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ANAが“車いす”や“義足”を開発する納得の理由【2020東京を支える企業】

宮本 さおり

英国・SKYTRAX社が実施する世界の航空会社格付けで、国内唯一の最高ランク「5スター」を5年連続で獲得している全日本空輸株式会社(ANA)。東京2020での“おもてなし力”にも期待がかかる企業です。これまでの経験とノウハウの蓄積は東京2020や、障がいのあるないに関わらず、誰もが利用しやすいユニバーサルサービスの観点でどのように発揮されるのでしょうか。

義足や車いすの開発に参加。航空会社のANAがなぜ?

樹脂製でありながら強度も万全の「morphモルフ」(写真提供 ANA)

世界有数の航空会社となったANA。そのANAが、車いすや義足の開発に積極的に参加しています。航空会社でなぜ車いすの開発なのか、答えはANAのおもてなしの精神にありました。「飛行機に搭乗するには空港内でのさまざまな手続きが必要です。全ての方に快適な旅をお楽しみいただきたいとの思いから、開発に参加することになりました」と話すのはANAで企画部東京2020企画推進チーム リーダーを務める松村宏二郎さん。ANAは岐阜県の車いす製造メーカー、株式会社 松永製作所と共同で日本初となる樹脂製の車いす「morph モルフ」を開発、2016年には国内の空港で実際の使用を開始しています。

飛行機の搭乗には、必ず保安検査が必要です。誰もが通過するセキュリティーゲートですが、実はこの検査、車いす利用者にとっては少しわずらわしいものでした。車いすは金属の塊。そのままゲートを通れば必ず「ピーピー」と探知機が反応してしまうため、通常のルートでは検査が受けられません。別の場所へ移動して個別に身体検査を受ける必要がありました。この状況を緩和しようと開発されたのが樹脂製の車いす「morphモルフ」です。利用者はチェックインカウンターで「morph」に乗り換えるだけで、通常のセキュリティーゲートが使えるようになったのです。

車いすでも利用しやすい高さになったチェックインカウンター(写真提供 ANA)

また、羽田空港国内線のカウンターには車いすの人も利用しやすいSpecial Assistanceカウンターを設置、この取り組みは2016年度「グッドデザイン賞」にも選ばれました。中でも車いす利用者たちを安心させているのがローカウンターの存在。「通常のチェックインカウンターは高さがあるため、カウンター越しに車いすのお客様と視線を合わせてのご対応が難しい状態でした。ローカウンターの導入で、お客さまとの対面のご対応が可能になり、より安心してお手続きを進めていただけるようになりました」。

外からだけでなく内からも利用者の声が集まる仕組み

ユニバーサルな視点に欠かせないのは障がいのある方々からの声。近年、ANAグループ全体で障がい者雇用の取り組みを進めてきました。現在はグループ全39社で680名を超える障がいのある社員が在籍しています。外からの声だけでなく、内側からも声を集める組織づくりを進めてきた同社、その強みを生かして参加したのが、車いすや義足の開発だったのです。

JSR株式会社と共同開発を進める3D義足。製作は株式会社SHCデザイン(写真提供 ANA)

現在開発中の義足も、こうした利用者の声が大きく活かされています。義足も車いす同様に、セキュリティーゲートをそのまま利用することはできません。3D義足が実用化されれば、通常のゲートを使うことができ、例えば健常の同行者がいる場合、離れることなく一緒に同じ経路で進むことができるのです。

また、利用者からは、利便性だけでなくファッションに対する期待もかかります。「好きな靴を履きたい…」こうした思いを常日頃から抱いている義足利用者、その望みを叶える可能性も3D義足は秘めていると言うのです。ANAが進める義足の開発は、障がいの有無にかかわらず、おしゃれを楽しめる、そんな未来を作りだそうとしています。

道具の多いパラ選手、航空会社は万全の態勢でサポート

大量の車いすが並ぶカウンター(写真提供 ANA)

