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前人未到の2連覇から4年。「豪速のナポレオン」が胸に秘めた覚悟と野望【狩野亮:2018年冬季パラリンピック注目選手】後編

岸 由利子 | Yuriko Kishi

冬季パラリンピックの花形競技、チェアスキー。中でも「高速系」と呼ばれる2種目で圧倒的な強さを誇り、世界のトップに君臨し続ける男がいる。スーパー大回転で金メダル、ダウンヒル(滑降)で銅メダルを獲得したバンクーバーパラリンピックに続き、ソチパラリンピックでは、両種目で金メダルを獲得するという大快挙を見せた狩野亮選手だ。前人未到の2大会連続制覇を成し遂げてから4年が経とうとしている今、ピョンチャンでの三連覇達成に世界中の期待がかかる。金メダリストとしての覚悟とは?大会に向けたマシンのセッティングから今後の展望に至るまで、狩野選手に話を聞いた。

金メダルの一歩先の世界を
切り拓くために、勝ちに行きたい

冬季パラリンピックで、チェアスキーほど、数々の名だたる日本企業が参画し、強力なサポート体制が整った競技は、他にない。その気勢は、夏季パラリンピックの陸上競技に比肩するほどだ。チェアスキーが企業を惹きつけるのか。それとも、互いに引き合っているのか。

「選手側の感覚でいうと、選手たちが皆、そうあって欲しいと強く願い、それに対して、具体的なアクションを起こしたからだと思います。僕が選手としてチェアスキーを始めた頃は、遠征も年に1度行くかいかないかという状態でしたが、何とかして変えようと、大輝さん(森井大輝選手)が僕たちを引っ張ってくれました。“スキーヤーなら、スキーで食べていきたいよね”とずっと言い続けて。

大学卒業後も、チェアスキーを続けていきたいと考えていましたが、普通に就職活動していたら、きっとこの先できなくなる。何かアクションを起こさなければ。

そう思い立ち、右も左も分からない状況でしたが、大学在学中、20歳の時、自分を知ってもらうために約100社に履歴書を送って、アプローチしました。当時は、パラリンピックも今ほど知られていない上に、トリノ大会で27位という結果に終わった2年後。苦戦しましたが、5社ほどが興味を持って会ってくださいました。今、僕が所属している株式会社マルハンは、その中の1社。自ら、最も切望した企業でした」

選手たちの努力の結晶は、レースの結果にも現れた。森井大輝選手がスーパー大回転で銀メダル、鈴木猛史選手がスラローム(回転)で金メダル、そして、狩野亮選手がダウンヒル(滑降)とスーパー大回転の2種目で金メダルを獲得するという、歴史に残る実績をソチ大会で残すに至った。それから4年、まもなくピョンチャンを迎える。

「バンクーバー大会の時は、“世界の頂点を極めたい”の一心でしたが、正直、金メダルにはたどり着けないと思っていました。それが、獲れてしまった。ソチ大会では、金メダルを2つ獲得して、“もう一度、証明したい”という目標は達成できました。ピョンチャンでは、金メダルのもう一歩先の世界を切り拓くために勝ちに行きたいです。今後、パラスポーツやアルペンスキーの世界で、利用価値を出せる自分になりたい。その気持ちが強くあります」

エクストリームスポーツ、
チェアスキーの面白さをもっと伝えていきたい

「唯一、死ねるパラスポーツかもしれない」。高速系種目の覇者である狩野選手がさらりと言うほど、チェアスキーはエクストリームなスポーツだ。ごく最近、直滑降でテストした時に時速126kmのスピードを出したといえば、その激しさが想像できるだろう。

「ダウンヒル(滑降)の練習をした時にしか感じることのできない胸の高ぶりや、スピードと風に負けそうになる自分を気持ちいいと感じている時点で、頭のネジが数本外れているのかもしれません(笑)。トータルして勝てているレースでも、実はトップスピードは、他の選手の方が速い時があるんです。ワックスなのか、サスペンションなのか、今色々試して改良点を探っているところですが、マシンのセッティングが全て上手くいけば、もう少し速くなれる可能性はあります」

最近では、レジャーとしてチェアスキーを楽しむ人も増えている。スノーボードなど、ウィンタースポーツに親しんでいる人なら、ゲレンデでその姿を見たことがあるかもしれない。だが一般には、折悪しく、身近に観ることのできる機会はまだ少ないのが日本の現状だ。

「今はそのきっかけが作れていませんが、今後、何らかの形でこのスポーツの面白さを世に発信していきたいと思っています。観てもらえる機会さえあれば、魅了する自信はあります。純粋にスポーツとしてのチェアスキーを感じていただけたら嬉しいです」

