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車いすアスリートのレジェンドが惚れ込んだ、最速マシン開発チーム【八千代工業:未来創造メーカー】後編

岸 由利子 | Yuriko Kishi

八千代工業(以下、ヤチヨ)は、樹脂製燃料タンクとサンルーフを主とした自動車部品の研究開発・製造・販売と、自動車の受託生産を主要事業とする企業。その名が、自動車とは異なるパラスポーツの世界で人々の耳目に触れるようになった一つの大きなきっかけは、2014年10月より同社に所属する車いすマラソン女子の第一人者・土田和歌子選手の存在。これまで夏季と冬季を合わせてパラリンピック7大会に出場し、夏冬の両大会で金メダルを獲得するという日本人初の偉業を成し遂げたレジェンドだ。そんな土田選手が惚れ込んだのが、ヤチヨが、ホンダR&D太陽株式会社(ホンダR&D太陽)と株式会社本田技術研究所(以下、本田技術研究所)と三社共創で開発する“レーサー”こと、陸上競技用車いす。開発の裏側を探るべく、同社開発本部生産技術部新商品技術ブロックリーダーの柴崎博文氏に話を伺った。

モノコックのCFRP製レーサーができるまで

取材に訪れたこの日、ヤチヨの埼玉研究所内の作業場では、ある選手のためのオーダーメード・レーサーの製作が行われていた。前編で登場したCFRP製シートとメインフレームが一体型になったモノコック構造のハイエンドモデル『極<KIWAMI>』である。写真は、最終的な“合わせ”の微調整をしている段階だが、これが何を意味するかを理解する上でも、まずは、レーサーの製造過程についてご覧いただこう。

一連の製造工程は、レーシングカーをはじめとするCFRP製部品と全く同じ。3Dスキャナーにより取得した選手の体のラインやポジションなどのデータを基に設計した型に、炭素繊維に熱硬化性樹脂を均等に含浸させた「プリプレグ」というシート状の成形材料を定められた向きで型に転写し、手作業で張り込んでいく。このプリプレグこそが、CFRPの正体。防弾チョッキにも使われる強靭な材料で、平織、朱子織など、さまざまな織り方のものがあるが、ヤチヨでは見た目にも美しいことから綾織を採用している。

「(プリプレグは)必要以上の力が少し手に入っただけで、目が縒れたりすることがあります。縒れると、強度にも影響するため、ベテランの職人が細心の注意を払いながら、製作にあたっています」と柴崎氏は話す。

「張り込みが終わると、真空パックに入れて、空気圧を掛けて真空引きをします。ちょうど布団の圧縮袋のような感じです。その状態のまま、高温高圧のオートクレーブで焼き上げることで、プリプレグがぴったりと綺麗に転写された状態に仕上がります」

冒頭で触れた“合わせ”とは、焼成する前に、それぞれ張り込みを行った左右対称の型を合体させること。合わさった中心ラインに対して、プリプレグの綾織のラインが均等になっているが、これも、熟練の職人だからこそ成せる技。

プリプレグは、継ぎ目なく繋がっていることに意味があり、カーブのきつい部分などは、ハサミでスケープを入れるなどして綺麗に処理をしていく。これもまた職人の手に依るところが大きいテクニックだ。

CFRPが秘める未来の可能性とは

軽量で剛性に優れるだけでなく、高い振動吸収性を持つCFRP。その特性から、ロードバイクの世界でも、CFRP製の自転車に乗る人が増え、自動車業界でも、一部の高級車に使われるなど、用途展開は徐々に広がりつつあるが、まだ広く普及していないのが現状だ。

「航空機やロケットなど、特定の領域では使われていますが、アルミなどに比べると、10倍近い価格ですし、現段階では、そう簡単には使えない高級素材だと思います。カーボンは、元々繊維です。それに樹脂を染み込ませたものが、私共のレーサーにも使用している炭素繊維複合材であり、鉄筋コンクリートの理論と同じで、樹脂を混ぜることによって強靭な素材になります。最近は、複合材も世に出てきていますし、今後、もっと普及していけば、コスト的にもより使いやすい素材になるのではないかと思います」

