対談 CONVERSATION

テクノロジーによる課題解決で持続可能な農業を AGRISTの挑戦

吉田直子

長い間、農業は「儲からない職業」といわれてきた。その農業に今、変革が起こっている。ICT化などによって、採算性の高い農業をめざす個人や企業が増えてきたのだ。宮崎県で収穫ロボットを使った実証実験を行っているアグリスト株式会社は、そんな農家を支援している筆頭だ。代表取締役兼最高経営責任者の齋藤潤一氏は、地方創生のプロフェッショナルでもある。地域再生とも密接に絡む農業の課題解決とは? 齋藤氏とアグリストの挑戦を、編集長・杉原行里が聞く!

「儲かる農業」を
AI収穫ロボットでめざす

杉原:まずは簡単に御社の概要を教えてください。

齋藤:拠点にしているのは宮崎県新富町という人口1万7千人くらいの町です。我々の一番の強みは、農家のビニールハウスの隣でロボットを作っているということです。ハウスの中でロボットをテストし、ハウスの隣で機械を修正しながら、今、宮崎県で生産の多いピーマンを育てています。農業従事者の平均年齢は、現在67歳といわれています。担い手がいないとか、生産環境などの関係で、農家が儲からなくなっています。そこで、我々は農家と話し合いながらロボットを作り始めました。下がぬかるんでいたり雑草があったりすると、ロボットは走行不可能になります。そのために、吊り下げ式のロボットを発明しました。この小さな町からテクノロジーで農業課題を解決していくというのをミッションにしているのが、アグリストです。

杉原:素晴らしいなと思います。宮崎県でやる理由はあるんですか?

齋藤:僕はもともとシリコンバレーにある音楽配信のベンチャーで働いていたのですが、2011年の東日本大震災をきっかけに、ビジネスでの地域課題解決を使命にするNPOを立ち上げました。当時、その発想が面白いということで“シリコンバレー流・地域づくり”として日経新聞が記事を書いてくれて、全国10か所くらいの市町村の地方創生プロジェクトに携わりました。その取り組みが評価されて、2017年4月に宮崎県新富町に設立された地域商社「こゆ財団」の代表理事に就任しました。なぜ宮崎なのかというと、いわゆるスーパー公務員のようなかたがいて、そのかたと一緒に一粒千円のライチをブランド化したり、特産品を活用したふるさと納税で累計50億円以上集めました。農業の課題解決をするには稼げないといけないと考え、財団設立時から「儲かる農業研究会」という勉強会をやっていたんですね。その中で、「農業にはロボットが必要だ」という話を農家からずっと聞かされていて、そこで資金調達をしてロボットを作ったというのが現在です。

杉原:今、日本は先進国の中でも食糧自給率が圧倒的に低いですよね。その理由としては農業へのハードルが高い、参入障壁がある、3Kであるとか、儲からないなど、様々なものがあります。これらについてはどう思われますか?

齋藤:そうですね。一番は平均年齢67歳ということで、実際に収穫する人がいないというところですね。農業がどんどん儲からなくなってきて、農業をやめる人が増え、空きハウスと耕作放棄地が増えて、数字上の食糧自給率が低下している。このような負のサイクルに入っていることが一番の課題だと思います。

杉原:僕が無知なので教えてください。農業が儲かっていた時期はあるのでしょうか。

齋藤:それはいい問いですね。儲かっていた時期というよりも、収穫に人手が困らなかった時期があって、人口が伸びていた時はそれだけ出荷量も増えていますから、儲かっていたと思います。その時に儲からないと言われていた理由は、農家はほとんどが個人事業主なので、黒字が見えにくかったのだと思います。あとは、健全な市場の成長がなかった部分はありますね。

杉原:一方では、今、日本で農業関係者の株式化がかなり増えていますよね。

齋藤:そうですね。農業をビジネスとしてとらえる若者が増えてきています。先ほど、農家の平均年齢が67歳と言いましたが、これは土地を持っているなどの条件下での平均です。インターネットで産直ビジネスなども始まったので、そこがポイントだと思います。

杉原:そんな中で齋藤さんをはじめとしたアグリストのかたたちはスマート農業への参入を決めたということですよね。

齋藤:そうです。やはり空きハウス、空き屋が増えてきていたので、なんとかしなければいけない、絶対ロボットが必要だと。要は担い手がいないということは、収穫する人がいないということなんです。

