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「歩行」が切り開く新しい街づくりの形 自治体の新たな挑戦

HERO X 編集部

コロナ禍の運動不足の解消に、ウォーキングやランニングを始めた人も多いのではないだろうか。この「歩く」という行為によって、健康が維持されて医療費削減に繋がるという試算を出す自治体が出てきている。「歩く」を軸にした自治体施策の最前線を調べてみた。

ウォーキングを楽しむ人がコロナ前から約、倍に
医療費削減9千万円! 自治体が注目する「ウォーキング施策」

スポーツウェアブランドのポラール・エレクトロ・ジャパンが日本のユーザーを対象に行なった調査によると、ウォーキング運動を行なう人の割合がコロナ前の2019年と比べて上昇していることが分かった。2019年にユーザーが行なったスポーツのうち、ウォーキングと答えた人は全体のわずか9%、これが2021年までの3年で17%にまで上昇したのだ。あくまでも同社の製品を利用している人を対象に採ったアンケートのため、日本全体のウォーキング割合を示すものではないものの、健康のためにウォーキングを始める人が多いことを示唆する数字だ。

そんな中、自治体の施策としてウォーキングを取り入れるところが出始めている。市区町村別の人口ランキング1位の神奈川県横浜市では「よこはまウォーキングポイント事業」をスタート。18歳以上の市内在住、在勤、在学者を対象にしたもので、歩いた歩数に応じてポイントがもらえ、集めたポイントで商品券などが当たる抽選に参加できるというものだ。参加希望者には送料がかかるものの、歩数計を無料で贈呈、市内の協力店に設置されたリーダーに歩数計をのせると歩数がクラウド上に転送されるという仕組みとなっている。面白いのがこの事業に関わる企業だ。NTTドコモ、凸版印刷、オムロンヘルスケアが横浜市と共同で事業を運営している。

市民の運動習慣を促すことで健康寿命の増進に繋げる狙いがあり、科学的なエビデンスによって財政的メリットを探ることをはじめたのだ。少子高齢化社会の中で自治体に大きく降りかかる医療費負担。市民が健康に暮らしてくれれば、病院にかかる回数が減り、自治体が払う医療費も削減されるということだ。はたして、狙いは当たるのか。事業開始から3年後、同事業に参画するNTTグループと、横浜市立大学の共同研究により生活習慣病の予防に影響するデータが現れた。

2015年から2018年にかけて、国民健康保険の加入者で、特定健診を受けた60代を対象にデータを集めたところ、ウォーキングポイント事業に3年連続で参加した人の方が、未登録の人と比べて高血圧を新規に発症する率が3.69ポイントも低いことが分かった。そして、この数値を基に、医療費がいくら軽減されたかを試算したところ、高血圧による脳卒中の軽減なども合わせると、年間で 約9千万円の抑制に繋がったのではないかとの推計が出され、一定の効果を現す結果となった。

対象は60代以上で運動機能に障害がなく、生活習慣病を発症していない人。
(出展:https://www.city.yokohama.lg.jp/city-info/koho-kocho/press/kenko/2020/1221ywpkensyo.files/0001_20201217.pdf

10万円の宿泊券も当たる「とほ活」ポイント

市区町村人口ランキング全国52位の富山市(23年1月末現在408,612人)では、まちづくりの一環として市民の歩行を後押しする取り組みを始めている。歩いた歩数をポイントにし、抽選で賞品が当たるという仕組みは横浜市と同じだが、事業の目的はまちづくりに重きが置かれているという印象だ。

同市が抱える課題の多くは他の地方自治体の課題感とも重なる。富山県は全国屈指の持ち家率を誇る県で、富山市でも多くの市民が持ち家に暮らしている。中心市街地に集中していた住宅は安い土地をもとめて郊外へと広がり、新興住宅地ができていった。そのためもあってか、富山市の自家用車保有率はランキング上位に入るようになった。市が行なった調査では、住民の8割が買い物の際には車を利用、通勤に関しても5割が自動車で出勤していることが分かった。

一方で高齢化が進み、自分で運転できる人ばかりではなくなってきている。しかし、日常的に公共交通機関を利用する人は少なく、市街地にある路面バスや路面電車といった公共交通機関の利用者が減少、その維持に苦心するようになっていた。そんな中、富山市が目標として出したのが「富山型のコンパクトなまちづくり」だ。公共交通機関を軸にした拠点集中型のコンパクトなまちづくりを目指し、2000年代前半からさまざまな取り組みをはじめていた。この流れの中で取り入れたのが、市民の歩くライフスタイルへの転換を後押しすることだ。

富山市は全体的に平坦な土地が多いため、ウォーキングに適している。そこで、富山市の「と」と歩くの「ほ」、生活の「活」の三文字をとり「とほ活」と名付け、2019年に事業を開始。横浜市のように専用の歩数計を配ることはしておらず、市民が気軽に参加できるようにと、専用のスマートフォンアプリを各自でダウンロードする方式を導入した。登録も簡単で、メールアドレスやニックネーム、体重などわずかな情報を登録するだけで完了だ。

