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遠征に持参する選手も!快眠でベストパフォーマンスを引き出す「エアウィーヴ」【2020東京を支える企業】

宮本 さおり

眠らない人間はいない。凡人でも睡眠不足が与える影響は大きいが、スポーツ選手にとってはなおさら。快眠はベストパフォーマンスができるか否かを大きく左右する要といっても過言ではありません。東京2020のオフィシャルパートナーとなった寝具メーカーのエアウィーヴは、“快眠”を通して選手を支えることを目指しています。

「エアウィーヴはまだ無名の発売当初よりアスリートの愛用者が多かったこともあり、オフィシャルパートナーとして手を挙げさせていただきました。世界のアスリートの皆さんをサポートし、ベストな状態で記録を出していただきたいです」と語るのはエアウィーヴ社で東京2020オリンピック・パラリンピック推進プロジェクトリーダーを務める田中紀美子さん。東京2020では寝具パートナーとして、全ての選手村のベッドルームにエアウィーヴ社の製品を提供する予定です。なぜ、アスリートに愛用者が多かったのか、秘密は製品の優れた構造にありました。

寝返りのうちやすさの秘密は中に使われているairfiber

「まずはスプリングのマットレスと比較してみましょう」と田中さん。ベッドのスプリングは構造上、上下の動きには応じるものの、あらゆる方向にかかる圧を分散させる力は弱いものがほとんどと言われます。同社の製品は独自開発のairfiberを使い、体重を面で支えてどの方向からの圧も分散させることに成功、それだけでなく、腰は固めで肩まわりは柔らかめなど、部分ごとの硬さの好みにまで応えられるようにしたのです。例えば水球の選手、睡眠環境診断士の資格を持つ同社の事業推進部部長・冨田力矢さんによれば、肩幅が広くガッチリとしている彼らには肩部分が柔らかく、腰部分が固めを好む選手が多いことが分かったそう。「寝心地の好みは人により本当に違います。その人に合った寝心地の提供にベストを尽くしていきたいです」(冨田さん)。

パラアスリートにとってもこの特性は魅力的なものでした。体圧が分散されるため、体の欠損部分に関係なく、体を横たえた時に全身をふわっと持ち上げられているような感覚で寝ることができるといわれます。

「当社の製品には、健常者、障がい者という区切りは存在しません。ある選手はその寝心地を“まるで宙に浮いているようだ”と評価してくれました。パラ選手は体のどの部分にサポートが必要かを視覚でとらえることができる場合がありますが、健常者でも腰痛や肩こりなど、目には見えない痛みと戦う人は多いはずです。人それぞれに体型、体格、体重や体圧も違います。どんな方にも最高の寝心地を提供できる製品だと自負しています」(田中さん)

会社の棚には選手らからの感謝のサインが並んでいます

快眠をもたらすこの寝心地は、airfiberの復元性の高さから生まれたものでした。「寝返りを打つ際に、圧がかかる方向は変わります。この時のマットレスの状態は体重が離れた面は凹み、徐々に元の状態に戻るのが一般的です。しかし、当社の製品は、体重移動をしたそばから繊維が元の形状に戻るため、まるで寝返りを押し出してもらうような感覚になります。」近年の研究では、力をかけずに寝返りをうてるかどうかが良質な眠りに大きく関係するということが分かってきました。同社が早稲田大学・内田直教授の協力で行った研究ではそれを裏付けるデータが出てきました。同社の製品で眠った場合、低反発マットレスと比べて少ない力で寝返りがうてるという結果が出たのです。

また、スポーツ分野の研究でもエアウィーヴが選手に与える影響について報告がされはじめています。アメリカのスタンフォード大学とIMGアカデミーで行った調査では、同じ選手でも就寝時にエアウィーヴを使った時と、他の寝具で寝た場合とではパフォーマンスに違いが出ることが分かりました。40メートルスプリント、ロングジャンプ、スタートドリルの全てにおいてエアウィーヴでの就寝後の方が良いパフォーマンスが出る結果となったのです。報告書によると、特に40メートルスプリントでは平均0.3秒の向上が見られたと言われています。

いつでもどこでも同じ寝心地を実現

もう一つ、トップアスリートがこの寝具を溺愛する理由がありました。それは、既存の寝具の上に敷くだけで、いつもと同じ寝心地が保てるという点です。海外遠征をはじめ、選手の宿泊先は会場により異なります。選手にとっては宿泊先の寝具が合うか合わないかは賭けに近いものがありました。慣れない寝具で安眠できず、寝不足の状態だったとしても翌朝になれば厳しい試合のフィールドに立たなければなりません。自宅と同じ寝心地を、場所を選ばず実現できるエアウィーヴは選手にとって画期的なアイテムとなったのです。

