対談 CONVERSATION

車いすバスケのレジェンド、根木慎志が描くパラスポーツの未来 後編

岸 由利子 | Yuriko Kishi

2000年シドニーパラリンピック男子車いすバスケットボール日本代表チームのキャプテンを務めるなど、トップアスリートとして活躍したのち、パラスポーツを主軸とするスポーツの面白さや楽しさを伝播するために、全国各地の小・中・高や、イギリス、ブラジルの学校など、計2,600校にも及ぶ学校を訪れ、のべ80万人の子どもたちに向けて、講演活動や体験会を行ってきた根木慎志氏。現在、プロジェクトディレクターとして携わる日本財団パラリンピックサポートセンター推進戦略部「あすチャレ!」での活動をはじめ、四半世紀以上に渡り、力を注いできたパラスポーツの普及活動の先にどんな未来を見つめているのか。根木氏と出会ったその日から、“あ・うんの呼吸”で意気投合し、親交を深めてきたHERO X編集長の杉原行里(あんり)が話を伺った。

子どもたちの「カッコいい!」が、僕の原動力

根木慎志氏(以下、根木):今でこそ、離島にまで出掛けたりして、日本全国の学校で講演会を開かせていただいていますが、正直に言うと、23歳の時の初めての講演は、なかなか、気が進まなかったんです。「障がい者として生きる大変さや困難さを伝えて欲しい」と母校中学の恩師に依頼されたけど、それを生徒たちに話したいとは思えず、一度はお断りしました。でも、恩師の熱意に負けて、やったんです。緊張した空気の中、生徒たちからは、「根木さん、かわいそう」、「大変な根木さんに対して、僕らは何ができるのかな」という、どちらかと言うと、マイナスな反応があったんですね。

ところが、その後の講演会で、僕のちょっとした思いつきから、車いすバスケを披露してみたら、生徒たちからは、今までと180度違う反応が返ってきたんです。「根木さん、カッコいい!」、「根木さん、すげぇ、カッコええ~!」って言ってくれて。上手い先輩のプレーを見て、「カッコええなぁ」って、僕も憧れてたけど、その感覚と自分自身が結びついてなかったから、びっくりしました。

杉原行里(以下、杉原):“カッコいい”の前に、“根木さん”って、本当に言っていましたか?(笑)

根木:ひょっとしたら、車いすがカッコいいって、言いよったんかもしれへんけど、褒められたら素直に認める方なので(笑)。まだ車いすバスケをやり始めた頃やったし、そんなにスピードは速くなかったと思う。とはいえ、一般の車いすよりは、競技用の方が明らかにスピードは出るから、カッコよく見えたんかもしれへんよね。3回打って、やっと1回入るくらいの腕前やったのに、人前で見せようとする僕もどうかと思うけど、シュートも披露したんですね。なかなか入らんくて、手に汗握りつつ、10本近く打ったかな。今も忘れられへんけど、入った瞬間、生徒たちからは「すげぇー!」、「カッコいいー!」と再び、大歓声が上がりました。

車いすバスケを通して、人間の可能性やこのスポーツの面白さを知ったことを僕は実演して見せた。ただそれだけのことで、生徒たちの見方が、ガラリと音を立てるように変わった。その時に、子どもたちからもらった力によって、自尊心や自分を肯定する気持ちが、ゼロというよりマイナスやったところから、ポーンと引き上がったんです。その力は、今も僕の原動力になってます。

杉原:その振れ幅がすごいですよね。僕は経験したことがないから分からないけど、おそらく常に歓声を浴びている人には感じられない、ダイナミックな感じがします。今日の体験会でも、例のフレーズを言われましたか?(笑)

根木:「根木さんは?」と煽ると、子どもたちもノッてくれて、「カッコいい~!」と返してくれるんですよね。ちょっと、言わせてしまってるところもあるけど(笑)、今日もたくさんの「カッコいい」を浴びさせてもらってから、ここにやって来ました。

根木:高校生に向けた講演会では、今後の進路について悩んでいたり、これからの人生にとって大事な時期を過ごしている彼らに、僕なりに経験してきたターニングポイントでのエピソードなども織り交ぜて話します。「こうしなさい、ああしなさい」と教えるのではなく、純粋に、自分の感じてきたことを伝えるだけやけど、10年、20年経った今も、「就職しました!」、「結婚するので、披露宴に来てくれませんか?」と、嬉しい報告や誘いの連絡を受けたりして、関係が続いているんですよ。

