対談 CONVERSATION

イギリスの元弁護士が日本のヘルスケア市場に参入!?「Bisu body Coach」開発者ダニエル・マグスの思考 後編

宮本さおり

DNA検査キットなど、様々な検査キットの販売が見られるようになった日本。海外の譲許からすれば“遅ればせながら”という感は否めないものの、ここ日本で、尿検査の新たなデバイスの開発を手掛けるベンチャー企業がある。イギリス、アメリカ、日本など、多国籍なメンバーで挑戦を続けるBisu, Inc.のダニエル・マグス代表を編集長杉原行里が直撃。同社が考える尿検査キットについてお話を伺った前編に引き続き、後編ではなぜ開発にいたったのかの経緯から、グローバルな人材が集まる同社のことについてまで、多彩な話題で盛り上がる。

元はイギリスの弁護士!異色の経歴

杉原:そもそも、マグスさんの経歴が面白いですよね。エンジニアでもデザイナー出身でもない。

マグス:もともとはイギリスの弁護士でした。学生時代は日本語を専攻していて、数字が苦手だったので、なかなか大手には入れなかったのですが、イギリスで独立系の投資銀行に就職して、テックベンチャーの買収案件を専門的に手がける部署に入ったんです。その後、日本のDeNAに入社しました。新規事業企画マーケティングをやっていたのですが、そのうちにIoT分野に目がついて、Bisuのようなサービスを本社で立ち上げたいと思っていました。本社はハードはやらないということで、それならば、自分で起業するしかないなと思い、今に至っています。今は陣頭指揮をとって基本的なビジネスプランニングやセールスをすることが主な役割ですが、アプリのユーザーデザインもやってますし、同時並行でいろいろとやっています。

杉原:IoTの中でもヘルスケアの分野に注目したのはなぜですか。

マグスさんがオフィスを構えるDMM.make AKIBA(https://akiba.dmm-make.com/)のロビーで語る2人

マグス:健康には以前から興味がありました。家族に1人、前立腺癌になった身内もいたので、ヘルスケアの知識があまりない人が、忙しいなかでどうやって手軽に自分の体のことを知れるかなと思った時に、尿検査が思い浮かんだんです。今でも尿検査で肝機能障害や腎臓などの異常を発見するものは多く見られます。検査を受けた人が得られるのは「異常はないです」という安心感です。でも、こうした検査で見ているのはタンパク質の数値など一部の情報だけです。「タンパク質の数値が異常ナシでした」ということが必ずしも「健康です」ということではないですよね。従来の尿検査はもともと、健康診断のために開発されたものであり、血液検査を同時に行うことが前提なので、尿検査を単独で行う場合は検査項目を慎重に決める必要があります。

杉原:確かに。

マグス:健康な状態を継続するためのアドバイスをする方が面白いと思うんです。

杉原:マグスさんたちが出されようとしている「Bisu Body Coach」はコーチングキットとなっています。これは医療行為とはまた違ったものなのでしょうか?

マグス:医療行為にはなり得ない。病気の発見や治療のためのものではないので、このデバイスがあればこの病気になりませんよとか、この病気が発見できますよとなれば、確実に医療行為になりますが、このデバイスはそれをしていません。尿から検知できるカリウムやナトリウム摂取量などを計測するものです。自分の数値を知ることで、取りすぎているものや逆に摂取が少ないものが分かり、食事などで摂取について気をつけるようになる。習慣の改善により腎臓機能障害や高血圧のリスクが下がるというものなので、予防につながるアドバイスという位置付けになります。

杉原:なので、コーチングなんですね。

マグス:そうそう。

多国籍人材で仕掛けるイノベーション

杉原:社名にもなっているBisu (ビース) にはどんな意味が込められているのですか?

