テクノロジー TECHNOLOGY

ロボットを着て動き回れる世界を夢見る、社会実装家・藤本弘道【the innovator】

富山 英三郎

物流と工場に特化したパワーアシストスーツを中心にした製品群で、いま熱い注目を集めている株式会社ATOUN。「ハイテクとローテクなど、私のイノベーションの興し方は常にギャップ」と語る藤本弘道社長は、自らを社会実装家と呼ぶ。最先端の機能を使いながら、セオリーから外れた価値と組み合わせることで面白い製品を作り上げていく。その創造力の源泉を辿った。

ロボットの世界には、大きく分けて3つのジャンルがある。制御により動く産業用ロボット、自分で考えて動く自立型ロボット、そして人間のパワーを増幅させるパワーアシストロボットだ。

パワーアシストロボットに関しては、戦争で負傷した兵士のためという側面もあり、アメリカ、フランス、イスラエルといった軍事研究が盛んな国々が強い。日本は無類のロボット好きという特殊な事情によって成長している稀有な例といえる。

ロボットに幻想を抱いていないんです

そんな中、「ロボットを着て、人間がもっと自由に動き回れる世界をつくる」をミッションとして誕生した株式会社ATOUN。社名の由来は「阿吽の呼吸」。人間を表す「A(阿)」と、ロボットを表す「UN(吽)」が調和する社会の実現を目指している。

なお、同社はより大きな力を発揮するものをパワードスーツ、人間が装着する力の弱いものをパワーアシストスーツ、よりウェアに近いものをパワードウェアと呼んでいる。

「人間とロボットによる2人羽織りみたいな製品を作りたいんですよね」

最新ロボットを作っているにも関わらず、二人羽織という極めてアナログ的な表現が出るのが、藤本社長の面白いところだ。

「私は今年で48歳のガンダム世代。もちろん幼少期に観ていましたが、すごい好きかと言われるとそうではない。だから、あまりロボットに幻想を抱いていないんです。それよりも、社会実装という側面に重きを置いています。私以外の社員は皆、ロボット好きで夢の世界に生きていますけどね(笑)」

藤本社長は、大学院卒業後にパナソニックへ入社しモータ社へ配属された。そこで、小型モータ用ブラシ材料や、磁石材料の開発を担当。つまりロボットは専門外なのだ。しかし、あるときパワードスーツを研究をしている教授の論文に出会い、気持ちに変化が訪れる。

夢と現実をベストミックスさせるのが社会実装家

「パワーアシストスーツに可能性を感じ、将来的に世の中の役に立つことを確信しました。社会に役立つのなら、いつか誰かがやらなくてはいけない。それなら自分でもいいのでは? と思うようになったんです。また、大学の研究室というのは要素研究がメインで事業化は得意ではない。社会実装の視点で自分が取り組めば、素早く事業化できるだろうとも思いました」

そこでパナソニックの社内ベンチャー制度に応募し、2003年にATOUN(旧アクティブリンク)を設立。ロボット研究者がリーダーとなっていることが多い業界だが、研究者出身ではあるものの、畑違いという点が他社との違いに現れている。

「ビジネスモデルを考える方が好きですね。技術には自信があるし、良いものをつくっているという自負もありますが、ものが良ければ売れるわけじゃない。良いか悪いかよりも買うか買わないかが大切だと思う」

この発言だけを切り取ると、金儲け第一主義に感じてしまうかもしれない。しかし、藤本社長が重点を置いているのはあくまでも社会実装。世の中で広く使われるロボットを目指すゆえの発言なのだ。

「夢を追求するのが理想家。夢を語らずに商売だけでお金を稼ぐのが現実主義者。夢と現実をベストミックスさせるのが社会実装家なんです」

ATOUNが世に放った最初のプロトタイプは、2004年に発表した人工筋肉を使ったパワーアシストスーツ。トラックのタイヤを持ったままスクワットすることができた。しかし、傍らには大きなエアコンプレッサーが必要で、自由に動き回ることができず実用性はなかった。

その後、同技術を使ったリハビリ支援スーツを発表。これは施術にあたるセラピストが使うのではなく、脳卒中の患者が装着する点が新しかった。患者が健常側の腕を動かすと、麻痺した側の腕が自動で動くというミラー効果を狙った仕組みだ。体を動かすことで、脳のネットワークをつなげるという。残念ながら製品化には至らなかったが、2006年には『TIME』誌のBEST INVENTIONSに選出される。

