対談 CONVERSATION

共有カルテを活用したチーム在宅医療で、患者の希望する「生き方」をサポート

HERO X 編集部

2006年に在宅医療専門のクリニックを開設して以来、地域医療の理想を追及する先進的医療機関として、画期的なチーム医療に取り組む医療法人社団悠翔会。理事長・診療部長の佐々木淳氏にお話を聞いた。

「私は完全に自由」在宅医療で出会った
ALSの患者さんが教えてくれたこと

杉原:まずなぜ、在宅医療にフォーカスしようと思われたのですか。

佐々木:多くの患者さんは、医師に対して「病気を治してもらう」「健康を取り戻してもらう」と期待しています。医者も、医学部では病気を治すための方法を学び、目の前の人を助けたり、手をかけなければ死んでしまう人を助けられることにやりがいを感じています。僕もブラックジャックに憧れて、「何でも治せる医者になりたい」という思いから、医者を志しました。

研修でいろいろな診療科を経験し、キャリアを重ねるうちにとどんどん専門分野に近づいていき、5年半ほど経ったときには、ひたすら肝細胞癌のラジオ波治療をする医師になっていました。この病気の場合、完治は難しく、手術・入院を繰り返しながらやがて亡くなっていく患者さんを多く見て、「亡くなるまでの時間を治療に費やすことは本当に患者さんのためになっているのだろうか」「人の死に医療はどこまで関わるべきなのだろうか」と思うようになりました。

そんな時、アルバイトをした在宅医療の現場で、ある患者さんに出会いまして、その方はALSという難病でした。僕は内科医時代、ALSの患者さんとご家族に「呼吸が止まったときどうしますか。とてもつらいですよ」というスタンスで話していました。喋れず、食べれず、排泄も自力でできないなどの状況を話すと、多くの人は悲嘆にくれて「人工呼吸器をつけない」という選択をすることが少なくありませんでした。しかし彼女は人工呼吸器をつけて治療を続けている方でした。

彼女はそんな私のことを見抜いて、ある日ALSのコミュニケーションツールを使って次のように語りかけてきました。
「先生の目から見ると完全に寝たきりの患者かもしれないけれど、私は完全に自由です。毎日忙しくて寝ている時間がないくらいです。先生は重力に支配されて地上を這いずり回って働かなくてはならない。私は意識しなくても機械が24時間命を維持してくれて、無限の意識の宇宙の中を自由に飛び回ることができる。体が動けなくなるにしたがって意識の世界が広がっていき、今はとても自由なんです」

その言葉に「こんなことをやっている場合じゃない」と。それが2006年3月のことで、その二ヶ月後の5月に開業届を出し、6月に診療をスタートしました。

杉原:それはすごいですね。

回復が見込めない場に医師としていることは、非常に居心地の悪いものだったと語る佐々木氏。

佐々木:人間が幸せに生きるためには、「健康、お金、社会的繋がり、選択の自由」の4つが必要です。健康については、例えば年齢とともに身体が衰えたとしても、それをモビリティで補うことができれば、健康寿命は無限に伸ばすことができます。お金についても、経済的な豊かさが必ずしも幸せにはつながらないことは多くの人が感じているのではないでしょうか。

日本において、社会的つながりと選択の自由は深刻な問題だと思います。高齢や病気で家から出られなくなると、どんどん孤立していき、東京だけで毎年6,500人が孤独死してます。こんなに豊かに見える国で、とても寂しいことです。選択の自由についても、支えてくれる人がいなければ、一人の力で叶えることはできません。自分の生き方を選択できることは、人間の尊厳そのものです。最大限楽しんで旅立っていくために、われわれのコミュニティはどうあるべきかってことはもっと話し合わないといけないと思いますよ。

集まったデータについての活用法を聞く編集長杉原(左)。

杉原:実際に佐々木さんが実践している在宅医療は、「共有カルテ」と「チーム医療」という画期的な取り組みによって、在宅医療の質の向上を実現していますよね。

佐々木:チームでシステマティックに取り組むことで、「100点はだせなくても85点以下は絶対に出さない」というふうに、業界全体の質の向上に努めています。

従来の日本の在宅医療は密室のソロ活動で、カルテもブラックボックスです。目の前にいる人が弱っていくのを見ているだけなら誰でもできます。そのような状態が、質の低下を招いてしまうのです。

患者さんにとって一人の医師にずっと診てもらえるとうのは理想的に思えるかもしれませんが、それは名医であるということが前提です。一人残らず名医であるというのは非現実的ですが、一人の医師の足りないところや失敗をチームで補ったり、間違いを指摘したりすることは可能です。それには、チーム全員がカルテを閲覧できるように公開する必要があります。

