対談 CONVERSATION

ペットにも救急医療を。パイオニア・中村篤史獣医師の挑戦

HERO X 編集部

いまや子どもの数より多いと言われているペット。家族の一員として、人間に癒しをもたらしてくれる大切な存在だ。しかし、日本の獣医業の世界には、長らく「緊急救命」という分野がなかった。その中で1人、動物の緊急専門医として立ち上がったのが、TRVA夜間救急動物医療センター院長の中村篤史獣医師。2021年10月には『情熱大陸』(毎日放送)にも登場し、話題を呼んだ。ペットの救急医療立ち上げの経緯は? そして、未来のペット医療の可能性は? 自らも犬や猫と家族として暮らしてきたHERO X編集長・杉原行里が鋭く切り込む。

動物病院にはERの概念がなかった

杉原:今回『情熱大陸』を見た方もいらっしゃると思うのですが、改めて中村さんのお仕事についてお話しいただけますか。

中村:一番大きな違いは、夜間であること、そして救急医療専門ということです。

杉原:一番大きな違いと言われますが、どんな風に違うのでしょうか?

中村:翌日まで待てずに我々のような夜間診療に来るというのは、よほどのことです。ですから、ある程度重症例だと思って対応するのが僕らの仕事です。

杉原:ノンバーバルの動物が急激に何かしらの異変をきたしている時って、もう飼い主はほぼパニック状態ですよね? 僕もずっと犬を飼っていたのでその気持ちが分かります。夜間だと特に心配になったりします。

中村:僕が夜間診療に携わるようになってから最初に思ったのは、夜間診療の時間帯は、日中より重症として来院する割合が多いなと感じました。これはもう日中診療の当番枠だけで上手くいくレベルではないし、短時間で原因を追究して、そこから生命を維持するところに引き戻すことが必要だと感じました。

そもそも人間でも救命救急科、ERってありますよね。僕らの業界のERが日中診療の延長線でいいのか?というところにまず疑問を感じたんです。

杉原:人間でいうと、緊急性があれば、CT、MRIの設備があって救命の医師が常駐する場所へ行くというERの文脈がありますよね?

中村:そう、その概念が動物にも必要だと。というのは、獣医には歯科や耳鼻科などがないので、街の動物病院は小さくても総合病院です。確かに救急も受けていたけれど、救急を分野として確立して、よりハードな症例に対して助けていく学問自体が存在するんじゃないかと。昼間の先生が代替で夜間に対応するのではなく、救命救急という分野を作らなくてはいけないと思いました。

杉原:いまペットは、家族としてよりインクルーシブになっている流れがある。ペットという言葉すらなくなってきていますよね。10年前にペットのためのERが必要だと思ったきっかけはあったんですか?

中村:僕は北里大学を出て、東京大学に行き、そこでたくさんの先生たちに揉まれて、色々なチャンスをもらいました。「もう一つほかの大学に行ってみたら?」といわれて、大学時代の恩師のいる北海道の大学に行って、さらに1年研修したんです。その後、埼玉県の動物病院で街の動物病院での診療を2年間体験しました。そのまま実家の獣医業を継ぐ選択もありましたが、これだけさせてもらった人間はそういない。だったら、日本の獣医療のために何かやらなきゃいけないという使命感にかってに駆り出されたんです。

そんなとき、ちょうどテレビで救急医療のドラマを見て。救急ってカッコいいんじゃない?と思ったのが最初のきっかけです(笑)。

これまでの診療現場で、なぜ動物は普通に酸素室の中で亡くなっていくのかなと思っていました。そもそも人だったらこれくらい苦しければ人工呼吸器を使われて、時間をかけながら医療を受けて助けてもらえる。亡くなる原因を突き詰めて、ちゃんと頭で考える現場に身を置きたいと思ったんです。

「カッコいい」で突き通して民間から変えたい

杉原:海外にはペットの救命はあるんですか?

