しいスタイルのサービスが生まれれば本望です。ITや真新しいテクノロジーではなく、私は、昔からある日本の業態の中で、まだまだIoT・DXでチャレンジする余地は、大いにあると思っています」

大越隆行(おおごし・たかゆき)
1985年、横浜生まれ。関東学院大学卒業後、株式会社groovesの営業職を経て、アマゾンジャパン合同会社に入社。当時、世界で最年少(26歳)の事業責任者に就任しキャリアを積む。2015年、ランサーズ株式会社に入社すると、ランサーズ・フィリピンの創業に参画。同社取締役に就任。2016年退社し、TAASを創業。2019年4月には、みずほ銀行「Mizuho Innovation Award 2019」を受賞。

関連記事を読む

(text: 長谷川茂雄)

(photo: 増元幸司)

  • Facebookでシェアする
  • LINEで送る

RECOMMEND あなたへのおすすめ

プロダクト PRODUCT

まさに雪上のF1。極寒の舞台裏にある、エンジニアたちの闘い【KYB株式会社:未来創造メーカー】前編

岸 由利子 | Yuriko Kishi

チェアスキーほど、命の危険と背中合わせのパラ競技は他にない。時速100km以上の豪速スピードで、雪山の傾斜面を一目散に滑降するアグレッシブさとスリルが、アスリートを奮い立たせ、観客を熱狂させる。2014ソチパラリンピックでは、森井大輝選手がスーパーG(スーパー大回転)で銀メダル、鈴木猛史選手がスラローム(回転)で金メダル、狩野亮選手がダウンヒル(滑降)とスーパーG(スーパー大回転)の2種目で金メダルを獲得。日本のヒーローたちは、圧倒的な強さを世界に知らしめた。そんな彼らの疾走を裏舞台で支えているのが、日本トップクラスのシェアを誇る総合油圧機器メーカー、KYB株式会社(以下、KYB)のショックアブゾーバ開発者、石原亘さんだ。別名・油圧緩衝器と呼ばれるこの部品、一体どのように作られているのか?目前に迫る2018ピョンチャンパラリンピックに向けての開発は?石原さんにじっくり話を伺った。

KYB所属のチェアスキーヤー、ソチ金メダリストの鈴木猛史選手。

日本が誇るショックアブゾーバ開発の最高峰メーカー

1935年、株式会社萱場(カヤバ)製作所として創業したKYBは、「一歩先のモノづくり」をミッションに、高度な油圧技術を創り出す独立系油圧機器メーカー。自動車・二輪車用ショックアブソーバのリーディングカンパニーとして、世界の主要自動車メーカーとの取引を行い、業界を牽引するかたわら、独創的な技術開発を活かして、鉄道・建設機械・航空・新幹線・特装車両・免制震など、油圧をベースにした制御機器を幅広い分野に供給している。

長野パラリンピックの開催を控える中、ヤマハ発動機株式会社、神奈川県総合リハビリテーションセンターや横浜市総合リハビリテーションセンターなどが、連携して取り組む競技用チェアスキーの開発プロジェクトがあった。KYBが手掛ける二輪用リアクションユニットが、チェアスキーで使用するショックアブゾーバの形状に似ていることから声がかかり、同社独自のチェアスキー用ショックアブゾーバの開発が、本格始動した。

以来、ソルトレイク、トリノ、バンクーバー大会で、日本代表選手にショックアブゾーバを提供し続け、2015年8月より、日本障害者スキー連盟アルペンスキーナショナルチームのオフィシャルスポンサー及び公式サプライヤーとなり、前述した同社所属の鈴木猛史選手をはじめ、森井大輝選手、狩野亮選手ら計5名の強化指定選手に対し、強力なサポートを行っている。

挫折があったからこそ、大切な今がある

冬季パラリンピックにおける日本人初の金メダリストであり、通算10個のメダルを獲得した大日方邦子選手や、長野パラリンピックのスラローム(回転)で銀メダルを獲得した青木辰子選手など、名だたるトッププレイヤーたちにショックアブゾーバを提供してきたKYB。しかし、現在に至る道のりは決して平坦ではなかった。「ソチ以前と以後とでは、体制は大きく変わった」と石原さんは話す。