杉原:これを日本で実践するというのはとてつもないことですし、自信があるからこそだと思います。医療という閉鎖的な分野でとても革新的な取り組みだと思います。

佐々木:患者さんの同意さえあれば、患者の家族や看護師・ケアマネジャーも、自分のアカウントを発行すればカルテを見ることができます。だから診療を適当にできないということもあります。

杉原:なるほど。オブザービングのシステムとしても機能しているんですね。

佐々木:本院のチーム医療体制は、常勤は月から金曜の日中のみで、夜は夜間のチーム、週末は週末のチームと担当を分けています。それによって医師のワークライフバランスにも配慮するとともに、「他のチームに迷惑はかけられない」という相互のプレッシャーも発生します。良い意味で緊張感も生まれ、「なにか起きたらいつでも呼んでください」ではなくて、昼の担当医師が夜間も何かが起きないよう確実にしておくという意識が強くなります。

チーム医療がもたらす安心について語り合う二人。

杉原:「24時間365日いつでも駆けつける」のではなく、「24時間365日安心して過ごせる」が本質ということですね。

佐々木:もちろん万が一には対応できるようにはしていますが、夜中の2時に医師が来てくれることよりも、夜中の2時に医者を呼ばなくて済むことのほうが、患者にとってハッピーじゃないですか。

杉原:まさにその通りですね。

どんなドクターでも名医と同じくらい
洗練された医療が提供可能になる

杉原:実際にデータベースの活用方法としてはどのようになっているのですか。

佐々木:常時5万人くらいの症状が蓄積されていくので、一人では不可能な数の統計的なデータが集まっていきます。そこからいろいろなものを抽出して、「患者の満足度と相関が高いのはどれか」とか「どんな治療が最適なのか」を解明していくことができます。

たとえば高齢の方が罹りやすい尿路感染症の一つに、膀胱炎があります。多くは大腸菌が原因なのですが、大腸菌にも種類があるため一般的な抗菌薬が効かないというケースが多くあるんです。培養検査によって有効な抗菌薬を特定することも可能ですが、数日がかりになってしまいます。それがデータベースを分析すると、地域によって効果の出ている抗菌薬に違いがあることがわかり、「この地域で膀胱炎だったらこの薬が効く」という判断ができるようになったのです。

また診断の難しい高齢者の肺炎について、老人ホームと協力してデータを集めているところです。センシング機能つきのベッドでデータ集積をしてみたところ、誤嚥性肺炎を起こす2日くらい前にほんのわずか10%ほど呼吸回数が増え、そのあとにどっと症状が現れることがわかりました。症状が出てしまうと酸素吸入や点滴などが必要になり、しばらく食事もできなくなりますが、その前に飲み薬などで早期治療ができれば日頃と何ら変わりなく食事などをしながら過ごすことが可能になるんです。

名医の勘と言われていたようなものが明らかになり、どんなドクターでも、名医と同じくらいの洗練された診断と、精度の高い薬の選択・治療ができるようになるはずです。

杉原:素晴らしいですね。このようにデータを生かした未病対策が進んでいけば、日本は医療費が要らなくなるんじゃないかなって思います。まだまだ面白い未来が待っていますね。

医師は人がそれぞれ望む人生を
ゴールまで走るためのナビゲーター

杉原:日本でいうと、高齢化の進む過疎地の医療問題も大きな課題ですね。

佐々木:15,00人くらいの集落単位でデータを集め「私たちが本当に必要としている医療とは何か」ということを過疎地で実証したいと考えていて、去年から鹿児島県の与論島などで調査を始めています。

医者は本人や家族と寄り添って、その人が自分の人生をどのようにプロデュースしたいのかという希望を叶えるために、健康サポートという面からちょっとアドバイスをしていく存在になるべきです。目先の治療ではなくてもっと先を見て、アドバイスすること。車が壊れたら直すのではなく、ゴールまで走れるようにナビゲートしていく、これからの医者はそんな存在になれればいいなと思っています。

関連記事を読む

(text: HERO X 編集部)

(photo: 増元幸司)