中村:まさにそこで、アメリカでは、救命救急の教科書が存在しているんです。教科書が出ているということはそれを書いている大学の先生たちがいて、救命救急があり、学問自体が発生している。ヨーロッパにもあります。

杉原:学問としても日本にはなかったのですか?

中村:なかったんです。それには出来ない理由があって、日本の動物病院で、重症例で全額を請求するとすごい金額になってしまうし、それに対するニーズに応えられるのは東京くらいで、地方ではとてもできない。しかも、「やります」と言った瞬間、自分が寝ずに診療しなくちゃいけない。

アメリカの視察でERを見た時に、あんまり変わらないけどちょっと違うのかなと。何が違うのかを知りたくて、日本で出版されている人間用の救急の本を買って調べたら、ああ、これ全然アプローチが違うなと。例えばペットが下痢で来院すると、クリニックでは、「寄生虫ですかね」「変なの食べちゃったんですかね」って下痢の原因にアプローチします。でも、救命救急では下痢をしているその子の血圧や呼吸など、今この瞬間に、生命維持において異常があるかどうかという状況を把握するために最初にアプローチをかけるんです。

杉原:入口でなくて、出口を見る。そうすると現状把握の可視化を思い切りしていくわけですね。

中村:ノンバーバルな環境下で、動物のどういう仕草や心拍数の変化が本当に危ないかどうかを突き止める。そこに問題があれば、下痢の問題じゃなくて、そこから立て直していく。命という観点で見て、救えるとなったら最短距離でスピードをもって対処していく。それが緊急医療だということに気づいたんです。こんな学問は日本になかったから、誰も知らないし、教えられていない。それはまずいのではないかと思って、2018年に日本獣医救急集中治療学会という学会を設立しました。

獣医師業界をもっとハッピーに

杉原:獣医になりたい子たちにひとことお願いします。

中村:獣医師という仕事は、そこにいてくれるだけで僕たちに幸せを与え続けてくれる動物たちを助けるヒーローだと思っています。その動物たちを救ってあげることで、家族が幸せになり勇気づけられます。他の職業と同じで大変なことも多いですがやりがいのある素敵な仕事だと思っています。その反面、苦しんでいる動物たちを目の前に、飼い主を相手につらいことも話さなければいけないし、もちろん全てがうまくいくわけではありません。「先生がもっとこうしてくれればよかったのに」とか「なぜ助けられなかったんですか」みたいに言われながら、次の症例では笑顔で毅然と対応しなきゃいけないから、バーンアウトすることも多いんです。

今の土壌ってまだ獣医さん自身が「めっちゃイイよ」と言える状況ではないというのがあります。もっと獣医さんたちがいきいきと働き続けられるような状況を僕は作りたいなと思っています。これは救急をやりたいというより、もうひとつ上位の概念として持っています。

杉原:その意味でいうと、犬や猫を飼う僕たちも、リテラシーをもって成長しなきゃいけないでしょうね。ほとんどの飼い主の人達はある程度持っていると思いますが、やっぱりペットを介して人間にネガティブな言葉をぶつけるというのは、僕はNGだと思うから。

イノベーションの起点はいつも1人の誰か

杉原:このHERO Xというメディアを介していろんな方たちに会うと、分野は違っても、だいたいみなさん同じようなことを言っています。「未来のため」と「会ったことのない人のため」なんです。この方たちは世界の財産だなと思って聞いています。ペットERが最初はアメリカやヨーロッパで先行していたかもしれない。でも、中村篤史獣医師のもとに集まってきた、仕事に対して没入度が高い人たちがいれば、今度は逆に日本から世界に発信していって、世界のペットがどんどん幸せな環境になり、周囲の人間も含めて循環していくんだろうなと僕は思っています。10年後、20年後の獣医師って少し変わっていますか?