「まずは、気楽にはじめてもらいたかったんです」と話すのは、同市の活力都市創造部まちづくり推進課で課長を務める柵伸治氏。『富山型のコンパクトなまちづくり』は市民の足をしっかりと維持する公共交通の活性化、車が使えなくても歩いて暮らせる公共沿線地区への居住推進、中心市街地の活性化の三つを柱にさまざまな施策を進めてきたという。「とほ活」が目指すのも、歩いて暮らせるまちづくり。そのためには、市民が歩こうと思う動機付けが重要だと考えた。

「とほ活」のポイントで応募できる商品には10万円相当の宿泊券などもある。 (出展:https://tohokatsu.city.toyama.lg.jp/point/

「とほ活」では、歩いた歩数に合わせてポイントがもらえる他、市街地で行なわれるイベントに参加するだけでもポイントが付く。さらに、公共交通機関の利用でもポイントがもらえるようになっている。また、公共交通機関の利用を増やし、中心市街地へくる人達の増加を図るため、市内在住の65歳以上を対象に、市街地へ出かける際の公共交通機関の利用料金を1乗車100円にする取り組みも行なっている。利用には市が発行する「おでかけ定期券」が必要だが、定期券を市街地にある協賛店で提示すると割引などのサービスが受けられる他、市の体育施設や文化施設を半額又は無料で使えるという特典も付けた。

「高齢になっても住み慣れた環境で生活してもらいたい。そのためには健康が大事ですし、徒歩で動けることも大事です。公共交通機関の利用率が上がれば交通網の維持にも繋がります。「とほ活」のデータの活用とまでは至っていませんが、個人の健康状態に合わせて『あと〇歩、歩くといいですよ』などのアドバイスもアプリを通してできるようになったら面白いなと考えています」(柵課長)

「とほ活」アプリのユーザーは1万6500人(2023年2月末現在)を超えた。さらに利用者が増えればビッグデータが集まり、他の活用法も生まれるかもしれない。地方をはじめ、自治体ぐるみで取り組みが始まる歩行の活用。スマートウォッチなど運動データを採るためのアイテムが普及したことにより、自治体の健康施策も変わりはじめている。

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(トップ画像:ポラール・エレクトロ・ジャパン株式会社)

(text: HERO X 編集部)

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“脳卒中が治る”未来を描く、リハビリテーション神経科学の可能性【the innovator】前編

長谷川茂雄

慶應義塾大学理工学部でのBMI(ブレイン・マシン・インターフェース)研究を経て、“リハビリテーション神経科学”という新たなサイエンスを打ち出した牛場潤一氏。「脳の機能は、一度でも深刻なダメージを受けると回復できない」という医学界では当たり前の概念を、自ら覆そうとしている同氏は、“医”と“工”の壁を取り払い、そこを行き来することで、「脳卒中による身体の麻痺が治る未来が見えてきた」と語る。それは異端が思い描いた幻想などではない。純粋な探究心と行動力、ユニークな発想が実を結び不可能を可能にしつつあるのだ。その現状を知るべく、まるでバーが併設したアート展示空間のような牛場氏の研究室を訪ねた。

小学生のときに抱いた
AIへの興味がすべての始まり

牛場氏の研究室には、バーカウンターが併設してある。ここは牛場ならぬ通称“ウシバー”。グラスを傾けながら学生とディスカッションすることもしばしば。とても理工学部の研究室には見えない。

脳科学が身近に感じられるようになった近年。BMI(ブレイン・マシン・インターフェース)という言葉もよく耳にするようになった。脳にダメージを受けた人が、自らの脳波を信号に変えてデバイスを自由に動かす。ひと昔前ならSFで描かれたようなテクノロジーが、もはや当たり前になりつつある。

そんなBMI研究の第一人者である牛場潤一氏は、慶應義塾大学理工学部に籍を置きながら、脳の本質を理解すべく学生の頃から医局に頻繁に出入りし、医学の知識を深めるとともに独自の研究スタイルを確立させてきた。まさにの二刀流といえるのかもしれない。

「もとを辿れば、小学生の頃にAIの研究をしている理工学部の大学院生に、プログラムを教えてもらったことがきっかけでした。それから僕は人間の知能とはパソコン上に実装できるのか? そんなことを考えるようになったんですね。ちょっと早熟だったかもしれません(笑)。でもAIのしくみは、実際の人間の脳とは違う。そう思うようになってから、今度は、生理学とか医学の勉強をし始めたんです」

目指すべきは
行き来できる知識と技術の習得

研究室のいたるところに、牛場氏が書いたこの空間の目的やヴィジョン、哲学などが展示してある。インスタレーションのように、来訪者のために特別にディスプレーすることもあるという。

小学校のときには、もうすでにロールプレイングゲームを自分で作り、中学校、高校時代も、人間の知能はどうすればパソコンという魔法の箱に組み込むことができるのか? そんな近未来的な技術の探求に没頭したという。そこから人間の脳そのものに興味を持ったとき、祖父が脳卒中を発症。会話ができなくなり、人格も変わってしまった。

