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所有車稼働率わずか1割という衝撃!モビリティで切り込む新しい交通戦略

御堀 直嗣

 世界の自動車保有台数は、約13億台にのぼる。このうち乗用車は75%を超える約10億台だ。  気候変動抑制のため二酸化炭素(CO2)排出量を減らす取り組みが行われ、ここへ来て、急速に進んでいるのがクルマの電動化。電動化がもたらすものは単に燃料が変わるということだけではないだろう。車の所有を変える新たな動きが連動することは間違いない。私たちの暮らしがどう変わるのか、車をとりまく未来の扉はすでに開き始めている。




実は、電気自動車(EV)はエンジン車より先に現れ、普及しはじめた時代がある。しかし20世紀初頭に米国フォードから大衆向けエンジン車T型が誕生し、同時に米国のカリフォルニア州やテキサス州で大油田が発見され、メジャーと称される大規模エネルギー企業が誕生したことから、エンジン車が世界を制した。

しかしガソリンや軽油を燃やし排出ガスを伴うエンジン車は、大気汚染と気候変動という二大環境問題を起こした。誕生から134年を経て世界に広まったクルマは、EVへの転換が求められている。

ところが、スマートフォンやパーソナルコンピュータ(PC)も使うリチウムイオンバッテリーの素材となるリチウムは、地球資源として限界があり、13億台ものクルマをEV化することはできないとされる。その影響はスマートフォンやPCにも及ぶだろう。
環境保全と、資源の限界、それらとともに世界75億の人々が快適で幸せな生活を続けるため調和していく鍵を握るのが、共同利用である。

クルマの共同利用は、2つの形態で進んでいる。1つは、日本でも広がりを見せているカーシェアリングだ。もう1つは、米国を中心に広がったライドシェア、すなわち同乗である。カーシェアリングは、事業者がクルマを用意し、会員が使用料金を支払う方式だ。ライドシェアは、同じ方向へ向かう人たちがスマートフォンなどを通じて声をかけ、個人所有のクルマに同乗しながら移動する。こちらは情報を提供するアプリケーションが希望者を結び付ける。
共同利用をもっと効率的に広げようというひとつの案として、リチウムイオンバッテリーを発明し、ノーベル賞を受賞した吉野彰が提唱する AIVE(エイアイ・イーブイ)という構想がある。人工知能(AI)と電気自動車(EV)を組み合わせた交通社会の未来像だ。
その未来を描き出した映像が公開されているので紹介しよう。

車にかかる経費
7分の1に減少

個人が所有するクルマの稼働は世界的にも約1割といわれる。残りの9割は駐車場に止まっているわけだ。ほとんど車庫に眠っているのが実態なのである。
買い物をする喜びはある。しかしクルマの場合、購入の後の利用段階においても、燃料代や有料道路代、自宅に車庫がなければ駐車場代、年間の税金や保険代などさまざまな経費が継続的に掛かる。
AIVEは、所有から共同利用へ転換することにより、移動に掛かる経費を所有の1/7に減らすことができると試算する。当然ながら自動運転であり、端末から呼び出せば、自分の居る場所に迎えに来てくれる。
共同利用すればクルマの稼働率が高まり、世界の保有台数を大きく減らしても、消費者や利用者は不便を感じずに済む。限られたリチウム資源を有効に使いながら、個人が好きなときに好きな場所へ自由に移動できるクルマを、存分に利用できるのである。
新型コロナウイルスの世界的な感染で、公共交通機関の利用や、個人所有のクルマを使ったライドシェアは、敬遠されるかもしれない。事業として管理されたクルマを使ったAIVEのほうが、消費者の安心につながっていく可能性がある。日本の抗菌技術や、殺菌、滅菌、また空調の浄化技術が応用されていけば、衛生的になる。

緊急時には発電の役割も

AIVEの構想は、移動の利便性だけでなく暮らしの安心にもつながる。
AIVEが普及すると、50基の発電所が何かの事情で停止しても、AIVEから10時間電力を供給することができるという。EVは移動だけでなく、電力の保管場所としても機能するということだ。
もう少し詳しく説明すると、既存の日産リーフなどEVは、搭載するリチウムイオンバッテリーで約400km走行できる。その電力は、家庭での消費電力に換算して3日前後に相当する。すべて使い切ってしまえばクルマとして移動できなくなるが、部分的であれば、停電に対処しながら、移動を両立できる。
さらに人工知能を活用し、地域の電力情報として管理すれば、必要な場所へ必要な分だけ電力を供給できる。充電ステーションを点在させ、普段はEVの充電に使うが、万一の際はそこにAIVEを止めて蓄えられている電気を供給するのである。
いわゆるスマートグリッド=賢い電力網のひとつだ。
さらにスマートグリッドとEVを結べば、既存の発電所の数を減らすことができると日産自動車は試算する。再生可能エネルギーと呼ばれる太陽光や風力による発電の電力安定化に蓄電設備を設けるのではなく、EVとの連携が活用できる。エンジン車からEVに替わると、移動と蓄電、そして電力調整の役目を果たせるのである。

