コラボ COLLABORATION

日本に初上陸した“実験思考”イベントBORDER SESSIONSとは?

長谷川茂雄

2011年よりオランダの都市ハーグにて開催されている先鋭的なイベント「BORDER SESSIONS」をご存知だろうか? 専門的な知識と行動力、そして探究心を持ち合わせた世界中の活動家たちが集い、これからの未来におけるあらゆる解決策や革新的メソッドを発信する、いわば“社会実験場”。実はこの画期的イベントが欧州を飛び出し日本に初上陸を果たした。去る10月5〜6日の2日間、新虎ヴィレッジは、ユニークな発想を持った国内外のスピーカーと、それを体感しに訪れた参加者、そして多くのマスコミ関係者で盛り上がった。HERO X編集長・杉原もスピーカーとして参加したこのホットなイベントのレポートをお届けする。

ついにアジアにも飛び火した
欧州発のアイコニックなイベント

欧州では最大級のテック系イベントとして知られている「BORDER SESSIONS」。テクノロジー、デザイン、哲学、アートetc.……、それらがいかにして多くの社会課題を解決していくのか? そのためには何が必要か? 同イベントは、そんな未来への解答を、参加者全員で導き出そうというポジティブな取り組みでもある。

2011年にオランダでスタートしてから、初の他国開催となった今回。フォルクスワーゲンが東京の“新しい遊び場”として期間限定でオープンさせた新虎ヴィレッジの特設会場には、国内外から多くの参加者が集まり、あらゆる事例と社会課題、そしてその処方箋が提案された。

Future Pitch(未来ピッチ)、Summit(サミット)、Lab(ラボ)、Lab for Kids(展示会)というプログラムの中から、もっとも同イベントを象徴するFuture Pitchに着目し、3名のスピーカーの提案をご紹介する。

RDS代表兼HERO X編集長、杉原行里。

補完的な考えを超えた
“拡張”が作る新しい未来

午前のピッチの最後に登壇したRDS代表兼HERO X 編集長・杉原。「身体データのもたらす未来と選択肢」をテーマに、超高齢化を迎える日本の課題と解決策を提示した。

焦点になったのは、「身体データを可視化し、解析するパーソナライズの量産化」、そして「デザインやテクノロジーを付与することで得られる新たな選択肢」の2つ。

それらのキーになるのは、“いつか使ってみたい松葉杖”であったり、“いつか乗ってみたい車いす”のようなプロダクトであることをアピールした。常々杉原がHERO Xを通して語っているように、大切なのは、補完的な考え方ではなく、いかに拡張するか? ということだ。

「車いすとは、足が不自由な人が使うものだと、みなさん思っていませんか? 僕はそういう未来は消えていくと思います。どちらかというとモビリティとして誰もが活用する時代がやってくる。足が不自由な人もそうでない人も乗れるモビリティ。そういう認識に繋がるようなデザインやアイデア、技術が付与されて新たな選択肢ができる。そして市場が活性化していくのです」

RDSがこれまで手がけた車いす型モビリティや車いすレーサーも展示され、ピッチ終了後は乗車体験の場も設けられた。

続けて杉原は、パラリンピックのギア開発では、選手の抽象的な感覚を数値化することが大切であると強調した。それによりデザイナーやエンジニアもコミュニケーションが取れるようになり、アスリートと同列の開発ができるようになったという。最近発表されたシーティングポジションの最適化を可能にするシミュレーターSS01も、そんな経緯で生まれた。

「人生の1/3は、座っています。身体的感覚を数値化することで、シーティングポジションの違いで、パフォーマンスも大きく変わることがわかりました。その最適解を見つけられるロボットがSS01です。僕らはそんなパーソナライズの量産化をしていくことの重要性を日々実感しています」

最後にRDSのこれからの展望として、予測医療分野でのサービスを挙げた杉原。パラスポーツのギア開発から得られたデータから、新たな未来がどんどん見えてきたという。
「いま世界の潮流は予測医療です。あなたはこういうふうになるかもしれないから、こういう予防をしなさいと伝える。それはもう常識になりつつあります。僕らはセンシングデータなどを駆使して、AIとともにアルゴリズムを構築しながら、みなさんがどんな予防法や備えが必要かをお知らせするサービスを作っていこうと思っています」

