対談 CONVERSATION

Laboro.AI 椎橋徹夫と語る AIが引き出す新しいバリュー データ統合ビジネスで見えてくる日本の未来

吉田直子

現在はAIの第三次ブームといわれている。機械のスペックが上がり、膨大なデータを処理できるようになったことで、いわゆるディープラーニングが可能になり、ビジネスの様々なシーンに活用されるようになった。しかし、AIが何を得意とし、実際にAIを使ってどんなことができるのかは一般にはあまり知られていない。AIを活用したオーダーメイド型のソリューション開発やコンサルティングを提供する株式会社 Laboro.AIのCEO・椎橋徹夫氏に、編集長・杉原行里がAIビジネスの可能性を聞く!

AIは人間の右脳的な働きを実現できる

杉原:僕はその分野にいるのでそう感じてはいないのですが、一般の方はAIを神格化している部分があると思います。そもそも“AIはなんでもできるのか?問題 ”というのがあると思うのですが、そのあたりを教えていただけますでしょうか?

椎橋:AI万能論に対してよく言うのは、まず「AIは基本的にはソフトウェアです」ということです。ただ、今までのソフトウェアやITシステムとは少し種類が違うことができるようになっています。今までのソフトウェアはロジカルな処理を正確に速くやることが得意でした。一方で直感的な処理が結構難しかったんです。

例えば、画像を見て、それが犬か、猫かを分類するみたいなことは、明文化できない直感的な処理が人間の脳の中で起こっています。そういう直感的な処理は今までのソフトウェアでは全くできませんでした。でも、AIはそれができるようになった。人間のように賢くて難しいことができるというより、人はわりと当たり前にやっているけれども、従来ならプログラムやルールに落とし込みきれなかった処理ができるようになったソフトウェアだと考えています。今までのソフトウェアが左脳的なものだったのに対して、AIは右脳的な処理ができるようになったと言ってもいいと思います。膨大なデータから自動的に特徴を見い出して、それに沿って具体的な認識や予測ができるようになりました。ですから、AIという言葉は「データに基づいた直感的な処理ができるソフトウェア」や、「認識や予測のアルゴリズム」という捉え方をするのが、現時点では実態に近い説明ではないでしょうか。

杉原:もともと、椎橋さんは東大の松尾研究室にも関わられていたということなので、その分野のエキスパートだと思うのですが、僕は、AIが介在することによって、今までバリューとしてとらえていなかった一連の行動や、価値を見出せていなかったデータを、価値あるものに置換できる未来を期待しているのですが。

椎橋:はい。まさにそうですね。

杉原:ヘルスケアの部門はそれが顕著だと思います。御社や椎橋さんの中で、今後こういう未来が来そうだという予測はありますか?

椎橋:はい。実はヘルスケア、メディカルの領域はひとつの重点領域として考えています。まさに、AIのイノベーションというのは、今までは価値に変換できなかった細かいデータを、AIというアルゴリズムを通して効率よく価値(バリュー)に変換できることです。でも、その中でまずみなさんがやるのは、とりあえず持っているデータの価値を引き出すためのAIを開発することなんです。

一方で20〜30年後を考えると、そういうタイプの取り組みの価値は、むしろ小さくなると考えています。より大きいのはA社、B社、C社、それぞれが持っている断片的なデータをきちんと組み合わせてAIのアルゴリズムを通すと、全員にとってかなり大きな価値を生み出すという流れです。今、我々は様々な領域でクライアントと1対1でAIのスキームを作っていますが、この先は複数のデータをつなげてAIに入れて価値を引き出すということも視野に入れていく必要性があるなと感じています。

杉原:具体的な例はありますか?

