コラム COLUMN

コロナショックを乗り越えろ!パラアスリート挑戦者・応援者たちの一年間【車いすランナー・伊藤智也】

伊藤智也

歴史に残るウイルスとの戦いが勃発した2020年、第3波も懸念されるなか、コロナと共存しながら生きなければならないのは自明のことになっている。私たちはいかにして日常の営みを続けるのか? HERO Xでは、この〝新しい日常〟に向けて力強く動き始めた人々のコラムをリレー形式で掲載する。

シリーズ「New Normal」、今回は東京2020での金メダル獲得を目指し注目される車いすランナー・伊藤智也氏。彼のレースはすでにはじまっていた。

4年前、「あんたを勝たせる」そんな一言から始まった私のパラリンピックへのチャレンジ。その男とマシン制作を一手に引き受けてくれたRDSチームスタッフは、まさに世界一のレーサーを作り上げ、私に託した。

生活面では、当時55歳の私を信じ、世界有数の企業バイエルが社員として迎えてくれた。最高のゴールシーンを迎える準備は整った。全力で駆け抜けた4年間、心身ともに充実し、残すはスタートラインの向こう側を楽しむだけ。

毎日の報道でもしやと思っていたが、2020年3月「新型コロナウイルスによるパンデミックにつきオリンピック、パラリンピック1年延期」とテレビから聞こえてきたニュースには、とてつもない衝撃に襲われた。すでに私は56歳、この延期で体力の減退、怪我、持病の悪化、数え上げればキリがないほどの恐怖に苛まれた。

妻は、平静を装い気づかいながら寄り添ってくれている。中止ではなく延期という前代未聞のラッキーな判断に、心から喜べない自分に腹が立った。緊急事態宣言で競技場が使えないこともあり、しばらく家で心の整理をしていた。多くの電話、出会う人々の声、メール、どれもが透きとおるくらいに穢れのない励ましの言葉をかけてくれていた。そんな安らぎの中で、いつしか被害者感情で生きていた自分に気づかされた。
恥ずかしかった。惨めだった。久しぶりに雲の間から強烈な日が差した気分だった。
延期となり、内向きになった私の心は自分の幸せばかりを考えていたようだ。

いま一度原点に返り、積み上げてきた一つひとつを見つめた。

答えはひとつ『感謝』のみ! 完全に吹っ切れた気がした。

彼ら、私に関わってくれたすべての人々のガッツポーズが見たい、喜びに流れる涙が見たい、その歓喜を共に味わいたい、今、私の心は決まっている。もうひとつのパラリンピック、間違いなくそれは、応援する側の純粋に熱い勝負だ。自分ではなく人に託す強さこそ、真の勇気ではないだろうか。
1年後の彼らの姿を託された私に、もはや迷いはない! 不安要素を気にしていては戦えない。これから1年、全開で行く! 応援してくれる皆と同じ景色を共有し、同じ喜びを味わうために。

彼らの1年がワクワクする時間になるように「今」と戦います。
私の結果が、皆の幸せの一助となったなら、最高に幸せです。

伊藤智也(いとう・ともや)
1963年、三重県鈴鹿市生まれ。若干19歳で、人材派遣会社を設立。従業員200名を抱える経営者として活躍していたが、1998年に多発性硬化症を発症。翌年より、車いす陸上競技をはじめ、2005年プロの車いすランナーに転向。北京パラリンピックで金メダル、ロンドンパラリンピックで銀メダルを獲得し、車いす陸上選手として、不動の地位を確立。ロンドンパラリンピックで引退を表明するも、2017年8月、スポーツメディア「HERO X」上で、東京2020で復帰することを初めて発表した。

関連記事はこちら:http://hero-x.jp/?s=伊藤智也

(text: 伊藤智也)

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もう一度日本が世界から注目される日は来るのか?医療テックがもたらすもの

杉原行里

まもなく迎える2025問題。人口に占める高齢者率が30%となると言われる日本。医療テックの役割について考える。

膨れ上がる国民医療費20年で約2倍に

厚生労働省が公表したデータによると、国民医療費は44兆3895億円(令和元年度)。人口一人当たりで計算すると、年間で35万1800円ものお金が医療費として使われているという。厚生労働省が公表している下のグラフを見てみると、平成2年~22年度の20年間で国民医療費は約倍にまで膨れ上がっていることが分かる。日本では、2025年には人口に占める65歳以上の割合が30%になると言われているが、高齢者の増加はすでに徐々に始まっている。国民医療費はここ数年、右肩上がりに伸びている。限られた財政を有効に活用するためにも、健康寿命をいかに延ばすかということは、国としての喫緊の課題となっていることは間違いない。今後は、生活者である私たちが、「病院は、病気になったら行くところ」という認識から、「健康であるために行くところ」という考えへと改める必要もある。