杉原:僕はみんなに、これから仕事をするなら絶対に農業が儲かると言っているんです。

齋藤:農業はスモールビジネスもできますし、露地栽培だけで工夫をして、しっかり育てることができれば、ほぼ原価がかからず人件費だけで作物を育てていくことができるので、そこは大きいです。

杉原:今、取り組まれているスマート農業は実証フィールドでのピーマンの収穫がメインですか。

齋藤:そうです。すでにきゅうりの収穫には成功していて、今後はトマトもやっていく予定です。

杉原:吊り下げ式の収穫ロボットは世界でほかにやっているところはないんですか?

齋藤:ないですね。それで特許性が認められるということで、今、国際特許を申請しています。ワイヤーを張って、そこにひっかけてロボットを稼働させています。

齋藤:1人で収穫する時でも、“withロボット”のほうが、よりたくさん収穫できるということです。例えば、16トンくらい収穫できていた農家が、パートがいなくて10数トンに落ちたというデータがあります。そこをロボットで補うことができれば、1つのハウスで16トン収穫することができるという形になります。うちがロボット技術で絞っているのは精度ですね。収穫できる精度こそがすべてだと思っています。

ハウスとロボットのセット販売
だれでも気軽に農家になれる?

杉原:もうひとつ聞きたいのが、例えば僕が農家になりたいと考えた時にどうやって始めればいいですか?

齋藤:自分で畑を借りて露地栽培でやるというのが一番いいと思います。別の視点でロボットを使ってやりたいというのであれば、我々が今後、開発しようとしているビニールハウスごと販売する商品です。

杉原:パッケージ化されるんですね。

齋藤:おっしゃるようにパッケージそのまま売って買ってもらえるようにしようと思っています。そこまでくると、もう種を置いて、生えてきたらロボットを動かして、というふうなります。ロボット自体が剪定もするものにしようかと思っています。

杉原:じゃあ、極端な話、本当にロボットに管理されたビニールハウスのパッケージを購入することができたら、1人か2人の作業で10数トンという最大収穫量が見込めるビジネスになりますよね。面白いですね。僕、農業の参入障壁が高いことが大きな問題だと思っていて。今後、アグリストさんはじめとする多くの企業のかたたちがスマート農業に参入すると、一気にイメージが変わる感じがしますよね。

杉原:まずは、現場にいる農家の人たちに「これが儲かるよ」とか、「このテクノロジーを導入すると人間が時間を有効活用できるよ」という発想を浸透させることが、一番大事ですよね。

齋藤:そうですね。ロボットに関する問い合わせは、頻繁にアグリストに来ています。全国各地の農家の人たちが、「なんとかしてくれ」「買いたい」「値段を教えてほしい」と、電話をかけてこられます。あまりにも問い合わせが多すぎるので、今、個別相談はお断りしていて、近くの行政機関かJAに聞いてもらうことになっています。

人口1万7千人の町から
世界を変えていく

杉原:今後アグリストさんはどのようなロボットを作っていくのでしょうか?

齋藤:やはりテクノロジーで農業課題を解決していくというのがすごく大事で、あくまで テックカンパニーとして、最高の製品を作って社会の課題を解決していきたいと思っています。我々がめざしているのは、農家と話しながら、農家が欲しいものを、農場の周囲で作っていくことなんです。そうしたら、ロボットがもうロボットと呼ばれなくなる。人の隣に当たり前のようにいて、切っても切れないものになる。それが、社会の課題解決になる。国内の市場ももちろんですが、将来的にはアフリカなどの食糧問題の解決にこのロボットがなりえると思っています。人口1万7千人の新富町の町を見ながらも、世界の食糧問題の解決というところまで、データビジネスも含めてやっていくというのが、アグリストの1つのゴールになります。

杉原:実は僕らも身体の解析を行うロボットを開発しているので、すごく共感します。座位を計測するロボット「SS01」では、車いすユーザーの課題を抽出しながら、ロボットをどんどんアップデートしていっている最中です。いずれ、課題先進国である日本が直面する未病や健康寿命などに役立てる考えています。御社もこれから来年、再来年に向けて様々な農家さんにロボットを出荷していくのですよね。

