対談 CONVERSATION

人の走りを可視化したスマートシューズがアスリートを変える!?「ORPHE TRACK」開発者・菊川裕也が見る夢 前編

吉田直子

センシング技術を組み込んだスニーカーを履くことで、自分の歩行や走りをスマートフォンやタブレット上で簡単に計測・分析できるスマートシューズ「ORPHE TRACK 」。企画・開発したのは株式会社no new folk studioの菊川裕也氏だ。「楽器のような靴を作りたい」という発想から生まれたスマートシューズが、いかにプロダクトとして成熟していったのか。アメリカのクラウドファンディングサイトで$110,000以上の資金を調達し、2016年に一般販売されるまでの経緯と、「ORPHE」シリーズに込められた菊川氏の哲学を、編集長・杉原が伺った。

楽器づくりから始まった
「ORPHE」シリーズ

杉原:実は僕、菊川さんの講演会には何度も行っています。「ORPHE」もかなり早い段階で注目していました。まずは、開発のきっかけからお伺いしたのですが。

菊川:そもそも大学は文系で、どちらかというと商学部よりも軽音楽部に通っていたような大学生活でした。音楽が好きだったのですが、普通の音楽がやりたいわけではなく、楽器から作りたかったんですね。それで、首都大学東京の大学院で芸術工学を専攻して、単位取得をした頃にはこの会社を立ち上げていました。大学院の時に一番時間をかけて作ったのが、目の見えないユーザーが使える電子楽器。ユニットを押したり、つかんだりすることで音が鳴る楽器です。直感的なインターフェースというと電子楽器やDJが思い浮かびますが、DJといっても、音とジェスチャーが本当に1対1で対応しているかわからないじゃないですか?

杉原:確かにそうですね。DJは直感的なインタラクションというけれど、レコードを回すマネだけをしているかもしれない。

菊川:テクノロジーの進化によってインターフェースのデザインの幅が広がって、時代的にも音とジェスチャーの分離が激しくなってきていたので、逆にそれがつながる意味を考えていました。その後、サントリーさんの「響」というウイスキーのプロモーションで、楽器になるコップを作りました。金細工の部分が静電容量センサーになっていて、グラスを持ったらそれがわかる、加速度センサーでグラスの傾きがわかる、唇に触れたらわかる。飲んでいる行為が合奏になるのです。要はもともと知っているものが楽器になると、「これ、飲むものですよ」と言わなくても、人は勝手に飲むんです。

杉原:飲む時にコップを持つというのは当たり前の行為だから、使い方を教えるコミュニケーションやらなくて済んだ、ということですね。

菊川:まさにそうです。どれだけ直感的に作ったとしても、新しいものだったら、説明しなきゃいけない。そこで、真新しい楽器を作るよりは、すでにあるものが楽器になっていくことをやったほうが、あらゆる人を演奏者に変えられると思いました。靴は本当に誰でも履くので、靴自体が楽器になれば、普段みんなが意識していない、「歩く」「走る」が演奏行為になると思ったんです。

杉原:その発想は面白い!

菊川:最初はシンプルにタップダンスのシューズを電子化することを考えていました。靴は買ってきて、そこにセンサーを付けて、みたいなことを1人で夜な夜なやっていたら、じょじょに「面白い」「製品化したら?」と言ってくれる人が出てきて、一部を出資してもらってクラウドファンディングまで持っていくことになった。それが会社設立の経緯です。

スマートシューズ市場が
思ったよりなかった

杉原:これ、出た時は覚えていますよ。すごく欲しいと思いました。

菊川:ありがとうございます。この時点ではあまりモノ作りの制約を抱えていなかったので、こういうものがあったら楽しいよねという素直な気持ちに基づいて作られています。

杉原:濁りがないですよね。僕も車いすが最初に出来た時の喜びはいまだに色あせないのですが、今モビリティを作るときには、「これ量産は無理だな」とか、「ここをちょっと変えなきゃダメだな」とか、少しずつ加点より減点になっていく。そこを、いかに食い止めるかが課題ですよね。

菊川:本当にそうですね。とはいえ、ちゃんと量産して販売するところまで、それほどお金をかけずに達成できたことは、今でもノウハウとして引き継がれています。スマートシューズ系で大風呂敷を広げたところは、わりと出す前に破綻したりしていますから。

杉原:最初のスマートシューズの時代を振り返った時に、今も残っている考え方やテクノロジーというのは、何かありますか。量産のノウハウと、あとは?