日本選手団の公式サポーターとして提供された寝具

遠征にも持参したい、そんなアスリートの要望で生まれたのが「エアウィーヴ ポータブル」。この製品の出現で、エアウィーヴを愛用する選手たちは世界中どこへ行っても同じ寝心地で快眠が保たれるようになったのです。この影響を大きく感じたのがトップアスリートを手掛けるトレーナーたち。コンディショニングの一環として、エアウィーヴ社の製品を勧める人が増えました。こうして口コミによりトップアスリートの間で広がった同社の製品は、前回のリオオリンピック・パラリンピックで日本代表選手団の公式サポーターに任命され、マットレスやピローなど600名分を提供することになったのです。

思わぬ壁が潜んでいた
パラアスリートを悩ませる寝室

パラアスリートにとっては寝室が障壁となることも少なくありません。ハプニングはリオオリンピック・パラリンピックで起りました。同行した田中さんのもとにあるパラアスリートから相談がありました。ホテルについてみると、ベッドの高さが高く、下肢障害のこの選手はベッドに上がれないというのです。田中さんは持参した予備用のエアウィーヴを提供、二枚重ねで床に敷いて寝る方法を提案しました。結局、ベッドの足が取り外せることが分かり、通常の状態でエアウィーヴをマットレスに敷く形がとれたものの、こうした状況がいつまた起きるとも限りません。

「選手は寝室を選べません。東京2020では全ての選手に快適な睡眠で最高のパフォーマンスを見せていただけるように寝具を軸にサポートさせていただきます」。(田中さん)競技の裏で文字通り選手を支える日本発の寝具メーカー、その快眠はアスリートにどのような影響を与えるのか、全ての選手がこの寝具で眠りにつく東京2020、オリンピックレコードが増えたとすれば、寝具がもたらす効果も益々注目されることでしょう。

“あったらいいな!” エアウィーヴの視点

車いすの座面について語る冨田さん

リオでは選手の要望でもう一つの製品が生まれていました。それが「エアウィーヴ 座クッション」。リオデジャネイロまでの移動時間は約30時間と長く、移動時の座わり心地に頭を悩ませる選手も少なくありませんでした。このクッションは座面と背中をサポート、マットレスパット同様に持ち運びができるため、バスや飛行機の椅子の上に乗せるだけで快適な座り心地を実現できたと好評でした。寝ることだけでなく、座ることにも目を向け始めた同社が「あったらいいな!」と感じているのは車いすの座り心地。骨組みにばかり目がいきがちの車いすですが、座面の研究はそれほど進んでいない様子。冨田さんは「車いすで出場するパラアスリートにとっては座り心地もパフォーマンスに影響するのではないか」と話します。座面は汗が溜まりやすい部分でもあるため、通気性も考えなければなりませんが、快適な座り心地の競技用車いす、実現すれば画期的な製品となりそうです。

(text: 宮本 さおり)

(photo: 壬生マリコ)

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アスリートの100%に100%で応えたい。義肢装具士・沖野敦郎 【the innovator】前編

岸 由利子 | Yuriko Kishi

トラックを颯爽と駆け抜けるパラアスリートの身体と義肢の見事な融合は、義肢装具の製作や調整を行うプロフェッショナルである義肢装具士の存在なしに実現しない。日本の義足陸上競技選手初のパラリンピック・メダリスト山本篤選手や、リオパラリンピック4×100mリレー(T44)で銅メダルを獲得した佐藤圭太選手など、名だたるトップアスリートの義肢装具を手掛ける義肢装具士の沖野敦郎さんは、「選手が、100%の力を発揮できる義肢装具を作りたい」と話す。なぜ、ジャスト100%にこだわるのか。東京都台東区・蔵前の一角にあるオキノスポーツ義肢装具(以下、オスポ)の製作所で沖野さんに話を伺った。

専業制を選んだ理由は、人にあり

山梨大学機械システム工学科在学中の2000年、シドニーパラリンピックのTV中継で、義足で走るアスリートの姿を初めて見て衝撃を受けた沖野さん。大学卒業後、専門学校で義肢装具製作を学んだのち、義肢装具サポートセンターに入社した。以来、たゆまぬ努力を重ね、義肢装具士としてのキャリアを積み上げていき、2016年10月1日、満を持して独立。自身の名であるオキノと、スポーツを掛け合わせた「オスポ」をその名に冠する義肢装具製作所を設立するに至った。

一般的に、義肢装具製作所は「分業制」と「専業制」に分かれているが、オスポは、完全専業制。断端の採型(型採り)から義足の組み立て、納品に至るまで、すべて沖野さんが一人で行っている。一方、10名以上のスタッフがいる作業所では、分業制を取るケースが多く、型を採る人、削る人、組み立てる人、納品する人と作業別の担当に分かれ、流れ作業で作り上げていく。