レーサーの開発で培った技術やノウハウを今後どのように活かしていきたいと考えているのだろうか。

「社内の部活動的に、規定量のガソリンで走行距離を競うエコランなども行っているのですが、そういった身近なところから、少しずつ取り入れていけたらいいなと思います。また、カーボンの作業などにおいて、後継者を育てていくことも重要だと考えます。この分野での技術を持つ人が増えていけば、新たなビジネス機会の創出にも繋がるかもしれません」

同社所属の土田和歌子選手によると、ヤチヨのレーサーを使う海外の選手は増えており、東京2020に向けてかなりのユーザー数が増えることが予想される。選手たちの活躍と共に、「真のワールドプレイヤー」になるというビジョンを掲げるヤチヨが、名実ともに世界にその名を馳せる日は近いだろう。

前編はこちら

八千代工業株式会社
http://www.yachiyo-ind.co.jp/

(text: 岸 由利子 | Yuriko Kishi)

(photo: 河村香奈子 ※土田和歌子選手:壬生マリコ)

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アップルと補聴器メーカーがタッグを組んだら、“第3の耳”が生まれた

田賀井 リエ

ここ数年の補聴器の進化がめざましい。デザインはぐっとバリエーションが増え、よりおしゃれ度が増したし、機能的にも、よりハイスペックなものが続々と発売されています。中でも、オーダーメイド補聴器の先駆者として知られる米国スターキー・ヒヤリングテクノロジー社とアップルが共同開発した「Halo(TM)(ヘイロー)」は、いままでの補聴器の枠を超えた画期的なスマートワイヤレス補聴器と言っても過言ではありません。

この商品が何よりもすごいのは、補聴器とスマホが連動しているという点。なんと、補聴器で電話を直接受けることができ、会話をすることができるのです。いま日本で主要なワイヤレス補聴器の多くは中継機器とのセットで動いており、中継機器は首からぶら下げたり、ポケットに入れたりしておく必要があります。しかし、ヘイローは、スマホ自体がその役目を果たしているため、中継機器を一切持つ必要はなく、とても便利だし、とても身軽だということがお分かり頂けるでしょうか。

Halo_1

さらに、画期的なのは、TruLinkアプリと呼ばれるスマホアプリを使うことで、スマホがリモコンとなり、補聴器を自分好みにカスタマイズできるという点。意識しないと気付かないかもしれませんが、私たちは、さまざまな音環境の中で生活しています。たとえば、図書館などの静かな場所と、居酒屋などのうるさい場所では、耳が拾う音は異なります。前者では、快適に聞こえた音も、後者では聞こえないといった問題も当然起こってくるのです。そんな時、自分で補聴器の音質を調整することは難しく、単にボリュームを変えたり、購入した店舗で設定したメモリーに切り替えることでしかその場をやり過ごすことができませんでした。それでも満足が行かない場合は、結局、購入先の店舗に足を運ばなければならないのですが、一度調整しても、また環境によって音質を変える必要性が生じる場合もあるわけで、結局、補聴器の利用者を減らすことにつながってしまっていました。そんな難点をクリアしたのが、TruLinkアプリ。このアプリを使えば、TPOに合わせて耳が拾う音を、いとも簡単に自分好みの音質に微調整することができるのです。

加えて、自分好みにカスタマイズした音質設定とともに、ジオタグメモリーで場所を設定しておけば、その場所に着いた時に、スマホが感知し、自動的に音質が切り替わるという機能も装備。つまり、いつもの居酒屋に行けば、前もって自分が設定していた、「騒音の中でもより言葉を聞き取りやすい音質」メモリに切り替わるというわけ。

この他にも、補聴器がスマホの中にある音楽や動画を直接再生する「ワイヤレスヘッドホン」になったり、大事な音源を録音する「ワイヤレスマイク」として利用できたり、そのサイズゆえに、無くしがちな補聴器を、アプリを使って簡単に探し出すこともできるのです。新機能のリリースとともにアプリは随時アップデートされていく予定。また、デバイスも進化し、ヘイローの第二世代となる「Halo2(ヘイロー2)」が誕生した。業界初の会話と音楽の同時パラレル処理を実現するという新機能が追加されたとのことだ。スマホと連動したことにより、無限大に広がる補聴器の可能性。進化を続けるヘイローに今後も注目していきたい。

(text: 田賀井 リエ)

(photo: 栗原 美穂)

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