これまでも数々の種目のパラリンピアンの遠征をサポートしてきたANA。パラリンピックの競技では多くの機材が必要です。「選手ごとに特注で頼んだものも多いため、取り扱いには注意が必要になります」(松村さん)。中でも特に量が多くなるのが車いす。競技用2台、通常の生活用1台など、1人が持ち込む数が多いため、積み込みには工夫が必要です。「飛行機に積める量には限りがあるため、お手荷物関係は事前に綿密な打ち合わせをさせていただきます」と松村さん。

前回のパラリンピックについて語る松村さん

搭乗ゲートのギリギリでスタッフが待機

また、搭乗の直前まで選手が快適に過ごせるようにと、普段の環境で飛行機に乗り込めるように気を配ります。「車いすを機内にそのままお持込いただくことはできません。車いすの微妙な使い心地の差がコンディションを左右することもあるパラアスリートの方々は、搭乗直前までご自分の車いすの利用を希望される方がほとんどです。搭乗口に少し多めにスタッフを配備して、車いすを受けとり、速やかにお預かりするようにしています」(松村さん)。細心の注意をはらいながら進めるパラリンピック関連の輸送。人、物を移動するインフラであり、ホスト国となる東京2020では、担うべきことも多くなります。そんなANAからみた東京2020はどんなイベントなのか。「バリアフリーやユニバーサルな考え方など、企業も国も成長する大きなきっかけになると思います」と松村さん。ANAの様々な取り組みは、日本のユニバーサルな対応をけん引していくことでしょう。

あったらいいな

聴覚障がい者の方が使える同時通訳の機械。ANAではすでにホワイトボードの設置や遠隔操作で手話通訳が使えるサービスを始めていますが、周知が行き届かず、知らない人も多いそう。もっと手軽に使ってもらえるものがあればと話します。例えば、音声がすぐに文字として画面に見えるポータブルな機械など。「スタッフとお客様の直接のやりとりがよりスムーズになると思います」(松村さん)。また、視覚障がいのある方への音声ガイダンスの強化や、自閉症の方の体験搭乗なども“できたらいいな”と思う取り組み。「これらを実現するための道具、あったらいいですね」。

(text: 宮本 さおり)

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トップアスリートを社会に活かす。筑波大学セカンドキャリアプロジェクト

浅羽 晃

競技で優れた成績を収めるトップアスリートは、多くの国民が拍手喝采を送るスーパーヒーローだ。しかし、引退のそのときまで、競技一筋に打ち込んできたようなアスリートには、思うようにその後の職が見つからないなど、試練が待っていることも多い。それは社会問題であるとの認識のもと、トップアスリートのセカンドキャリアを支援するプロジェクトを進めてきたのが、筑波大学大学院人間総合科学研究科の菊幸一教授だ。日本のスポーツ界で起きている問題の本質は、どこにあるのだろうか。

トップアスリートといえども
多くは引退と同時に職と支援の基盤を失う

オリンピックでメダルを獲得したり、プロスポーツ界で活躍したりするようなトップアスリートは、広く国民から注目を集めるヒーローである。しかし、どのような種目でも、生涯現役を続けることはほとんど不可能だ。多くは20~40代の間にファーストキャリア(現役生活)を引退し、セカンドキャリアを歩むことになる。このとき、スポーツ社会学の研究テーマとなるような大きな問題が起きると、菊幸一教授は言う。

「アスリート、なかでもファーストキャリアを競技一筋で、2020年の東京オリンピックを目指して打ち込んできたようなトップアスリートは、引退と同時に、職の基盤、あるいは支援の基盤を失ってしまう可能性が大きい。そのために、スポーツパフォーマンスに頼らない次の生活基盤を獲得するにはどうすればよいのか、という問題が生じるのです」

