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全米王者のジャリッド・ウォレス。新・相棒は世界最速の日本製サイボーグ!?

岸 由利子 | Yuriko Kishi

2015年、2016年の全米選手権チャンピオンで、世界パラ陸上選手権優勝経験者のジャリッド・ウォレス選手は、米国・ジョージア州生まれの27歳。

高校時代は州大会の800メートル、1600メートルで優勝を収めるも、7年前、コンパートメント症候群により右足を余儀なく切断することに。「足を失ってから、世界で一番速いスプリンターになりたいと思っていました」―そう語るウォレス選手が、新たに手を組んだパートナーは、Xiborg(サイボーグ)社。なんと、競技用義足の主流を担う欧州企業ではなく、日本でその開発を独自に行うメーカーだったのです。

多くのトップアスリートと同じように、アイスランドのオズール製の競技用義足を長年使用していた全米王者のウォレス選手ですが、どうやら、“履き替え”の時が来たようです。Xiborg社との出会いが実を結び、今年5月に共同開発契約を締結。2017年シーズンから、ウォレス選手が、同社製の義足で試合に出場することはもちろん、練習や試合での使用感などのフィードバックを活かした義足開発を進めていく方針です。

5月21日(日)に等々力競技場で行われた「セイコー ゴールデングランプリ陸上2017川崎」では、同社製の義足を履いたウォレス選手が、パラリンピック種目男子100メートルT44(下肢切断)で初のお目見えをし、11秒17でみごと優勝。

リオパラリンピック同種目では、金メダル最有力候補と叫ばれていましたが、悔しくも、結果は5位に終わりました。「それはもう過去のこと。今年からXiborg社の義足を使うことを決め、これまで以上コンスタントに早く走れるように頑張ります」と前向きな姿勢で未来に挑むウォレス選手。

Xiborg社との契約を発表するにあたり、ウォレス選手は、次のようにコメントしています。

「私たちの競技はトレーニングするだけでなく、義足というテクノロジー、またそれを扱う技術が非常に重要です。Xiborg社が持つ技術と経験は、私の夢の実現、つまり世界が見たこともないくらいに速い義足スプリンターになるための重要なパートナーになることでしょう。この義足とともに東京パラリンピックで私たちの夢を叶えたいと思います」

「最近は日本人選手の活躍に注目されがちですが、“日本の技術”が世界の舞台で活躍し注目される場にもなって欲しいと考えています」と語るのは、同社代表の遠藤謙氏。全米王者のウォレス選手のさらなる活躍によって、“メード・イン・ジャパン”の競技用義足テクノロジーの素晴らしさに、スポットライトが当たる日は、そう遠くないのかもしれません。

(text: 岸 由利子 | Yuriko Kishi)

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伊藤智也の挑戦!目指すは金メダル!

HERO X 編集部

2021年。57歳になった伊藤智也選手はNHKのインタビューの中で「2024年・パリ大会」という言葉を口にした。パラリンピック東京大会を控えた伊藤選手の目は、すでにその先の大会に向いている。会社経営者だった伊藤選手がパラリンピックを目指すことになったのは、自身のちょっとしたミスからだった。34歳の時に難病の多発性硬化症を発症、車いす生活を余儀なくされたとき、間違えて注文してしまったのが陸上競技用の車いすだった。しかし、ここからがすごい。発症の翌年から陸上を始め、北京パラリンピックでは金メダル2個、ロンドンパラリンピックでは銀メダル3個を獲得し、伝説の車いすランナーとなった。その後、一度はレースの世界から退いた伊藤選手だが、今回の東京パラで再びランナーとして走ることを決めた。

伊藤智也が挑む東京パラリンピック

「最高のマシンが仕上がった。マシンに負けない走りを見せたい」まもなく開幕を迎える東京2020パラリンピック大会。車いす陸上T52に出場する伊藤智也選手(バイエル薬品)は新しいマシンを横にそう意気込む。ロンドンパラを最後に引退宣言をしていた伊藤選手が再びパラの舞台へ。目指すのはもちろん金メダルを首にかけることだ。すでに57歳を迎えた伊藤選手だが、メダル争いをするのは年齢もはるかに下の選手たちだ。「1年延びたおかげでベストな状況が作れた」“おっちゃん”の勝負が始まろうとしている。

5年間のブランクを乗り越えて
2020年に向けた挑戦

新型コロナウイルス感染症の世界的な流行により、2020年開催予定であった東京オリンピック・パラリンピックが1年延期。アスリートにはさまざまな波紋が広がった。

夏に身体のピークを合わせていたアスリート達は、この延期とどう向き合ったらいいのか。心を乱したアスリートも多く、練習に身が入らないアスリートもいたと聞く。しかし、伊藤選手にとってこの1年間は、さらに強くなるための時間だったのかもしれない。

“おっちゃん”の星として「頑張らなあかんな」と語る伊藤選手は、いったん競技生活から退いていたが、5年間のブランクを経て2017年夏に現役復帰を宣言。2019年の世界選手権では、銀メダル1個、銅メダル2個を獲得し、東京パラリンピックの代表に内定していた。2020年開催予定であった東京オリンピック・パラリンピックが1年延期もしくは中止になったとしてもこのままでは終われない、次の2024年は「パリでひとつ花火を打ち上げたる」と闘志を燃やす。

最高のマシンを巧みに操ることで
パフォーマンスを発揮するパラリンピックの世界

そんな伊藤選手だが、最高のパフォーマンスを発揮するにはマシンの存在は大きいという。マシンを使うパラスポーツは健常者の陸上競技とは違い、人が3割、マシンが7割というくらいマシンの存在は大きいそうだ。自動車のF1レースのように、最高のマシンをドライバーが巧みに操ることで最高のパフォーマンスを発揮する。

その競技用車いすを手掛けるのが株式会社RDSだ。実は伊藤選手の現役復帰は、RDSの代表を務める杉原行里の「伊藤さん、もういっぺん、走る気はありますか? あなたの体に合ったマシンを開発したら金メダルを獲れますか」という問いかけがきっかとなっている。

記事を読む▶獲るぞ金メダル!東京2020で戦うための究極のマシン開発に密着 伊藤智也×RDS社【究極のレースマシン開発】Vol.1 前編

こうして、オールカーボン製で細部まで伊藤選手の体と一体になるオーダーメイドマシンが世界で初めて生まれた。

2020年には数年ぶりに病気が再発し、少しだけ影響も出ているという伊藤選手だが、“おっちゃん”の挑戦は、すでに2024年のパリに向かって走り出している。

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(text: HERO X 編集部)

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