椎橋:はい、そうですね、例えば、今、健康診断のデータは保険組合が、病院の診断データは病院が、細かい精密検査のデータは検査会社がそれぞれ持っているような状態です。一方でそれらのデータを使って価値あることをやりたいのは、製薬会社や医療保険系の保険会社です。データを様々な人が断片的に持っていて、かつそのデータの価値を一番引き出せる人が、データを持ってないということが、すごくわかりやすく起こっているのが医療の領域です。この医療ビッグデータの活用が、ひとつの議論です。患者さんのデータを共有しあう構造の中で、アルゴリズムで処理されて適切に医療データが提供される形になると、リスクがあれば早めに手を打てて、健康なまま長く生きることが可能です。

近未来に予想されるAIの具体的な活用について話し合う編集長杉原(左)と椎橋代表(右)

杉原:僕もまったく同じことをずっと言っています。僕らはたぶん将来、病院というものが形を変えていくだろうと考えています。日々生活していく中で当たり前のようにデータがとられ、レコメンデーションがどんどんされていって、健康寿命が延びていくと。製薬・投薬もそうですが、まだパーソナライズされたものがないですよね。そこまでには越えなきゃいけない壁がたくさんあるとは思いますが。

椎橋:医療費も削減されるので、国レベルで考えるとデータの統合は絶対やったほうがいいのですが、難しいのは、一歩踏み出す、その一歩の踏み出しによってネガティブな印象を受ける可能性があることです。短期的にいかにインセンティブがある形で各プレイヤーがそこに踏み出していけるかというのを設計することが重要だと思います。

杉原:そうですね。僕らもよく言っているのは、結局ここで一番大事なのはコミュニケーションだということです。どういう未来がインセンティブをくれるのかというのを提示しない限りは、たぶんみんなはデータ共有に賛成してくれないですよね。

「冷蔵庫の中の最適解」を
AIが導き出す!?

杉原:今後、医療の業界以外には、どういう分野でより顕著にAIが活用されていくでしょうか。

椎橋:そうですね。キーワードになるのが、フィジカル×コンシューマのデータの領域だと思っています。要はインターネットを介したデジタルなデータの分野は、すでにネット系のプレイヤーが色々とやっています。一方で物理的なところと切り離せない領域、医療もそうですが、これはまだネット系のプレイヤーもほとんど手つかずです。

食の領域もそうですね。例えばレシピは、データがフィジカルなので、あまりきちんと整備されていない。ここが整備されていくと、新しい料理をAIが発明したり、その人の今食べたいものと料理のスキル、あとは冷蔵庫の中に何が入っているかを総合的に見て、作り方まで含めた献立の提案ができる世界も可能です。これをやろうとすると、一社だけではできない。栄養という観点でいうと、先ほどの医療にもつながっていきますし、食周りのデータにAIを活用するというのはあると思います。

杉原:確かに食もパーソナライゼーションされていくほど最適解みたいなものが出てきますよね。と同時に、要はフードロスの防止にもつながると思います。だいたい日本だと年間600万トンくらい捨てられていて、実は事業者と一般家庭は、ほぼ同じくらいの量を捨てているそうなんです。ということは、まず冷凍庫の中の最適解がまだ出ていないのではないかと。買い物に対してのレコメンデーションが出てくればロスを減らせるし、そういう世界も、悪くないなと思います。スーパーマーケットで先に買っておいてくれるとか。

椎橋:結局、ネットのデジタルな消費って消費者の消費活動でいうとかなり部分的ですよね。フィジカルな領域の消費データにきちんとアルゴリズムやAIが入っていけば、バリュー地点をさかのぼって、産業全体のデータをつなげて、より効率化していくということが絶対に起こってくると思います。

杉原:僕らはデータを提供したら、1人あたり年間で何百万円かもらえる世界がくるだろうと予想しています。65歳以上からは年金をもらわなくても、たぶんデータ提供者にお金がもらえるみたいな未来が来るんじゃないかと。

椎橋:これまでのインターネットを中心としたイノベーションは、GAFAやBATなどの米中のインターネットジャイアントがデータを全部抱え込む世界でした。それに対して、ヨーロッパのGDPR(EU一般データ保護規則)などの動きもそうですが、個々人が自分のデータを管理するという分散型の方向に行ったほうが健康的ですよね。それが成り立ちうるひとつの領域が医療です。だから医療を起点に、それぞれが自分のデータを管理して、それを適切な範囲で提供することで、誰かに対して価値を提供して対価を得る。そういう社会的な構造を日本のマーケットで世界に先駆けて作って、その形を海外に展開していくことができると、すごく面白いと思います。まさに医療かつ高齢者という部分では、日本は世界最先端の課題先進国ですし。

杉原:今後日本の新しい産業を支えていく上では根幹となっていく部分かなと僕も思っています。課題先進国というのはある意味ラッキーですよね。

テックビジネスで
必要なのは技術の俯瞰図

杉原:一方でAIの世界は進化が速いですよね。そうすると、ビジネス側も研究をおろそかにできないと思います。それについてはどう考えていますか?