「ソチ以前の当社は、選手の要望をしっかり聞いて仕様を変更するなど、満足のいくサポート体制を提供することが厳しい状況でした。ちょうどその頃、スウェーデンの自動車部品メーカー、オーリンズが開発するショックアブゾーバが、チェアスキーの世界でも注目されていました。製品の性能はもちろんのこと、日本のアンテナショップで各選手の話を聞いて調整を行うなど、サポート体制も含めて、当時の弊社よりも優れていたため、当然ながら、選手の方たちは、そちらのメーカーにシフトしたのです」

これを受けて、KYBは心機一転、社内体制を立て直すことに。選手たちからの信頼を取り戻すべく、ショックアブゾーバをほぼゼロから作り直していくという命運をかけた一戦に挑んだ。マイナスからの厳しいスタートだったが、たゆまぬ努力と熱意が実を結び、選手たちは皆、KYBに帰ってきた。そして今、目前に迫るピョンチャンパラリンピックに向けて、一歩ずつ、着実に歩を進めている。

極上の乗り心地を実現するために
調整、改良、試乗を繰り返す

チェアスキーの競技用マシンは、一枚のスキー板の上に、シート、フレーム、サスペンションが取り付けられた構造になっている。滑走中の風の抵抗を減少するために、足元にカウルを付ける選手もいる。石原さんらが開発するのは、サスペンションの中枢を担うショックアブゾーバ。滑走中の衝撃を緩衝するための部品で、人体に例えるなら、身体にかかる衝撃を和らげる役目を持つ膝や股関節にあたる部分だ。

重量は、スプリングを抜いた状態で、約1200g。各部品において必要のない肉をできる限り削ることで、軽量化を目指す。

こちらが、KYBのチェアスキー用ショックアブゾーバ。基本的には、二輪車用のショックアブゾーバをベースとしているが、チェアスキー用ならではの工夫や難しさがあるという。

「シリンダーやガスタンクは、できるだけ大きくしたいのですが、フレームのサイズは予め決っているので、いかに性能を上げながら、その中に収まるものを設計するかということが、私たちの課題です。製品が出来上がると、実際に選手に乗ってもらい、率直な感想や要望などをヒアリングします。それを踏まえて、スプリングの長さを調整したり、シリンダーの中にあるさまざまな部品を一つずつ見直すなどして、仕様を煮詰めていきます。全ては、各選手にとって、快適な乗り心地を実現するためですが、最適な落とし所を見つけるのは喜びであると共に、苦心するところですね」

ショックアブゾーバの中身をばらして、仕様を変えて組み直し、また試乗する。これを可能にするのは、現状日本だけだという。

無限大の中から、最適な仕様を見つけ出す

「高性能なオートバイやレーシングカーに使用するショックアブゾーバの中には、油が入っています。それをピストンで押した時に発生する“減衰力”で、ダンパーの動きを制御しているのですが、より精度良く制御するためには、ガスによる加圧がポイントになります。それによって、性能がより安定します。この技術は、チェアスキーのショックアブゾーバにも活かしています」

シリンダーの中には、何枚もの金属の板が積まれている。ピストンに取り付けられたピストンロッドの前進運動によって、油がそれらを押し上げる時に発生する力で、減衰力を発生させるという仕組みだ。減衰力の強弱をコントロールするのも、これらの板だ。

「金属の板の大きさは1mm違いで、板厚も0.1mm違いのものを数枚用意しています。選手からの要望で、仕様を少し変えたいという時は、この板を1枚抜いたり足したりして微調整を行い、試乗してもらうことを繰り返します。選手ごとに、枚数も仕様も違います。試験機にかけてデータを取るのですが、選手が実際に感じている領域はデータに現れないことが多いです。例えば、1枚抜いても、データ上ではほとんど差がないのに、体感では違いを感じてもらえたり。板の組み合わせですか?無限大ですね(笑)」

後編へつづく

石原 亘(いしはら・わたる)
チェアスキーショックアブソーバ開発者。2009年、KYBモーターサイクルサスペンション株式会社に入社。スノーモービル、ATV用ショックアブソーバの設計を経て、2015年よりチェアスキー用ショックアブソーバの設計に携わる。また、設計開発を行う傍ら、チームの国内遠征にも同行し、現地での仕様変更などのテクニカルサポートも対応する。趣味はモトクロス、自動車ラリー競技への参加や、スキー、スノーボードなどのウィンタースポーツ。

(text: 岸 由利子 | Yuriko Kishi)

(photo: 増元幸司)

  • Facebookでシェアする
  • LINEで送る

PICK UP 注目記事

CATEGORY カテゴリー