  • Facebookでシェアする
  • LINEで送る

RECOMMEND あなたへのおすすめ

対談 CONVERSATION

勝負はたったの0.5秒 どう防ぐ?子どもにふりかかる危険な事故

宇都宮弘子

日本における子どもの死亡原因の統計、あまり知られていないのだが、いつも上位にくるのが事故による死亡だ。高所からの転落など、子どもの思わぬ行動が死亡につながるケースは少なくない。子どもにとっての本当の安全とは何か、センシングを使い導き出そうとする動きが出てきている。これまでの常識を疑い、センシング技術で子どもの安全性向上に取り組む東京工業大学の西田佳史教授は、「親が『目を離してはいけない』から『目を離してもいい』環境へとパラダイムシフトする」と話す。いったいどういうことなのか。自分事化をきっかけに描く一歩先の未来とは? 編集長・杉原行里が訪ねた。

子どもが生まれたことを
きっかけに研究をスタート
保護者の見守りの限界

杉原:今日はよろしくお願いします。早速ですが、西田教授がセンシング技術を使って子どもの安全性向上の分野を研究しようと思われたきっかけは?

西田:単純ですよ、子どもが生まれたからです(笑)。当時、福祉工学という分野はありましたが、主に高齢者が対象で、子どもの安全に寄与するものはなかったんです。例えばISO(国際標準化機構)やJIS(日本産業規格)の定義は「受け入れることのできない危険がないこと」ですが、やっぱり危険はある。危険がないことと定義するのではなくて、危険を扱える能力を備えた状態の社会に変えていきたいと思ったんです。

特に子どもの事故は、身体の機能変化と非常に関わりが深いと思っています。身体はもちろん、認知機能や運動能力が急速に発達する時期なので、昨日できなかったことが今日できるようになる。でも事故が起こるとまず、子どもから目を離した保護者の見守り責任が問われる。しかしその事故原因の多くは、そもそも我々が設計した環境やデザインが生み出してしまっているのです。そこで、デザインによって変えられる可能性があるんじゃないかなと考えたんです。

怪我をしにくい環境はできると語る西田教授

杉原:最近、電気ケトルで火傷をした子どもの話を聞いたばかりです。なぜそんな危険なデザイン構造になっているのか疑問を感じていたところです。

西田:そうなんです。人間の注意力に頼る「見守り」だけで事故を防ぐことはできない。それを証明するためには、実際の生活の場で起こり得る現象を切り離さず、計測をして理解するということが必要でした。そこで、子どもの実際の行動を画像処理して、子どもの転倒時間や、電気ケトルが倒れて熱湯がもれ広がるのにかかる時間、物が落ちたり倒れたりする時間を測定しました。子どもが転倒するのにかかる時間は平均0.5秒。これは、例え1メートルという至近距離で見守っていたとしても、人間の見守り能力に頼るだけで防ぐにはどうしても難しい。

また例えば、子どもが歯磨きをしながら動き回って転んで怪我をしてしまうという事故も多発しています。いくら「止まって磨きなさい!」と親が言っても、言うことを聞いてくれる子どもばかりではない。見守りだけでは不十分だから、事故が後を絶たないと僕は思っています。

杉原:本当にそうで、保護者の見守りだけで事故を防ぐには限界がありますよね。親がどれだけ注意していても、子どもってじっとしていられない。

西田:そうなんです。さらに我々は怪我のデータを統計的に処理するために、まずは病院の協力を得て子どもが怪我をした部位のデータを集めて可視化しました。ビッグデータを元に効果として結果を出すことができるようになったんです。例えば、歯ブラシの事故では、目を離さないで見守ることに限界があるなら、目を離してもいい環境・デザインをつくろうではないかと、私が「ABC理論」と呼んでいる、Ⓐ変えたいもの、Ⓑ変えられないもの、Ⓒ変えられるもののなかで、Ⓒの“変えられるもの”として、転倒データを元に歯ブラシのデザインを変えることができたんです。

研究室にはベビーベットやベビーサークルなど、実際に家庭で使う家具などが並んでいる。

杉原:そうだったんですか。最近は曲がる歯ブラシが販売されていますよね。規格化は考えられていないのですか?

西田:いい質問ですね。歯ブラシに限らず、最初はとにかく問題を提示することが大事だと考えているんです。そこから企業との共同研究がはじまって、プロダクトが出来上がる。そしてそれをユーザー側が魅力的なモノ、価値あるモノだと捉えることで他のメーカーが参入して常識化されていく。この段階まできたら規格化してもいいんじゃないかと。このサイクルを、データに基づいてやれるといいなと思っているんです。

最近は、転落事故について研究しています。最近は子どもの登る姿勢のデータベースが作れるようになってきているんです。どういうことかと言うと、子どもがどこを、どんなふうに登る可能性があるかということが分かることで、転落事故防止につながります。身体機能や認知機能の変化が大きい1~2歳の子どものデータを中心に集めていますが、今後は保育園の遊具で観察するとか、現場からの情報を集められるような仕組みが出来るといいなと思っています。

