テクノロジー TECHNOLOGY

最短3日で退院できる!手術支援ロボット「ダビンチ」の可能性に迫る

Yuka Shingai

2018年、大ヒットしたドラマ「ブラックペアン」には「スナイプ」と呼ばれる最新手術医療器具が登場したが、ロボットや機械が手術を補助する場面は今後ますます増えると推測される。なかでも、先端を行く存在として注目されているのが手術支援ロボット『ダビンチ』だ。ダビンチによる手術を行うニューハート・ワタナベ国際病院を訪ね、ロボット手術の現状や課題、医療の未来について話を伺った。

痛くない、血が出ない。
患者の負担が最低限で済むので、最短3日で退院できる。

米粒にすら文字が書ける精密さ。医療用ロボット「ダビンチ」とは? (http://hero-x.jp/movie/5178/)

まず最初に説明しておきたいのは、ダビンチとは厳密には「ロボット」ではなく「世界初、遠隔操作型の内視鏡器具」であるということ。

「現在はマニュアルを基にした医師の操作が必要ですが、いつか熟練した人の腕を再現できるような時代が来るのだろうという希望をこめて、ロボットと呼んでいるのかもしれません」

そう語るのは、ニューハート・ワタナベ国際病院 総長 兼 理事長の渡邊剛氏。ダビンチを使用した心臓弁の形成術や、心臓の血管を繋げるバイパス手術をはじめとした心臓血管外科領域において国内外での豊富な経験を誇り、日本ロボット外科学会の理事長も務める、まさにダビンチを広めた第一人者だ。

ニューハート・ワタナベ国際病院 総長 兼 理事長・渡邊剛氏

ダビンチと従来の内視鏡との違いは、まずその機能性と自由度の高さにあると言えるだろう。

3D内視鏡で捉えた患者の術野を立体画像として映し出すステレオビューワ、鉗子 (「ペアン」に代表されるように、手術や治療の際血管などの組織をつまむ器具のこと) や内視鏡カメラを自在に操作できるマスターコントローラ、瞬間的に鉗子や3D内視鏡の切り替えができるフットスイッチなどを駆使し、医師は患者から離れ、座った姿勢のまま遠隔操作で執刀する。

動かした手の幅を縮小して伝えるモーションスケール機能を使えば、手を5cm動かすと、鉗子は1cm動く仕組みに設定ができるし(この対比は2対1、3対1にも設定可能、手術前に設定した後、術中の状況に応じて変更することもできる)手ぶれ補正機能や左右を反転できる機能など、狭い空間での作業や、血管の縫合や切除なども精密さを求められる作業にも適している。

また、鉗子の種類も100種類ほど揃っており、臓器や目的に合わせた器具が発展しているそうだ。

「ダビンチを使うメリット、それは、まず患者さんの負担が少ないことです。患者さんの皮膚を1~2cmの幅で数か所切開し、そこから鉗子を挿入して手術をするので痛みも少ない、開放手術と比較すると出血が少ない、小さな傷口を開くだけなので、術後の疼痛が軽減され傷が早く治る、手術後に後遺症も残りにくく、手術痕が綺麗なことが特徴と言えるでしょう。当然、手術する部位や状態にもよりますが、最短であれば術後3日で退院して、仕事や学校に復帰することができますよ」(渡邊氏)

早く退院できるというのは、手術後回復を待っている間に体力が低下してしまい、そのまま寝たきりになってしまうことも多い高齢者の手術にも大きな効果が期待されるであろう。

ダビンチは2000年に米国で誕生した。当時、世界で初めての内視鏡下冠動脈バイパス術を行った渡邊氏は、いつかダビンチを使って心臓の手術を行いたいと考えていた。

大学への交渉や文部科学省からの資金拠出を経て、渡邊氏が日本国内ではじめてダビンチを使った手術を行ったのは、金沢大学と東京医大で教授職に就いていた2005年のこと。2009年に先進医療として認定されるまでは、研究費でダビンチによる手術を行うなど、試行錯誤を重ねながらもチーム ワタナベは2005年12月から2018年10月にいたるまで、553件もの手術を実施してきた。

そして、2014年に開業したニューハート・ワタナベ国際病院では弁形成術をはじめとして、心房中隔欠損症、心室中隔欠損症、心臓腫瘍などの心臓手術のほか、国内で唯一のダビンチによる甲状腺手術も行っている。