椎橋:AIもそうですが、あらゆるイノベーションが起こっている時は、まず学術的な領域から論文などの形で新しい技術が発表され、新しい手法が科学的に確立され、それが実用可能な技術に落とし込まれ、さらに現場で使えるソリューションになっていくという、一連の流れがあります。その意味で、アカデミアの先端にきちんとキャッチアップながら、それをどう使えばどんな産業ビジネス的な価値につながるのかということを考えることが大事だと思います。

ただ、学術的に新しいことを生み出すことをスタートアップ企業がやらなきゃいけないかというと、必ずしもそうではないですよね。どちらかというと、全体像がきちんと見えていて、技術の俯瞰地図を持っているということが必要です。つまり、この技術を探ろうと思ったらこの研究者にあたればいいとか、この論文を見ればいいとかいう全体図ですね。医療に例えれば、各専門医をつなげられる総合医のような立場です。これからスタートアップを起こす時には、実現したいことに対して、全体的なマップを見て、「これを実現するためにはこの専門医とこの専門医とこの専門医に聞きに行くのが重要だ」とか、「これをつなげるのが重要だ」とか、そう考えられることが大事ですね。

杉原:あとは誰とコラボやアライアンスを組んでいくかというのが大事になりますよね。実現したい未来に対して、1人ではなかなかチャレンジできませんから。HERO Xも、ここがコミュニティの場になって、様々なものが生まれていけばいいなと思っています。

椎橋徹夫(しいはし・てつお)
米国州立テキサス大学理学部物理学/数学二重専攻卒。ボストンコンサルティンググループに入社後、東京オフィス、ワシントンDCオフィスにてデジタル・アナリティクス領域を専門に国内外の多数のプロジェクトに携わる。BCG社内のテクノロジーアドバンテージグループのコアメンバーとして、ビッグデータ活用チームの立上げをリード。のちに東京大学工学系研究科松尾豊研究室にて産学連携の取り組み、データサイエンス領域の教育、企業連携の取り組みに従事。2016年、株式会社Laboro.AI(https://laboro.ai/)を創業、代表取締役CEOに就任

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(text: 吉田直子)

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真の「超人スポーツ」実現は、もうすぐそこに! 前編

中村竜也 -R.G.C

「超人」と聞くと、子供の頃に胸を熱くして見入っていたあの漫画を思いだす。人間とは違う次元の能力を持った正義超人とを悪魔超人が戦うあれ。その「超人」は、現実味を帯びない架空の存在であった。しかし、現代の超人はそのイメージとは少し異なったアプローチ「超人スポーツ」という形で現実化してきている。今回はそんな夢物語を叶えるべく、東京大学・先端科学技術研究センター身体情報学教授という肩書を持ちながら、「超人スポーツ協会」の代表をつとめる稲見昌彦博士に、HERO X編集長・杉原行里(あんり)が、テクノロジーを通したスポーツの目指す未来像について話を伺った。

テクノロジーで引っ張る、
新しいスポーツの形とは?

人間の身体能力を補綴・拡張する人間拡張工学に基づき、本来持つ身体能力を超える力を身につけ「人を超える」、あるいは年齢や障がいなどの身体差により生じる「人と人のバリアを超える」。このような超人 (Superhuman) 同士がテクノロジーを自在に操り、競い合う「人機一体」の新たなスポーツを「超人スポーツ」という。

そして、誰でも等しくスポーツを楽しめる権利をさらに一歩推し進め、得意不得意、年齢、障碍、資格を問わず、誰もが楽しくスポーツをする未来を創造するのが「超人スポーツ協会」。稲見博士はそこで、超人スポーツの研究開発、コミュニティの育成、時代に対応したスポーツをデザインするなど、その分野の普及を目指す活動を行っている。

杉原行里(以下、杉原):同時進行で、たくさんのプロジェクトを抱えていると思うのですが、その中の1つである「超人スポーツ」について聞かせてください。そもそも、なぜ「超人スポーツ」なんですか?