杉原:素晴らしいですね! 根木さんが、車いすバスケの魅力を伝えたことがひとつのきっかけになって、生徒たちとの間で、人間としての繋がりが生まれているんですから。

根木:僕が影響を受けたことを伝えたことに、影響を受けてくれるなんて、これほど、やりがいを感じることはないです。

自分らしく輝く。そして、みんなで輝く。

杉原:最後に、“根木ファン”をはじめ、HERO Xをご覧くださっている皆さんにメッセージをお願いします。

根木: 誰だって、生きていれば、嬉しい日もあれば、悲しい日もあるし、エネルギーに満ちあふれてる日もあれば、めっちゃ、しんどいなぁと思う日もあるし、自分の思うようにいかない時って、多々ありますよね? でも、この世界に生きている人は皆、それぞれに違う“輝き”を持っていて、ひとりとして、同じ輝きを持つ人はいないし、輝き方だって、皆違います。みんな、輝いているんです。その違いを互いに認め合い、助け合えることができるようになれば、一人ひとりがもっと光り輝けるようになるし、もっと素敵な社会の実現に繋がるんじゃないかなと思います。

講演会で出会った生徒たちが、「今日の根木さん、眩しかった!」とかSNSで色々とコメントをくれたりするんですよ。また自画自賛してるけど(笑)、僕は僕で、自分らしく輝いていけたらいいなと思うし、できれば、みんなで輝きたい。だからこそ、これからも、親しい人と友だちになることの大切さを子どもたちや参加者の方たちに伝えて、「友だちづくり」の輪をもっと広げていきたいです。

電気でピカピカに光る服を着て、「ね、ほんまに輝いてるでしょ?」って登場したら、面白いなと思って、密かに企んでるんやけど。今、話してる時点で、秘密になってないよね。

杉原:面白いですね。でも、眩しすぎて、目を閉じたまま、講演している根木さんの姿が浮かぶのは僕だけでしょうか?(笑)。どうか、火傷には気をつけてください!

前編はこちら
中編はこちら

根木慎志(Shinji Negi)
1964年9月28日、岡山県生まれ。シドニーパラリンピック車いすバスケットボール元日本代表チームキャプテン。現在は、アスリートネットワーク副理事長、日本パラリンピック委員会運営委員、日本パラリンピアンズ協会副理事長、Adapted Sports.com 代表を務める。2015年5月、2020年東京パラリンピック大会の成功とパラスポーツの振興を目的として設立された日本財団パラリンピックサポートセンターで、推進戦略部「あすチャレ!」プロジェクトディレクターに就任。小・中・高等学校などに向けて講演活動を行うなど、現役時代から四半世紀にわたり、パラスポーツの普及や理解促進に取り組んでいる。

(text: 岸 由利子 | Yuriko Kishi)

(photo: 壬生マリコ)

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対談 CONVERSATION

センシング技術と即自的インターフェースが導く未来「ORPHE TRACK」開発者・菊川裕也が見る夢 後編

吉田直子

履くだけで自分のフォームや歩き方が分析できるウェアラブルシューズ「ORPHE TRACK」。前編では、楽器のもつ「即自的フィードバック」をスマートウェア開発につなげるという、菊川氏のユニークな発想を伺った。後編では、「ORPHE TRACK」で蓄積されたノウハウやデータを、今後どう生かしていきたいかを聞く。リハビリや医療の分野にもかかわりが深い編集長・杉原が、技術革新が可能にする医療・福祉の未来を、菊川氏と共に語る。

「走る」「歩く」のセンシングが
医療につながる

杉原:今現在は、首都大学東京に入った時からの考え方やビジョンを受け継ぎつつ、企業ブランディングもきちんとやりつつ、次のステージに行っている感じですか?

