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パラ経由オリンピック行き!?障がいを抱えた成田緑夢の大胆な野望【2018年冬季パラリンピック注目選手】

朝倉奈緒

フリースタイルスキー・ハーフパイプにおいて、世界ジュニア選手権で優勝するなど、トリノオリンピック日本代表の兄・成田童夢さん、姉・今井メロさんというアスリート血筋に倣い、冬季競技で活躍してきた成田緑夢さん。左足の怪我をきっかけに障がい者スポーツに取り組み、スノーボードクロス、陸上競技でも好成績をあげ、冬季・夏季どちらの大会でもその勇姿を拝むことができるかもしれない。そんな世界のパラスポーツ界でも稀少な存在である緑夢さんに、今後の意気込みを聞いた。

「3回滑って、3回転んだ。」左足が動かないために次はどうする?

日本のパラアスリートチームと共に遠征に励み、年中日本と海外を往来する緑夢さん。この日も、南半球カップとワールドカップに出場するために3週間滞在したニュージーランドから帰国したばかりということで、会話をしていても、日本語より英単語が先に出る様子がグローバルな印象を受けた。南半球カップでは見事3位で表彰台に立ったが、翌日のワールドカップでは8位という結果に。敗因は、左に大きくターンしなければならないコースがあり、曲がりきらず転倒してしまったこと。「3回滑って、3回とも転んでしまいました。この部分はもう少し研究が必要ですね。」

義足を使わない緑夢さんは、左足の下にブロックの木を挟んだり、ブーツの背面部分を支えるハイバックを倒したり、ブーツ自体を硬いものに変えてホールド感を上げるなど、日々プラスαで変化を加え調整している。「通常、ターンは足首を動かすことによって雪に圧がかかり、その反動で体が回るという動作になりますが、僕の場合、左足首に力を入れることができず、ボードに圧をかけ、雪に圧がかかって左に曲がるというのが着地点になる。だから足が動かないということにフォーカスせず、ブロックを置いたり、色々な方法でボードに圧をかけられるよう工夫しているんです。」今はそうやって研究して蓄積されたデータを元に、ベストな状態へ向かっている途中のようだ。

誰かが一歩を踏み出すきっかけになれたら。それが僕の夢なんです。

「メダルを獲ることにはこだわってません」と断言する緑夢さん。怪我をする前とした後で、アスリートとしての意識に大きな変化があった。

「障がいを持っている人、怪我をして引退を迫られている人、一般の人に夢や感動、希望、勇気を与えたい、というのが僕の最終ゴールで、それを叶えるためにできることは、いくつもあると思うんです。例えばビジネス、音楽、映画、スポーツ…。その中で、僕が一番アドバンテージを持っていると思ったのがスポーツだった。ではスポーツの中で何が一番影響力があるかといえば、オリンピックですよね。でもオリンピックに出場しただけでは、障がいを持っている人、怪我をして引退を迫られている人にアプローチできない。そこで、パラリンピックに出場すれば、僕が障がいを持っているということでまず認識されて、その後にオリンピックに出場すれば、ゼロから100まで誰にでも可能性がある、ということを証明できると思うんです。」

パラリンピックの冬季と夏季を股にかけると噂されるスポーツ界の英雄は、パラリンピックとオリンピック両方に出場する、とごく自然に言いのける。

「最終ゴールまでの第一歩が、僕にとってはパラリンピックなんです。そして目先にあるのがピョンチャンなのでまずはそこを目指しますが、必ずしもメダルを獲ることが目標ではありません。」

緑夢さんは、最終ゴールがより多くの人たちに届くように、あくまで結果よりも影響力にこだわっている。

「僕を見て、僕のストーリーを知ったことによって、たくさんの人に『自分も頑張ってみようかな』と思ってほしい。誰かが一歩を踏み出すきっかけになれたら最高にうれしい。その一歩こそが、僕の夢なんです。」

無重力状態のトランポリンでトレーニングすることで、体が180度変わる

冬季種目のイメージが強い緑夢さんだが、陸上競技、とりわけ走り高跳び・走り幅跳びでも好成績を叩き出したことで注目されている。驚くことに、もともとそれらの競技が得意だったわけではないという。「一ヶ月間本気でトレーニングをしたら、パラ標準記録が跳べたんです。全ての競技は共通点があると思っています。自分の中で、色々な引き出しを開けながらトレーニングをしたら、良い結果が出せたという感じです。」怪我をする前は外注していたが、今はスケジュール管理からトレーニングのメニュー、マネージメント業務の一切を全て緑夢さん自ら行っている。その中でも、自身で教室を経営するほど注力するトランポリンに、成果の秘訣がありそうだ。