「年間、弁形成の手術が4000例ほどあるなかで、私たちが担当しているのはその5%、200件ほど。シェアという意味では大きいですが、保険適用がスタートしたのは2018年の4月とごく最近のこと。認知が広がっていくのはこれからではないかと考えています」

医師の腕が手術のクオリティを左右する。
誰にでも扱える万能なロボットではない。

元々、心臓外科の手術用で始まったダビンチ、現在アメリカでは2500台ほど導入されており、そのなかでも泌尿器科の手術の8割以上はダビンチで行われている。この15年で、開放手術の件数とは逆転現象が起こったほどだ。一方、日本に入ってきたダビンチは500台ほどで、泌尿器科での件数はようやく6割に届く程度と言われている。

患者数や医療制度は国ごとに異なり、一般化することは難しいながらも、これまで日本での普及がなかなか進まなかった理由は、コストの問題と並んで、医師の腕が大きく左右される手術であることも大きく関係している。

「胸やお腹を大きく開けば、術部がよく見えるし、どこまで取るか、どう縛るかなど相談もしやすく標準化できます。しかしダビンチをはじめとした内視鏡手術は、ほぼ1人で手術を行うもので、手術時間にしても吻合技術 (心臓血管手術において血管等を繋ぎ合わせる技術のこと) にしても、医師の腕が手術のクオリティに大きく影響してしまいます。

ダビンチは誰でも使える万能なロボットだと思われることもありますが、結局は医師の判断や裁量によるところが大きく、誰が使ってもいいものではありませんし、新しい技術に挑戦するには勉強も臨床経験も必要です。たとえば車の運転がロクにできない人がF1カーを運転したらエンジンをかけることもままならないですよね。自分のかわりに手術を行ってくれるロボットではないですから、ダビンチを使って手術ができるようになるためには、まず外科医として一人前にならなければならない」(渡邊氏)

日本ロボット外科学会の
サーティフィケートが今後の判断基準になる

更なる認知の向上を目指すも、医療機関はもちろん広告を出すことはできず、インターネット上に患者さんの声を反映する際にも制約がある。

それでも、「日本に導入したものの責任として、安全に正しく広めることが必要だと感じています」と語る渡邊氏は医師の育成もかねて、日本ロボット外科学会を立ち上げた。経験や症例数に応じて、国際A、国際B、国内A、国内Bの4種類のライセンスを与え、認定証書を授与している。

「このサーティフィケートが今後、患者さんの判断基準にもなっていくと思います。より認知が広がっていけば、大腸がんならこの病院、甲状腺ならこの病院、と手術を受けるべき病院も分かって、後悔のない治療を受けられるのではないでしょうか」

まだ、件数は少ないものの、これからは産婦人科の手術での活躍に期待が集まっている。泌尿器などに比べると、産婦人科は臓器も病気の種類も多く、より多くの患者に安全な治療を施せる将来性にも満ちている。

日本に導入しようとした当初は、厚生労働省から薬事法承認が下りるまでのハードルが高かったダビンチも現在は第4世代まで進んでおり、川崎重工とシスメックスによる国産手術支援ロボット「メディカロイド」も2019年の販売に向けて開発が大詰めを迎えるなど、技術の進歩は止まらない。

今後、患者にとって当たり前の選択肢としてロボット手術がより発展していくことに期待したい。

(text: Yuka Shingai)

(photo: 河村香奈子)

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【イベントレポート】世界の叡智を結集!ビジネスカンファレンス「Innovation Garden」

小泉 恵里

ポストコロナ時代の日本流イノベーションを海外へ発信するビジネスカンファレンス「Innovation Garden」が、2020年10月9日(金)・10日(土)の2日間に渡って開催された。世界最高峰のイノベーター達をスピーカーに迎えたプログラムでは活発なディスカッションがオンライン上で繰り広げられ、盛り上がりをみせた。注目のカンファレンスや、編集長・杉原行里とプロデューサー佐藤勇介が登壇したワークショップを中心に紹介していく。

「Innovation Garden」とは

本年初開催となる「Innovation Garden」は「ARS ELECTRONICA」「BORDER SESSIONS」「C2」といった世界最先端の3つのカンファレンスが一堂に会し世界の叡智を集結させたイベント。オンラインとオフラインを融合させたカンファレンスで、東京・晴海の施設CLT PARK HARUMIを配信拠点にカンファレンスの模様が世界同時オンライン配信された。
時代を牽引する多彩なビジネスリーダーたちをゲストに迎え、国境や業種の壁だけでなく、登壇者と参加者の壁も越境するセッションやオンラインの手法を導入したワークショップが開催され、2日間の会期中、30以上に及ぶプログラムと、行動ログに基づくマッチングを体験するイベントとなった。

