対談 CONVERSATION

DXにもいち早く着目。業界をリードし続けるアパホテルの“危機に強い”戦略

HERO X 編集部

旅行・ホテル業界に大きな打撃をもたらしたコロナウイルスの世界的な流行。しかし、その中でも、着実に黒字経営を続けてきたのがアパグループだ。昨年は真っ先にホテルへのコロナ軽症者の受け入れを表明するなど、社会貢献にも前向きに取り組んでいる。日本でも有数の規模を誇るシティホテルチェーン、アパホテル社長・元谷芙美子氏に、コロナ禍でも強かった同社の秘密や経営哲学などを聞いた。

50年間黒字経営を続ける秘訣は、
先手必勝の哲学

杉原:今回はコロナ禍でのアパホテルさんの行動を含め、色々とお話を伺えればと思います。まずお伺いしたいのは、一度も赤字になったことがないということ。すごいですね。

元谷:私が代表(夫で、グループ代表の元谷外志雄氏)と結婚して51年。結婚した翌年に住宅の会社として創業しました。以来たった一度の赤字も出さず、1人のリストラもせずに、納税した金額は一千数百億円を超えています。今、コロナ禍においても黒字経営のホテルは我が社だけではないでしょうか。結論をいうと、大変な中、前期の決算が10億円といえども黒字になりました。コロナ以前の5期は、経常利益が合計1,667億円、すなわち毎年334億円を計上してきました。毎日経常利益だけで1億円近くありましたから、それが原資となって今、様々な施策が打てています。

コロナ前に比べると経常利益は97%減でしたが、かろうじて創業来黒字を続けることができている。これは誇りに思っています。

杉原:本当に素晴らしい。代表は「巧遅は拙速に如かず」という言葉がお好きだということですが、何事も先手を打ちながら、やっていらっしゃる。例えば「ダイナミックプライシング」というものは最近やっと聞くようになりましたが、御社の場合は2015年くらいから始められていますね。

元谷:なんでも早いですよ。先手必勝で、どこにもないオリジナルな、独自の企画をなしうるための武器をまず持つということ。ホテルも会員制にして組織を作り、キャッシュバックシステムという方法を同業他社に先駆けて確立しました。他社さんでは10泊泊まると1泊無料になるようなシステムはあったと思いますが、私は「それでは緩いから、5万円の消費をしていただいたら、5000円をキャッシュバックして早くお金でお返したい」と。当ホテルを選んでいただいた個人の方にご褒美としてキャッシュバックしたいと、私はずっと思っていました。今、約2000万人の方が会員となってくださいました。

杉原:僕もその1人です。

元谷:ありがとうございます(笑)。

いち早く軽症者受け入れ施設に。
コロナ禍での迅速な対応

杉原:御社の記事を色々と読ませていただいて、リーマンショックや今回のコロナ禍など、ピンチの状態をチャンスとしてとらえている。ここが企業姿勢として貫かれているのではないかと思ったのですが、いかがでしょうか。

元谷:どの業界も既存優位ですよね。だから、私たちのような一介の小さな地方の会社にチャンスがもらえるのは、ピンチになった時です。今までもオイルショックやバブル経済の崩壊など、10年ごとに危機がありました。実は以前からSARSやMARSなどの動きから、パンデミックは必ず来ると代表は予測していて、もう4、5年前から私たちの役員会やホテル会議では話題に上っていたんです。ですから、不意打ちをくらって「ああ、びっくりした」ではなかったですね。政権トップの方から昨年の4月2日に軽症者の受け入れの打診があった時、いただいた電話の中で「わかりました」と即断即決で言えたのも、やはり心の中の準備や会社の準備が出来ていて、戦える体制にあったからだと言っても過言ではないと思います。

杉原:即断即決されたところもそうですが、僕は今回の件を見て、ホテルという言葉がこれからなくなっていく可能性があるなと感じました。軽症者を受け入れたことで、もはや病院としての機能を持ちましたよね。僕らが考えるホテルというものを凌駕していくのではないかと思っているのですが。

元谷:そこまで出来るかはわからないけれど(笑)。寡占化というものに向けてリーディングカンパニーとしてトップになるためには、これからが大事です。やはり20%くらいのシェアを占めないといけないと思います。今、我が社は10%未満ですので…。

杉原:西新宿5丁目にアパホテルが建った時、その土地のフラグシップになりましたよね。今となっては、待ち合わせの時に「アパの左側」「アパの右側」と表現する存在になっています。歌舞伎町でアパホテルを作ったことで、地域の治安がすごくよくなったと思います。