さらに、2008年には映画『エイリアン2』にインスパイアされた、重量物運搬用パワーアシスト装置「パワーローダー」を発表する。

「映画に出てくる作業機械に影響は受けましたけど、事前に建設会社に行って、作業現場での悩みなどをヒアリングしたんです。そこで、床から2mのところまで100kg程度のものを持ち上げたいという要望が出てきた」

事前にリアルな声を聞いたとはいえ、あくまでもコンセプトモデル。まずは夢のある近未来を見せることで、情報や技術、資金を集め、社会実装に向けた製品を開発していく。このサイクルは創業以来、変わることなく続けている。

「現在、技術の責任者をしている社員はこのNIOを見て、”人生の最後は、これを世の中に出すために存在している”と言って入社してきました。その後、この技術は清水建設と共同開発したパワーアシストアーム『ATOUN MODEL K』に落とし込まれ、製品化されています」

働き方改革の意識とパワーアシストスーツの関係性

現在注力しているのは、重い荷物の上げ下げに関して「腰」をサポートするパワードウェアだ。『MODEL A』、『MODEL As』という第一世代を経て、この7月に『MODEL Y』を発表したばかり。本体重量が4.5kgと従来品よりも40%削減され、価格は120万円前後から約半減となっている。ちなみに、Aシリーズは累計270台程度売れており、『MODEL Y』に至ってはすでに100台近いオーダーが入っているという。

「工場や物流の現場でも、働き方改革という意識が芽生えています。また、地方の工場では募集をかけても女性しか集まらない。人手不足の時代ですから、力仕事とはいえ彼女たちも大事な労働力。その人材を生かすことにも、弊社の製品なら貢献できます。それに、導入してもらえば、“働き方を意識しているいい会社だ”というイメージもつく。新聞などでクローズアップされて、人材が集まることも少なくないようなんです

工場によっておこなう仕事が違うため正確なデータは取れていないが、社内の実験では約20%の作業効率アップが見込めるという。しかし、その程度では費用対効果という意味では微妙なライン。そこに人材募集に有利という効果が加わることで、導入する工場は増えている。

「『MODEL Y』などは3箇所装着するだけですぐに動かすことができます。所要時間は約30秒。そういった点も魅力となっています。今後は腰をサポートするものだけでなく、腕や足などパーツごとに販売して、それらを自由に組み合わせることができればと考えています。全身版のスーツがあっても果たして買うかな? という疑問があるんですよ」

確かに、全身版のパワードウェアがいきなり登場するよりも、サポートして欲しい部位ごとの機器のほうが想像がしやすい。究極的には、ホームセンターで部位ごとのパワードウェアが並んでいる様子が想像される。なお、今後はよりコンシューマー向けに近い、歩行支援のためのパワードウェア『HIMICO』の発売も控えている。これは、歩行を10%程度サポートしてくれるというものだ。

「老化して体力が落ちると、歩くことが嫌になるんです。その状態を身体的フレイル(虚弱)と呼びます。すると意欲まで薄れて精神的フレイルになる。その負のスパイラルが寿命を縮める結果になってしまう」

人間は生物学的に130~150年生きられるといわれる。しかし、寝たきりになってしまうと寿命はいっきに短くなる。そのため、せめて上体だけでも起こそうという話に。その次は立たせる、さらには歩かせる。そうすることで寿命は延びていくのだ。つまり、老化よりも体の機能低下が寿命を左右するともいえる。

パワーバリアレス社会の実現を目指して

「生涯学習のようなことをする高齢者グループは意外に多いんです。しかし、ハイキングなどのレクリエーションを企画すると、途端に参加しない方が出てくる。不参加者の多くは、“私、迷惑かけるから” と、これがフレイルの始まり。そんなときにHIMICOがあれば、自信が生まれて行動範囲も広がるわけです」

最近は、パラスポーツの分野にも進出を始めている。しかも意外なカタチで。

「パラ・パワーリフティングの大会で、『MODEL As』を使いたいと問い合わせがあって驚きました。そんなことしていいの? って。よく聞いたら、大会では重りの交換が頻繁にあるみたいで、ボランティアの健常者が使うためだと。私は常々、ボランティアというはいかにアスリートの邪魔をしないかが重要だと思っているので、そういう使われ方には興味があります」

最後に、ATOUNが思い描く未来について語ってもらった。

「年齢や性別に関係なく、動ける、働ける社会を作りたい。力の面でのバリアのない、パワーバリアレス社会の実現を目指しています。そのためには、ロボットを着て動き回れる世界を作ろうと。最終的にはファッションになるところまで持っていきたいです。自分で好きなパーツを組み合わせて、色も含めてコーディネートしていく。インターフェイスは公開するので、作業に応じた便利なパーツを作るサードパーティも出てきて欲しい。そういう未来を考えています」

藤本弘道
株式会社ATOUN・代表取締役社長
1970年大阪府生まれ。大阪大学大学院工学研究科原子力工学科卒業後、松下電器産業(現パナソニック)入社。2003年、内ベンチャー制度を利用しアクティブリンク設立。2017年、社名をATOUNに変更。

(text: 富山 英三郎)

(photo: 壬生マリコ)

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3DプリンティングとAIの機械学習。先端技術で義足の価格を1/10に!