もちろん、セカンドキャリアの問題は日本に限るものではないが、ヨーロッパやアメリカには、程度の違いはあっても、有効性のあるセーフティネットが設けられている。「クラブ型」のサブシステムを取っているヨーロッパでは、高等教育進学へのキャリアパスが中等教育資格修了試験によって狭くなっている――平たく言えば、アスリートとしての能力だけでは進学できないため、国家を代表するトップアスリートの受け皿は、国家が準備する公務員職であることが多い。引退後のセカンドキャリアは、そこから3~5年の猶予期間を設けてカリキュラム化され、保障されるチャンスが与えられるのだ。また、「学校型」のサブシステムをとっているアメリカでは、NCAA(全米大学体育協会)による厳格なトップアスリートに対する奨学金制度の適用と大学全体の卒業率向上方策によって、安定したセカンドキャリアへと進みやすくしている。

「日本をヨーロッパ型にしようとすれば、トップアスリートを生みだす仕組みの構造改革が必要です。なぜなら、日本の競技スポーツは学校の運動部がベースになっているからです。水泳や体操、サッカーといった種目を除くと、競技は学校の運動部が基盤になっています。しかも、学力は問わないというかたちで進学させていますから、ヨーロッパ型にはできません。だからといって、アメリカの真似もできないのです。大学が、ほとんど学力は問わずに卒業させてしまいますから」

かつての日本は、企業がトップアスリートの受け皿になっていた。その仕組みが崩れたことにより、セカンドキャリアの問題は一気に顕在化したのである。

「日本では、スポーツ推薦で、あまり学力を身につけずに大学まで行ってしまうケースが多いのです。1980年代までは、大学を卒業したアスリートを体育会系と呼び、十把一絡げで企業が採用していました。あるいは、企業スポーツというかたちでアスリートを支えていたのです。しかし、1990年代以降、グローバル化のなかで、日本企業が世界と戦わなければいけなくなると、体育会系の能力だけでは通用しなくなりました」

2020年の東京オリンピック以降
問題は深刻化する恐れがある

菊教授が、当時の専攻長である佐伯年詩雄教授らとともに専攻全体の取組みとして「トップアスリートのセカンドキャリア支援教育のためのカリキュラム開発」というタイトルの研究を、文部科学省の特別教育研究経費を用いてスタートさせたのは2005年のことだ。セカンドキャリアの問題が、大多数の国民の目には触れない状態で、大きくなっていた時期である。そして、2010年には、教育プログラムだけではなく、支援システムの構築など、環境づくりもテーマに含めた「トップアスリートのセカンドキャリア開発支援システムの構築に関する研究」と題したプロジェクト研究に着手している。

「国、企業、学校、そして、アスリート自身が考え方を変えないと、日本のセカンドキャリアの問題は解決しません。私自身は、ジュニア期の競技者に対する対策が重要であり、アスリート自身もジュニアの時代からセカンドキャリアを意識してほしいと思いますが、現実的には難しいでしょう。日本では、中学校、高校の段階で全国大会が数多く開催され、そこで成績を出せというプレッシャーがものすごく大きいのです。なおかつ、その成績によって大学まで自動的に進めてしまうという仕組みがある限りは、状況は変わらないと思います」

現時点で、「トップアスリートのセカンドキャリア開発支援システムの構築に関する研究」は、アスリートを救済するまでには至っていない。しかし、インターネットなどを通じて、国民がこの研究を知り、セカンドキャリアの問題が社会問題であると認識されることが重要なのだ。

2005年にスタートした「トップアスリートのセカンドキャリア支援教育のためのカリキュラム開発」では、3年間にわたり報告を行った。

「アメリカも現在でこそ、NCAAの活動などによって、状況は改善されてきましたが、1980年代あたりをピークに、セカンドキャリアの問題は深刻だったのです。たとえば、アフリカ系アメリカ人のアスリートはフットボールや野球などでプロに引っ張られることを狙い、大学に進学するのですが、プロとして活躍できるのは一握りです。卒業せずに中途でプロに入っても、活躍できなければセカンドキャリアが始まります。しかし、一般社会で活躍できるスキルは身につけていませんから、まともな職業につけないのです。この問題は“social death”と呼ばれるようになりました。個人の問題ではなく、これは人種差別の問題であり、貧困の問題も絡んでいるという考え方からきた言葉です」