菊川:いや、全部残ってはいます。プロダクトとして成立しやすい部分を抽出して、製品になっているのですが、成立しにくい部分も別に捨てたつもりはなくて、多分戻ってくると思います。ただ、思ったよりもモノ作りの世界の発展がスローでしたね。スマートシューズに関しては2014年くらいから考えているから、クラウドファンディングが終わる頃には、ランニング系のスマートシューズなんて世の中で当たり前になっているはずだと思っていました。だから、もっとニッチな、ダンスに特化したものでないと売れないと思っていたんです。でも、2020年でも、全然当たり前になっていなかった。

杉原:わかりますね。オリパラが決まった時に、大企業もスタートアップもみんな色々な風呂敷を広げたじゃないですか? でも、2020年になった今、予想よりはプロダクトが出てこないですもんね。想像以上にあまり変わっていないというのが自分の中の認識です。

菊川:打ち出すことはできても、実際に新規性が高いことをやる場合って、当然障害があるわけじゃないですか? それをちゃんとやりきる人は、実はかなり少ないですよね。

ランナーのためのシューズを
新しく開発

杉原:2015年に発表して「Indiegogo」(サンフランシスコを拠点にするクラウドファンディングサイト)で資金調達したんですよね?

菊川:そうです。それをもとに製品を開発することができました。その先の話をすると、僕らの場合、一般のコンシューマにどんどん市場が広がっていったというよりも、むしろ様々な場でコンテンツとして使ってもらえたことが大きかったですね。例えばAKB48さんや乃木坂46さんのライブに使ってもらったり、21世紀美術館での展示や、TVCMにも使ってもらったり。ちょっと目新しいものとして話題になったことで、ほかの仕事にもつながっていきました。

杉原:2015、2016年からプロモーションをやってきて、今の活動は、会社としてはどういう主軸になっていますか?

菊川:主軸はスマートランニングシューズの開発ですね。アプリをオープンにするというのは最初から思想的にはあったので、3年間くらい、SDKを無償配布して、大学とかに使ってもらったりしていました。そういう中で、為末大さんとも出会って、「ORPHE」を最初に見せた瞬間に、「子どものランニングの教育に使いたい」と言ってもらえたんです。パンと踏んだ瞬間に音と光が出るので、しかも、もともとタップダンスの動きを模していたこともあって、かかとから着地するのと爪先で着地するのでは音色が変わるようになっていた。IoTというとデータだけ貯まっていけばあとはなんとかなる、みたいなところに行きがちですが、僕たちの場合はデータを録るというのと、即自的なフィードバックの両方をやっています。フォームを変えるみたいな、その人にとって直接ベネフィットがあるようなタイプのことが得意だなと思っていたのと、為末さんというのもあったので、そこでランニングフォームを見えるようにして、「ORPHE TRACK」にたどりついたという形ですね。

ランニングフォームを分析できるスマートフットウェア「ORPHE TRACK」。スマホアプリと連動し、今まで大がかりな設備でしか計測できなかった「着地」「プロネーション」「左右バランス」も解析できる。2019年発売。

引用元 https://nonewfolk.shop/

杉原:やっぱりコミュニケーションというか、伝え方にすごくこだわっていますね。

菊川:そうでしょうね。もともと会社自体は表現行為だと思ってやっているので。

杉原:うん、うん。

菊川:とはいえ、2016年に発売した「ORPHE ONE」はわりと漠然とやりたいことをやっているのに対して、「ORPHE TRACK」という世代では、きちんとこの技術が欲しい人たちに伝えることを意識しています。いろいろ調査したのですが、特にランナーの中でも、着地は、なかなか変えられないんです。勉強するけれど、そもそも自分がどうなっているかよくわからないというのがあって。