子どもから目を離してもいい環境の整備

杉原:なるほど。子どもの1~2年って変化がとても大きい。このアルゴリズムがディープラーニングしていくことも大事で、そこから得られるデータから環境やデザインを変えていくことによって、大きな事故を防ぐことが出来るようになるということですよね。

西田:その通りです。我々が研究を続けてきたなかで気が付いたことは、社会が必ずしも問題を理解しているというわけではないということ。リサーチして問題を抽出しなくてはいけない場合もある。我々が子どもの事故について取り上げたのが2007年で、それまではそういった活動はなかったんです。そこで、子どもにとって安全なもの、いいものをアイコン化して推奨することで市場を拡大していけたらと、2007年に「キッズデザイン賞」を作りました。ニーズがイノベーションに返還されるという仕組みが出来上がりつつあるのかなと思っています。やはりいいものを褒めていかないと社会はシフトしない。

杉原:素晴らしいですね。確かにハードパワーとしての規格も必要ですが、エンジニアリングでもデザインを変えられるものがきちんと評価されなければユーザーも育たない。アイデア自体はかなり前からあったのに、実装としてのフィールドになかなか到達しなかったということですよね。おそらく倫理的な問題もあるかと思います。今は、一般社会におけるデータの扱い方についての理解が深まってきている。

西田:そうですよね。現場で役に立つ知識の作り方が、IoTの時代で変わってきたのかなと感じています。家庭においても、新しいスマート環境を作っていくということが出来る時代になってきたのではないかなと。社会側の受け入れ方が変わってきたと思うんです。最近はZoomやSkypeで家の中まで入っていける時代になってきたので、画像認識を使えば、その家、その人に合わせた安全対策の提案が出来るようになりますよね。

杉原:確かに。事故の可能性が可視化されることで、よりイメージしやすいし、事故防止につながると思います。事故に様々な外的要因があったとしても、誰にでも必ず起こる可能性がある。高齢化の問題で考えると自分事化しやすいですよね。いまや3人にひとりが高齢者と言われる時代になっていて、家族にひとりは高齢者がいるという社会ですから。

西田:そうなんです。日本の人口分布と事故の確率をグラフで見てみると、人口分布は平たんな一方、事故の確率は生まれた瞬間と65歳以上に多い、いわゆる「バスタブ曲線」です。人生には妊娠・出産や介護したりされたりと、どこかで必ず変化がある。この変化に対応していかないといけないのが現代。変化するところに色々なニーズが隠れている。つまり、 “常識を疑え”ということなんです。これまでの常識だった「事故を防ぐために目を離すな」から、我々が目指しているところは「目を離してもいい環境」を作ること。それを認めていく環境を作ること。怪我を許容する自立支援や、リスク管理型の社会参加を促す方向にもっていきたい。

杉原:謎解きのようなグラフですね。こんなにも課題の抽出されている社会に生きているってラッキーですよね。これからいろんなことにチャレンジできる。

西田:そうですね。このメッセージが若い世代の人たちにどんどん伝わっていくといいですよね。我々には解かなくてはいけない問題がたくさんある。まだまだ未熟な社会です。人生100年時代と言われているいま、子どもからお年寄りまで、“機能が変わる人”にフォーカスして、その変化にどう対応していくかが問われる社会になってきているわけです。

西田佳史(にしだ・よしふみ)
東京工業大学 工学院 機械系教授。1998年東京大学大学院工学系研究科機械工学専攻博士課程修了。博士(工学)。同年4月通産省(現経産省)工業技術院電子技術総合研究所入所。2003年産業技術総合研究所デジタルヒューマン研究センター研究員。同年、同研究センター人間行動理解チーム長。2005年〜2012年科学技術振興機構戦略的創造研究推進事業(CREST)研究代表者。2009年産業技術総合研究所デジタルヒューマン工学研究センター生活・社会機能デザイン研究チーム長。2013年同研究所デジタルヒューマン工学研究センター首席研究員。2014年から2019年東京理科大学連携大学院客員教授。2015年産業技術総合研究所人工知能研究センター首席研究員。2017年より、セコム科学技術振興財団の特定領域研究助成(社会技術分野)の領域代表者。 2019年より産業技術総合研究所人工知能研究センター招聘研究員。2019年から東京工業大学工学院機械系教授に就任。

(text: 宇都宮弘子)

(photo: 壬生マリコ)

  • Facebookでシェアする
  • LINEで送る

PICK UP 注目記事

CATEGORY カテゴリー