元谷:もちろん、そうですね。厳しいエリアだったし、やはりセキュリティ面も大変ですから、誰も手をつけていませんでした。でも、うちががんばって建てたことによって、治安は確実に良くなったと思います。

杉原:そうですね、交番より効果があったと思います。

元谷:新宿エリアで一度に9つ建てたのですが、新宿区の吉住区長に褒められましたし、警察からも表彰を受けました。ホテルというのはあなたが言ったように治安、地域の皆様に安心して住んでいただけるというのが1つの大事な要素です。私たち地元は金沢ですから、新宿には東京に来た時の思い入れもありました。当時は安く買えましたし、新宿駅の乗降者数は世界一の一等地ですから、いいチャンスをいただけたので進出したんですね。

ホテルが病院や健康施設の意味をもつ?

杉原:今後は、ホテルの中にも最先端のテクノロジーが入っていくのではないかと思います。例えば付加価値として健康診断ができてしまうとか、ベッドの中にセンサーが入っていて睡眠を解析してくれて、また1か月後に来て経過観察ができるとか、そんなホテルが今後出てくるんじゃないかと。

元谷:研究されていると思いますよ。

杉原:僕たちは歩行の研究もしていて、疾患によって歩き方に特徴があることが分かってきました。例えばですけれど、アパホテルに泊まられる方ってポイントを貯めたいから、絶対にアパホテルに泊まりますよね? いずれホテルのカメラに歩行を映して10年前の歩き方と何が変わっているか? と分析していければ、新しい健康診断の指標になる。僕らがこれから構築してくデータバンクと連携したら面白そうですよね。

元谷:すごい!

杉原:近い将来、僕たちのデータを使えば、歩行についても「そろそろ歩き方をトレーニングしましょう」とか提案できるようになります。ホテルとの連携により、社会課題を解決するホテルができるのではないかと考えたりしています。

元谷:そうですね。それは夢が広がりますね。

杉原:ただ、日本は2025年で30.3%が65歳以上になっていく。すると、御社が今まで取られてきた戦略で増えてきた真ん中の層の中に、結構な数のご老人が増えてくるわけじゃないですか。

元谷:だから私たちが企画で打っているようなIT化、DX(デジタル技術による変革)でお客様を増やしていく。これからはインターネットの時代が来るとわかっていたので、いち早く先行投資してネット予約に注力をしたり、小さい話だとウォシュレットや自動チェックイン機は業界で最初に取り入れたんです。それから今、実は世界一のシステムを導入しています。ご存じですか? アパのアプリを開発して、アパ直会員となれば1秒チェックインで、アパ―って1秒で入れる。これは世界でうちだけで、オムロンを始めとする数社と開発しています。

スムーズな清算のため導入した機械清算システムは忙しいビジネスマンの足を止めることなくチェックアウトできると好評だ。

杉原:すごい。今後は1秒2秒でピッと画像認識されるのも、どんどん当たり前になりますね。最後に、HERO Xは起業をめざす方に多く見てもらっているので、そういった方にメッセージをお願いします。

元谷:相当の気概がないと創業をしても成功できないと、私は思います。金融と税務の勉強もきちんとして、まず最初の10年間はきちんと収益を上げて納税義務を果たすという気概をもって国家に貢献していただけるような企業しか残れないですよね。例えば「今期5千万儲かったし、その半分以上は新規投資に充てる」とか、儲かったお金の全てを新規投資に充てるなどとすべきです。口座を開いて銀行とのお取引じゃなくて、前向きに銀行の期待を超えていくような経営者でないと…。一年後に返済すると約束していても、1日でも早くお返しして、銀行さんの信用を得て、経営者として人間的に信頼していただけるような人になっていかないとできない。自分の器以上に会社は大きくならないので、人間的な鍛錬、哲学、従業員・家族・社会に対する広いヒューマンホスピタリティがないといけない。ただ目先にカッコいいからという甘い気持ちだったら、やめたほうがいいですよね。

杉原:その通りだなと思いながらお話を聞いていました。僕もよく若い経営者の子たちの話を聞いて、どうしてまず銀行に行って自分のビジネスがいくらかを判断してもらって借り入れをしないのだろうと思います。

元谷:エンジェルみたいなのに甘んじてその当時のIT長者のような人に大株主になってもらうケースも多いですが、信用というのはそういうものではなくて、本当に本業で王道を歩いて進まなければ大成しない。もちろん銀行の方々にファンになっていただかなければいけないし。