杉原:それを音で知らせてくれたり、光で知らせてくれたりしたら、フォームの直し方がわかりやすいですよね。

菊川:はい、全然違いますね。あとはセンサーと靴を切り離したというのは大きいです。前のモデルは全部スマートシューズだったので、一部が壊れたら全部替えないといけなかったのですが、ORPHE TRACKではセンサーと靴を分離しました。また、センサーとしては同じような仕組みですが、中のアルゴリズムはめちゃくちゃ進化させていて、履いているだけで歩幅や速度や角度など、ひとつひとつのデータを切り出せるようなアルゴリズムを社内で開発しています。

杉原:すごいな、このアルゴリズムは。結構変数が多いですよね?

「ORPHE」のアプリUIを見て、驚く杉原編集長。データを見ながら練習することでランナーの着地改善なども容易になる

菊川:センシング自体はシンプルで、アウトソールの真ん中に3軸加速度センサとジャイロセンサを置くというだけです。でも、そのほうがスケールしやすい。で、それを料理するアルゴリズムの部分をがんばって開発しているという感じです。

<後編へ続く>

菊川裕也(きくかわ・ゆうや)
1985年、鳥取県出身。一橋大学 商学部 経営学科を卒業後、首都大学東京大学院芸術工学研究科に進学。音楽演奏用のインターフェース研究・開発を行う。視覚的インターフェース「PocoPoco」が、アジアデジタルアート大賞優秀賞を受賞。その後、スマートシューズ「ORPHE ONE」を開発し、2014年10月にno new folk studioを設立。クラウドファンディングでの資金調達に成功し、「ORPHE ONE」を量産化する。2019年7月よりランナー向けシューズ「ORPHE TRACK」を発売。

(text: 吉田直子)

(photo: 壬生マリコ)

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対談 CONVERSATION

日本版の遺伝子解析キット開発者 高橋祥子が描くビックデータ活用

宮本さおり

アメリカをはじめとする海外でも注目が集まる個人向けの遺伝子解析サービス。その日本版ともいえる大規模遺伝子解析サービスのキットを開発、販売を始めたのは遺伝子関連の研究を手掛けてきた若き研究者、高橋祥子氏だった。予防医学とも密接に関係する遺伝子解析データの入手の仕方や、病気予防にどう繋げることができるのかなど、個人レベルの話しで盛り上がった前編に続き、後編では高橋氏が見つめるビックデータの活用法について、編集長・杉原行里が話を聞く。

前編はこちら:http://hero-x.jp/article/9174/

ゲノムビックデータはつくられるか?

杉原:個人として遺伝子解析結果を活用することについてお話を伺ってきたわけですが、ここからは、もう少し広いお話を伺いたいと思います。個人からの申し込みがあるということは、多くの人の遺伝子解析情報が貴社に集まってくるということになると思うのです。利用者数が増えれば増えるほど、データが集まる。この集まったデータの活用法、データバンキングのようなことは考えていらっしゃるのでしょうか?

高橋:はい、データ活用についてはお客様に必ず同意を得るようにしているのですが、考えています。遺伝子研究の一助となり、社会にその成果が還元されることを願っているので、研究機関などに統計処理後提供することもあります。例えば、ある特定の疾患にかかった人と、かかっていない人のデータを見比べれば、その疾患に関連する遺伝子の特定ができる可能性があります。研究が進めば疾患が起こるメカニズムが分かるかもしれません。

杉原:となると、ますます医療のパーソナライズ化が進むということでしょうか?

高橋:そうですね。

杉原:メカニズムが解明できれば、創薬分野での活用も期待できそうですよね。遺伝子的に見た薬の効き方の違いとかもあるはずで、そこがより明確化してくるということですよね。広く一般向けとして創られたものを使うことから、ピンポイントな人に対してアプローチすることも可能になる。しかし、検査をしなければ活用はできません。データが集まればそれだけ研究も進みやすくなる。遺伝子解析に関心の薄い人たちをどう巻き込むかが課題といったところでしょうか?