中村:変わっているでしょうね。原体験的に獣医学業界の変わる音を1つ聞けたと思っています。獣医業界に救急が生まれて、日本中の雑誌や教育、あるいは学術新聞が一時、全部「救急」になったんですよ。世の中が変わる音を聞く、すごい体験をさせてもらったと思っていて。でも、もっと大きな音が聞けるんじゃないかなと。

杉原:一回成功体験をすると、「できる」っていう感覚がわかりますよね。

中村:意外とやれそうだなというのはありますよね。学会を作ればなんとかなるかと思ったんですが、やっぱり大きなことをするには、まず先人をきる一人がいる。五郎丸が越えた瞬間に日本中がラグビーを観に行ったし、錦織圭がエアKをやったテニス界が変わったじゃないですか? 面で物事が変わるより、一人のスターがいたら物事が変わると信じていて、僕がとにかく出ていって「これが救急医療です」って押し出し続けたら、そこに同じ方向を生む仲間ができた。閾値っていうのを誰か一人が越えた瞬間に、ガーンと求心力をもってイノベーションが起こるという流れだと思います。

中村篤史 (なかむら・あつし)
北里大学を卒業し、東京大学、酪農学園大学で研修医を行う。その後、埼玉県にて勤務医を経験したのち、2011年に現職場であるTRVA夜間救急動物医療センターへ。同年院長となる。2018年には、日本獣医救急集中治療学会を立ち上げた。

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(text: HERO X 編集部)

(photo: 壬生マリコ)

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対談 CONVERSATION

スポーツで社会を変える。「Sport For Smile」梶川三枝の視点 後編

宮本さおり

「スポーツの力で社会を変える」を推進する日本初のプラットフォームSport For Smile の梶川三枝氏。前編ではその活動にフォーカスしてお話いただいたが、スポーツをツールにするこれらの活動はすでに世界の潮流になっていると梶川氏は話す。後編では、2020東京を契機に私たちが受け取るもの、日本が発信していくべきことについて伺った。

杉原 :梶川さんが立ち上げた活動は、具体的には日本ではどのような形でスタートされていったのですか。

梶川 :スポーツを通した社会変革活動、インクルージョンを推進する活動をされている団体などをご紹介することからはじめていきました。定期的に啓発セミナーやユニバーサルスポーツ体験会を私たちの方で主催し、まずはみなさんに、こうした活動があることを知ってもらうことから実施していきました。

杉原:世界的な動きがあってというお話でしたが、それは日本ではあまり知られていなかったということですか?

梶川:そうですね。私がSport For Smile を設立した2010年当時は、日本ではこうしたスポーツの活用法はまだあまり認知されていなかったと思います。

杉原:でも、すでに世界ではその潮流があったと。どのような動きがおきていたのでしょうか。

梶川:『インビクタス』という映画をご存知ですか?ラグビーワールドカップでアパルトヘイトで対立していた南アフリカが統合チームを作って優勝したという実話をもとにした映画です。当時のネルソン・マンデラ首相のリーダーシップのもとでの偉業ですが、マンデラ氏も「スポーツには社会を変える力がある」というメッセージを発信しています。これが大きな流れになって、スポーツって社会を変える力があるんだということが、特に欧州で広く認知されるようになり、イニシアチブがつくられたりしていきました。首相や王室といったかなり高い社会的階層にいる方たちが積極的にこの考えに賛同していったのも大きなうねりに繋がったと思います。

実は私はこの時期、2016年のオリンピックの招致活動のお手伝いをしていたのですが、このうねりを知り、これは私がやりたいと思っていたこととすごく合致するなと思いまして、どうにか日本に広めたいとその頃から考えていました。

杉原:イギリスの場合、いい意味でも悪い意味でもヒエラルキーが明確にあることも、こうした活動が広がる一要素にある気がしますね。現在でも、サーの称号がある中で、彼らの活動が世の中に与える影響がすごく大きいですよね。逆に日本はヒエラルキーを無くしましょうとなっているわけですが、こうしたイギリスの様子を見ると、どちらがいいのだろうか?と、ふと思うことはありますね。