菊川:まさにそうじゃないでしょうか。最初の2、3年は、まず「ORPHE ONE」というものを作りながら、会社のあり方を試行錯誤していて、コラボもたくさんやっていました。あとは同じセンサーをハイヒールにとりつけて、歩行の指導をやってもらったりしています。これは、(RDSの)陸上トラック競技用の車イスの取り組みに近いですね。

杉原:そうですね。僕ら、いま手を組んでいるのがリハビリのチームなんです。「歩く」という行為は、例えばそれを見ることで特定の病状などもわかりやすくなるので、医療にもつながりますよね。でも、それには、その人の歩き方を常に理解するセンシングも必要です。それは靴だよね、みたいな話はexiii design 代表で、RDSのプロダクトデザイナーの小西哲哉(http://hero-x.jp/article/8714/)ともしていました。

菊川:そういうことに取り組まれていたらわかると思うのですが、例えば認知症のかたが、歩幅が狭くなったり、歩行速度が遅くなったり、足が上がりにくくなったりすることが、骨格的な問題で起こっているのか、認知的な問題で起こっているのかを切り離すのは結構複雑ですよね。転倒した時のデータがあっても、「この人は歩行速度がいくつだから、認知症です」みたいなジャッジはおそらく難しくて、その人の日常生活のデータなど、色々なデータを組み合わせた中で、予測ができるようになるのかなと思うんです。

杉原:まさにその通りだと思います。ブロックチェーンではないけれど、様々なIoTが入ってデータバンキングしながら、病気などを予測する動きは、たぶん次のビジネスとして来るのではないかと思いますね。

専用センサーをソールに入れるだけで、ランのデータをスマートフォンに飛ばせる。着地の瞬間はサイドのLEDが光って通知してくれる

転倒のタイミングを
靴で知らせることはできる?

杉原:医療という面では、転倒を防止すれば、日本の医療費の多くは削減できるといわれているそうです。

菊川:医療費は40兆円とかですよね。

杉原:要は、高齢者が自分の歩き方が変わっていることに気づかない。それで、転倒して骨折すると動かなくなるので、認知症が始まっていく。だけど、靴の中にセンシングがあって、家族に「そろそろ歩行をトレーニングする必要がありますよ」とウォーニングするようなものができると、かなり日本の、というか、世界の医療費も下がるだろうというのを、僕は「ORPHE TRACK」を見ながら考えているんです。

菊川:うちの場合はセンシングできるというのと、その時、常に身に着けているというのがセットになっているのが強みですね。高齢者でも靴は履くはずなので。振動モーターとかも入っているので、危ないという時に予知できるなら、ちょっと前に教えてあげるとか。例えば高齢者は爪先があがらなくなったら転倒しやすくなっているというのはすでに知られていますが、そこで「転倒しやすいから外には出ないで」と言ったら、結局寝たきりになるので、逆効果ですよね。だから、たぶん、本当に直前に教えてあげることができなかったら、あまり変えられないと思っています。

杉原:倫理的な問題を一回置いておいて、「ちょっと足が上がってないぞ」「少しは上げる準備をしておいてください」というアドバイス、コーチングがあると面白いですよね。

菊川:もちろん、あるといいと思いますね。ただ、僕が勝手に思っていることは、ランナーでも歩く人でも、「こうしてください」と言われても、なかなか出来ない。そこを、音や振動や光で、自然とそうなるようにしてあげたい。だから、もしこけやすい歩き方をしている人だったら、アプリケーションを通じて楽しんでいるうちに、こけづらくなるというのをやりたいんです。変化を人間側に求めない。テクノロジー側が人間を変えていくようにすればいいと思っています。

杉原:それ、すごくよくわかります。僕らは、もともと車イスをやっている業界ではないので、モビリティをやっている時に「この時代なのに、どうして人間がモノに合わせるのか?」と思う時があるんです。

菊川:それは、たぶん日本人が苦手なところだと思います。ガマンをして、モノに合わせてしまう。うちのアンバサダーをしてくれているランナーが、アプリを使って着地とかを見ながら2カ月くらい走ったら、相当なミットフットの技術を習得したんですね。そもそもフォームを変えられたこと自体がすごいですし、変わったということを簡単に証明できるのが面白い。今まではなかなか伝えられなかったことが伝えられるから、自分にとっても他人にとってもわかりやすくなる。

杉原:こんなに簡単にレジリエンスが出ちゃうのが、すごいですよね。

菊川:そうです。100万人の高齢者が履いていてくれて、転倒のことを研究すれば、「こけにくさ」というのも、社会的にすぐ実験できたり、証明できたりするのではないかと思っています。

予防医療の経済効果を
可視化していくことの意義

杉原:今はアシックスと組んでいるんですか?