杉原:僕は『ガイアの夜明け』を見て、とても勉強になりました。

元谷:それでいいんです。みんな代表のファンです。私たちやっぱり創業者で既製品じゃないから、それがよかったのかな。ふたりと私と同じ人間はいないのと同じで、みなさんもそう。人生1回きりですし、200年生きた人はいないのだから、がんばりましょう。

元谷芙美子 (もとや・ふみこ)
福井県福井市生まれ。福井県立藤島高校卒業後、福井信用金庫に入社。22歳で結婚し、翌年の1971年に、夫の元谷外志雄が興した信金開発株式会社(現アパ株式会社)の取締役に就任。1994年2月にアパホテル株式会社の取締役社長に就任。会員制やインターネット予約システムをいち早く導入し、全国規模のホテルチェーンへと成長させる。2006年早稲田大学大学院公共経営研究科修士号を取得し、2011年には同博士課程を修了。現在、アパホテル株式会社取締役社長をはじめ、アパグループ11社の取締役、日韓文化協会顧問、株式会社SHIFT社外取締役、株式会社ティーケーピー社外取締役を務める。

アパホテルネットワークとして全国最大の676ホテル104,492室(建築・設計中、海外、FC、パートナーホテルを含む ※11月4日現在)を展開。年間宿泊者数は、約2,613万人(2019年11月期末実績)に上る

書籍
・「私が社長です。」(IN通信社)
・「元谷芙美子の幸せ開運術」(IN通信社)
・「強運 ピンチをチャンスに変える実践法」(SBクリエイティブ)

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(text: HERO X 編集部)

(photo: 増元幸司)

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イギリスの元弁護士が日本のヘルスケア市場に参入!?「Bisu body Coach」開発者ダニエル・マグスの思考 後編

宮本さおり

DNA検査キットなど、様々な検査キットの販売が見られるようになった日本。海外の譲許からすれば“遅ればせながら”という感は否めないものの、ここ日本で、尿検査の新たなデバイスの開発を手掛けるベンチャー企業がある。イギリス、アメリカ、日本など、多国籍なメンバーで挑戦を続けるBisu, Inc.のダニエル・マグス代表を編集長杉原行里が直撃。同社が考える尿検査キットについてお話を伺った前編に引き続き、後編ではなぜ開発にいたったのかの経緯から、グローバルな人材が集まる同社のことについてまで、多彩な話題で盛り上がる。

元はイギリスの弁護士!異色の経歴

杉原:そもそも、マグスさんの経歴が面白いですよね。エンジニアでもデザイナー出身でもない。

マグス:もともとはイギリスの弁護士でした。学生時代は日本語を専攻していて、数字が苦手だったので、なかなか大手には入れなかったのですが、イギリスで独立系の投資銀行に就職して、テックベンチャーの買収案件を専門的に手がける部署に入ったんです。その後、日本のDeNAに入社しました。新規事業企画マーケティングをやっていたのですが、そのうちにIoT分野に目がついて、Bisuのようなサービスを本社で立ち上げたいと思っていました。本社はハードはやらないということで、それならば、自分で起業するしかないなと思い、今に至っています。今は陣頭指揮をとって基本的なビジネスプランニングやセールスをすることが主な役割ですが、アプリのユーザーデザインもやってますし、同時並行でいろいろとやっています。

杉原:IoTの中でもヘルスケアの分野に注目したのはなぜですか。

マグスさんがオフィスを構えるDMM.make AKIBA(https://akiba.dmm-make.com/)のロビーで語る2人

マグス:健康には以前から興味がありました。家族に1人、前立腺癌になった身内もいたので、ヘルスケアの知識があまりない人が、忙しいなかでどうやって手軽に自分の体のことを知れるかなと思った時に、尿検査が思い浮かんだんです。今でも尿検査で肝機能障害や腎臓などの異常を発見するものは多く見られます。検査を受けた人が得られるのは「異常はないです」という安心感です。でも、こうした検査で見ているのはタンパク質の数値など一部の情報だけです。「タンパク質の数値が異常ナシでした」ということが必ずしも「健康です」ということではないですよね。従来の尿検査はもともと、健康診断のために開発されたものであり、血液検査を同時に行うことが前提なので、尿検査を単独で行う場合は検査項目を慎重に決める必要があります。

杉原:確かに。

マグス:健康な状態を継続するためのアドバイスをする方が面白いと思うんです。

杉原:マグスさんたちが出されようとしている「Bisu Body Coach」はコーチングキットとなっています。これは医療行為とはまた違ったものなのでしょうか?