「僕が色々な競技で良い結果が出せるのは、トランポリンでベースの体づくりができているから。日本では指導者も含め、トランポリンを普及しようと考える人はまだ圧倒的に少ないですが、あと10年もしたら、みんなの意識も、トランポリンの立場も変わると思います。」緑夢さんが監修する「Super トランポリン」は、下は5歳の子供から上は年配の方まで、幅広い年齢の生徒が集まる。具体的に、トランポリンを習うことで得られる利点は何なのだろうか。

「戦闘ゲームに例えると、ボタンが2つしかなくてパンチとキックしか出せない戦士と、ボタンが6つあってあらゆる体の組み合わせで必殺技が出せる戦士くらい、体の動き方は変わりますね。」陸に着地した状態でトレーニングするのと、無重力状態でトレーニングするのとでは、体のバネやバランス感覚の磨かれ方に歴然とした差が生じるという。「もっと具体的な例を挙げると、ゴルフをする小4の女の子が、トランポリンを半年間習ったら、ドライバーの飛距離が1.5倍伸びたんです。僕はトランポリンの技術だけではなくて、スポーツとはどういうものか、を教えています。トランポリンをしながら、『このエネルギーが飛ぶ力』『このエネルギーが回る力』という表現を常にしているので、その子もきっとその感覚をゴルフに応用できたのだと思います。」

「緑夢さんはもしかしたら、いっそ義足をつけた方が速く走れるかもしれませんね」という編集部の質問に、「冬季競技については、義足の良し悪しは5分5分ですね。高跳びについては、僕は義足をつけない方がいい。100mについては、圧倒的にバネがあった方が速いです。後半の50mであっという間に抜かれますから」と苦笑する緑夢さんも、現在義足の研究中だという。夏季・冬季・オリンピック・パラリンピック全制覇を目指すスーパーヒーローにピッタリな義足が見つかったなら、最強戦士に匹敵するパワーで最終ゴールまでひとっ飛びだ。

成田 緑夢(なりた ぐりむ)
1994年生まれ。平昌2018と東京2020、夏冬ともにパラリンピック出場を目指すスポーツ選手。競技は、陸上、スノーボードクロス、バンクドスラローム、ウェイクボードなど多岐にわたる。幼少期よりスノーボードを始め、スノーボードやフリースタイルスキーといった冬季競技で数々の国際大会に出場した他、トランポリン競技等でも才能を発揮していたが、2013年4月、トランポリン練習中の事故により左足の腓骨神経麻痺の重傷を負う(障がい等級6)。そのわずか1年後に健常者のウェイクボード大会で優勝、ハープパイプ競技でも復帰を果たし、現在平昌2018と東京2020出場を目指している。

近年の成績
・2017年 ピョンチャン2017ワールドパラスノーボード・ワールドカップ(韓国)バンクドスラローム優勝/スノーボードクロス3位
・2017年 全国障がい者スノーボード選手権大会&サポーターズカップ スノーボードクロス優勝
・2017年 ワールドパラスノーボード・ワールドカップ(アメリカ) スノーボードクロス1戦目優勝/スノーボードクロス2戦目優勝
・2017年 北米選手権(アメリカ) スノーボードクロス優勝
・2017年 世界選手権(カナダ)バンクドスラローム3位
・2017年 日本パラ陸上選手権 走り高跳び(T44 下肢障がい)2位、走り幅跳び(T44 下肢障がい)2位

(text: 朝倉奈緒)

(photo: 壬生マリコ)

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世界王者復活なるか!57歳で挑む パラ陸上伊藤智也が起こす旋風

宮本さおり

「最高のマシンが仕上がった。マシンに負けない走りを見せたい」まもなく開幕を迎える東京2020パラリンピック大会。車いす陸上T52に出場する伊藤智也選手(バイエル薬品)は新しいマシンを横にそう意気込む。ロンドンパラを最後に引退宣言をしていた伊藤選手が再びパラの舞台へ。目指すのはもちろん金メダルを首にかけることだ。すでに57歳を迎えた伊藤選手だが、メダル争いをするのは年齢もはるかに下の選手たちだ。「1年延びたおかげでベストな状況が作れた」“おっちゃん”の勝負が始まろうとしている。