齋藤:そうですね。そういう予定です。まずは宮崎県でしっかり結果を出して全国展開をと考えていますが、宮崎以外にも様々な自治体に声をかけていただいていて、まさに国ぐるみでやっていく事業かなと思いますし、僕らの中には国力を上げるぞみたいな気概もあります。

杉原:かっこいいですね。

齋藤:中国やインド、アフリカなど、世界の課題解決に取り組むことができればという思いでやっています。

杉原:素晴らしいです! 本日はどうもありがとうございました。

齋藤潤一(さいとう・じゅんいち)
スタンフォード大学 Innovation Masters Series 修了/SBI大学大学院(MBA経営学修士・専攻:起業家精神)。米国シリコンバレーのITベンチャー企業で音楽配信サービスの責任者として従事。帰国後、東京の表参道でデザイン会社を設立。大手企業や官公庁のデザインプロジェクトで多数実績をあげる。2011年の東日本大震災を機に「ビジネスで地域課題を解決する」を使命にNPOを設立(2015法人化)。慶應義塾大学で教鞭をとりながら、全国各地の起業家育成に携わる。2017年4月新富町役場が設立した地域商社「こゆ財団」の代表理事に就任。1粒1000円のライチのブランド開発やふるさと納税で合計50 億円の寄付額を集める事に貢献。2018年12月に首相官邸にて国の地方創生の優良事例に選定される。2019年に地域の農業課題を解決するべく農業収穫ロボットを開発するAGRIST(アグリスト)株式会社を設立。

(text: 吉田直子)

(photo: アグリスト株式会社提供)

  • Facebookでシェアする
  • LINEで送る

RECOMMEND あなたへのおすすめ

対談 CONVERSATION

MEGABOTS社の巨大ロボットが、あなたの街にもやってくるかも!?

川瀬拓郎

先日お台場特設会場にて行われた CHIMERA GAMES Vo.7。その前夜祭イベントとして、米カリフォルニア州の MEGABOTS (メガボッツ)社の巨大ロボット、アイアン・グローリーがお披露目された。今回は日本にメガボッツをもたらした張本人、三笠製作所代表の石田繁樹氏と本誌編集長であり RDS代表の杉原行里との対談をお届けする。

おふたりの出会いは、どのようなものだったのでしょう?

石田「初めて出会ったのはドイツのシュトゥットガルトでした。私の会社では制御盤を取り扱っていて、ドイツに支社があるのです。お互い製造業だから、話が合うだろうと、共通の知人を通じて会食したことがきっかけでしたね」

杉原「当時まだ僕は30歳になる前で、石田さんは先輩ですが、共通の趣味であるサッカーの話で盛り上がり、それ以来長い付き合いになります。いつかロボットの分野で何か一緒にやりたいですね、という話をしていましたが、ようやく今回それが現実のものとなりました。日本人にとってロボットは、アニメで慣れ親しんできた身近な存在。実際に操縦できる巨大ロボットを、多くの人に間近で見て、触れてもらえる機会を作ってみようと」

石田「パズルの足りないピースが埋まっていったというか、点と点が線になって、メガボッツの事業が共同出資という形で実現したのです。今回は1年間という期限付きのプロジェクトなのですが、単にロボットを持ってきてどうだ!というだけではなく、ロボットに触れた人たちがどんな反応をするのか、実地マーケティングの意味合いもあります」

石田繁樹
1972年、愛知県生まれ。名古屋の本社を含めた国内の支社と海外支社を持つ、制御盤の会社である三笠製作所の代表取締役。堀江貴文氏と共同開発した自動配達ロボット Hakobot や、ドバイ警察で導入されている移動式交番の開発と納入、eスポーツ選手の支援や普及のための事業団チーム KYANOS(キュアノス)の活動でも知られる。

メガボッツ社が行ったロボットファイト(DUEL=デュエルと呼ばれる)の動画が、SNS を通じて多くのロボットファンの間で話題になっていましたね。

杉原「もちろん、デュエルはロボットを使ったエンターテイメントのひとつとしてアリだと思います。でも、戦うロボットにはどうしても軍事利用というイメージがつきまとってしまう。だからこそ、そうしたネガティブな面を一切出さずに、新しい切り口を見出したいのです。例えば、ボクシングのように、ルールがあるスポーツに置き換えてみたら面白いかもしれないと」

