医療 MEDICAL

人工呼吸器不足が世界を直撃!供給を支える“車”と“掃除機”⁉︎

Yuka Shingai

新型コロナウィルスという未曽有の事態において、日々最前線に立つ医療従事者や医療機関を救うべく、いま、世界中の企業が動き出している。 患者の命綱にもなり得る人工呼吸器の製造・開発に関わる企業の取り組みを2回に渡ってお送りする。

F1チームや自動車メーカー
航空会社が人工呼吸器の製造にジョイン

コロナウィルスの感染拡大が大きく報じられてきた欧州の中でも、ボリス・ジョンソン首相や保健相など、主要な閣僚や担当者の感染が相次いだイギリス。男子ゴルフの全英オープンやウィンブルドン選手権、グランストンベリー・フェスティバルなどスポーツや音楽の大型イベントも開催中止となるなど大きく打撃を受ける中、F1チームが大きな活躍を見せている。

開発拠点を英国に持つレッドブル・レーシング、レーシング・ポイント、ハース、マクラーレン、メルセデス、ルノー、ロキット・ウィリアムズ・レーシングの7つのF1チームから成る「プロジェクト・ピットレーン」が始動し、英政府より要請を受けて人工呼吸器の製造に協力することとなった。

同プロジェクトがフォーカスする3つのワークストリームは、既存の医療機器のリバースエンジニアリング、既存の人工呼吸器の製造サポート、新機器の早急なデザインと製造。ロールスロイス、エアバス、BAEシステムズ、フォード、シーメンスなど14社が加わったコンソーシアム「Ventilator Challenge UK」の一部として、麻酔機器メーカーのPenlonとエンジニアリング企業のスミスグループが製造した既存の人工呼吸器の増産にあたって、1万台の受注を受け、生産がすでにスタートしている。

メルセデスが生産に協力した呼吸器「CPAP」

参加企業であるメルセデスが現在急ピッチで生産を進める機器、「CPAP (Continuous Positive Airway Pressure=持続的気道陽圧)」もそのひとつ。この人工呼吸器は、非侵襲的人口呼吸器と呼ばれるもので、自発呼吸に合わせ、鼻や口につけたマスクから気道を広げるための空気と足りなくなった酸素を持続的に送り込むことで、気道を開き、肺に届く酸素量を増やすものだ。一口に人口呼吸器と言っても呼吸機能の低下レベルにより様々なものがあり、このタイプは、弱いながらも残る患者の呼吸に合わせ空気を送り込むサポートを酸素吸入とともに行うことで換気の改善をする。

そのため、(手術のワンシーンにあるような) 気管にチューブを挿れるなど重篤な換気不全を管理するタイプの呼吸器に比べ、必要な医療スタッフの数や医療的処置の負担も少なくすみ、極めて重篤な患者を管理する集中治療室のベット数も最小限に抑えることができる。またイタリアからはこのCPAPで手当てを受けた患者の約50%が気道確保のための気管挿入などといった侵襲的処置を避けられたという報告も上がっている。

共同開発に携わったメルセデスは、装置の設計図を他メーカーに向けて無償公開する旨を発表、世界中での量産を後押しする一手となっている。

ハイパワー家電のダイソンは
10日で人工呼吸器を完成!

同じくイギリスでは、掃除機や扇風機、ドライヤーなどで知られるダイソンも人工呼吸器の政府の依頼を受け、製造に乗り出した。同社がすでに保持していたデジタルモーター技術をベースにしてわずか10日で完成させた人工呼吸器はベッドに取り付けられる、持ち運び可能なタイプ。
英政府からは1万台の生産受注を受けているが、追加で5,000台(うち1000台は英国内に)を寄贈することを誓約している。

政府及び医薬品・医療製品規制庁のMHRAから生産プロセスの承認を受ける必要がある点が既存製品との相違点だが、デザインの時点でヘルスケア企業やMHRAの識者を巻き込んでいたことから承認のスピードも速くなるだろうというコメントもあり、ダイソンならではのハイパワーをここでも期待したい。

人工呼吸器の不足が世界中で叫ばれるいま、製造業としての知見、ネットワークが最大限に活かされることを願う。

(text: Yuka Shingai)

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抗がん剤 7割が効かない!?薬・カスタマイズ時代の実現を急げ!

HERO X 編集部

日本人の二人に一人はかかると言われているがん。あまりにも有名な話だが、その7割の患者さんが薬のマッチングでさまようと言われている。人間の経験値だけではたどり着けない薬との素早いマッチングを探る仕組みが開発途上にある。スーパーコンピュータを用いて患者のデータを解析し、それぞれの体質に合った薬の処方をより敏速に行えるようにしようという取り組みだ。創薬分野でこの研究を進める京都大学大学院医学研究科 人間健康科学系専攻 ビッグデータ医科学分野の奥野恭史教授にHERO X 編集長 杉原行里がお話を伺った。

医療ビッグデータを使った研究とは、具体的にはどういうことなのでしょうか。ビッグデータで医療はどう変わると思われていますか。オーダーメード医療などに発展するのでしょうか。

奥野:現状の医療はオーダーメードちっくなのですが、オーダーメードではない。たとえば、がんの治療で使われる抗がん剤でいくと、抗がん剤として売られて、抗がん剤として皆さん飲んでいるのだけれど75%の患者さんは効いていないんです。効いていないのに投与されている。場合によっては副作用も出るという状態です。その方の体質に一番効くものが選ばれないといけないのですが、それが今は投与の前には分からない。だから医師の見立てで「これはどうかな」と試していくしか方法がないのです。これはこれで、お医者さんの経験に基づくすばらしいことなのですが、それでも、抗がん剤でいえば75%は効かないということが現状としてあるわけです。医療のビッグデータを使った薬のマッチングは、個人の体質を計測し、その人の特性を科学的にデータとして取っておき、これを踏まえて、その人の体質に一番適した薬はどれかという判断をできるようにするものです。

病気にかかった時にどうかということだけではなく、かかる前からの生活や、体質などが、データとして必要になるということですか?

