テクノロジー TECHNOLOGY

立つ、座るを健常者と同じ感覚で!下肢麻痺者の選択肢を拡げるモビリティ「Qolo」

Yuka Shingai

2020年の東京オリンピック・パラリンピックを前に、目覚ましい進化を遂げている車いすやモビリティ。モビリティに関するシステムやデバイス開発のための支援プロジェクト『モビリティ・アンリミテッド・チャレンジ』について以前HERO Xでも紹介したが、主催の一般財団法人 トヨタ・モビリティ基金(以後、TMF)が今年の1月に、製品化を目指す最終候補5チームを発表。利用者の起立・着座を可能にし、立位状態で走行できる電動式車いす「Qolo」を開発した、筑波大学のチームがファイナリストとして選出された。 最終審査、優勝チームの決定はまだこれからだが、若手デザイナーやエンジニアの育成を目指すジェームズ ダイソン アワードでも2014年度の国際準優秀賞に輝いた「Qolo」はひときわ注目を集める存在だ。開発をつとめた、筑波大学システム情報系研究員の江口洋丞氏にインタビューを行った。

想い通りに動かせる気持ちのいい機械を作りたい、
が開発のモチベーション

下肢に障がいを抱える人が直立姿勢での移動と動作、着席動作を支援してくれる移動機器「Qolo」。

立った状態での移動や動作が可能になり、使用者は上半身を前後に傾けたり、胴体をねじることで、起立、着席、前進や方向転換を行うことができる。棚から物を取る、料理するなど、車いす生活ではなかなかうまくできない日常動作までカバーできる、画期的なアイテムだ。丸みを帯びたフォルムやシンプルかつスタイリッシュなデザインはセグウェイなどの海外プロダクトを思わせる。

「もともと車やバイクが大好きだったんですよね」と江口氏は Qolo 開発のきっかけについて笑顔で語りだした。

「自分の思い通りに動く、気持ちのいい機械を作りたいというのが大学でサイバニクスを専攻したいと思った動機でした。そこから車いすに着眼したのは、祖母が浴室で転倒して足を骨折し、不自由している様子を目にしたからです。それまで、自分の身近なところに歩けない状態の人がおらず、目につかなかったせいもありますが、棚に手が届かない、自分で買い物にいけない、座った状態でいなければならない、など制約の大きさに初めて気付きました。

健常者は機能に多少違和感があっても、自分自身で何かしら補正することができますが、障がいを抱え、支援を必要としている人には機械がその機能を適切に果たす必要がある。

健常者となるべく近い動きで立ち上がる、座るという動作を実現することは、ずっと私が抱いていた『想い通りに動かせる機械』を作りたいという興味と合致すると思ったんです」(江口氏)

「実験装置」を「モビリティ」に進化させるため、
芸術学部との共同開発に

研究室配属が決まった大学4年からQoloの開発をスタート。

「まだこの世の中に存在しない構造のものを作り出すわけですから、自分で設計した図面を見て『作りにくいものを考えてしまったな』とも正直思いました。それぞれ40センチ、50センチくらいある下腿と大腿を支えることになるので、必要となる部品も大きく、精度よく作ることがなかなか難しくて。機能面の特徴としてはハンズフリーで移動できることが挙げられるのですが、あれもこれもと欲張って最初に詰め込みすぎたこともあって、『ここまでできていれば満足だろう』というギリギリのラインまで機能を絞り込むことにも苦心していました」

度重なる実験や検証の末、完成した1号機はその優れた機能性が評価され、2014年ジェームズ ダイソン アワード国際準優秀賞に輝いた。

この段階ですでに2号機の基本構造を固めており、一般の人に使ってもらうためには、より取っつきやすいインターフェースを考慮する必要性も感じていた江口氏は、同じく筑波大学の芸術学部の学生であった清谷勇亮氏とコラボレーション活動をスタート。

ジェームズ ダイソン アワード受賞時には、清谷氏からスタイリングのアドバイスを受けた2号機のコンセプトについても発表した。

実験に協力してくれる患者さんから薦められ、TMFの『モビリティ・アンリミテッド・チャレンジ』にも挑戦することとなり、活躍の場を広げてきた。

就職で一度遠ざかった開発。
博士課程の早期修了プログラムに志願し、再度研究の道に

ジェームズ ダイソン アワード受賞の翌年に大学院を卒業し、自動車メーカーにエンジニアとして就職した江口氏は一度 Qolo の開発から遠ざかったものの、後ろ髪をひかれる思いでいたと語る。