菊川:ええ。現在お見せしている「ORPHE TRACK」」は自社オリジナルで作ったランニングシューズですが、これとは別にアシックスのシュ-ズの中にうちのセンサーが入るものを開発中です。

杉原:今後、企業として、「歩く」「履く」「動く」以外にセンシングの技術でやりたいことはありますか?

菊川:構靴にはこだわっていますね。僕がやりたいのは、本当にただ「靴を履く」という行為自体に意味付けをすることです。「歩く」「走る」という根源的なところが楽しくなることで人を変えたいので、ウェアラブルでプラスワンをしたくないんです。それが出来るのってたぶん、靴を含めて、本当に限られたアイテムしかないです。もともとは靴自体が、裸足だと歩けなかった領域を歩けるようにしたり、疲れにくくしたりするためのものです。最近も靴によってタイムが短縮されたりしていて、 そもそも“最小の乗り物で人間を拡張する“ということが、靴に含まれている。その面白さに、全然飽きないんです。

杉原:未来の靴はどうなっていくと思いますか?

菊川:ひとつ思っているのは、さっきも言ったように、今は靴に対して人間が合わせている状態に近いですよね。それが、靴と歩き方の因果関係が全部データで結べるようになったら、靴やインソー     ルを正しく選んでいる限りは、歩きに関する悩みはなくなっていく。そういう方向性にはいくだろうなとは思っています。

杉原:今まではそこを検証しようがなかったから、大量生産されていた。それが今、パーソナライズできるようになっている。僕の中の見解としては、ユニバーサルデザインの定義が変わっていき、個人所有を目的とした物作りやプロダクトが主流になると感じています。「HERO X」などを通じて色々な人とお会いしていると、みなさん、ほぼ同じことを言うんです。みんなそこに行きつくとしたら、その未来ってめちゃくちゃ楽しそうだなと。僕も自分に合った靴が欲しいですね。ただ、「自分に合った」というのが一体なんなのかというのが、次の議論になっていくと思います。

菊川:そこの証明をするためのデータだと思います。ただ、数種類のシューズの中に、僕らのセンサーを入れ替えられるようにした時、同じ人でも靴によってタイムが変わってくれば、やりたい走りに合わせて靴を選べます。しかも、そのデータは靴メーカーに返ってくるので、メーカー側も確実に効果を与える製品を作っていくようになる。本当に近い未来に、そういうループが回っていくのではないかという感覚はありますね。

杉原:今まで、有名なランナーが履いていることを広告して購買意欲を促していたものが、インソールを含めて、これが正しいんだよとコーチングしてあげられる。そのワンパッケージは、確かに新しいけれど、本来あるべきだったものがやっと追いついてきた感覚に近いですね。

菊川:そうですね。あとは、杉原さんも同じだと思うのですが、やりたいなと思っているのは、予防医療の経済効果を今の時点で評価できるようにすることです。というのは、医療費はみんなで負担しているけれど、予防医療のために買うものは100%自己負担ですよね。その状態のままだと、予防医療の段階で防ぐことが難しいのではないかと思うんです。だから、データをみんなが活用できる形にしておけば、それこそ「転倒をしやすくなっていますよ」というのを止めにかかる何かができるんじゃないかと。

杉原:予防医療を推進するには、データをバンキングしていって、自分にメリットがあると明確に見せていくことが大事ですよね。今回、菊川さんのプラットフォームを見ていて、めちゃくちゃ面白いと思ったのは、そこもあります。僕らもオリパラを契機に、次の世代にどう新しい絵をもっていけるかは、すごく考えていますね。

前編はこちら

菊川裕也(きくかわ・ゆうや)
1985年、鳥取県出身。一橋大学 商学部 経営学科を卒業後、首都大学東京大学院芸術工学研究科に進学。音楽演奏用のインターフェース研究・開発を行う。視覚的インターフェース「PocoPoco」が、アジアデジタルアート大賞優秀賞を受賞。その後、スマートシューズ「ORPHE ONE」を開発し、2014年10月にno new folk studioを設立。クラウドファンディングでの資金調達に成功し、「ORPHE ONE」を量産化する。2019年7月にランナー向けシューズ「ORPHE TRACK」を発売。

(text: 吉田直子)

(photo: 壬生マリコ)

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