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“マーダーボール(殺人球技)”のジャンヌ・ダルク。日本代表、史上初の女性選手【倉橋香衣:Find New Heroes】後編

岸 由利子 | Yuriko Kishi

「マーダーボール(殺人球技)」の異名を持つウィルチェアーラグビーは、車いすを激しくぶつけ合い、突き飛ばすこともあれば、吹っ飛ばされることもある凄まじい競技。それでいて、れっきとした男女混合の団体球技だ。昨夏のリオパラリンピックで銅メダルを獲得したウィルチェアーラグビー日本代表は、2020年東京パラリンピックの金メダル獲得をめざして、また新たなスタートを切った。そんな中、今年1月、女性としては、史上初となる代表候補に選ばれたのが、倉橋香衣(くらはし・かえ)選手(商船三井)。プレー中も笑顔を絶やさず、生き生きとコートを走る倉橋選手の魅力に迫る。

今年、初めて手に入れた“My ラグ車”

現在、大手海運会社の商船三井に勤めながら、一人暮らししている倉橋選手。同社の人事部ダイバーシティ・健康経営推進室に所属し、勤務は週に2日、そのうち1日は在宅で業務にあたっている。今年12月、所属チーム「BLITZ」が日本選手権に出場することが決まり、本番に向けて練習とトレーニングを繰り返す今、仕事と競技の両立についてこう話す。

「土日はチーム練習が多いのですが、平日は個人トレーニングをみっちり行う週もあれば、その分、少し休憩を入れる週も作ったり、バランスを取りながら働ける環境を与えていただいているからこそ、今の生活があります。落としたモノを拾うとか、日常の一つひとつの動作に時間がかかるので、なるべくムダを減らせるように、スマートに生きるための工夫を取り入れることと、まともな生活をしっかり送れることを心がけています」

男性選手との体格差はやはり大きく、怪我をして以来、食べる量も減る傾向にあったため、食生活については、「まずは3食きちんと、残さずに食べること」を自分に課しているのだそう。好きな食べ物について尋ねると、意外にも、“もずく”と即答。「好き嫌いはないけれど、特に何かと言われたらコレですね。ちなみに、今は焼き貝を食べたくて仕方がないです(笑)」

週に1度の出社日、個人トレーニングや練習場には、倉橋選手が自ら運転する車で向かう。車内には、今年初めて手に入れたニュージーランド製の“Myラグ車”をいつも一緒に乗せて。

「座面、角度、長さなど、規定の範囲内で自分に合ったものを作っていくんですが、最初は、何をどうすればいいのか、正直全く分からなくて、0.5の他の選手に教えてもらいながら、メーカーさんと相談して作っていただきました。例えば、背張りをちょっと緩めたりきつくするだけで、体の動きは全然変わってきます。もっとスピードを上げたり、パフォーマンス力を上げるためにどこを調整すればいいのか、今も乗りながら探っている最中です。パンクしても、気づかないで走っていたりするくらい鈍感なので(笑)、念には念を入れて、ベストな一台に仕上げていきたいなと思います」

自分の全てを高めて、みんなと一緒に戦って、喜びたい

昨夏のリオ大会まで、強豪カナダを率いてきたオアー監督が日本代表の新監督に就任した直後から、「自身の仕事は東京で金メダルを獲らせること」と語るように、チームとして、2020年東京パラリンピックの目標は、金メダルの獲得だ。カナダを破り、銅メダルを獲得したリオ・パラの実績を踏まえると、実現の可能性は十分にある。

「私個人としては、スピード、パワーやチェアースキル、戦術理解など、全部が劣っているので、遅いからこそ先を読み、素早く攻守の切り替えをできるようにするなど、2020年に日本代表の一員として参加できるように、それら全てを高めていくことが課題だと思っています。今のままでは、金を獲るためのメンバーには入れないと思うので。コートでみんなと一緒に戦いたいし、一緒に喜べるようにやっていきたいです」

直近では、12月2日と3日にパリで開催されるウィメンズカップにも出場予定だ。倉橋選手を含めて、日本からは3人の女性選手が個人登録している。

「世界には、どんな女性選手がいるのか、どんな風にプレーしているのか、色々と見てこようと思います。他の2選手とは、自分たちが動くことで、競技人口が増える一助になればいいねと話しています。ウィルチェアーラグビーは、男女混合の競技ですが、増えれば、女子リーグもできるし、車いすバスケットボールみたいに、健常者の人も一緒にプレーしたりできる。女子が増えることで競技人口も徐々に増えて、もっと盛り上がるんじゃないかなと思います」