「初代のQoloから改良を重ねた2号機の設計図面を完成させて、材料も発注して届いたのに、組上がる前に大学院の卒業を迎えてしまったんです。私の所属していた研究室では個別に研究を行うことが多く、私が抜けてしまうとQolo の研究が滞ってしまいます。自分で設計した以上、最後まで形にしたいという思いがありました」

そこで江口氏が選択したのは筑波大学が社会人を対象に設けている、『早期修了プログラム』だった。一定の研究業績や能力を有していれば、標準修業年限が3年である博士後期課程を最短1年で修了し課程博士号を取得できるもの。国際学会で発表した実績があること、ジャーナル論文が掲載されていることなどの条件をクリアして、2018年から博士課程に入った。

エンジニアリング×デザインで
「つけていることを忘れる」を目指したい

昨年1年間、平日は会社員、休日は研究職と二足のわらじ状態だったが、この4月から、『モビリティ・アンリミテッド・チャレンジ』に専念するために研究員として筑波大学に戻ることになった江口氏。

製品化に向けて、使用者にとって必要なことをどのように落とし込んでいくか、まだ改良の余地があるとのことだ。

「まず、機械としてどう作るかという視点があったので、1号機の時点では正直想像で作っている部分が結構ありました。自分自身が被験者になることも多いのですが、起立・着席動作の際に下半身の筋肉を無意識に使ってしまうんです。しかし Qolo は下肢に麻痺がある人を対象としているので、筋肉を使って実験していてはダメなんですね。

実際、病院の患者さんに使ってもらって、ここは良い、ここはダメ、と意見もたくさんもらったのですが、まだ反映されていない部分もあります。生活の自立性を上げる目的で作っているのに、誰かに手伝ってもらわないと乗れないとか充電できないでは意味がないわけです。実験に参加してくれた患者さんに『体のどの部分に力を入れたらいいかわからない』と言われたことは大きな反省となっています」

たとえばパラリンピックで同じクラスの競技に出ている選手でも、障がいのレベルによって使用する装具が異なるように、一口に「下肢の麻痺」といっても麻痺のレベルによって、上半身を制御できるレベルも変わってくる。

麻痺のレベルが高く、上半身の制御が難しい場合は、現段階の試作機で想定する自由度が得られない可能性もあり、製品としてどこまで汎用性を持たせられるかは課題のひとつとなりそうだ。

「健常者にとって、朝ベッドから起きてすぐ乗って、夜ベッドに入るまでずっと乗り続けるようなものってなかなかないですが、Qoloは足に不自由がある人にとっては、かなり生活にべったり密着した乗り物なんですよね。

メガネをかけていることを忘れてメガネを探してしまうとか、ヘッドホンをつけているのに携帯を探してしまうことがあるように、『つけていることを忘れる』くらいのモノができれば、その人に与えるインパクトも大きいでしょうし、QOLを高めることもできるのではないだろうかと思います。

決してマスが大きい製品ではないですが、ばっちりニーズにハマる人には『こんな乗り物を待っていたんだ!』と思ってもらえるかもしれません。そこはデザインとエンジニアリングの組み合わせによって生まれるものだと思うので、ゆくゆくは機能を洗練させるためのデザインも自分で手掛けるようになれたら理想的ですね」

『モビリティ・アンリミテッド・チャレンジ』の優勝者は2020年・夏の東京で発表予定。

大きな可能性を秘めた「Qolo」を応援し続けたい。

(text: Yuka Shingai)

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サプリメントもオーダーメイドの時代!「healthServer」とは

Yuka Shingai

ビューティやヘルスケア用品におけるパーソナライゼーション化がめざましい。CES2020でもロレアルやP&Gなど業界大手が顧客一人ひとりに向けたサービスを発表したが、日本国内では機能性表示食品市場の拡大と合わせて、サプリメントのパーソナライズ化が進んでいる。そこでIoT技術を使ったオーダーメイドのサプリメントを抽出するサーバーサービスを始めた会社がある。『自分だけの特別な1杯』はどのようにしてできるのだろうのか。