マグス:Bisuは古代エジプトの神さまの一人で、悪いことを払ってくれる守護神的な神さまの名前です。それから、古代エジプトの神の中ではBisuだけよそ者なんです。エジプトに元々いた神様ではなくて、外から来た神。違うところで活躍しているのが、母国を出てやろうとしている自分たちと似ているなと思ってこの名前にしました。

杉原:会社名はBisuで、商品名は「Bisu Body Coach」。

マグス:はい。そうです。まずは食生活のことを尿から分析、検査するものですが、そのあとは唾検査など新しい検査スティックをリリースして、糖尿病など慢性的な疾患をもつ人のサポートをすることを考えています。

杉原:Bisuのチーム編成は多国籍ですよね。日本人ではなくて、外国籍の人が多い。そういう企業って、日本ではあまり見たことがないです。

マグス:そうですね。僕はイギリス人ですし、他のメンバーもポーランド人、アメリカ人、デンマーク人、日本人とバラバラですから。ハードウェアのデザインは全て日本でおこなっていて、ソフトウェアはアメリカでしています。製造はドイツでやろうかなと思っています。それぞれの良さを活かしながらやっていこうかと。

日本人は予防という意識が弱いのか?

杉原:日本って医療費が安いので、病気になってから病院に行きます。僕から見ると、他国の場合、医療費が高いから、人々の感心も予測や予防の方に傾いている気がしていて、日本よりも予防や予測という概念が一歩進んでいるように感じるところがあるのですが、どうですか?

マグス:でも、外から見ると、日本は肥満が少ないことでも有名ですし、長寿の国という認識もあります。医療系のカンファレンスでは、アメリカでは予防予防と言われているが、肥満も多い。公的な健康保険サービスが低く、医療費は高額。だから、民間の保険に加入する。予防のためにイノベーションするか、保険を安くするのかという議論がされています。

杉原:エストニアのように自分の健康情報やカルテなどがブロックチェーンで管理されているように、例えば、健康情報提供でクーポンがもらえるというような仕組みができていったら、サードパーティーが参入してきて新たなビジネスモデルができるかな、とも思うのですが。

マグス:個人情報の問題もあるのでそこをクリアしてからですね。

杉原:今まで人間の排泄物は肥料になることなどはあったでしょうが、圧倒的に処理する費用の方が高かった。こうして計測してデータとなることで、利益につながることも出てくる可能性があるなと感じていて、面白いなと思うのです。

マグス:その可能性はありますがね。

杉原:今後の展開としては具体的にどのように進めていかれるのでしょうか。

マグス:来年4〜5月から公式ベータを予定しており、今、精度データを集めたり、バッチ製造などの準備を進めています。もともと医療業界のものではないので、しっかりと検証する必要があると思っています。まずは、アスリートに試してもらう予定になっています。

杉原:すごく共感するところが多い! 僕も医療業界ではないので、よくわかります。でも、医療業界出身でないからこそ見えてくるいろんなこともありますよね。発売を楽しみにしています。

前編はこちら

ダニエル・マグス氏(だにえる・まぐす)
Bisu, Inc. 代表取締役 。ロンドン生まれ、東京在住のイギリス人。ケンブリッジ大学で日本語を専攻後、法科大学院に進み法律事務所に入社。英国法弁護士資格取得。投資銀行でアナリストなどを務めた後に日本のディー・エヌ・エーで新規事業企画を担当。その後独立しヘルスケアIoT商品の開発を手掛ける同社を立ち上げた。現在は日々の健康を見える化する IoT尿検査装置の開発に挑戦している(本社のHPはwww.bisu.bio)。

(撮影協力:DMM.make AKIBA https://akiba.dmm-make.com/

(text: 宮本さおり)

(photo: 増元幸司)

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行動から人の内面状態を読み取るAI!?岡田将吾の気になる研究 前編

長谷川茂雄

人と人とのコミュニケーションに必要なものは、言語だけにあらず。視線やジェスチャー、表情といった非言語情報も不可欠であることはいうまでもない。岡田将吾氏は、それを社会的信号処理という新しい領域に基づいた研究を通して読み取ることを実践する先駆者のひとり。同氏の試みは、人間の内面の状態を理解するためのAIの新分野として世界から注目を浴びる。これらの研究は認知症の初期症状などを読み取る手がかりにもなるという。編集長・杉原が、最先端の研究の現状とその先に広がる未来について伺った。

人の行動から内面状態を理解するという試み

杉原:もともと岡田さんは、大学でいわゆるAIに関する研究をされていたんですか?