奥野:全てほしいですね。私的に言うと、取れるデータはすべて取ってほしいなというのが本音です。非侵襲的にデータが計測できるか、また個人情報などのこともあり難しい部分です。しかし、どういう食事をとって、どういう生活をしてきてというデータが蓄積されたものがあってはじめて「この特徴ならこの抗がん剤が効くだろう」というマッチングができる。一番わかりやすいのは遺伝子なのですが、父親と自分にはこの薬が効いている、でも母親は効いていないとなったら、父親と私の遺伝子にはあって、母親にない遺伝子に薬が効かない要因があるという仮説がたてられるようになります。一つ一つそういうピースが埋まっていけば、やがて個人個人に合ったものが提供できるようになる。ですが、それって無限大のパズルですよね。

すごい数ですよね

奥野:どこまでいっても答えはないのですが、それに向かってデータ、知識を蓄えることで未来の患者さんに最適なものが提供できるようになるやろうということで研究を進めているところです。

理化学研究所と富士通が共同で開発したスーパーコンピュータ「京」。1秒間に1京回、つまり、10の16乗回というとてつもなく速い計算能力を持つ。奥野研究室では、薬効を一つずつ実験で確かめるのではなく、このスーパーコンピュータを使ってコンピュータ上で薬剤の結合をシミュレーションすることで創薬にかかる時間の削減がはかれないかと研究している。

マッチング率50%はもう目の前
医術の限界をデータが補う

現在25パーセントのマッチング率を50%に高めるということが最初の目標でしょうか。

奥野:そうですね、それはもうそう遠くない未来で可能だと思います。世界がそういう方向に動いていくので。AIとかに自分自身は興味があるのですが、AIも母体となるのはデータです。そのデータをちゃんと集められるかという方が今は大事です。幸いにしてゲノム、遺伝子の情報に関しては世界規模で集めていきましょうという流れがあり、それを医療に活かしていきましょうという流れますます加速されると思います。

医学は科学ではなく、医術だよねとよく言うのですが、人の経験に基づいて組み立てられてきた節が強い。○○先生がこう言っていたとか、論文書いたりしながら先人たちが残してきてくれた経験を積み重ね、今それをもとに教科書を作ったり、学問として体系化されているのですが、科学的客観性はどこまであるかというのは疑問に思う部分もある。たとえば、「検査値をどう見ておられますか」とある医師に聞いた時に「相対的に下がっていればOKだよ」と言われることがあります。あれ、ちょっと待ってよ、絶対値は?と思うことがあるわけです。血圧がいい例です。これ以上になったら気をつけましょうという基準がありますが、検査する機器によって違いが出ることもあります。一般の方の知らないレベルでの客観性が薄い部分があります。こうしたことは、本当はデータを取っておけば客観性をもたせられる部分もあるわけです。

可視化ができるということでしょうか

奥野:なぜ、医学が科学的客観性ができなかったかというと、一番の大きなところは、医学は人を扱う学問だからというところです。人で実験はできませんよね。マウスを使った実験されていて、データもたくさん存在して、エビデンスが取られているから資料として扱えるのですが、人でデータが取れないというのがこれまでの医学の世界だった。ビッグデータというのはまさに、その「人」からいろんなデータを取りましょうということです。そのためのいろんなデバイスが開発されていて、取れる状態になりつつあります。人の計測データが山ほど出てくるようになりました。やっと客観的に判断できるだけの材料がそろい始めているのです。

すごくロジカルになりますよね。

奥野:おっしゃる通りで、計測をする機器を創る方たちはどういうかというと、「そんなので測っても計測の値が信用できないよ」というんですよね。まあ、それはそうなんだけど、例えば血圧の高い方が低くなると、「あなた、この血圧でヤバいですよ」と言われても、その人の体は血圧が高いのが普通という状態に慣れている。それが低くなったときの状態の方が、その人の体感としてははるかにしんどいということもあるわけです。血圧が135ですといったところで、今、135ということに何の意味もなくて、むしろ、前にいくつで今135なのかという違いの方が興味深いところです。時系列でモニタリングすることの方が大事だと思います。

奥野恭史教授×杉原行里対談 vol.2はこちら

奥野恭史
1993京都大学薬学部卒業、同大学院薬学研究科にて博士(薬学)取得。京都大学大学院医学研究科特定教授を経て、2016年、京都大学大学院医学研究科人間健康科学系専攻ビッグデータ医科学分野教授、現在に至る。神戸医療産業都市推進機構先端医療研究センターグループリーダー、理化学研究所計算科学研究センター客員主管研究員等を併任。創薬計算科学、ビッグデータ医科学の研究に従事。

(TOP画像提供:理化学研究所)

(text: HERO X 編集部)

(photo: 瀬本加奈子)

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