利用者の身体の情報を取得し、
ミリグラム単位で最適な一杯を

個人のデータに基づき、最適なサプリドリンクを提供するオーダーメイドサプリメントサーバーサービス「healthServer」をはじめたのは、東京都文京区に本社を置くドリコス株式会社。、本体に内蔵されいる生体センサーや連携した機器からその人の身体状態や特性などの情報を取得し、その場でオーダーメイドサプリメントを提供するサーバーの開発を成功させた。

healthServerフィットネス業界向けモデル

「healthServerならすべての人にその場でオーダーメイドサプリメントを提供することが可能」と話すドリコス株式会社・中川怜氏

利用方法はいたってシンプル。サーバーの両端に設置された生体センサーに両手の親指を約20秒間当てると脈拍から自律神経バランスを推定し、必要な栄養素が推算される。データを基に内蔵のカートリッジからビタミン、葉酸、アルギニンなどの粉末状のサプリメントがミリグラム単位で配合され、“今の自分に最適な一杯” として、その場で抽出されるというもの。

甘味料など添加物を限りなく省いたピュアな栄養素にこだわっているため、飲みにくさを感じた場合は水やジュース、ヨーグルトなどと混ぜて摂取することもできるという。必要な栄養素の推算については医学博士と管理栄養士に監修を依頼、独自のアルゴリズムを構築し、推算を可能にした。

現在ヘルスサーバーは、個人向け販売と法人販売の両方に販売をしている。個人向け販売は、百貨店や家電量販店を通して販売しており、法人販売はhealthServerに専用タブレット端末を連携したモデル(冒頭写真)をフィットネス業界をはじめとしたBtoBtoCのロケーションをメインターゲットして販売を行っている。

抽出されたサプリメント

専用のスマートフォンアプリやタブレット端末との連動により、オーダーメイド性を更に追求することができると言う。生体センサーの脈拍の情報に加え、利用者の年齢、性別や身長・体重などの基本的な身体情報に加え、「ダイエット」「疲労回復」「美容」など、サーバーの利用目的やその日の天気などを連携することで、より精密にパーソナライズされたサプリメントを抽出してくれる。

アプリ画面

「ユーザーの取り組みに効果実感があるかを測るために、アプリ上では定期的にフィードバックをもらうための質問ダイヤログを表示します。効果を得られていないという回答があれば原因を考え、配合を変えていって効果実感を得られるまでチューニングし続けるんです。ユーザーの健康状態を測定するアプリやサービスはこれまでもありましたが、そこから一歩踏み込んだアクションや、お客様に寄り添う提案まで行えることが『healthServer』の独自性かつ強みですね」と中川氏。

また、ドリコス社はhealthServerとは別に、葉酸サプリ売上No.1(※)を達成してきた「BELTA」を手掛ける株式会社ビーボと協業して展開する新商品「fem server」の販売を開始する。「fem server」は、生理周期のホルモンバランスや生活習慣、悩みと同期した配合で、最適なサプリを専用本体から摂取できるサービスである。栄養素はヒアルロン酸、イソフラボン、コエンザイムQ10、コラーゲンなどの数多くの栄養素を展開、妊娠や出産、生理などホルモンバランスの影響で体調の変化が起こりがちな女性のケアを目指す。

(※)2018年4月 TPCマーケティングリサーチ株式会社調べ

女性のケアを目指す「fem server」

高齢者の健康支援にも意欲

また、フィットネス業界などに限らず今後は介護施設への導入も目指したいと話す。

「医師からの監修を受けるなかで、加齢により筋肉量が減少し、筋力や身体機能が低下している状態のサルコペニアや、身体の予備能力が低下し、健康障害を起こしやすくなるフレイルを未然に防ぐためには、アミノ酸をはじめとした栄養素を効率よく摂取することが重要なことも分かりました。高齢者一人ひとりに寄り添う、サプリメントの提供はかなり需要があると考えています」(中川氏)。だが、課題も残る。「なにぶん現在の『healthServer』はスマートフォンやタブレット端末との連携を前提にしているため、高齢者が手軽にに操作できるかと言えば難しい部分もあります。誰もが手軽に健康に近づくことができるようなアプローチの仕方はもう少し工夫したいところです」

サプリメント摂取の是非については、医療従事者の間でも統一の見解がなく、必要な栄養素は食事で摂取できるという意見もあれば、食事だけでは補えないから積極的にサプリも摂っていくべきという意見もある。新しい論文やエビデンスが次々に発表され、常識と思われていた考えが絶えず変わっていくなかで、ユーザーのレビューがサプリメントの市場を大きく動かす可能性もあるのはIoTならではの作用と言えるだろう。

化粧品などのパーソナライゼーションも進む今、『healthServer』の技術も今後サプリメントだけではなく新たな分野へ発展していくかもしれない。

(text: Yuka Shingai)

(photo: 増元幸司)

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