誰なんだこの人は?からはじまった復帰への道

これまで、パラリンピックに3回の出場経験のある伊藤選手は、2008年の北京パラではT52クラス400mと800mで世界記録を樹立して金メダルを獲得。その後のロンドンパラでは惜しくも銀となり、このレースを最後に現役を引退した。眠っていた闘志を奮い起こさせたのが今回のパラリンピックで競技用車いすの開発を手掛けることになった株式会社RDS代表・杉原行里との出会いだった。

「伊藤選手ですよね。僕が最高のマシンを作るので、もう一度パラリンピックで走りませんか?」

海外で行われたロボット技術を競う大会に操縦士として出場していた伊藤選手に杉原が突然声をかけてきたという。全く知らない若者のこの言葉が現実のものとなるとは、この時の伊藤選手は考えてもいなかった。

「誰なんだこの人は? というのが第一印象でしたね(笑)」(伊藤選手)

しかし、話を聞くうちに、“これは面白い”と思い始めた。

「僕も工業系のエンジニア出身なので、杉原さんの考えるマシンの理論はだいたいわかりました。テストドライバーにということで、再び挑戦することを決めました」

引退から5年、伊藤選手は再びパラを目指すことを決めた。

計測がもたらした走りの進化

人間の体とレーサー(競技用車いす)が一体となってレースを走る車いす陸上は、どことなく、車のレースとも似ている。人間の体を作りこむだけでなく、マシンの性能もレースを左右するからだ。BMWやHONDAが陸上競技用車いすの開発を手掛けているのはそういう繋がりもあるのだろう。これまで、既製品のレーサーを使って競技に参加してきた伊藤選手だが、今回のパラに向けてRDSが提案したのは最先端の計測技術を用いて作るオーダーメイドの車いすだった。

計測のため、RDSのファクトリーを訪れた伊藤選手。鋭いまなざしでスタッフ陣と話し合いを進めていた。

モーションキャプチャなどを使い、徹底的に計測すると、これまでの伊藤選手のレーサーでは、彼の持ち味をすべて出し切れていないことが分かってきた。東京パラの選考まで残り2年でどこまで高性能なマシンが作れるか、はじき出されたデータを元に、車輪の角度や座面など、伊藤選手の体にピタリとフィットし、出した力を十分にスピードに結びつけることができるレーサーの開発がはじまった。

開発の中でも要となるのがシートポジションの設定だ。車いす陸上は腕を使って車いすの車輪を回して走るレース。座面と車輪の位置次第で漕ぎやすさが変わる。しかし、車いす製造の現場には、最適なシートポジションを導き出すための計測機はない。エンジニアや現場の医療従事者の経験がものをいう世界だが、それを可視化することは難しく、トライ&エラーがしにくい環境で、制作されている。
レーサーだけでなく、普通の車いすについても同じだ。レンタル品を使う場合は既製品ありきで考えられるし、購入する場合も車いすは高額のため、多少フィット感が薄くても、何度も買い替えることができないため、ある程度の我慢が必要という状況だった。

しかし、伊藤選手の最適なポジションを探るには、何度も試す必要がある。そこで考案されたのがシーティングデータを計測するシミュレーター『RDS SS01』だ。このシミュレーターの完成は伊藤選手のマシン開発に役立てられただけに終わらず、リハビリ界にも大きな影響を与えはじめている。

例えば、頸髄損傷のユーザーにマッチした車いすを調整する場合、本人と技術者の感覚を頼りに何度も微調整を繰り返し、理想的な状態に近づけていた。だが、それは時間も手間もかかる。また、人の感覚に頼るところが大きいため、本当にそれがユーザーにとっての最適なシートポジションなのかはわかりにくい部分もあった。だが、『RDS SS01』を使えば、最適なポジショニングかの判断を数値という形で可視化し、客観的に見ることができる。