「共創と共生を生む日本型イノベーション」を共通テーマに、様々な業界を横断して価値観をぶつけ合い、そして混ざり合うトークセッションが繰り広げられた。登壇者には建築家の隈研吾氏、⼤阪⼤学基礎⼯学研究科教授・⽯⿊浩氏、台湾デジタル担当大臣 オードリー・タン氏、田村淳氏、三浦瑠麗氏という豪華な顔ぶれ。従来の一方的なトークセッションとは一線を画す聴講者参加型のスタイルで、参加者が自由に質疑応答やリアクション機能(♡、!ボタンなど)を使うなど、インタラクティブなコミュニケーションがはかられた。

DXの活用は、一人ひとりの豊かさ、
その人らしい人生に寄り添うためのもの

数あるラインアップの中でHERO Xが注目したのは、「超高齢化社会の幸福とデジタル」をテーマにサントリーウエルネス 代表取締役社長 沖中直人氏と、慶應大医学部教授の宮田裕章氏が行なうディスカッションだ。今後ますますDX(デジタルトランスフォーメーション)が進む医療業界だが、海外の例はどうなのか、今後期待できる分野は、そしてどのようにすれば高齢者たちにも使いやすいものになるのか、という問題解消に向けたビジョンも議題に上がった。

慶應大医学部教授 宮田裕章氏

宮田氏は、超高齢化時代だからこそDXによって一人ひとりに寄り添う医療が可能になるはずだと、DXが牽引する明るい未来について示唆した。
「超高齢化社会に突入する今、病気になってからの対応だけではなく、より早い段階からの対応が必要です。これまでの医療機関が保有するカルテなどのデータだけではなく、5G 環境下で活用可能になる IoT データや、個々のスマートフォンなどから得られるライフログデータが重要になります。例えば、一人ひとりを個で捉えるデータベースがあれば服薬歴なども把握することができますし、食事管理も可能になります。一人ひとりの健康が自然にサポートされる世界観がやってきているのでしょう。デジタルを使うことで、コストを大幅にかけることなく、医療が一人ひとりに寄り添えるようになってきた。これがDXの大切なところだと思います。また、病気の時だけではなく人生のいかなる時も、マイナーな不調がある時もカバーできるようなケアが必要です」

サントリーウエルネス 代表取締役社長 沖中直人氏

サントリーウエルネスの沖中氏は「サントリーウエルネスはデジタル技術を使って一律のサービスを提供するのではなく、個客起点でのDXに取り組みたいと考えています。我々は人間の影の部分を理解し、共感した上で個客一人ひとりの伴走者でありたいと考えており、これは社是にある『人間の生命の輝きを目指し〜』という考え方ともつながっています」とデジタル技術を駆使することで目指すべきゴールについて強く訴えた。

さらに沖中氏は、超高齢社会に突入するわが国の現状と、時代の変化に伴い、健康の定義をそろそろアップグレードする必要があることも示唆。「例え病気があっても、その人らしく人生を輝かせながら生きることができます。それは、人それぞれまた、瞬間瞬間で違うのです」(沖中氏)

「私は介護の分野も見ていますが、要介護レベルの方でもウェルビーイングを諦めるのではなく、散歩や手芸など一人ひとりが大事にしている趣味や生きがいに寄り添うことが大切だと思っています。一人ひとりの豊かさに寄り添うことにとって、その人がこの先の人生を幸せに生きていくことができる」(宮田氏)

「人間の命の輝きは誰かに見ていてもらわないと分かりません。そこで最後はコミュニティーが大事だと思います。生きている実感は人との支え合いがあるからこそ感じる幸せなんだと思います。一人で生きていくことができないからこそ、デジタルというツールを使って人との繋がりをサポートしていければと思います」(沖中氏)

一人ひとりに寄り添う、共有する価値づくりへと時代は変化している

 

一方、社会がデジタル化していく中で高齢者の方々はデジタルを活用することができずに取り残されてしまっているという話もある。これに関しては、わが国でも早急に取り組むべき問題のひとつだ。