今年になってから、友人たちが試合を観に来てくれる機会が増えた。「ぶつかるって聞いていたけど、こんなに激しいなんて知らなかった!」、ルールを知って、「奥深いスポーツなんだね!」など生の感想をもらうことで、実際に観てもらうことの大切さを実感したという。

「中には、徐々にハマッてくれている友人もいます(笑)。大会では、体験会も実施していますし、これからもっとウィルチェアーラグビーを知ってもらえる機会を増やしていきたいです」と笑顔いっぱいの倉橋選手。26年間、何事においても、深く悩みながらも、やってしまえ!と自分で自分の背中を押し、常に前を見て突き進んできた。繊細さと大胆さを併せ持つ日本代表の紅一点、今後の成長が楽しみでならない。

前編はこちら

倉橋香衣(くらはし・かえ)
1990年、兵庫県神戸市生まれ。小学1年、須磨ジュニア体操クラブで体操を始め、市立須磨高(現・須磨翔風高)まで体操選手として活躍し、文教大進学後はトランポリン部に所属。2011年、全日本選手権に向けた公式練習中に、頸髄損傷し、車いす生活となる。2013年よりウィルチェアーラグビーに出会い、現在は、埼玉県所沢市に拠点を置くクラブチーム「BLITZ」でプレー。2016年4月に商船三井に入社し、人事部ダイバーシティ・健康経営推進室に所属。2017年、ウィルチェアーラグビー界史上初の女性日本代表候補に選ばれた。

(text: 岸 由利子 | Yuriko Kishi)

(photo: 壬生マリコ)

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常識と非常識がぶつかりイノベーションが生まれる。渋谷シティゲームでソニーが描きたかったものとは?

川瀬拓郎

昨年に引き続き今年も開催され、雨天にも関わらず多数の来場者を記録し、成功を収めた渋谷シティゲーム。 集まった人はもちろん、偶然立ち止まった人でさえも、トップパラアスリートたちの全力疾走に大興奮。 渋谷シティゲームに深く関わったソニー ブランド戦略部 統括部長の森繁樹氏に、開催の趣旨と経緯について、 さらに人事センター ダイバーシティ&エンゲージメント推進部 統括課長の森慎吾氏に障がい者雇用について話を伺った。

渋谷の公道が使えるかも、
という漠然とした話がきっかけに

―渋谷シティゲームには、ソニーとしてどのように関わったのでしょうか?

森繁樹氏「あくまでも主催は渋谷芸術祭実行委員会で、そこにソニーが協賛したという形となります。場所の確保だけでも大変で、渋谷区長をはじめ職員の方々、渋谷区観光協会、渋谷警察署といった皆様の全面的な協力があってこそ、初めて実現することができました。やはり、人通りが多い渋谷の公道を使ってのイベントとなると、民間の企業だけでの開催は不可能ですから」

―どのような経緯で今回のイベント内容が決まったのでしょう?

森繁樹氏「渋谷区の皆さんとは、“一緒に何かできたらいいね”という話が以前からあったのです。ただ、実際どのくらいの規模で、どれくらいの期間のイベントが可能なのかなど、詳細は何も決まっていませんでした。そんな中、ソニーコンピュータサイエンス研究所(注1)で義足の研究開発をしている遠藤(注2)に、“渋谷の公道がイベントに使えるかも知れない”という話をしてみたのですね。そうしたら、“是非とも渋谷でやりたい!”ということになり、渋谷シティゲームの企画が進んでいきました」

―元々はパラアスリートのイベントを計画していたわけではないのですね?