EVと人工知能をあわせた共同利用は、個人による比較的近距離の移動に適しているといえるだろう。

日産の電気自動車「リーフ」を手がけた井上眞人氏も近距離移動における小型モビリティへの期待を語る。紹介されたモビリティは二人乗り。コンパクトなボディのおかげでパーキング問題も緩和。駐車も外付けのレバーを手押し車のように押すだけのため、ちょっとした隙間に止めることができる。

東京~大阪、あるいはそれ以上の長距離移動は、鉄道やバスなどの利便性が将来的にも続くのではないか。ただし、既存の鉄道やバスとは違った快適さの提供が伴わなければならない。
拠点となるターミナルへは、上記の共同利用のEVで向かう。そこでの乗り換えは、EVなら排出ガスを出さないので屋内へそのまま入っていくことができ、そこを考慮したターミナルビルの構想が期待される。
共同利用のEVはバリアフリーなユニバーサルデザインである必要があり、車いすや目の不自由な人、あるいは高齢者も、鉄道やバスの扉口までEVでそのまま近づくことさえできるだろう。子供連れの家族も、大きな荷物を抱えることなく、戸口から戸口へそのまま乗り換えることができれば旅も楽になるのではないか。
そのEVは、観光用などでしか今は使われていない超小型モビリティでもいい。超小型であれば、ターミナルビルのなかを比較的自由に移動できるのではないか。さらにAIVEならその場に駐車して客待ちをする必要がないので、人を降ろしたらビルの外へ出て、次の場所へ移動するなり、別の待機場所で止まればよい。同じことは、空港のターミナルについてもいえるだろう。

そうなると、行政組織の在り方も変わらなければならない。たとえば国土交通省内の現在の自動車局や、鉄道局、航空局という部署は専門集団として残るとしても、それらを統括する総合的な部署が上に立つ必要がある。そして分野を越えた交通政策を俯瞰的に計画し、実行していく。
道路やターミナルビルの建設なども、EVが屋内まで入って走ることを前提に、計画や管理をしなければならない。自動運転であれば、通信の総務省も関わる。
自動運転と同様に、これは国造りの話であり、単に交通だけの問題で終わらない。交通と建物や国土が絡み合う点では、まさに国土交通省が本領を発揮する時代の到来ともいえる。そして国土交通省の立場は、省庁のより重要な位置づけになるべきだろう。

クルマに限らず、万人の移動を自由で快適に行えることを国が支える重要性は、新型コロナウイルスによる緊急事態宣言や海外でのロックダウンをみれば明らかだ。人が移動しないことで経済が破綻しそうになる。つまりモビリティ(移動)の課題と未来像は、まさに国土強靭化の一翼を担うのであり、省庁の縦割りに任せていては実現できない総合的な政策による、次世代の国造りとなっていくのである。

(text: 御堀 直嗣)

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情熱はやがて技術になる。業界No.1メーカーの開発の裏側に迫る!【日進医療器:未来創造メーカー】

岸 由利子 | Yuriko Kishi

日進医療器株式会社(以下、日進医療器)は、医療・福祉用からバスケットボール、テニス、陸上やチェアスキーなどの競技用に至るまで、あらゆるタイプの車いすや福祉用具の開発を手掛ける業界No.1メーカー。同社を創業した故・松永和男さんは、1964年の東京パラリンピックで、車いすを自在に操り活躍するアスリートたちの姿に感動し、同年より車いすの製造を開始。1969年頃には、日本初のオーダーメード車いすの製造を始めたパイオニア的存在だ。今回は、国内外から注目が集まる競技用車いすの開発について、同社開発部設計課の山田賀久さんにお話を伺った。

アスリートの要望のヒアリングから始まる老舗メーカーの真摯なものづくり

今日に渡って、日進医療器が遵守するものづくりの重要な要素は二つ。ユーザーの立場に立ち、使いやすさを真剣に考える「製品に対する情熱」、そして、長年培ったノウハウの上に綿密な検査と研究を積み重ねた「高い技術力・開発力」だ。

リオパラリンピックで、車いすバスケットボール日本代表チームのキャプテンを務めた藤本怜央選手をはじめ、宮島徹也選手や吉田絵里架選手など、アスリートのために同社が開発する競技用車いすには、それらが凝縮されている。