「どういうきっかけがあればデジタルを使いたくなるのか、利用する側に立ってフックとなるものを作っていくしかありません。例えば中国では、お孫さんへのお年玉はスマホを使ってアリペイであげるようです。また、お見舞いに行くのは大変だったけれどZOOMお見舞いで対話すればもっとゆっくり話せるし、ラクです。韓国でも高齢者のスマホ利用率は90パーセント以上です。日本だけが高齢化社会という訳ではないので、今後はデジタルをどう使うかのきっかけ作りが必要です。日本はDXで世界に遅れをとってしまいましたが、デジタルがあればコストを大幅にかけることなく、一人ひとりに寄り添えるようになる。これがDXの大切なところです」(宮田氏)

コロナ禍、さらに注目される
“防災” イノベーション

イベント参加者も参加できるワークショップのコーナーでは「ポストコロナの防災プロダクトをプロトタイプする」の回に弊誌編集長・杉原行里と日本での「BORDER SESSIONS」開催に携わる弊誌プロデューサーの佐藤勇介も登壇した。

現在、新型コロナウイルス感染拡大の影響により生活様式が大きく変わるなか、防災に関する意識が高まっていることをご存知だろうか? コロナ禍で豪雨等の災害に見舞われたここ日本でも、感染を恐れて災害時も「自宅で待機する」「車中泊をする」「親戚や知人宅で待機する」という人が多くみられ、たくさんの命が危険にさらされる恐れがある今、防災プロダクトも新たなものが求められているはずだ。
また、その一方で、防災産業の市場規模は年々拡大傾向にあり、テクノロジーの進化とともに、様々な防災プロダクトが誕生している。今回のワークショップでは、斬新なアイデア、実例を含めて世界中から気鋭のプロダクトメーカーやデザイナーたちのプレゼンテーションが行われた。

冒頭では、テクノロジーと災害事例について紹介。英国北部向けの専用ヘリコプター緊急サービスを運営するGravity Industriesが開発したジェットエンジン搭載スーツ(ジェットスーツ)を用いた山岳救助向けテスト飛行実験した様子が映像紹介された。生き埋めになったしまった人の微弱な電波を検知し、探索と救助に役立てる。人間がジェットスーツを着て空を自由に飛び、山岳で怪我をした人をいとも容易く発見する様子は圧巻だった。

また、オランダのデザインチーム・SAFE CASTからはフィリピンの洪水地域に住む人々の生活をFloating Homes という “水に浮かぶ持続可能な建物” が救った例が紹介された。

編集長でRDS代表の杉原行里は、モータースポーツで培った技術を防災産業に活用すると話した。
「新しいモノ作りのカタチを世界に発信する研究開発型の企業のRDSは、F1チームをはじめ、モータースポーツ、医療・福祉、最先端ロボットの開発など、多数の製品開発に携わってきました。RDSの技術力や培ってきたノウハウを使い、全国で頻発する自然災害に対して、防災意識の向上や災害時でも平時でも活用することができる移動手段、デュアルなプロダクトの開発・販売に取り組んでいきます。日常の暮らしも便利になるモビリティ・プロダクトの開発が可能で、ロボットが遠隔操作で危険な場所を調査・捜索、また災害時の避難サポートをしたりすることで逃げ遅れる人を助け、一人でも多くの命が救われるようにしたいです」

また、ワークショップ参加者のなかには、日本ではおなじみのポイントに目を向けて防災に繋げるプロジェクトを立ち上げたBOSAI POINTの亀山淳史郎氏の姿も(関連記事:http://hero-x.jp/movie/9138/)。参加者のなかでも注目されたこのプロジェクトについて次のように説明した。

「日本には、ポイントサービスが数多く存在しており、その9割が使用されずに失効しています。『BOSAI POINT』は、お買い物時に得たポイントを使って寄付することで、未来の被災地に支援を届けるポイントドネーションシステムです。寄付されたポイントはお金に換算して、非常食や充電機器などの支援品の購入にあてられます。未来の災害に備えてストックし、災害時に全国各地の避難所に届けています」

弊誌プロデューサーの佐藤勇介は、「今回参加されたさまざまな企業がコラボレーションを行ない、新しいプロジェクトや製品が生まれたらいいですね。また近いうちに集まりましょう」と、参加者がそれぞれの強みを生かしながら次なるステップにつなげていきたいと意欲を話した。

新型ウイルスの感染拡大という未曾有の時代に遭遇し、私たちはいま正解の見えない世界に生きている。一体どこに進んだらいいのか……。そんな時は、世界の叡智を集めて意見を聞いてみるのもひとつの手だ。柔らかな発想から生み出されるハイテクな防災プロダクトが世の中に出てくるのも楽しみ。日本発の果てしない可能性を感じたカンファレンスだった。

(text: 小泉 恵里)

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