実際、『RDS SS01』で計測してみると、伊藤選手の場合、最適なポジショニングで走行すれば、かなりのタイムが出ることが見えてきた。「これなら勝てる!」チーム伊藤の結成から1年以上が経ち、ようやく金メダルへの道が見えはじめた。車体はRDSが得意とするカーボン加工技術で仕上げることで、軽さと剛性の両立を果たした。実はこの技術、F1の「スクーデリア・アルファタウリ」のオフィシャルパートナーであり、モータースポーツを支えてきた同社が長年培ってきた技術を転用、今回のレーサー開発に生かしたのだ。また、今回の伊藤モデルでは「スクーデリア・アルファタウリ」とのコラボレーションも実現、カラーリングもF1チームのカラーと合わせることになった。

「速そうでしょ!」と話しレーサーに乗る伊藤選手。「スクーデリア・アルファタウリ」とのコラボカラーのレーサーが人目を惹く。

「ちょっと止めておくと“これ誰のだ?”と、人だかりができるんです。見るからに速そうでカッコいいですからね。こないだなんて、人だかりが消えるまで1時間くらい待ちました。こんな最高のマシンを作ってもらったので、マシンに負けない走りにしますよ」(伊藤選手)

だが、世界のトップを決めるのがパラリンピックの舞台だ。伊藤選手の最大のライバルは同じ日本から出場する佐藤友祈選手(モリサワ)だろう。佐藤選手は伊藤選手も出場していたロンドン2012パラリンピックを見て車いす陸上をはじめた選手。伊藤選手が引退後のリオ2016パラリンピックのT52クラス400mと1500mで銀メダルを獲得、2018年の国内大会ではこの二種目で世界新記録を達成し、2019年の国際大会でも800mと5000mで世界記録を更新した実力の持ち主だ。

今回のパラリンピックで金が期待される佐藤選手は31歳、金奪還を狙う伊藤選手は57歳。50代後半と言えば、一般の社会でも、退職を意識し始める年齢だが、伊藤選手にその意識はない。57歳の“おっちゃん”が30代とどう戦うのか。おっちゃんの身体をマシンの力でどこまで拡張できるのか、もちろん、日本勢のワンツーフィニッシュにも期待がかかる。

最終調整に入った伊藤選手はここへきて好タイムを出している。先日のテスト走行でも好調をアピール。大会直前のこの時期において、マシンと身体が十分に仕上がってきたと実感する。

テスト走行で好タイムをはじき出す伊藤選手。

ここへきて体の使い方と漕ぎ方の抜本的な見直しも行った。友人である武道家から体の使い方についてレクチャーを受け、すぐさま自身の体で試してみた。この友人が伝えたのは健常者に話す内容だったが、伊藤選手はこれを独自に解釈、自身の走りに取り入れると、1500mを漕いでも以前ほど息が上がらなくなったと話す。体の調整と共にレーサー本体の調整も完了、車輪の角度を少し変えると、風が強い日のテスト走行にも関わらず、好タイムが出たのだ。「この1年で最高の状態に仕上げることができました。もしかすると、1500mもいけるかもしれません」伊藤選手の目は勢いづく。

最高のゴールを見せる準備はできた

伊藤選手のレースが見られるのは車いす陸上T52クラス100mと400m、1500mの三種目。競技場の外を走る車いすマラソンに比べ、彼が出場するトラック競技は競技場の地面の質によってもタイムが変わると言われるが、伊藤選手はトラックの質によらずにタイムが出るように体を仕上げてきたと言う。

決まったレーンを走り続けることがルールの400mと違い、1500mでは選手間の心理戦も繰り広げられる。序盤から先行すると、一身に空気抵抗をうけて他選手の風よけに利用されてしまう。あえて中間グループあたりを陣取り、他選手を先行させ、どのタイミングで勝負に出るかを見計らう。選手同士の駆け引きも見所だ。生身の体で走るのとは異なり、レーサーを操るレースのため、一歩間違えば大事故につながる。実際、伊藤選手も初出場のアテネ2004パラリンピックでは、スタートダッシュで力みすぎ、コーナーで遠心力に負けて転倒、2か所の骨折を負ったことがある。各選手がどのようなレース展開を見せてくれるか、ここも車いす陸上の見どころだ。

「あとは自分がどれだけいいエンジンになれるかですわ。今回仕上がった新しいレーサーで走ったら、トップスピードが時速で1㎞上がった。最高の形で最後のバトンを受け取り、最高のゴールを見せる準備はできました。“伊藤のおっちゃんを走らせてよかった”と思ってもらえる走りを見せますよ」チームと中年の夢を乗せ、ゴールに向けての戦いが始まろうとしている。

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(text: 宮本さおり)

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