浅羽 晃

現在、一般的な義足は30万円、あるいはそれ以上と高価だ。そのため、途上国では義足を必要とするのに持てない人が多くいる。日本では補助金が出るため、1本目は約3万円だが、QOL向上のために2本目を購入しようとすれば、一般には30万円以上の負担となる。そうした状況のなか、3Dプリンタを用いることで、1本約3〜5万円という大きなプライスダウンを実現しようとしているのがインスタリム株式会社だ。本格的な事業スタートを来春に控えるC.E.O.の德島泰氏にお話をうかがった。

青年海外協力隊の赴任先、フィリピンで
3Dプリンタによる義足を試作

大手医療機器メーカーに勤務していた2012年、德島泰氏はJICAが派遣する青年海外協力隊の一員としてフィリピンへ赴任する。その経験がなければ、「必要とするすべての人が、義肢装具を手に入れられる世界をつくる」をビジョンとするインスタリム株式会社を起業し、C.E.O.となることはなかっただろう。

「もともと途上国に対する支援に興味があり、途上国の人たちの役に立ちたい、本当に困っている人に対する医療を提供したいという気持ちがありました。会社に籍を置いたまま、フィリピンに行ったのです」

青年海外協力隊は、途上国の産業振興の役割も担う。大手医療機器メーカーではデザインセンターに所属していた德島氏は、デザイン職のプロフェッショナルとして、デザインによって現地の産業を元気にするミッションを与えられたのだ。

「当時は3Dプリンタ自体がめずらしかったのですが、そんな最新機器を田舎の町にインストールしたりしました。ハイテク機器を使って田舎のエリアの町おこしをするのは興味深いということで、(ベニグノ・アキノ3世)大統領が視察に来たこともありました。そのような状況のなかで、3Dプリンタを使って義足が作れないかという話を、現地の人からたびたび聞くようになったのです。JICA事務所からも同じような話がありました。フィリピンではそれほど義足の需要があるのかと、現地で聞いて回ったりすると、義足をつくるところが全然ないと言うのです。そして、町には足がなくて、物乞いをしている人がたくさんいることに気づいたのです」

フィリピンには、義足を必要としているのに、義足を持っていない人がたくさんいる。それは、大きな理由が2つあるからだ。

「理由の1つは値段が高いこと。もう1つは、つくるための施設がないことです。首都のマニラでも公立の施設が2つあるだけで、田舎にはほとんどありません。それなら3Dプリンタでつくってみようかと試してみると、プロトタイプができたのです。あれ? これはできるんじゃないか? そう思ったのが、インスタリムの原点です。現地の廃材や竹で義足をつくれないかと考えたこともありましたが、3Dプリンタのプラスティックは安い素材なので、安い義足ができるに決まっています。その点でも、3Dプリンタの義足には可能性を感じました」

AIとオリジナルCADを関連させることで
義足の製作工程を簡略化できる

義足のフィット感を決定するのがソケットで、その形状はオリジナルCADによってつくられる

2年間のフィリピン赴任を終え、2014年12月に帰国すると、德島氏は勤めていた医療機器メーカーを退社した。しかし、ただちに起業はしていない。

「ビジネスベースで考えると、3Dプリンタはスペシャルなものが必要です。また、CADソフトウェアもオリジナルなものが必要だと思ったので、それを開発するために慶應義塾大学にマスターとして入りました。奨学金で食いつなぎながら開発を続け、2017年に合同会社をつくり、今年(2018年)の4月に株式会社としました」

類例のない3Dプリンタによる義足をつくるのだから、開発は試行錯誤の連続だった。

「プラスティックの義足は折れる危険があるため、十分な強度のある素材を開発するのに苦労しました。また、3Dプリンタを使って義足をつくるとき、層と層の継ぎ目で折れやすくなるなどの特有の問題も数多くあります。そこで、力のかかる方向に対して、強度が増すようなプリントの仕方を考えるなど、多くの工夫を行いました。そのため、3Dプリンタも専用の大型のものが必要となりました」

