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東京2020で世界を変えろ!53人の高校生が挑む、価値観の変革

宮本さおり

2月、外の寒さとは裏腹に、教室の窓は彼らの熱気で曇っていた。東京都北区の私立女子聖学院と聖学院の学生有志53人が東京パラリンピックを盛り上げようと応援動画の制作をはじめている。「世界を変えるデザイン展」実行委員長も務める株式会社Granma代表の本村拓人氏に講師を依頼、「東京パラリンピックプロジェクト」として2つの学内で動き出した。

パラがオリンピックを凌駕する世界。
きっかけは女子聖学院教諭が作った一枚の募集チラシだった。

「なぜパラリンピックなのか。想像してみてください。もし、障がいを抱えた人が取り組むスポーツ大会パラリンピックが、オリンピックを凌駕するほどの迫力と盛り上がりを見せたとき、社会はどう変化しているでしょう?「みんな同じ」の窮屈でのっぺらぼうな社会ではなく、互いの「違い」を活かし合い、新たな価値を創造している社会、面白いと思えませんか?」この呼びかけに集まったのが女子27人、男子26人の高校生(男子は一部中学生含む)たち。自主的に集まってきた彼らの熱量は大人をまさに“凌駕”するものとなっている。

「今までにパラ競技を見たことがある人」との問いに手を挙げる生徒たち

本村氏も関わる東京都が実施する「TEAM BEYOND」の企画に参加していたこの教諭が生徒たちにも経験させてみたいと同プロジェクトを発案、上記のチラシを作成したのだ。昨年秋から準備会をスタート、各パラスポーツの協会にコンタクトを取ったり、両校の父母会の知人などツテを頼り取材先を掘り起こした。今年に入り水泳、アーチェリー、柔道、車いすバスケット、陸上といったパラアスリートにインタビューを実施、その時に受けた印象や撮影した写真を基に応援動画を制作するという。普段は女子校、男子校として学校生活を送る両校だが、同プロジェクトは男女合同で取り組んでいる。パラリンピック選手への取材は男女合わせて5、6人が1チームとなり行った。この日はインタビューで得た情報を基に、動画のプロトタイプ制作に取り組んだ。

時間を投資することからはじまるボランティア

「世界を変えるデザイン展」実行委員長の本村拓人氏

本村氏は冒頭で彼らにこんな言葉をなげかけた。

「ピョンチャンが開幕したけれど、現地ではボランティアが集まらないという話も聞いています。オリンピックでもそうですから、パラはもっとかもしれない。2020にはこのオリンピックが日本にやってきます。東京に住んでいる僕らには責任がある。ボランティアは思いがなければできない。大会を“すばらしい”と思った人しかできない。パラは特に人気がないので、そんな力を必要としている。みんなの熱気を大人たちに届けて、世間の目をオリンピックだけでなく、パラリンピックに向けさせて行こう!」。

授業後の時間を費やして頑張る姿に本村氏自身、動かされた大人のひとりだ。「彼らはパラのために時間を投資してくれている。事前準備もしっかりやってくるし、創造力も豊か。レベルがスゴイ」できあがった動画を「世界を変えるデザイン展」で発表する他、東京都にかけ合い、正式なPR動画として使えるように働きかけていくと言う。

インタビューで見聞きて気づいたこと、感じたことについて話し合いを持つ生徒ら

本村氏からの言葉をうけた生徒たちはさっそくグループに分かれて討議を重ねた。2時間にわたるディスカッション、だれも休憩をとるものはいない。インタビューで印象に残った言葉やはじめて知ったことなどノートびっしりと書きとめたものを次々とホワイトボードにまとめていく。

まさかのCMからアイディアは湧きおこる

「楽しそうだった」「勝つことにこだわっていない」「健常者も一緒にできる競技があることを知った」ホワイトボードにはさまざまな言葉が並んでいく。しかし、なかなか動画にするイメージが湧かない。するとすかさず本村氏からアドバイスが入る。まずは真似ることからはじめてみてはと言うのだ。「自分たちが印象に残るCMを思い出してみて、なぜそのCMが印象に残ったのか、要素を抜き出せ」と指示が飛ぶ。

「アップルだってはじめは真似からはじまった」とヒントを与える本村氏

「ヒノの二トン」「犬がライオンにされちゃうアマゾンのCM」「タラタタッタタのハセコーのCMが面白い」生徒たちのツボはそれぞれ違うようだが、頭に残るCMの要素は共通する部分もある。ギャップ、リズミカル、静と動の組み合わせ、繰り返し、似ているワードを上手く使う、意味深なオチ…

動画のイメージを膨らませる

抜き出した要素を基に自分たちのオリパラ応援動画のイメージを膨らませていくのだ。

「健常者と一緒にできるスポーツがあるなら、健常者がやっていると思ったらアレ、パラ選手なの!?みたいなのはどうだろう」「コミカルな要素もほしいよね」「ツイッターとかLINEとか、俺らには身近なものだから、そういうのの画面にまず“ナニこれ”みたいな文字が来て、動画が載ってて、見てる高校生が“スゲー”っていうのとかは?」などなど、アイディアは次々と湧き出ていた。

ボーダーレス社会のバトンを若者に

プロジェクトを発案した女子聖学院 加納由美子教諭(中央)と一緒にプロジェクトに参加することにした聖学院 児浦良裕教諭(左)