石田「ロボットが殴り合う姿を見るのは、確かにエキサイティングですよね。その反面、ボロボロになっていく姿を見るのは、生みの親である開発者としては悲しいですけどね(笑)」

ブースからキャタピラーで移動して、その動作を披露したアイアン・グローリー。往年のアニメファンの男性からは、サブングルやボトムズの名が挙がった。予想以上に、多くの女性がこの巨大ロボットに興味を持って、近づいていたのも印象的だった。

日本初披露の舞台が CHIMERA GAMES だったのは、そういう理由があったのですね。

石田「テクノロジー系の展示会にこのロボットを持ってきたとしても、反応は薄いと思うのです。CHIMERA GAMES という、アーバンスポーツの祭典にロボットを持ってきたことに意味があるのです。もちろん、日本でも巨大ロボットは、これまでにいくつか作られています。でも、ロボットを作ること自体がゴールになってしまっていて、その先がない。だからこそ、自分たちがロボットを使ってこういうことができるのではという仮説を立て、それが正しかったかどうかを実証したいのです」

杉原「今後はロボット・パイロットという、子どもたちが憧れる新しい職業が生まれるでしょうね。メガボッツをきっかけにして、アジア中にいるロボット好きとつながって、新しい取り組みが始められるかもしれません。現時点で僕らが思い描いているひとつの試みは、ロボットによるスポーツ競技や遠隔操作による eスポーツですが、もちろん違ったアイデアがあってもいい。むしろ自分たちよりも若い世代や、これからの大人になる子ども達がロボットについて考えるきっかけになればいいなと思います」

例えば、ロボットに仕事を奪われるのではないか……。そんな不安を持つ方も少なくないのではないでしょうか?

石田「だからこそ、ロボットが共存する未来が楽しいものだということを、我々が提示しなければならない。ロボットがあることで、新しいレクリエーションや新しいマーケットが生まれるはずだし、そこで得たものからさらなるイノベーションが生まれる可能性だってあります」

杉原「今回アイアン・グローリーを日本に持ってきた目的は大きく分けて2つあります。ひとつ目が、先ほどから話しているきっかけ作りであり、人々の反応を見てみたかったこと。ふたつ目は、エンジニアリングの面から見て、人のために役立つロボットとして何ができるのかを探ることです」

記者発表会時に乾杯の音頭を取る、MEGABOTS社代表のマット氏と杉原。会場には多くのマスコミや関係者が訪れ、注目度の高さをうかがわせた。この頃、短時間ではあるがパネルディスカッションも行われ、各人それぞれのロボットがある未来について話が及んだ。

石田「皆が嫌がるような仕事を、ロボットを使ったエンターテイメントにすることができるかもしれません。例えば、炎天下の草刈りは誰にとっても辛いものですが、遠隔操作したロボットで誰が一番早くきれいに草刈りできるか、というゲームにする。給与ではなく賞金を付ければ、エントリーする人がたくさん出てくるはず。そうなれば、安い人件費を求めて海外実習生を呼び寄せるということも少なくなり、結果として社会問題の解決にロボットが寄与できるかもしれません」

杉原「確かに石田さんのおっしゃる通りですね。そんな風に、物事を違う角度から見ることで、楽しいものにもなるし、辛いものにもなる。だからこそ、ロボットは大きな可能性があるコンテンツなんです。このロボットはこういう使い方をするのですと限定するのではなく、何に使うのかわからない余白の部分にこそ、人をワクワクさせる新しい技術があるはず」

今回のお披露目と試乗体験を皮切りに、いくつかのイベントも控えているそう。このアイアン・グローリーと直に触れる機会が、あなたの住む街にやってくるかもしれない。スポーツかエンターテイメントか、まだはっきりとした用途が提示されたわけではないが、この2人が考えるロボットの未来は、子どもからお年寄りまでもワクワクさせるものに違いない。

会場に遊びに来ていたお子さんとアイアン・グローリーのワンショット。誰もがコックピットに乗れるということもあり、子どもからお年寄りまで多くの人が展示ブースに集まった。抽選によって選ばれたラッキーな人たちは、操縦まで体験することができ、終始盛り上がっていた。

(text: 川瀬拓郎)

(photo: 増元幸司)

  • Facebookでシェアする
  • LINEで送る

PICK UP 注目記事

CATEGORY カテゴリー