プロダクト PRODUCT

義足の裏にも、ブリヂストンあり!“接地を科学する”技術をスポーツのために【2020東京を支える企業】

中村竜也 -R.G.C

世界最大手のタイヤメーカーとして、創業より87年の歴史を誇るブリヂストンが、2017年「チームブリヂストン ジャパン」(以下、チームブリヂストン)を発足した。様々な困難と向き合い、夢に向かって挑戦し続ける人々の旅を支えるという思いを込め、このメッセージを体現する萩野公介選手(競泳)、スマイルジャパン(女子アイスホッケー)らオリンピックを目指すアスリート、谷真海選手(パラトライアスロン)や田中愛美選手(車いすテニス)らパラアスリートをアンバサダーに任命。さらに、彼らの挑戦を長きにわたり培った技術を活かして支援している。そして、その先へと繋げるための活動とは一体どのようなものなのだろうか?

ワールドワイドオリンピックパートナー、東京2020オリンピック・パラリンピックゴールドパートナーとして、選手たちの支援を行っているチームブリヂストンであるが、主にどのような活動をしているのかがまず気になるところ。

「具体的には、IOC(国際オリンピック委員会)のワールドワイドオリンピックパートナー、東京2020オリンピック・パラリンピックゴールドパートナーとして、東京2020に向けて大会の開催を支援し、また国内の機運を高めようという活動を行っています。例えばその一環として、オリンピアンやパラアスリートに当社の拠点や技術センターに来ていただき、子供達が彼らと一緒にスポーツを体験するイベントを開催しています。多くの方にオリンピックやパラリンピックへの理解を深めてもらう良い機会となっています。

また、ブリヂストンの従業員にパラリンピックを目指す国内トップアスリートがいます。彼らはチームブリヂストンのブランドアンバサダーとして、当社が掲げるメッセージ「CHASE・YOUR・DREAM」をプロモートしてもらっています。アスリートやパラアスリートの活動は、主に東京2020に向けたオリンピック・パラリンピックのマーケティング活動となっています

企業として、どのように社会に貢献出来るかを、常に考えている広いビジョンが、活動から伺える。そしてもう一つは、アスリートを技術面でサポートする活動だという。

「会社としてのコア技術を活かし新しいことに繋げることが出来ないか、というのを常に探し出すことを前提に、世の中の困りごとが解決できたらなという思いで活動しています。その中で、パラアスリートと話す機会をいただいたことで、パラアスリートの用具に関する不便さを実感し、この取り組みが始まりました」と話してくれたのは、ブリヂストン イノベーション本部の小平美帆さん。

どんな路面でも安心して走らせたいという思い

「そこでの具体的な活動内容は主に選手たちを技術面からサポートするということ。たとえば、パラトライアスロンの秦由加子選手だと、自転車の供給はもちろんなのですが、使用している義足のソール部分も開発させていただいています」。ソールは、地面とのインターフェイスとなる最も重要な箇所。一体どのような視点から開発が進められているのだろうか。

「ソール部に関しては、二つの視点から取り組んでいます。まずは、ゴムや高分子複合材というものを扱う技術がブリヂストンにはあるということ。プラス、タイヤを開発するときに重要になってくる接地という概念。この二つに通ずる部分から我々が持っている技術として何か出来ないかというところを軸に、ソールの開発をしています」

そもそもトライアスロンは、水泳、自転車、長距離走の三つの種目で一つの競技として成り立っている。それぞれ全く違う競技だけに、一つのソールを付けた義足だけで行うのは難しいと感じるが、実際はいかに。

秦選手の場合は、自転車と長距離走で義足を使い分けています。その中でも私たちが関わっているのは、水泳から自転車に乗るところまでに装着する義足と、長距離走の義足です」

開発中の義足ソール(プロトタイプ)。

普段当たり前のように歩いている我々が接地という概念を気にするはずがないのだが、小平さんの話を聞かせていただき、これだけ地面と接する部分がアスリートやパラアスリートには大切なのかということを痛感した。そこには、世界各地どんな路面でも安心して走ってもらいたいという願いが、原動力として確実に存在している。

選手たちとの連携や
コミュニケーションが開発を進める

「やはり、開発するにあたり重要なのは、選手がどんなことに困っているのかを的確に把握すること。その上で練習や試合の場に足を運び、選手からのフィードバックを分析して開発につなげていくという地道な作業が重要となってきます。そして、選手たちの意見をどう科学的に組み立てていくということが、私たちにとっても思ってた以上に新しい分野で、日々学びながら私たちも選手と一緒に成長させていただいています」