ピョンチャンの見どころについて聞くと、再び森井大輝選手の名前が挙がった。狩野選手にとって、良き先輩であり、良きライバルでもある、チェアスキー界をけん引する強豪選手だ。

「大輝さんは、どの種目でも邪魔してくるんです(笑)。どれか一つに決めてくれればいいのですが、猛史くん(鈴木猛史選手)が得意とするスラローム(回転)も、高速系種目も、グイグイ攻め込んできます。それを逆手に取って、僕たちも大輝さんに負けないように奮起して、切磋琢磨していけたらいいのかな。それぞれの得意種目でどこまで結果を出せるか、そこに誰が邪魔してくるのか。その絡み合いをぜひご覧ください」

『彼を知り己を知れば百戦殆うからず』ナポレオンが、かつて座右の書にした兵法書「孫子」にある有名な言葉だ。同じ土俵で戦う相手のことも、そして自分のことも熟知していれば、百回戦っても負ける心配はない。これを地で行くのが、狩野選手ではないだろうか。今後も、歴戦の勇士の活躍を追っていく。

前編はこちら

狩野亮(Akira Kano)
1986年生まれ。北海道網走市出身。小学3年の時、事故により脊髄を損傷。中学1年より本格的にチェアスキーに取り組み、2006年トリノ大会からパラリンピックに3大会連続で出場。2010年バンクーバー大会ではスーパー大回転で金メダル、滑降で銅メダルを獲得。2014年ソチ大会ではスーパー大回転、滑降の2種目で金メダルを獲得。同年、春の叙勲で紫綬褒章受章。株式会社マルハン所属。

(text: 岸 由利子 | Yuriko Kishi)

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世界初の車いす鬼ごっこ「ONIGOCCO」バトルに、あのブレイクちょい前芸人が参戦!

岸 由利子| Yuriko Kishi

毎年夏に先駆けて、お台場で開催されるアーバンスポーツフェスティバル「CHIMERA GAMES」。大人も子どもも本気で遊べる“夢の遊び場”に、今年、HERO Xがプロデュースする「車いすONIGOCCO」が初登場。新しいスポーツの誕生を祝うとともに、イベントでは初代チャンピオンを決定するべく「ONIGOCCOバトル」が行われた。パラリンピックの花形競技・チェアスキーのメダリストである村岡桃佳選手や森井大輝選手、松葉杖ダンサーのダージン・トクマック氏など、豪華な顔ぶれに混じって参戦したのは、昨年、情報番組「シューイチ」の「ブレイクちょい前芸人」で優勝した芸人・みんなのたかみちさん。たかみちさんは、TBSラジオ番組「ビヨンド・ザ・パラスポーツ」で専属パラスポーツ案内人としても絶賛活躍中。果たして、結果はいかに!?まずは、車いすONIGOCCOのルールからご覧いただこう。

ONIGOCCO。それはオニと子、1対1の真剣勝負

ONIGOCCOバトルに参戦中のチェアスキーヤー・森井大輝選手(左)。窮地に立たされるも、満面の笑顔!

従来の鬼ごっこでは、“オニ”を1人決め、それ以外のメンバーが“子”となるが、ONIGOCCOは、“オニ”と“子”が1対1で戦う形式だ。ルールは至ってシンプル。障がいのある人もそうでない人も車いすに乗って、10メートル四方のコート内で対戦する。1ゲームの制限時間は45秒。オニが子に触れば、その時点でオニの勝ちとなり、逆に、45秒間逃げ切ることができれば、子の勝ちとなる。

チェアスキーヤー・村岡桃佳選手(左)と森井大輝選手。この時のオニは村岡選手。巧みな車いすさばきによる接戦が繰り広げられた。

車いすでプレイする鬼ごっこならではの醍醐味。障害物に挟まって、うまく動きが取れなくなることも。

コート内にはあちこちに障害物が散らばってあり、中央とコーナーには傾斜のある大きな台が設置されている。オニは子を捕まえるために、子はオニから逃げ切るために、障害物を乗り越えるもよし、台に上って時間稼ぎするもよし。ONIGOCCOは、従来の鬼ごっこに車いすを融合し、ボーダレスとスピードを追求してアップデートした新しいスポーツなのである。

 