アメリカで定着したゲノム解析による予防

健康寿命を延ばす要として考えられる予防医療。病気を早期に発見すれば、大がかりな治療となる手前で命を守ることができる上、かかる医療費も少なく済む。しかし、これには、定期的な検診が必要で、働き盛りの人にとっては時間を取るのが難しいという現実もある。必要だと分かっていても、時間が取れない……。このジレンマの解決策になるような医療テックの開発が進んでいる。検診で計るのは身体的データだ。数値の善し悪しで気をつけるべきことが見えてくる。身近な例でいけば、スマートウォッチだ。呼吸や心拍数といった身体データを日常生活の中で気軽に取ることができるようになり、予防医療に貢献している。

日本ではそれほど取り入れている人は多くはないが、アメリカでは、ゲノム解析による予防医療も盛んだ。多様な人種の人々が生活するアメリカで、自分のルーツを知ることが一時ブームとなったが、これもゲノム解析によるものだった。ゲノム解析はどのような病気にかかりやすいかをゲノムを使って予測することが可能だが、ブレークしたきっかけは、自身のルーツが分かるというエンターテインメント性だった。そのブームのおかげでデータが集まり、解析技術の向上に繋がっている。もう一つ、アメリカでこれだけゲノム解析が一般化した要因として、医療を巡る制度の違いがある。

アメリカの医療制度は日本とはかなり違う。日本では、国民は全員が必ず医療保険に入らなくてはいけないが、アメリカでは、保険加入が個人に委ねられているのだ。会社のベネフィットとして加入している人もいるが、加入している保険により、かかれる病院が限られていたりと、日本の医療保険とはかなり違う。保険に入っていたとしても、医療費が高額になるケースも多く、おまけに、調子が悪くても、飛び込みで病院に行けるシステムにもなっていない。だからこそ、予防医療に力を入れる人が多いのだ。予防医療の一貫として、自分の身体の傾向をゲノム解析によって知っておこうという流れも一般的となりつつある。

病気だけではない予防医療

予防医療と聞いて一般に思い浮かべるのは病気のリスクをいかに回避するかということだろう。日本人が一生のうちにがんと診断される割合は2人に1人と言われているが、5年生存率は上昇しており、今やがんは治る病気という認識も定着してきた。しかし、これも早期発見でなければ生存率は下がってしまう。特に年齢が若い場合、浸食の勢いも増すため、早期発見というのが鍵になる。定期的に検査を受けている人は、がんの初期段階で見つけられる可能性が高まるため、若い人ほど受けるべき検診とも言えるだろう。

また、予防医療はどこまでを“予防”と呼ぶかという視点もある。例えば、骨折などはどうだろうか。若いうちはピンとこない骨折リスクも高齢になるとその可能性は格段に上がる。厚生労働省「人口動態調査」や、東京消防庁「救急搬送データ」を元に出した消費者庁の分析では、高齢者の転倒、転落事故による死亡者数は、人口10万人当たりでは年齢が上がるにつれて増加、75歳以上になると5歳上がるごとにその数は倍増することが分かった。

また、高齢者の介護が必要となった主な原因の12.5%が、骨折や転倒がきっかけとなっている。骨折で入院が長引けば、寝たきりになるリスクも高まる。そうなると、医療費削減を目的にした場合、病気だけでなくケガも予防医療として考えることができるだろう。転倒を防ぐためのアイテムも、予防医療に貢献することになる。

アクティブシニアを増やす

ここまで、予防医療と医療費削減の関わりについて考えてきたのだが、健康増進の観点からも医療費削減は考えられる。企業の定年年齢の引き上げがニュースになっているが、元気なシニアを増やすことはもちろん、元気でなくなった人も社会参加できる仕組みができあがれば、アクティブシニアは増えるだろう。現在、パラアスリートなど身体的特徴を持つ人々を対象に開発が進む様々な技術は、高齢者の暮らしを豊かなものへ、そして、アクティブなものへと誘う可能性を秘めている。先に紹介したように、今は個人の身体データを簡単に計測できる時代に入った。

自身の身体データを研究のために用いてもらうことによりベネフィットやインセンティブが受けられるようになれば、加齢に伴い若い頃と同じような働き方ができなくなった高齢者の新たな収入源にできる。また、集まったデータを元に医療研究が進めば、次の世代のヘルスケアに貢献することもできる。アクティブに税金を納められる人口は、現役で働く世代だけとも限らなくなれば、1人の若者が支える高齢者の数も減るため、負担も減る。この流れを作るために、要となるのは言うまでもなく技術革新だ。世界一早く高齢化社会を迎える日本だからこそ、世界に向けて発信できる高齢化社会におけるモデルケースを考えるべきだろう。これが成功したとき、日本は再び世界から注目を浴びる国になるのではないか。今回の特集では、医療テックに注目し、予防医療の観点で医療テック企業や病院現場を取材する。

※参考
https://www.caa.go.jp/policies/policy/consumer_safety/caution/caution_009/pdf/caution_009_180912_0002.pdf

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(text: 杉原行里)

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