梶川:そうですね。社会の文化や歴史というのは、社会変革の活動に深く関わっていまして、日本と欧米ってかなり違うなというのは感じています。欧米の場合、「欧」と「米」もかなり違う点も多いのですが、自由や権利は自分たちで勝ち取るもの、という意識が強い。決めることはお上に決めていただいて、あとは従いますという日本のカルチャーとはかなりの違いがありますよね。市民が自分たちの生活の質の向上や権利を求めて自分たちで社会を作り上げていくのだという部分の意識差があるというのは、いろいろな面で言えるのかなというのは思いますね。日本はよく言えば平和的なのですが、発展的かといえばどうだろうと。

杉原:デモの熱量もすごいですよね。少し前にフランスに行ったのですが、ちょうどデモに遭遇して、その熱というか、なんだかものすごいものを感じました。

梶川:革命の国ですからね(笑)

杉原:日本は今回の2020東京で何を世界に見せられると思いますか?

梶川:突然確認にきましたね(笑)。今までは、経済発展をするために行われてきた感の強かったオリンピックでしたが、ロンドンオリンピックがひとつの変革となって、ロンドンの時にはじめてサステナビリティということが謳われました。持続可能な成長を担保してやりましょうと。

杉原:さすが英国ですよね。あの時、社会を巻き込んだうねりを僕は感じました。たとえば、大手のスーパーマーケットが車いすで自由に買い物ができるようにしようとキャンペーンを張ったり、福祉=CSR というところから抜け出し、CSV につなげるような動きがおこっていて、パラがきたことで国の社会にも変化が起こっていたように思えました。でも、あれはイギリスらしいなと思っていて、その国らしさって大切ですよね。日本の場合、そこがまだ弱いかなと。僕は、日本、東京らしいアプローチを試みようとされる方々に多く出会えているのですが、まだそうした動きについて世の中の認知が追いついてないように感じることも少なくありません。

梶川:何かプロトタイプがあるものを大量生産するのが日本の得意技としてこれまではきていて、自分たちで決めたことにコミットして、一から創りあげていくというプロセスは苦手なのかもしれませんね。でも今は、それができないと世界でプレゼンスを示せない。イギリスのコピペではなく、日本らしい、独自の発信をしていく必要があると思います。

杉原:先日イチロー選手が引退を表明されましたが、日本についての印象的なエピソードがあります。イチロー選手は以前、日本人はスタンディングオベーションが苦手だと思っていたそうですが、それは勘違いだったとおっしゃっていました。引退試合に日本の観客が割れんばかりの拍手でスタンディングオベーションをしたからです。たぶん、いや絶対皆さん熱は持っている。でも、表現の仕方が分からないだけなのではないかという気がします。その熱量の出し方も時代に応じて変化するのも理解しなければいけないですしね。

梶川:そうかもしれません。「みんながやればやる」国民性と協調性もあります。こんなアプローチもあるという事例に多く触れていただくことで、より多くの方々に賛同していただけたら、新しいうねりを生み出せるかもしれない、私もそこを信じて活動を続けています。

前編はこちら

梶川 三枝
名古屋大学(文学部哲学科社会学専攻)卒業後、旅行会社勤務を経てパリに語学留学、長野オリンピック通訳、国際会議運営会社、外資系金融等で働き、2003年夏にオハイオ大学大学院スポーツ経営学科留学。NBAデトロイトピストンズ コミュニティ・リレーションズ部にて日本人女性初のインターンとして採用され、スポーツ経営学修士号取得。帰国後は世界バスケットボール選手権でのVIP対応、米系コンサルティング会社マーケティング・コミュニケーション部、2007年8月より東京オリンピック・パラリンピック招致委員会にて国際渉外、マーケティングマネージャーとして勤務。2010年、スポーツのチカラをよりよい社会づくりに役立てることをミッションとし、株式会社 Cheer Blossomを設立、Sport For Smile の企画運営事業とともに、スポーツの社会的責任に関するコンサルティング・サービスを提供、国連事務総長付スポーツ特別顧問や世界経済フォーラムのスポーツアジェンダ諮問委員会委員、アショカフェロー等を招聘してのセッションや世銀総会公式サイドイベント等を実施している。

(text: 宮本さおり)

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