「分業制だと、確かに作業の質は上がるのですが、例えば、削ることを専門としている義肢装具士の場合、自分が削った商品がどのように納品されるのか、あるいは、調整が必要になった時、どこに不具合があるのかということが書類上でしか分からず、“人”が見えなくなるのではないかと思いました。実際に、義肢装具を付ける人のことですね。私が専業制を選んだ理由の一つは、その人たちと直に接したかったからです。要望をしっかりと捉え、本当に満足していただける義肢装具を作るためには不可欠なことでした」


完全オーダーメードのソケットは、義足の要

沖野さんが左手を携えるパーツが、ソケット

義足に関して、義肢装具士が主に製作するのは、断端(切断面)を収納し、義足と接続する「ソケット」と呼ばれる部分だ。

「その人の足の太さや長さ、筋肉の付き具合などを見極めて、石膏で断端部分の型採りを行い、完全オーダーメードで作ります。F1に例えるなら、義足はレーシングカー、ソケットは車のシートに当たる部分。どんなに優れたタイヤやエンジンを積んでいても、シートの出来が悪ければ、レーサーは長時間乗るに耐えられません。それと同じで、ソケットは、義足の履き心地に関わる重要な部分。その人の断端の形状や動きにぴったり合わせられてこそ、意味を成します」

新たなものが生まれては、消え、また生まれる。日進月歩で進化を続けるソケットの製作技術だが、「真に価値ある技術を見定めることが大事」と沖野さんは話す。その上で新たに製作したソケットを、アスリートをはじめとした義肢装具ユーザーに使用してもらい、生の感想を次の製作にフィードバックすることで、オスポ独自の技術にさらなる磨きをかけていく。

優れた義肢装具は残らない

日常用の義足(左)と競技用義足(右)。中央は、スパイクソールの付いた競技用義足の板バネ

日常用の義足と競技用義足とでは、使用目的が異なるように、構造も大きく違う。だが、ジョイント部品や「板バネ」と呼ばれる炭素繊維強化プラスチック製の部分など、ソケット以外のパーツについては、基本的には、アスリートや義肢装具ユーザーの要望をもとに、メーカーが開発した既製品を組み合わせていくという点では共通している。

「板バネは、主にJ型とC型がありますが、メーカーによっても特性はさまざまです。陸上競技はJ型、幅跳びはC型、あるいは、その逆の組み合わせというように、種目によって板バネを変える選手もいますし、求める動きや好みによって皆、違います。オスポでは、ユーザーの数だけ存在する多種多様な要望を満たすために、さまざまな技術を駆使していますが、既製品で対応できない場合は、埼玉県にある(株)名取製作所と共同で、オリジナル部品を製作しています」

国境や時代を超えて、誰もが絶賛する絵画は、美しい額縁で飾られ、極めて優れたコンディションで保存されて残っていく。だが、沖野さんによると、義肢装具の場合は、その逆だ。もし、キレイな状態で残っていたとしたら、それはすなわち、使われていないことを意味する。

「(身体に)合わない義肢装具は、使わないからキレイに残っているんですね。乗りやすい車をとことん乗り倒すのと同じで、ぴったりフィットした義肢装具なら、壊れるまで使うので、残らないんです。だからこそ、メンテナンスが大事。 “どんなオリジナル部品を作っているんですか?”とよく聞かれるのですが、その選手のためだけに作ったものなので、本人に来てもらわないかぎり、お見せすることができないのが残念なところなのですけれど」

後編につづく

沖野敦郎(Atsuo Okino)
1978年生まれ、兵庫県出身。オキノスポーツ義肢装具(オスポ)代表、義肢装具士。山梨大学機械システム工学科在学中の2000年、シドニーパラリンピックのTV中継で、義足で走るアスリートの姿を見て衝撃を受ける。大学卒業後、専門学校で義肢装具製作を学んだのち、2005年義肢装具サポートセンター入社。2016年10月1日オキノスポーツ義肢装具(オスポ)を設立。日本の義足陸上競技選手初のパラリンピック・メダリスト山本篤選手リオパラリンピック4×100mリレー(T44)で銅メダルを獲得した佐藤圭太選手の競技用義足、リオパラリンピック男子4×100mリレー(T42-47)で銅メダルを獲得した多川知希選手の競技用義手や芦田創選手の上肢装具など、トップアスリートの義肢製作を手掛けるほか、一般向けの義肢装具の製作も行う。

オスポ オキノスポーツ義肢装具
http://ospo.jp/

(text: 岸 由利子 | Yuriko Kishi)

(photo: 河村香奈子)

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