「やっぱり脳って、(人間の)すべてのコントローラーそのものなので、そこに病気があると、本人も周囲の人間もこんなに苦しむのだと実感しました。だから、脳の本質を理解することができたら、祖父のように脳の病気で苦しんでいる人たちに福音をもたらすような技術が作れるのではないか? そのために医学のことを一度しっかりやって、それを自分が好きで追い求めてきた理工学の分野に活かそうと。そういう道筋は、自分にしかできないのではないかと思うようになったんです」

祖父の脳卒中も転機となり、牛場氏は理工学と医学の世界を行き来できる、ハイブリッドな知識と技術を習得したいと考えるようになった。それが現在の研究スタイルの土台にもなっている。

「医学も深く知りたかったのですが、残念ながら医学部に入れるほど頭が良くなくて(笑)。結局、理工学部に入って、なるべく医学に近い研究室に潜り込もうと、いろいろ工夫したんですよ。医学部の授業も履修して単位振替をしたり、ツテを辿って医学部のリハビリ科出入りさせてもらえるようにしたり。医局に席をもらって、医局員の人たちと机を並べて研究ができるようにもしていただきました。それは今でも感謝しています」

かくして理工学部生でありながら医局に入り浸るようになった牛場氏。あいつは医者だっけ?と周囲から言われるぐらいに溶け込もうと努力し、そうこうしているうちに、ドクターから、入局した新人が受ける解剖学の試験を受けてみろと言われたという。

「これはチャンスだと思いました。それで猛勉強をして、その年に受験した人のなかでトップの成績を取ったんです。そしたら周囲からこいつは本気だ!と認められて、なんとか仲間に入れてもらえたんですよ。それからは、現役のドクターにいろんな楽屋話を聞いたり、疑問があれば質問したりしながら医学的知識と医療現場の認識を深めていきました。でもドクターが診療をしている平日の日中は、理工学部に戻って電気回路やプログラミングを学ぶというライフスタイルを続けて。そんな学生時代で得られたのは、医療に使える技術だけを追い求めても、患者さん一人一人のヒストリーや現場の様々な泥臭いことと向き合わなければ、フェイクでしかないということでした」

生物本来が持っている力で
脳の機能も回復するはずだ

研究室のソファ周辺には、牛のオブジェやチェアが。学術的な雰囲気と最新のテクノロジー、牛場氏の遊び心の詰まったユニークな空間だ。

自分がのめり込んできた理工学的な技術と、医局や現役ドクターから見聞きする医療のリアル。それを結びつけるのは、教科書や座学で得られる知識だけではないと痛感した。そしてを深く掘り下げて初めて見えてきたのは、リハビリテーション神経科学という新しいサイエンスの形だった。それが、牛場流BMI研究へと繋がっている。ハイブリッドな知識と技術を、セオリーだけで成り立たない医療現場に生かす。それは常識を打ち破る挑戦でもあった。

「自分は、そんな流れを経てBMIの研究をしてきたわけですが、注目したのは、脳のやわらかさ、つまり可塑性なんですね。ノーベル生理学・医学賞を受賞したラモン・イ・カハールが言うように、神経は一度切れたら再生しないと長らく信じられてきました。だから脳卒中の患者さんは麻痺が一生残るし、治療介入しても治らないとされていますが、脳の中には損傷をまぬがれた、健康な状態の神経がまだ残っています。自分はテクノロジーをうまく使って、そういった脳部位が本来持っている治る力を引き出そうと考えたんです。そういう設計のデバイスを作れば、患者さんの脳のなかに残された書き換わる力が働くはずだと」

まさに医学と理工学、そのどちらか一方を追求しただけでは得られない牛場氏ならではの視点。それは、あたかも医工連携を一人で実践しているような印象さえ受ける。

手に持っているのが脳波を検出して脳内の運動情報を読み取るBMI。

「僕自身は、医工連携という言葉は、あまり好きではありません。脳や人間を治そうとしたときに、その性質や特性にフィットするテクノロジーをデザインすることで価値を生み出す。それは当たり前のことだと思うんです。医の側はこれをやって、工の側はこっちをやりますというような分業制ではなく、本来は一体的なものであるはずなんです。自分の専門がリハビリテーション神経科学という言い方をしているのには、それを標榜する意図もあるんですよ」

後編へつづく

牛場潤一(うしば・じゅんいち)
1978年、東京生まれ。慶應義塾大学理工学部生命情報学科准教授。2004年に博士(工学)を取得し、同年から慶應義塾大学理工学部生命情報学科に助手としてキャリアをスタートさせる。専門は、リハビリテーション神経科学。2008年よりBMI研究を開始し、理工学部からの新たな神経医療の創造を目指している。芸術や音楽への造詣も深く、学生時代はファンクバンドやジャズバンドでトランペットを担当していた。祖父は、慶應義塾大学医学部第8代医学部長の牛場大蔵氏、父は、應義塾大学名誉教授でフランス文学者の牛場暁夫氏。
http://www.brain.bio.keio.ac.jp/

(text: 長谷川茂雄)

(photo: 河村香奈子)

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