アメリカの状況は改善されてきたが、日本の状況は、このままでは悪くなる一方と考えられる。

「危惧しているのは、2020年の東京オリンピック以降です。たくさんの若者が、夢を追いかけましょうということで、東京オリンピックを目標にしています。話題性のあるアスリートであれば、メディアも追いかけますから、一躍、時の人になることもあるでしょう。しかし、現実問題として、オリンピックのようなイベントは花火同じで、打ち上がったあとは消えてしまいます。社会は、アスリートの養成に走るだけでなく、何らかの策を講じておく必要があのです」

アスリートのセカンドキャリア問題は
すべての人に関わる普遍的なテーマ

セカンドキャリアの問題を解決、あるいは改善する方策は、まったくないのだろうか。

「人材派遣会社のような商業ベースの組織が、アスリートと企業を結びつける活動をすれば有効かもしれません。スペインで調査をしたときに、印象的なことがありました。人材派遣会社が、あるプロバスケットボールのチームに所属していたメンバーを企業に売り込んだのですが、セールスポイントは選手としての成績ではありませんでした。素晴らしいチームに所属していたメンバーという点をアピールしたのです。そのチームは1位になるような強豪ではありませんでしたが、絶対に反則をしないことで知られていました。小学校や中学校の生徒たちの模範になるような試合をするチームだったのです。人材派遣会社は企業に対して、こういうチームの一員を社員にすれば、企業イメージがよくなるはずだと売り込んだのです。私は、アスリートを成績ではなく、人間として評価する、こういう橋渡しのやり方があるのかと、非常に感心しました」

菊教授は、企業は今後、パラアスリートの支援にも力を入れていくべきだと考えている。

「日本も国を挙げてパラアスリートの養成をしているので、障がい者スポーツの世界でもセカンドキャリアの問題が生じることになるでしょう。多くの企業が2020年の東京パラリンピックに向けてパラアスリートを支援していますが、それが終わったら、企業がパラアスリートをどのように扱うのかは、注視していかなければいけません。企業には、障がい者スポーツが発信するメッセージを受け取り、パラアスリートを末永く支援することで、企業のイメージを高めるという姿勢をとってほしいと思います」

セカンドキャリアの問題は、実は、アスリートだけのものではない。私たち一人ひとりの問題でもあるのだ。

「人間は、死ぬまで、ステージごとに発揮できる力を備えています。多くの人は、自分が最高のレベルにいたときのことをイメージしてしまいがちです。しかし、人間の発育発達のピークは青少年期ですから、年を重ねればそのピークから離れていく一方なのです。比較の対象がひとつのピークしかないと、いつまでたっても幸せにはなれません。何かのピークが過ぎたとしても、次のステージで活躍すればいいのです。このことは、トップアスリートのセカンドキャリアの問題と通じています。いまできることは何なのかを考え、精一杯やることです」

多くの人が、まだ気づいていない、トップアスリートのセカンドキャリアの問題。しかし、それは普遍性のあるものなのだ。そうであるのなら、菊教授のプロジェクト研究は、思いのほか、汎用性のあるものなのではないだろうか。

菊幸一(Koichi Kiku)
1957年、富山県生まれ。教育学博士。九州大学健康科学センター講師、奈良女子大学文学部助教授を経て、現在、筑波大学大学院人間総合科学研究科スポーツ健康システム・マネジメント専攻教授。著書に『近代プロ・スポーツの歴史社会学』(不昧堂出版/1988年)、『「からだ」の社会学』(世界思想社/2008年)、『よくわかるスポーツ文化論』(ミネルヴァ書房/2012年)など。モットーは「探究心を忘れない」こと。

(text: 浅羽 晃)

(photo: 増元幸司)

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