このプロジェクトを考案した女子聖学院の加納由美子教諭は「普通」を壊す経験から学ぶことは多くあると話す。「バリアを壊すとか、価値観を壊すことはどこにいっても役立つ力になると思います。いろんな角度から物事をみることができるようになる。生徒たちはこれから色々な道に進むわけですが、こうした視点のある人は社会に出た時により多くの人を幸せにできると思うし、そういう社会になるように働きかけていくと思います」。ボーダーレスな社会に向けての教育が叫ばれる昨今、ボーダーレスとはいったいなんなのか?同プロジェクトはそんな根本的な問いに向かい合う機会ともなっている。東京パラリンピックの成功は、誰もが暮らしやすい国になるための偉大な一歩、大人になる彼らにバリアフリー社会のバトンをわたす大きな役割を担っているとも言えるだろう。

(text: 宮本さおり)

(photo: 増元幸司)

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前人未到の2連覇から4年。「豪速のナポレオン」が胸に秘めた覚悟と野望【狩野亮:2018年冬季パラリンピック注目選手】前編

岸 由利子 | Yuriko Kishi

冬季パラリンピックの花形競技、チェアスキー。中でも「高速系」と呼ばれる2種目で圧倒的な強さを誇り、世界のトップに君臨し続ける男がいる。スーパー大回転で金メダル、ダウンヒル(滑降)で銅メダルを獲得したバンクーバーパラリンピックに続き、ソチパラリンピックでは、両種目で金メダルを獲得するという大快挙を見せた狩野亮選手だ。前人未到の2大会連続制覇を成し遂げてから4年が経とうとしている今、ピョンチャンでの三連覇達成に世界中の期待がかかる。金メダリストとしての覚悟とは?大会に向けたマシンのセッティングから今後の展望に至るまで、狩野選手に話を聞いた。

一意専心。
本番に向けて1ミリずつ上げていくボルテージ

26日間に渡る南米チリ合宿から帰国した取材当日にも関わらず、疲れた表情一つなく、颯爽たる風姿で現れた狩野選手。合宿での充実ぶりを物語るかのように、その目は生き生きと輝きを放っている。

「ある程度、まとまってきたなという手応えは感じています。ピョンチャンのコースも知っていますし、自分なりのベストなランをするための準備はできてきたかなと。ざらめ雪みたいな雪質のソチ大会ほどではないけれど、ピョンチャンも、日本寄りの雪質です。気候は東北地方よりやや寒い感じで、湿度も同じくらい。うまくハマるといいなと思います」

その一方、今の自分をシビアに客観視するもう一人の狩野選手がいる。ソチ大会では、他の追随を許さない強さを見せつけ、高速系種目のスーパー大回転とダウンヒル(滑降)で史上初の2冠を制覇したが、「あの時の自分では、ピョンチャンは勝てない」と話す。

「ソチに限らず、僕はパラ大会が終わった初年度には、4年間かけて作り上げたものを一度、自分の中でガラッと崩しにかかるんです。そこから、4年後に向けて、またいいもの作っていこうと、フレームやサスペンションなどを何度もテストしていくわけですが、どうやら僕は、その最中には結果が出ないタイプの人間らしく、本当に全てが整った時にしか、いい滑りができない。年間を通しても、半分ほどしかゴールできない選手です。ちょうど4年目の今のタイミングでは、前大会で金メダルを獲ったからどうという感覚ではなく、1レースにバシッと合わせていくことだけに集中しています。

予想していたことですが、ここ2~3年は、大輝さん(森井大輝選手)、猛史くん(鈴木猛史選手)や僕の滑りを見てきた若手選手が、僕たちの知らないマシンやサスペンションの使い方をし始めています。次の大会がどうなるか、こればっかりは分からない。覚悟はしているつもりです」

アスリートとエンジニアの
感性を併せ持つヒーロー

チェアスキーと言えば、昨今、F1顔負けのオリジナルマシンの開発に注目が集まっている。日本のトップアスリートたちは、マシンにとって不可欠なパーツの開発を手掛ける各メーカーとタッグを組み、全てをオーダーメイドで誂える。揺るぎないこだわりを持つアスリートにとって最高の一台に仕上げるために、試乗と改良を何度も繰り返し、極限のレベルまで完成度を高めていくのだ。最新技術をふんだんに投入したマシンも開発される中、狩野選手のマシンはピョンチャンに向けてどのように進化したのだろうか。

「出来る範疇で、今のマシンをどこまで高めていけるかということにフォーカスしています。フロントカウルの形は変えました。ジャンプした瞬間、ちょっと前から落ちるなど、滑っていて少し違和感があったので、どうすればそれをなくせるかという発想で作りました。あとはマシンの重量バランスですね。後部に錘(おもり)を積んでみるなど色々試して、新しいカウルとマシンの最適な重量バランスを見つけて、それを新たに組み込んでもらう予定です」

狩野選手は、自分の滑りを客観的に分析するエンジニア的視点を持ちながら、自分のフィーリングを何より大事にする人。「こんな滑りをしたいから、ここをこんな風に変えたい」と各メーカーのエキスパートに伝え、改良を重ねていくという、“感覚主体”のスタイルで開発にあたっている。

後編へつづく

狩野亮(Akira Kano)
1986年生まれ。北海道網走市出身。小学3年の時、事故により脊髄を損傷。中学1年より本格的にチェアスキーに取り組み、2006年トリノ大会からパラリンピックに3大会連続で出場。2010年バンクーバー大会ではスーパー大回転で金メダル、滑降で銅メダルを獲得。2014年ソチ大会ではスーパー大回転、滑降の2種目で金メダルを獲得。同年、春の叙勲で紫綬褒章受章。株式会社マルハン所属。

[TOP動画 引用元]The IPC(The Internatinal Paralympic Committee)

(text: 岸 由利子 | Yuriko Kishi)

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