インスタリムの義足づくりは、AIを用いる点も特徴的だ。

義足装着時に大きな力がかかる方向に対しての強度を高めるため、強度が増すようなプリントの仕方を考えるなど、多くの工夫を行った

「私たちの義足づくりは、まず、義足を必要としている患者さんに来ていただいて、患者さんの断端を3Dスキャンします。これを私たちのオリジナルCADにインポートし、それをもとに、形状をつくり、ソケット(断端に触れる部分)をつくります。義足を装着したときに、触れて痛い部分が出てくるため、それを義肢装具士が修正する必要があります。義肢装具士がヒートガンなどを使って形状を修正し、患者さんにフィットさせることにより、まったく痛くない形状で、歩きやすい義足を製作できるのです。ここでポイントとなるのは、患者さんの足のそのままのデータと、まったく痛くない形状には違いがあることです。患者さんの元データをインポートしたら、結果的にはこういう形状の義足が出てきたということをAIに学ばせると、最終的には、出来上がりまでの工程も減らせます」

インスタリムは2019年春に、フィリピンで本格的に事業をスタートさせる計画がある。実質的なスタート地点をフィリピンとしたのは、安価な義足に対する需要が大きく見込まれるのに加えて、もう1つの大きな理由もある。

「私たちの事業はAIを使っているので、データをいかに集めるかということがポイントなのですが、日本、アメリカ、ヨーロッパなどでは、いろいろと越えていかなければいけない規制の壁があります。フィリピンの場合は、義肢装具に関する法律がまったくないので、規制の壁なしに事業を始めることができるのです」

事業拠点としては、多数の3Dプリンタを備える工場を、メトロ・マニラに設ける。

「スキャンした患者さんのデータはEメールで受け取れるようにしているため、地方にいる患者さんの義足も、メトロ・マニラの工場でつくって、提供できるというビジネスモデルを考えています。売値は3~5万円です。日本では30万円くらいしますから、10分の1くらいに抑えることになります」

QOLを向上させるための義足市場は
日本に手つかずのまま残っている

現在、インスタリム本社は、世田谷区が廃校となった中学校の校舎を利用した「世田谷ものづくり学校」内にある

日本での事業展開は、視野に入れているのだろうか?

「もちろん、考えています。たとえば、中学2年生でバレーボールをやっている義足の女の子がいたのですが、義足の足首が固定されているため、スニーカーしか履いたことがない、おしゃれができないと言うのです。日本では補助金が出て、どれほど高価な義足でも3万円程度で買うことができるのですが、それは1人1本までなのです。おしゃれのために、もう1本、義足を買うとなれば、30万円の負担ということになります。しかし、私たちが3万円で提供できるとなると、彼女はおしゃれをするために義足を買うことができるのです」

ウエディングの市場もあると考えている。

「義足の女性には、ウエディングドレスが着られないという悩みをお持ちの方も多いのです。なぜなら、ハイヒールが履けないからです。義足のタイプによっては、和装もできません。そうした理由で、結局、結婚式をやらないという方も大勢いるようです」

婚礼用の義足が手軽に手に入るようになれば、多くの人が、大きな幸せを感じることになるだろう。

「金属パーツのある一般的な義足だと、温泉に行けないとか、海に行けないとか、生活の不便があるようなのです。しかし、3Dプリンタでつくるプラスティック製の、水に浸かっても大丈夫な義足があれば、それも改善できます。2本目、3本目の、QOLを上げる義足があれば、生活そのものが変わるのです。生活を豊かにするための義足の市場は、日本にあると考えています」

医療機器メーカーで、3DプリンタやCADの扱いに慣れていた德島氏が、義足不足が顕著なフィリピンに行ったことがきっかけで、インスタリムの事業はスタートした。それは偶然の産物とも言える。しかし、偶然によって、すばらしい未来がつくられることもあるのだ。

德島 泰(Yutaka Tokushima)
1978年、京都府生まれ。コンピュータ部品のベンチャー企業に勤務した後、大手医療機器メーカーで働く。2012年から青年海外協力隊でのフィリピン赴任を経て、2014年、大手医療機器メーカーを退社。2017年、合同会社インスタリムを立ち上げ、2018年4月、株式会社として、現在、C.E.O.。「自分たちだけが幸せになるのではなく、製品を使っている人も、つくっている人も、素材に関わる人も、みんながフェアになる仕事をする」のがモットー。

(text: 浅羽 晃)

(photo: 増元幸司)

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