森繁樹氏「渋谷シティゲームは、義足アスリートによるイベントだということをアピールしたいのではなく、人間の能力がテクノロジーによって拡張され、ボーダレスに可能性に挑戦する姿を、広くオーディエンスに見てもらいたいというのが趣旨です。多くの若者とクリエイターが集まる渋谷は、それをアピールする場所としても相応しいと思いました」

(注1)
世のため人のためになる研究を行い、それをサポートするために、1988年に設立されたのがソニーコンピュータサイエンス研究所。大きくはグローバルアジェンダ(地球温暖化や共生農法など)と、ヒューマンオーギュメンテーション(AIやVRといった人間の能力拡張)をテーマに、約30名の研究員が東京とパリで活動を行っている。

(注2)
遠藤謙(えんどう けん)1978年、静岡県出身。慶應大学理工学部機械学科を卒業後、マサチューセッツ工科大学へ留学。2012年から、ソニーコンピュータサイエンス研究所の研究員に就任。14年には自身の会社Xiborgを起業。日本を代表する義足エンジニアとして活躍中。現在進行中のOTOTAKE PROJECTも必見だ。

ソニーとスポーツの関わり合いと2020について

―スポンサードにあたってのポリシーのようなものがあるのですか?

森繁樹氏「スポンサードにあたっては、ソニー独自のメッセージが発信できることが前提としてあります。単に金銭的なスポンサーをするのではなく、ソニーが何かしらの貢献をしているファクトがあること、ファクトがブランドエンゲージメントにつながる活動であることを重要視しています」

―ソニーとして東京 2020への協賛や、スポンサーシップをしている種目などはあるのでしょうか?

森繁樹氏「弊社は東京 2020の公式スポンサーではありません。ただし、スポーツには間接的に様々な形で関わっています。例えば、様々な放送機器、配信フォーマットなど、撮影・編集から視聴機器まで弊社のテクノロジーが、多方面で活用されていますから。また、スポーツ競技で活用されている技術の代表的な例としてはホークアイというシステムがあります。現在25を超えるスポーツ競技にて採用されており、例えばテニスでは、時速200キロもの速球が白線を超えたか超えていないかを多角的に撮影した映像から解析し、瞬時にインかアウトかを判定することができます」

―パラリンピックの成功は、普段意識していない人にもジブンゴトとして障がい者との関わり合いを発見してもらうことだと思います。渋谷シティゲームはその一例ですが、このようにジブンゴトとして感じてもらえる工夫などがあるのでしょうか?

森繁樹氏「先ほども申しました通り、義足とかパラスポーツということにフォーカスしたいのではありません。まずは“ピュアにかっこいい!”と感じてもらえることが大事なのかなと。世界最高峰のアスリートが、至近距離で駆け抜ける大迫力を感じて欲しかったのです。共感とか理解はその次で良いと考えています。実際に来場してくれたお客さんの多くが“かっこいい!”とツイートしてくれたことにも、手応えを感じました。人間の可能性って本当にすごいと感じていただければ、ソニーとしてのメッセージが伝わったのかなと」

写真左から:ソニーブランド戦略部統括部長の森繁樹氏、ソニーコンピュータサイエンス研究所リサーチャーで、Xiborg代表取締役の遠藤謙氏、ドイツのフェリックス・シュトレングス選手、アメリカのジャリッド・ウォレス選手、同じくアメリカのリチャード・ブラウン選手。

森慎吾氏「雇用の面でも、似たようなことが言えます。ダイバーシティを推進するために、障がい者を雇用するということではありません。ソニーという会社に魅力を感じ、活躍できるスキルを持った方が、一流の製品作りを目指して一緒に働く場であるということ。これは障がいの有無に関わらず同じことです。今でこそ教育の現場でインクルージョン教育ということが言われますが、昔は教育自体が障がい者は分けられていました。だから、どう接したらいいか分からないという疑問が現場から出てくるのは当然です。そこで、ブラインドサッカーや車いすバスケの体験会、障がい体験など身近に感じられるイベントも開催しています。彼らのかっこいい姿、自分が感じてみることを通じて、自然に接し方が身に付いてきます」

森繁樹氏「うちの部署にも車いすを利用しているメンバーがいますけど、本当に彼らは活躍しています。むしろ、部内で一番ブイブイ言わせているくらい(笑)。実際、最高峰のヘッドホンを開発・設計しているオーディオ部門でも、彼らがなくてはならない存在。単純にアビリティの出方が違うだけだと考えていますし、そういう意識が社員一人一人に浸透しているので、マネジメントとしても見ていて楽なんです。むしろダイバーシティという言葉に敏感になり、シリアスなムードを作りすぎてしまうのは良くないと思っています。様々な社員がアビリティをさらに伸ばしてもらい、ソニーらしいイノベーションに向かって一緒に仕事をしているのです」

創業時から続く障がい者雇用と揺るぎない理念

―インターナショナルな企業として、性別や人種、国籍はもちろん、健常者・障がい者の垣根なく、多様な従業員が活躍していますね。こうしたダイバーシティについての取り組みは、いつ頃から始まり、社内で共有されるようになったのでしょう?