マグス:医療行為にはなり得ない。病気の発見や治療のためのものではないので、このデバイスがあればこの病気になりませんよとか、この病気が発見できますよとなれば、確実に医療行為になりますが、このデバイスはそれをしていません。尿から検知できるカリウムやナトリウム摂取量などを計測するものです。自分の数値を知ることで、取りすぎているものや逆に摂取が少ないものが分かり、食事などで摂取について気をつけるようになる。習慣の改善により腎臓機能障害や高血圧のリスクが下がるというものなので、予防につながるアドバイスという位置付けになります。

杉原:なので、コーチングなんですね。

マグス:そうそう。

多国籍人材で仕掛けるイノベーション

杉原:社名にもなっているBisu (ビース) にはどんな意味が込められているのですか?

マグス:Bisuは古代エジプトの神さまの一人で、悪いことを払ってくれる守護神的な神さまの名前です。それから、古代エジプトの神の中ではBisuだけよそ者なんです。エジプトに元々いた神様ではなくて、外から来た神。違うところで活躍しているのが、母国を出てやろうとしている自分たちと似ているなと思ってこの名前にしました。

杉原:会社名はBisuで、商品名は「Bisu Body Coach」。

マグス:はい。そうです。まずは食生活のことを尿から分析、検査するものですが、そのあとは唾検査など新しい検査スティックをリリースして、糖尿病など慢性的な疾患をもつ人のサポートをすることを考えています。

杉原:Bisuのチーム編成は多国籍ですよね。日本人ではなくて、外国籍の人が多い。そういう企業って、日本ではあまり見たことがないです。

マグス:そうですね。僕はイギリス人ですし、他のメンバーもポーランド人、アメリカ人、デンマーク人、日本人とバラバラですから。ハードウェアのデザインは全て日本でおこなっていて、ソフトウェアはアメリカでしています。製造はドイツでやろうかなと思っています。それぞれの良さを活かしながらやっていこうかと。

日本人は予防という意識が弱いのか?

杉原:日本って医療費が安いので、病気になってから病院に行きます。僕から見ると、他国の場合、医療費が高いから、人々の感心も予測や予防の方に傾いている気がしていて、日本よりも予防や予測という概念が一歩進んでいるように感じるところがあるのですが、どうですか?

マグス:でも、外から見ると、日本は肥満が少ないことでも有名ですし、長寿の国という認識もあります。医療系のカンファレンスでは、アメリカでは予防予防と言われているが、肥満も多い。公的な健康保険サービスが低く、医療費は高額。だから、民間の保険に加入する。予防のためにイノベーションするか、保険を安くするのかという議論がされています。

杉原:エストニアのように自分の健康情報やカルテなどがブロックチェーンで管理されているように、例えば、健康情報提供でクーポンがもらえるというような仕組みができていったら、サードパーティーが参入してきて新たなビジネスモデルができるかな、とも思うのですが。

マグス:個人情報の問題もあるのでそこをクリアしてからですね。

杉原:今まで人間の排泄物は肥料になることなどはあったでしょうが、圧倒的に処理する費用の方が高かった。こうして計測してデータとなることで、利益につながることも出てくる可能性があるなと感じていて、面白いなと思うのです。

マグス:その可能性はありますがね。

杉原:今後の展開としては具体的にどのように進めていかれるのでしょうか。

マグス:来年4〜5月から公式ベータを予定しており、今、精度データを集めたり、バッチ製造などの準備を進めています。もともと医療業界のものではないので、しっかりと検証する必要があると思っています。まずは、アスリートに試してもらう予定になっています。

杉原:すごく共感するところが多い! 僕も医療業界ではないので、よくわかります。でも、医療業界出身でないからこそ見えてくるいろんなこともありますよね。発売を楽しみにしています。

前編はこちら

ダニエル・マグス氏(だにえる・まぐす)
Bisu, Inc. 代表取締役 。ロンドン生まれ、東京在住のイギリス人。ケンブリッジ大学で日本語を専攻後、法科大学院に進み法律事務所に入社。英国法弁護士資格取得。投資銀行でアナリストなどを務めた後に日本のディー・エヌ・エーで新規事業企画を担当。その後独立しヘルスケアIoT商品の開発を手掛ける同社を立ち上げた。現在は日々の健康を見える化する IoT尿検査装置の開発に挑戦している(本社のHPはwww.bisu.bio)。

(撮影協力:DMM.make AKIBA https://akiba.dmm-make.com/

(text: 宮本さおり)

(photo: 増元幸司)

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