ランチタイムには、ランチチケットを持った参加者に、料理人の入江 誠氏が手がけたオリジナル丼が配られた。

全国各地から集められた食材を使った“サスティブル”な丼ぶりファラフェル・ボウル。地球環境を配慮した材料と調理法で作られた料理を食べながら意見交換をする「ランチセッション」も、重要なプログラムのひとつ。

動物と交信するロボットに込められた
シンバイオシス哲学

ラフなスタイルで登壇したイアン氏は、テリングアニマルズを実践し続けてきた先駆的アーティスト。

昼食を挟んでからの午後の会場は、季節外れの暑さも手伝ってさらに熱気を帯びた。そこで一際ユニークなピッチを展開したのは、ロサンゼルスを拠点に活動を続けるアーティスト、イアン・イングラム氏だ。

動物自身のジェスチャー信号を使用して、ロボットと人間以外の動物との交信や通信(テリングアニマルズ)を試みてきた同氏が掲げたテーマは、「人間とRobotの共生」。

これまでイアン氏は、リーダーのように振る舞うラバー製の小魚ロボットや、鳩への求愛ダンスを踊る22フィートを超えるロボット、リスの尻尾の振り方をモチーフにして敵が来たことを知らせるロボットなど、見た目がファニーで興味深いプロダクトをいくつも手がけてきた。それは、ロボットと動物の新たなコミュニケーションを生み出す興味深いツールだ。

「私は常々、技術と環境をどうやって融合させるかということを考えてきました。でもシンバイオシス(=共生)というものはなかなか難しいものです。

これまで様々なロボットを作ってきましたが、初めて動物が理解できるシグナルを発信できたのは、2009年に作ったリスの尻尾の形をしたロボットです。このロボットは、犬が近づいてきたら、その危険を他のリスたちに伝えることができますが、それと同時に犬を追い払うこともできます。単純かつ一方的に(動物に)情報を発信するだけではなく、意味のあるメッセージをしっかり伝えるという時点で、非常に画期的なものでした」

マサチューセッツ工科大学で修士号を取ったイアン氏は、そんな動物の形態と行動、機械の形状と動きをリンクさせたロボットを作る先駆者だ。その視点は、さらにハイレベルな試みへと繋がっている。

「複雑で優れた知能を持つ鳥、カササギをご存知でしょうか? 彼らがくちばしを吹く行動は特徴的ですが、それは、より硬いものを食べられるようにするなどの効果があります。でもそれだけではなく、何かしら不安を感じるときも同様にくちばしを吹くことがわかってきました。

不安を感じた時の置き換え行動ですが、その不安や緊張といったものを、外からの信号やカササギにわかるような言葉で発信できる方法はないか? 我々はそんなミッションにも挑んでいます。それだけではありません。ネズミと鳩の間で求愛を伝える手段はないのか? そんな面白いプロジェクトにも着手しているのです」

つくば市が本当の共創の場
として発展を遂げるために

世界的に見てもユニークな都市、つくば市の課題と可能性について語る江渡氏。

少し涼しくなった夕方に登壇したのは、産総研(国立研究開発法人産業技術総合研究所)の研究員で、メディアアーティストとして知られる江渡浩一郎氏。これまで様々な人が集まって一つのものを創る、共創プラットフォームに関する研究を重ねてきた第一人者だ。彼が作り上げた著名な共創プラットフォームは、ユーザー参加型の学会「ニコニコ学会β」である。

そして現在、江渡氏は研究学園都市のつくば市を一つの“共創の場”として作り上げようとしている。その取り組みについて発表された今回のピッチは、ずばり「実験都市つくば」がテーマだ。

「ニコニコ学会βは、我々が立ち上げた新しい学術コミュニティなんですけど、その特徴はプロフェッショナルな研究者が参加する従来の学会とは違います。例えば、ニコニコ動画で単に自分の好きなロボットを作っていたとか、そういった初心者ユーザーもここに来て研究成果を発表することができます」

共創において必要なものは、“共通善”であると語る江渡氏。一般ユーザーも、障がい者のような極端なニーズのあるユーザーも、共通していいと思うものを共有することがもっとも大事だという。まさにつくば市は、それを実践する場所なのだ。

「ご存知の通り、つくば市は研究学園都市で、研究所が何百個も集まっていて、10人に1人は博士号を持っているという特殊な街です。そこで自分が担っているのが、スタートアップ戦略を立てる役割なんです」

2020年には、江渡氏が先導する形で、“Tsukuba Mini Maker Faire”が開催される。それはカリフォルニアで始まったモノづくり版コミケとでもいうべきフェアが原型になっている。