岡田:そうですね。人工知能を基本に、修士、学士と約5年間研究をしまして、少しずつ人の行動を予測するとか、人の行動からコンテキストを推定するということにフォーカスするようになりました。 例えば、この人のしゃべり方や使う言葉の特徴がこうなら、この人はロボットとのおしゃべりを楽しんでいるとか、いくつかの行動から、人の内面を予測するというような研究です。

杉原:今日は、話していて僕の思惑がバレるかもしれないから、サングラスか何か掛けたい気分です(笑)。

岡田:いや、僕自身は(内面を予測することは)できないですよ(笑)。システムにはできてしまうことがありますけどね。

人の行動から内面を読み取るという研究を続ける岡田氏。「最近は、手の動きと感情の関係性が気になる」という。

杉原:ならよかったです(笑)。岡田さんのそういった研究は、AIなどを通じて出口がたくさん出てきたという段階ですか?

岡田:そうですね。最近は動作を測るセンサーが安くなったりもして、状況が変わってきましたし、企業でも自分たちのような研究をしているところが出てきました。そういうプロジェクトに自分が加わることも増えてきて、出口は広がったと感じています。

杉原:もともと岡田さんがAIに興味を持ったのは、どういった経緯でしょうか?

岡田:最初は大学で物理をやっていたのですが、物理の世界っていろいろと難しくて挫折してしまいました。それで物理の先生にはちょっと失礼なんですが(笑)、もう少し目に見えてわかりやすいことがやりたいと思って、ロボットに顔の認識や画像の認識をさせて動かすという研究をやっている研究室に入ったんです。AIを研究し始めたのは、そこからですね。

杉原:岡田さんのような分野の研究者は、日本にどのくらいいらっしゃるんですか?

岡田:もちろん産官学で人工知能の研究をされているグループは山ほどありますけど、ピンポイントで、人の行動から内面状態を理解するみたいなことに焦点を当てているのは、僕たちと数えるくらいしかないです。

こちらは、2018年にジョージ・アンド・ショーン合同会社(現株式会社)と岡田研究室が共同で開設したG&S Labのイメージビジュアル。IoTデバイスであるbiblle(ビブル)を活用して、行動学習に特化した機械学習プログラムの開発を行っている。

もう多くの企業ではAIが採用面接をしている!?

杉原:表情から何かを読み取るということは、なんとなく僕もイメージできるんですが、そこから購買意欲だったり、そこに出口を見つけていくというのは、なんだか大学でやる研究っぽくないなと思いますね(笑)。

岡田:そう言われれば、そうかもしれないですね。

杉原:僕自身のイメージでは、大学の先生は研究を突き詰めて、あとはアウトプットを第三者に見つけてもらう、そんなスタイルが多いなと常々感じているんですよ。それが出口までしっかりとしていて、岡田さんの研究は面白いなと思います。

岡田:そう言っていただけるとありがたいです(笑)。確かにそれは狙っていて、研究室でコンピューターの前に座って突き詰めるのではなく、実際のインパクトのあるデータに対して、なんらかの回答を出していくほうが、世の中的にも出口がわかりやすいですし、そういうことは意識していますね。

岡田氏の研究に興味津々の杉原。感情という抽象的なものを数値化するという試みには、シンパシーを感じているようだ。

杉原:世界的にはどうなんですか?

岡田:コンピューティング分野の国際会議のような場には、アメリカ、ヨーロッパの有名大学の研究者が集まってきますが、そこでは感情を理解するという研究が一番多いように感じます。コンピューターにいろいろな感情を理解させるということが基本ですけど、話している声や内容、表情からコミュニケーションのスキルを推定するということも盛んになってきてはいます。AIによる企業の採用面接みたいなものもそうですね。

杉原:確かにそういう面接は、実際にあるようですね。

岡田:面接で一言、二言答えたことから推測して、その人(のスキル)を判定するということですよね。あらゆる企業は、もうAIを様々活用しているのですが、採用には特定の人しか受からないとか、雇用差別・公平性の問題が出てきたりもしています。自分も就職面接のように実際に多くの人を呼んで、はじめて会った学生同士でディスカッションをしてもらい、そのビデオを人材派遣の会社に送って、人事の採用担当者に点数をつけてもらうという試みをしたことがあります。同じようにAIにも判断してもらったら、熟練の採用担当者と同じように人を選ぶのかどうかを検証しました。その実験は、学会でも良い評価をもらいましたが、アプリケーションとして見た場合、考慮すべき課題が多いと感じます。ですので、そういうスキル判定の技術を使って、スキルを上達させるための訓練に活かすことを、これからはやっていきたいですね。困っている人が喜ぶようなアプリとして機能できればと思っています。