選手をサポートするには、パートナーとして互いを理解し信頼関係を築くことが重要なのがよく伝わった。ではそもそもどんな出会いから、チームブリヂストンの選手達と繋がっていったのか。
「通常は何のコネクションも無いところから私たちがコンタクトを取り、ヒアリングをさせていただく形でチームブリヂストンに加入していただいたのですが、秦選手に関してはちょっと特殊で、ブリヂストンのグループ会社であるブリヂストンサイクルが自転車のサポートを行っていた選手というのがたまたまマッチした珍しいケースです」

これだけの大企業が、草の根運動的な動きで選手たちと繋がっていったのかと思うと、頭が下がる思いになる。

夢を追いかける人をサポート

「また、チームブリヂストンは、いわゆる実業団のチームとは違う位置付けで、メンバーやチームを応援してくれている皆さんがいて成立しているチームです。端的に言うと意識の共有。その核に、“CHASE YOUR DREAM”というメインテーマが存在しているわけです」

小さな技術の種を、世界レベルまで育て上げてきたブリヂストンだからできる社会貢献の方法。彼らが見据えるその先には、進化とともに開く明るい未来が常に存在しているのだろう。今後もHERO Xは、チームブリヂストンの動向に注目していきたい。

(text: 中村竜也 -R.G.C)

(photo: 河村香奈子)

  • Facebookでシェアする
  • LINEで送る

RECOMMEND あなたへのおすすめ

プロダクト PRODUCT

車いすアスリートのレジェンドが惚れ込んだ、最速マシン開発チーム【八千代工業:未来創造メーカー】前編

岸 由利子 | Yuriko Kishi

八千代工業(以下、ヤチヨ)は、樹脂製燃料タンクとサンルーフを主とした自動車部品の研究開発・製造・販売と、自動車の受託生産を主要事業とする企業。その名が、自動車とは異なるパラスポーツの世界で人々の耳目に触れるようになった一つの大きなきっかけは、2014年10月より同社に所属する車いすマラソン女子の第一人者・土田和歌子選手の存在。これまで夏季と冬季を合わせてパラリンピック7大会に出場し、夏冬の両大会で金メダルを獲得するという日本人初の偉業を成し遂げたレジェンドだ。そんな土田選手が惚れ込んだのが、ヤチヨが、ホンダR&D太陽株式会社(ホンダR&D太陽)と株式会社本田技術研究所(以下、本田技術研究所)と三社共創で開発する“レーサー”こと、陸上競技用車いす。開発の裏側を探るべく、同社開発本部生産技術部新商品技術ブロックリーダーの柴崎博文氏に話を伺った。

自動車部品と自動車生産の
エキスパートが展開する多彩な事業

今年、創業65年目を迎えたヤチヨ。激化の一途を辿る自動車業界のグローバル競争を勝ち抜くべく、部品事業ではグローバルオペレーションを進化させ、海外を中心とした事業拡大の推進に尽力するかたわら、完成車事業では、大量生産を前提とした工場にはない新たな価値を顧客に提供するために、「少量生産特殊工場」への変革を進めている。その名の通り、生産台数は少なくとも、顧客が真に必要とする自動車の生産に特化した工場だ。

さらに、長い歴史の中で培ってきた独自の技術やノウハウを活かし、LPガスをはじめ、天然ガスや水素など、さまざまなエネルギー源を貯蔵する「エネルギーストレージ」の事業展開を進めながら、自動車の軽量化や低燃費化に寄与する素材を用いた自動車部品の量産化技術の構築に力を注いできた。その素材のひとつが、近年、陸上競技用車いすにも使われているCFRP(炭素繊維強化プラスチック)だった。

陸上競技用車いすの開発を
三社共創でスタート

開発本部生産技術部新商品技術ブロックブロックリーダーの柴崎博文氏

ヤチヨが、本田技術研究所とホンダR&D太陽との三社共創で、CFRP(炭素繊維強化プラスチック)を用いた陸上競技用車いすを開発するに至った経緯について、柴崎氏はこう話す。

レーサー(陸上競技用車いす)をCFRPで一緒に作りませんか?と本田技術研究所の方から、お声掛けいただいたことが全ての始まりでした。本田技術研究所が、次のジョイント先を探されていて、当社はちょうど、カーボン技術の基礎研究に着手し始めた頃でした。レーサーを造ることは、今後、社内のカーボン技術を構築していく上でも、自動車部品などの製品へCFRPを応用するための技術開発の上でも、良い機会になると思い、2012年より共同開発させていただいております」

勝ちに行くためのレーサー、
極<KIWAMI

世界に1台。極<KIWAMI>の“土田モデル”に乗った土田和歌子選手

カーボン技術の構築と共に、障がい者スポーツの発展を目指して、“1秒でも速く風をきって走る喜びを多くのアスリートと共有したい。その理念のもと、ヤチヨが誇る「ものづくりへの飽くなきこだわり」が、本田技術研究所の「徹底した先進技術の追求」と、ホンダR&D太陽の「妥協を許さない試験評価」とみごとに融合したレーサーが完成した。