「つくばから産業を起こすといいながら、ここ35年ぐらいは、なかなかそれが叶わなかったのが実情です。その理由はいろいろありますが、我々が注目したのが、とにかく何かを作るのが好きという研究者はたくさんいるのに、その成果を見せられる場が意外とないということ。“Tsukuba Mini Maker Faire”とは、まさにそういう機会です」

さらに江渡氏は、つくば市からユニークな産業が生まれる資金面のしくみ作りにも取り組んでいる。

「アメリカには、SBIR(Small Business Innovation Research)という中小企業の技術革新を促すプログラムがあります。連邦政府機関が、ある一定の外部委託研究予算を中小企業の研究助成に回すというしくみですが、そのつくば版を創設しようと考えています。目標達成のために研究者は起業して会社を作り、用意されたステージゲートをクリアしていくとだんだん会社が大きなっていく、そういうしくみ作りができれば産業はもっと生まれやすくなると思っています。“Tsukuba Mini Maker Faire”はその出発点なんです」

新虎ヴィレッジ(https://sp.volkswagen.co.jp/shintora/

日本で初開催となった「BORDER SESSIONS」。世界中から集まったスピーカーが登壇した初日のピッチに続き、2日目も、参加者がリアルな体験ができるワークショップやラボが開催され大いに盛り上がった。

単なる社会的な問題提起ではなく、その先にある具体的な解決作を見出そうとする試みは新鮮で、何より刺激的だった。今後の開催にも期待が膨らむ。

(text: 長谷川茂雄)

(photo: 増元幸司)

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観客を一番魅了した人が勝ち。「Wheel Style」初代王者決定戦をレポート!

岸 由利子| Yuriko Kishi

毎年お台場の野外特設会場を舞台に開催される、エクストリームスポーツの祭典「CHIMERA GAMES」。2度めの本格参加となる今年、HERO Xが新たにプロデュースしたのが「Wheel Style」。プロアスリートやダンサーたちが “Wheel Chair=車いす” で独自のスタイルを披露し、「誰が観客を一番魅了できるか」を競うというものだ。飛ぶか、回るか、踊るか。技術で魅せるのか、それともパワーか、アイデアか。どんなスタイルで勝負に挑むかは、プレイヤー次第。Wheel Styleは、新しいスポーツであり、ゲームであり、かつてないエンターテインメントでもある。初代王者を決めるべく、CHIMERA GAMESの初日に行われた「Wheel Style NO.1決定戦」のもようをお伝えする。

豪華プレイヤーが魅せるそれぞれのWheel Style

Wheel Style NO.1決定戦に参戦したプレイヤーは、チェアスキーヤーの村岡桃佳選手、森井大輝選手、松葉杖ダンサーのダージン・トクマックさん(Dergin Tokmak)、元チェアスキーヤーの夏目堅司さん、RDSの岡部氏、そしてお笑い界からは、芸人みんなのたかみちさん。加えて、CHIMERA GAMESに遊びに来ていた車いすレーサーの伊藤智也選手が、HERO X編集長 杉原行里の指名を受けて飛び入り参加し、急遽計7名による戦いとなった。

絶妙な“チェアさばき”で観客を沸かせるチェアスキーヤーの森井大輝選手。

Wheel Style NO.1決定戦は、5分間のJAMからスタート。アップテンポな曲に合わせて、各プレイヤーは順繰りにそれぞれのWheel Styleを披露していった。7名の中から決勝戦に残るのは、たったの2名。勝ち残るツワモノは、一体誰なのか。

必死の形相で森井選手と張り合うみんなのたかみちさん。

観客に視線を送りつつ、車いすのハンドリムを巧みに操り、駆動輪を浮かして見せた森井大輝選手。負けじとステージの中央にやってきたのは、みんなのたかみちさん。これまでにも、HERO Xの企画で競技用車いすにチャレンジした経験があることから、ハンドリムの操作はお手のもの。見よう見まねで駆動輪を浮かして見せたが、185cmの巨体を支えながら、微妙なバランスを保つのはやはり難しかったようだ。次の瞬間、車いすごと後方に倒れてしまった。しかし、この転倒は、たかみちさんならではの戦略的Wheel Styleだったのかもしれない。

次に登場したのは、元チェアスキーヤーの夏目堅司さん。車いすの操作で難しいのは、いわゆる段差の上り下りだが、ステージ中央に置かれた台にスイッと上り、際どいポジションで駆動輪を浮かしたまま、軽快なリズムで前後して見せた。