松葉杖ダンサーのダージン・トクマック氏(左)。オニが子を捕まえる時に“タッチ”する体の部位はどこでもOK。

みんなのたかみち、いざ参戦。
「ハート全開、真っ向勝負でいきます!」

今回、そうそうたるメンバーとともにONIGOCCOバトルに参戦した芸人みんなのたかみちさん。高校時代、地元の京都大会でベスト4まで進出したこともあり、芸人になる以前はプロ野球選手を目指していたというだけあって、「身体能力には自信があるというか、スポーツとなると、体が勝手に動いてしまう」と余裕しゃくしゃくの様子。

たかみちさんの初戦の対戦相手は、チェアスキーヤーの村岡桃佳選手。2018年のピョンチャンパラリンピックで日本選手史上最多のメダル5個を獲得し、世界を沸かせた“冬の女王”だ。トップ・オブ・ザ・トップのアスリートと戦うにあたって、たかみちさんは意気込みを語ってくれた。

「すごい人やと思ってしまうと、心が折れてしまうので、同じ人間やと思って接しさせてもらいます。卑怯なことは一切しません。ハート全開、真っ向勝負でいきます! 僕なりのONIGOCCOを見といてください!」

そして、第1戦がスタート。オニはたかみちさん、子は村岡選手。早くも村岡選手は、機敏な動きで中央の台に上り、たかみちさんを牽制。いつも笑っているように見えるたかみちさんだが、その顔にもはや笑みはなく、まさに真剣そのもの。車いすをこぐ手にも力が入っているのが見て取れる。

村岡選手を捕まえようと、中央の台に近づくまではよかったが、スロープを上がろうとした瞬間、バランスを崩して車いすごと転倒。車いすに乗り直すうちに、45秒はまたたく間に過ぎ、村岡選手の逃げ切りであっけなく勝負はついてしまった。

えっ?真剣勝負の最中にフォーリンラブ!?

続く第2戦では、たかみちさんが子、村岡選手がオニ。ゲームがスタートするやいなや、「僕、捕まりませんよ!」とたかみちさんは叫び、中央の台をめかげて突進。その後も全力で逃げ続けたが、軽快なリズムでグングン攻め込む村岡選手。時速120km近い速度で滑走することもあるチェアスキーヤーのスピード感には、やはり太刀打ちできないようだった。ゲーム開始から18秒、村岡選手がたかみちさんの背中にタッチして、ゲームは終了。

結果は、1回戦で敗退。だが、たかみちさんは、いともご満悦の様子だった。

「やっぱり(村岡選手は)迫力がすごかったです。こういう遊びの場でも、きっと自然と出てくる闘志があるんでしょうね。目が合った瞬間、ライオンに睨まれているような感じで、これは勝てへんわって思いました。同時に、ハートをガッツリ掴まれました。村岡選手って、セクシーですよね。僕、目が合うたびにドキッとして、それもあって逃げられへんみたいな感じもありました(笑)。でも、18秒も逃げ切ることができたのは、やっぱりハートで勝負したからかなと」

ONIGOCCO初代王者は、やはりあの人

過酷なトーナメントを勝ち抜き、ONIGOCCOバトル決勝戦に残ったのは、たかみちさんを手もなく倒した村岡選手と、彼女にとって兄のような存在であるチェアスキー界の強豪・森井大輝選手。一点一画もゆるがせにしない真剣勝負の末、初代王者に輝いたのは、森井大輝選手だった。

MCを務めたのは、HERO X編集長の杉原行里。

優勝した森井選手には、ONIGOCCOのスポンサーを務める『JUSTIN DAVIS』のリングが贈呈された。

「率直に楽しいですね。いわゆる鬼ごっことは、全然違いますから!」とたかみちさんが言うように、障がい者や健常者といった垣根を超えて、みんなが混じり合い楽しめるスポーツ、それがONIGOCCO。バトルの最中、大人たちに混ざって、熱心に見入る子どもたちの姿があった。終了後に、「ONIGOCCOを体験したい」と、コートに入っていく子どももいた。もし、この楽しさの波紋が広がっていけば、ONIGOCCOはやがて、令和を生きる子どもたちにとって、新たな遊びのスタンダードになることだろう。

みんなのたかみち
ワタナベエンターテインメント所属のお笑いコンビ「プリンセス金魚」のツッコミ担当。2016年10月より、相方の大前亮将が拠点を名古屋に移したため、遠距離コンビとなる。以来、単独でライブなどに出演し、ピンネタを披露する機会も増えている。2017年10月8日、芸名を「たかみち」から「みんなのたかみち」に変更した。
http://watanabepro.co.jp/mypage/4000019/

(text: 岸 由利子| Yuriko Kishi)

(photo: 増元幸司)

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