日常用の車いすをオーダーメードで作る場合、身体寸法の計測をはじめ、「ここに入りたいから、この幅にして欲しい」など、ユーザーの生活環境や、障害のレベルや種類によって異なる要望のヒアリングは、基本的に全国各地の販売店の人たちが行っている。競技用車いすも、同様に計測やヒアリングが行われるが、異なる点は、その段階を含めて製造までの過程を日進医療器が一貫して担っていることだ。

「選手の意図を正確に汲み取るために、大会に出向く時や、弊社に来社いただく時など、直接お会いした際に希望を細かく伺います。最近は、アメリカ、中国や韓国など、海外からの依頼も多く、通訳を交えて選手と話すこともあります。それらを踏まえて、私たちは図面を引き、その図面を元に製造工程に入ります」と山田賀久さんは話す。

製造プロセスへのこだわり、“乗り味”のバリエーション「選手想い」の創意工夫を凝縮したレース用マシン

欧米のメーカーと違って、日本の車いすメーカーは、強度が強く、軽量に出来る7000系のアルミ合金を多用する傾向にある。その中でも日進医療器は、1.2~1.3mmという極めて薄い部材を独自開発し、レース用車いすに使用している。特筆すべきは、その組み上げ方。接着してリベットを打つなどの方法ではなく、この肉薄の部材に熱を加えて曲げ、溶接しているのだ。業種に関わらず、他のメーカーや企業ではほとんど使われていないという、特殊で難易度の高い技術である。

しかも、量産品の車いすの場合は“固定治具”と呼ばれる専用の型を使って製造されるが、競技用などのオーダーメードの場合は、それらを使わず、熟練の職人が一人で一台を組み上げていくのだという。

「その他の競技用車いすに比べて、レース用車いすは、特に軽さと剛性が求められます。溶接で組み上げると、部材が重なる部分が少ないので、その分重量も軽くなりますし、強度の面でも優れています。ただ、熱に溶けやすく、下手をするとすぐに穴が空いてしまうので、溶接には熟練を要します」

「NSR-Cシリーズ」は、CFRP(炭素繊維強化樹脂)をメーンフレームに使い、アルミ製フォーク・シートフレームと組み合わせた陸上競技用車いす。

「CFRPは、剛性や軽さだけでなく、振動吸収性にも優れていて、より柔らかい感じの乗り味が特徴的です。路面に近い姿勢で、長時間走り続けるマラソン選手には、“走行中の細かい振動を吸収してくれる”など、好評をいただくことが多いですね。例えば、ロードバイクでも、しなやかな乗り心地のクロモリ(クロームモリブデン鋼)を好む人もいれば、カーボンやアルミを好む人もいるように、競技用車いすも、選手によってそれぞれに好みは違います。選べる幅が広がればいいなという想いも込めて、開発にあたっています」

洋服や靴のように福祉用具も、日常に溶け込めたら理想的

陸上競技をはじめ、バスケットボールやテニス、チェアスキーなど、どの競技においても、「選手の要望を元に、車いすというマシンを選手の体に合わせることが何より大事」と山田さんは話す。

「現状、来年のピョンチャンパラリンピックのことで頭がいっぱいなのですが、2020年の東京パラリンピックに向けて、これまで以上に密なコミュニケーションを取って、彼らが何を求め、何を考えているかについて、さらに理解を深めていきたいと考えています。観戦する機会が少ないことも関係していると思いますが、パラスポーツは、まだどこか特別なものという見方があることは否めません。東京2020は、ある意味でその概念を打破し、誰にとっても身近に感じられる良いきっかけになるのではないかと思います。環境だけでなく、人々が気持ちの上でもバリアフリーになれたら、今よりもっと素晴らしい社会が実現するのではないでしょうか」

2025年、国民の3人に1人が65歳以上、5人に1人が75歳以上という、前代未聞の超高齢化社会を迎える日本。車いすをはじめ、日進医療器の介護用品や医療福祉施設向け用品の需要が、ますます高まることが予想されるが、開発者たちは、どんな価値を提供したいと考えているのだろうか。

「どれだけ時代が変わっても、私たちが提供していくべき価値は、“長く乗れる、長く使えるもの”です。洋服や靴などを買う時と同じように、車いすや杖などの福祉用具も、必要に応じて自分の好きに買いに行く。そんな感じで、人々の生活に当たり前にあるものとして、自然に溶け込めるようになれたら理想的だと思います」

誠実な社会貢献をモットーに、技術革新に日々努めながら、一人ひとりに合わせた製品づくりに邁進する老舗メーカーの今後に期待したい。

日進医療器株式会社
http://www.wheelchair.co.jp

(text: 岸 由利子 | Yuriko Kishi)

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