森慎吾氏「“今から障がい者雇用をやります!”とやり出したことではなく、もともとソニーでは創業当時から行ってきたことです。1978年に創業したソニー・太陽という子会社がありまして、現在の特例子会社制度すらなかった時代から、障がい者雇用に取り組んでいるのです。1964年の東京パラリンピック日本選手団団長で、太陽の家の創設者、中村裕博士の、“世に身心障がい者はあっても、仕事に障害はありえない、身障者に保護より働く機会を”という理念と、ソニーのファウンダーの一人である井深大の“障がい者だからという特権無しの厳しさで健丈者の仕事よりも優れたものをという信念を持って”という理念、この2つが組み合わさって出来上がった会社がソニー・太陽であり、森繁樹の言うなくてはならない会社なのです。障がいについては理念に則って配慮していますから、例えばソニーグループから、“こんな配慮があったら、もっと自分の能力が引き出せるのに”というリクエストがあったら、ソニー・太陽で蓄積した知恵や工夫をノウハウとして活かし、それをグループ全体に広めていきます」

異なる業種、能力のぶつかり合いがイノベーションを生む

―多くの人にとってソニーは、オーディオとゲームといったハードで慣れ親しんできました。同時に、音楽レーベルと映画といったソフトも持ったエンタテインメント企業ですね。こうしたハードとソフトの両軸が、新しいイノベーションを生み出すソニーの強みですね。特にパラスポーツにおける両軸として、取り込んでいることなどがあれば教えてください。

森繁樹氏「すぐにパラスポーツに使えるかどうかはまだ分かりませんが、ジャックインという研究があります。これは他者の視点をジャックすることで、自分の身体の動きを客観視できる研究です。スポーツに転用すれば、一番効率的な足の動かし方が分かるでしょうし、義足と連携することも考えられますね。他にも「Sonic Surf VR」というソニー独自の空間音響技術があります。聴かせたい音をピンポイントで鳴らすことなどができる技術で、例えば自分だけにささやき声や風の音が聞こえたり、相手の言葉を翻訳して耳元で鳴らしたりすることが可能になります。ハードとソフトという両軸よりも、どちらかと言えば、テクノロジーとエンタテインメントという切り口で考えた方が分かりやすいのかもしれませんね。今まで表現し得なかったことが、新しいテクノロジーによって可能になる。こうしたイノベーションは、アーティストにもアスリートにも起こり得ると思います」

森慎吾氏「エレクトロニクス(ハード)と音楽(ソフト)という組み合わせもそうですが、ソニーが今までやってきたことは、“常識と非常識がぶつかるところにこそ、イノベーションが生まれる”というファウンダーの一人である井深の言葉に集約できると思います。例えばエレクトロニクスと金融という、全く異なる業種がぶつかり合い、そこから新しいビジネスが生まれることもその一例です。こうした異業種間におけるぶつかり合いによって新しいビジネスが生まれ、新しい価値を作り出すことができるのも、多様な存在があるからです。個々人におけるダイバーシティの推進はまだまだ必要ですが、ビジネスでも、どんな分野においてもダイバーシティの意識が欠かせないのはこういうことなのだと考えています」

改めて考えれば、短距離世界最速記録に義足ランナーが挑戦するというイベントのコンセプトそのものが、まさに常識と非常識がぶつかって生まれたものだし、若者や観光客でごった返す週末の渋谷ファイヤー通りを会場にするというアイデアもまさにそう。そして、そんなぶつかりが生まれるのは、能力がそれぞれ違う者同士が認め合う環境があってこそ。来年の開催は全くの白紙状態とのことだが、このイベントがまた新たな形で実現する日が楽しみだ。

左:ソニー ブランド戦略部 統括部長 森繁樹氏、右:ソニー 人事センター ダイバーシティ&エンゲージメント推進部 統括課長 森慎吾氏

(text: 川瀬拓郎)

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