高橋:それもありますが、課題はもう少し別のところにもあります。例えば、遺伝子解析の分野については、サービスを提供する会社によって表示される解析結果の内容にばらつきがあります。場合によっては、データはまだ十分であるとはいえず、病気のリスクに関しても、パーセンテージで解析結果が示されるサービスもあったりします。これもあくまでも統計的な確率であり、100%の情報ではありません。リスクだけにとらわれすぎてはQOLが低下する恐れもあります。

正しいデータを取るためには
簡単にできる検査が必要

杉原:私たちも今、歩行解析について研究機関と行っているのですが、データを取ることについては手軽であることも大事ですよね。

高橋:デバイスの力は大きいと思います。例えば、マットレスの下に置いて寝るだけで睡眠の状態が計測できるものがあるのですが、あれは素晴らしいと思いました。

杉原:寝るだけで! それは簡単ですね。リストバンドタイプのものを使ったことがありますが、手首に何かをつけて寝るのはどうしても気になってしまい、僕には向かないなと思ったことがあります。

高橋:それだと正しいデータが取れませんよね。データはノイズが多いとデータ自体の意味がなくなってしまいます。手軽に正しく取れるのが一番です。データをどう使うか、何のためにそのデータを取るのかもとても重要です。私はこの脳波が測れるマットレスで、自分の睡眠の質を計測することができました。どうやら私はディープスリープの時間が短いことが分かって、スリープテックの代表に睡眠のコンサルをしてもらったら、短かったディープスリープが10倍に増えたんです。スッキリ感が確かにあるようになりました。こうして体感があることだと、データを取ってみたいという気持ちになります。

杉原:自分のことが分かるっておもしろいですよね。

高橋:寝るだけでデータが取れるということも大きかったと思います。こうして測定器が発展すれば、生物学も発展していくと思います。

杉原:ぼくらも同じようなことを考えていて、疾患を未然に防いだり、早期発見につなげられるデバイスの開発をと頑張っているところです。

ゲノムデータが生む新しいバリュー

高橋:最近ヘルスケア分野でよく話題に上がる “腸内環境” は、変わりやすいし、変えやすいものです。そこからヘルスケアにアプローチする方法も確かにあります。例えば、ビフィズス菌が少なめの人はうつになりやすいという研究もあります。自分の腸内環境を調べて、足りないものを補うことで健康維持を目指すのは悪くない方法です。こうした自助努力により変えられるのが腸内環境なのですが、ゲノムはパーソナルに備わった変わらない情報です。変化することはありません。つまり、遺伝子データから現れる身体の性質は変わらないものと考えていい。一度傾向を知ればいいわけですから、ぜひ皆さんに検査を行ってほしいです。

杉原:データは日本人だけではないですよね。最後に、今後の目標をお聞かせください。

高橋:当面の目標は、この遺伝子解析という市場を拡大させることですが、日本だけでなく、アジア人の遺伝子情報データベースを構築し、アジア最大の遺伝子解析企業になることが目標です。蓄積される遺伝子情報は多業種でのテーラーメイドな商品・サービスに応用が可能です。医療機関や製薬企業、化粧品企業、食品企業などと連携し、新しいサービスを生み出していけたらと思っています。社会全体に遺伝子解析サービスを受ける価値を提供していけたらいいですね。

高橋祥子 (たかはし・しょうこ)

株式会社ジーンクエスト 代表取締役
株式会社ユーグレナ 執行役員バイオインフォマティクス担当1988年生まれ。京都大学農学部卒業。2013年6月、東京大学大学院農学生命科学研究科博士課程在籍中に株式会社ジーンクエストを起業。2015年3月博士課程修了、博士号取得。個人向けに疾患リスクや体質などに関する遺伝子情報を伝えるゲノム解析サービスを行う。2018年4月 株式会社 ユーグレナ 執行役員バイオインフォマテクス事業担当に就任。
経済産業省「第2回日本ベンチャー大賞」経済産業大臣賞(女性起業家賞)受賞。第10回「日本バイオベンチャー大賞」日本ベンチャー学会賞受賞。世界経済フォーラム「ヤング・グローバル・リーダーズ2018」に選出。

(text: 宮本さおり)

(photo: 壬生マリコ)

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