稲見昌彦博士(以下、稲見):最初は、超人スポーツというコンセプトだけで集まったのですが、徐々に仲間が増えていくうちに、ちゃんと開発もしていこうということになりました。そこで、「標準的な人」というモデルがいたと仮定します。今の社会では標準人というのがなかなか定義しづらいのならば、むしろ身体性にダイバーシティー(多様性)がある状態をそのまま技術で拡張していくことによって、いろいろな事が得意な人が、新しい競技を競うという形が、我々の考える「超人スポーツ」かなと。

杉原補完ではなく拡張ということですね。

稲見そうですね。それと身体にダイバーシティーがあるということは、ある意味「分散」とも言えます。ですがそこで、分散を無くすのではなく、ダイバーシティーを大きくするためにテクノロジーを使っていこうと。私の研究のコンセプト自体が「人間拡張工学」というのがひとつあるので、超人スポーツという段階に至る前には、拡張スポーツという考え方でも取り組んでいました。VR(バーチャルリアリティー)も昔からやってはいるんですが、私の中ではただの道具なのでそれだけでは成り立ちません。なぜなら人間の身体なり感覚機能を増強するため、もしくは実験環境として便利な道具だからです。

杉原僕にとってのデザインと一緒ですね。



器具で人体を拡張した選手同士が激しくぶつかり合い、相手を先に倒すかエリアから出した方が勝ちとなる“バブルジャンパー”。

稲見:杉原さんは絵筆、私は検証する場所と置き換えればそうかもしれませんね。ただ正直なところを言うと、これぞThe超人というのは、まだ競技にはなっていません。なぜなら多くの人が簡単にイメージできる、空を飛びながらや、水の上で戦うというくらい分かりやすく超人的な競技が、本来あるべく超人像のひとつだと思うからです。

しかし現実的にはまだ厳しいかなということで、まずは東京2020を1つの目標とし、出来ることからやっていこうと。また、一方でエキシビション的な形で、超人というべく技術にはどういうものがあるかなどを、競技まではいかなかったとしても、みんなが体験できるような状況で可視化していくのが大切かなと思っています。

スポーツ競技としての課題とは?

杉原いまお話しいただいたようなことは、今後リーグやプロフェッショナル化させることを考えているのか、それともレクリエーション的な要素で触れ合いのツールとしてなのか、それとも両方掛け合わせたようなスポーツという定義でいくのか、どのようにお考えですか?

稲見やはりまずは、超人スポーツ内で競技の競い合いをしていき、その中で公式競技の入れ替え戦を行うなど、その輪が広がっていく働きかけをしないとプレイヤーは増えていかないと思っています。また時間が掛かるという意味で、ちょっと悩みでもあるのですが、超人化という技術を開発しようとすればできるかもしれない、でもスポーツを広めるとなると、道具が高額すぎないという条件が増えてくるんですね。すなわち、テクノロジーが入ると価格で普及しない、というのが難しいところなんです。ですから、スポーツ競技としての確立というよりかは、今あるテクノロジーをどう落とし込むかということが大きな課題となっています。

杉原例えばサッカーならば、道具すべてにではなく、ボールかスパイクかウェアに何か1つテクノロジーを入れ込むといったことでしょうか。

稲見そうなんです。まずボールにだけでもいいので何かを始めないと、結局広まっていかないんです。いくら理念が高くても、誰も関わることができなければ意味がなくなってしまう。そういう意味ではまだ、“ゆるスポーツ”の方が、価格面を含めやりやすい条件が揃っているかもしれませんね。

後編では、超人スポーツが目指す、今後のあるべき姿についてお話しいただいています。

後編につづく

(text: 中村竜也 -R.G.C)

(photo: 河村香奈子)

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