その名も、ハイエンドモデル「極<KIWAMI>」。最先端カーボン設計技術を駆使したCFRP製シートとメインフレームが一体型になったモノコック構造で、シート部分は、非接種方式の3Dスキャナーによる姿勢測定のデータを基に、3D-CADでアスリートの体のラインにぴったり合った形状を具現化。ホイールにも、軽量かつ剛性に優れたCFRPを採用することで、超軽量カーボンホイールが実現した。柴崎氏の言葉を借りるなら、これは他でもない、「勝ちに行くためのレーサー」だ。

CFRPを採用したのは、単に軽量化のためだけではない。優れた振動吸収性という特性を活かすことも、ヤチヨの狙いのひとつだった。選手によって、素材の好みの違いはあるが、路面に近い姿勢で長時間走り続ける車いすマラソン選手の場合、アルミ製メインフレームのレーサーなどに比べて、乗りやすさを直ちに実感するケースが多いという。「高い振動吸収性により疲労感が少なく、レースの最後まで力を出し切ることができる。また、自身の生み出す力が余すことなくレーサーに伝わるので、最大限のパフォーマンスが発揮できる」と土田選手が話すように、選手の体の動きに合わせた、最適なしなりやねじりを実現している。優れた走行性能はもちろん、極めてしなやかな乗り心地も兼ね備えたマシンなのだ。

全力で勝ちに行く選手に、
全力で応える

レーサーの中でも、選手の体に密着するシートは、パフォーマンスを左右する重要な部分。既存のレーサーに、ホイールを漕ぐ時のベストポジションで乗った状態で3Dスキャナーにかけ、取得した3Dデータを基に、シートの形状を3Dモデルで設計する。その強度と剛性を構造解析で確認したのち、ようやく石膏で型を造る段階に入っていく。というように、世界に1つのオーダーメード・シートは、気が遠くなるほどの細かなプロセスを踏みながら、少しずつ形になっていく。

その過程において、ヤチヨの技術者たちには、開発と同様に重要な役目がもうひとつある。それは、全力で勝ちに行く選手の要望に応えるために、密なコミュニケーションを取ること。土田選手の場合、開発チームの作業場の一角に室内練習機が常設してあり、数ミリ単位の細かなポジションの調整などの要望をマシンにフィードバックできる体制が整っている。

土田選手が、リオパラリンピックで使用した極<KIWAMI>

1位とわずか1秒差で、惜しくも4位に終わったリオパラリンピックも、2年連続11度目の優勝を果たした201712月のJALホノルルマラソンも、土田選手の体と一体化し、ロードレースを共に疾走したレーサー、極<KIWAMI>。ヤチヨが土田選手のために開発したレーサーは、現在5台目。1台の価格は200万円を超え、誰もが容易に手に入れることができるものではないが、米国やシンガポール、南アフリカなど、最速を求める海外選手からの注文も増えているという。

「海外選手の場合も、当社までお越しいただき、ここで(3Dスキャナーによる姿勢データを)計測して、ここで造ります。調整については、マニュアル的なものをお渡ししていますが、メールなどでもサポート対応させていただいています」

ハイブリッドレーサー、
挑<IDOMI>の魅力

優れた振動吸収性を持つCFRPはメインフレームだけに使っても、その効果を発揮する。スタンダードモデル「挑<IDOMI>」は、ハイエンドモデル極<KIWAMI>と同じ設計思想に基づき、CFRPのメインフレームにアルミ合金製のシートを組み合わせたハイブリッドレーサー。好みによって、振動減衰素材を積層が可能で、乗り心地や走行性能をさらに向上することも可能だ。なお、極<KIWAMI>と同等のたわみ特性も実現されており、ボルトで締結する分割構造により、フレームとシートは、着脱可能になっている。

Uフレーム

Tフレーム

「挑<IDOMI>は、車いす陸上をスポーツとして楽しみたいという人をはじめ、色々な方に乗っていただけるレーサーです。もちろん、極<KIWAMI>のように勝ちに行くことも可能です。基本的には、足を折りたたんだ正座の姿勢で乗る設計ですが、乗り方の好みによって選べるUフレームとTフレームの2つのシートフレームをご用意しています」

後編では、ヤチヨのモノづくりの現場を紹介する。

後編へつづく

八千代工業株式会社
http://www.yachiyo-ind.co.jp/

(text: 岸 由利子 | Yuriko Kishi)

(photo: 河村香奈子 ※土田和歌子選手:壬生マリコ)

  • Facebookでシェアする
  • LINEで送る

PICK UP 注目記事

CATEGORY カテゴリー