感情を数値化するには、大きな課題がいくつもある

杉原:なるほど、それは興味深いですね。もうひとつお聞きしたいのが、“感情”っていうのは数値化も可視化もしにくいのではないか、ということです。実際に研究は進んでいるんでしょうか?

岡田:そうですね、難しいところも確かにあります。いま主にやっていることは、心理学者たちがこれまでに作った評価指標に則って、実験後に、いまあなたの感情はいくつでしたか? というように被験者に問いかけたり、第三者に被験者の映像を見せて、被験者の感情状態はどうなっていると考えられますか? というようにアンケートを書いてもったりする手法なんです。それをもとに人工知能が答えを導き出すわけですから、そもそものアンケートの答えが間違っていると、人工知能的にはもう破綻してしまう。そこが弱点でもありますね。

杉原:まず、ちゃんとしたデータを取ることが難しいんですね。

岡田:正解のデータがしっかりと作れなければ、人工知能は動けませんから。正直、感情って自分で数値をつけるのは難しいですよね。

杉原:自分でも自分の感情が一番わからないこともありますよね(笑)。

岡田:そういうものなんですよ(笑)。

杉原:以前の心理学者の研究だったり、研究論文なんかを追っかけながら、感情を紐解く要素を分析していくという手法はもちろんわかりますが、IoTを使ったデータ集めというのは、どうなんでしょう。世界的にはビッグデータは集まってきているんですか?

岡田:それも難しいところではあるんです。GAFAは、画像・音声を含めWeb上でたくさんの情報を集めていますが、普段の人同士の会話や、自然に対面コミュニケーションしているときのデータを膨大に集めるのは、まだまだ実際には難しいですよね。例えば感情データを集めるために、誰かが怒っているところをずっとビデオで撮るわけにもいかないですし、これからデータを取るので怒ってください、っていうのもおかしいですしね(笑)。多くの人が、AI speakerと友達のように頻繁に話す未来が来たら変わるかもしれませんが、AIの対話機能レベルから言って、それはもう少し先になりそうです。

杉原:確かにそうですね。

岡田:だから、自然にそういうデータをどうやったら取れるのか? っていうのは自分たちの研究の大きな課題ですね。

杉原:ライフログ的なところですね。とはいえ、無理やりIoT的な要素をくっつけたものを開発して使ってもらっても、結局使わなくなりますしね。

岡田:そうですよね、スマートウォッチとかもその一例だと思います。

杉原: スマートウォッチが出た当初はすぐに買いましたけど、3日後にはこれまで使っていた普通の時計が恋しくなってしまいました(笑)。でもいまは、Apple Watchなどがセンシングに使われていますよね。睡眠だったり、バイタルだったり。そういう使われ方をしているのは有意義だと思います。

岡田:そうですね、そのような使い方は興味深いです。最近私たちもスマートウォッチのようなセンサを使った研究を始めています。とはいえ自分たちの研究は、いまはデータを採取するのにビデオの前に人を座らせなきゃならないので、常に記録するのが難しい状況です。なので、毎日何かを記録すれば、健康がチェックできるとか、そういう多くの人に受け入れやすいアプリなどを通して、効率よくデータを取る方法を模索して行こうと思っています。

後編へつづく

岡田将吾(おかだ・しょうご)
国立大学法人北陸先端科学技術大学院大学(JAIST)准教授。2008年東京工業大学大学院知能システム科学専攻博士課程修了。京都大学特定助教、東京工業大学大学院助教、IDIAP research institute 滞在研究員等を経て、2017年より現職。「社会的信号処理に基づく人間の行動やコミュニケーションの理解」を主要テーマに、AIの新たな領域の研究に取り組む。専門は、マルチモーダルインタラクション、データマイニング、機械学習、パターン認識ほか。

(text: 長谷川茂雄)

(photo: 増元幸司)

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