アスリートたちの華麗なる技に“愛嬌”で対抗したのは、RDSの岡部氏。上半身のロボティックな動きで会場に笑いを誘った。対して、車いすレーサーの伊藤智也選手は、空を仰ぐように身をよじらせ、ドラマティックな演出を見せた。ご本人は真剣そのものだったが、なぜか観客からドッと笑いが起きた。関西出身、サービス精神あふれるエンターテイナーの伊藤選手には、生来のお笑い魂が宿っているのかもしれない。

森井選手らのチェアスキー開発を手がけてきたRDS気鋭のエンジニア、岡部氏。

北京パラリンピックで金メダル2個、ロンドンパラリンピックで銀メダル2個を獲得した車いすレーサーの伊藤智也選手。

続いて登場したのは、松葉杖ダンサーのダージン・トクマックさん。今回、CHIMERA GAMES出演のためだけに、ドイツから来日した。松葉杖でブレイクダンスを踊るという突出したダンススタイルがシルク・ドゥ・ソレイユの目に留まり、その一員として大抜擢された世界的ダンサーである。

近年は、松葉杖だけでなく、車いすを使ったパフォーマンスを披露する機会も増えているというダージンさん。車いすを自由に操り、蝶のようにステージを舞う姿を前に、最前列にいた少年たちは、口をポカンを開けたまま見とれていた。シームレスな動きでいて、キレのあるダンスは、まさに神技。

続いて、紅一点、チェアスキーヤーの村岡桃佳選手。2018年のピョンチャンパラリンピックで日本選手史上最多のメダル5個を獲得した“冬の女王”の登場だ。村岡選手は、4歳の頃から車いすに乗り始め、成長期もずっと車いすで過ごしてきた。姿勢の崩れなどで背骨が変形し、片側に曲がったまま固まっているため、通常の車いすに座る時、重心は片方に寄った状態になる。だが、なぜかチェアスキーのマシンに乗る時だけは、寸分違わずど真ん中を的中させる驚異の身体感覚の持ち主である。

JAMでは、ステージ中央の台上で、駆動輪を浮かしたまま、なんとハンドリムから両手を離して静止するという離れ技を披露した。正面からは少し分かりづらいかもしれないが、上体はかなり反った状態。これには観客はもちろん、他のプレイヤーたちからも拍手が起こった。

左から、HERO X編集長 杉原行里、文平龍太氏、TSUTOMU氏。

審査員を務めたのは、「CHIMERA Union」のエグゼクティブプロデューサー、文平龍太氏、TSUTOMU氏、そして本メディア編集長の杉原。圧倒的なパフォーマンスで観客を沸かせたダージンさんと村岡選手が、決勝戦進出となった。

世界のトップ同士の一騎打ち。
初代王者に輝くのはどちらか!?

決勝戦は、世界のトップダンサーとトップアスリートの一騎打ち。持ち時間はそれぞれ45秒。ブレイクダンスをルーツとするダージンさん特有の繊細な技術と力強いエネルギーが融合したダイナミックなダンスパフォーマンス。対して、車いすが体の一部になったかのように、自由自在に操る“技”を披露した村岡選手。果たして、初代王者の座を手にしたのは、どちらか?

今にも空に舞い上がりそうなほど、軽やかで機敏なパフォーマンスが特徴的なダージンさん。

絶妙なバランスで静止する姿から、観客は目が離せない様子だった。

接戦をみごと勝ち抜き、Wheel Style初代王者に輝いたのは、村岡選手。世界の頂点に立つトップアスリートが、またひとつ新たなレジェンドを築いた。

「車いすはテクノロジーの進化とともに洗練され、美しいモビリティのひとつになった。今、車いすは、環境の一部として認知されている。人々が車いすに対して持つイメージも大きく変わったと思う」と話すのはダージンさん。そのイメージは今や環境に溶け込むかのように、ボーダレスに進化を続けている。車いすが、歩行を補助するためのツールであるだけでなく、身体能力を拡張させるクールなギアであること。Wheel Styleは、それをエンターテインメントバトルのかたちで具体的に示してみせた。障がいのある人もそうでない人も一緒になって楽しめるWheel Style、今後の発展にご期待あれ。

初代王者の座に輝いた村岡選手には、Wheel Styleのスポンサーを務める「JUSTIN DAVIS」のリングが贈呈された。

(text: 岸 由利子| Yuriko Kishi)

(photo: 増元幸司)

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