対談 CONVERSATION

車いすバスケのレジェンド、根木慎志が描くパラスポーツの未来 前編

岸 由利子 | Yuriko Kishi

2000年シドニーパラリンピック男子車いすバスケットボール日本代表チームのキャプテンを務めるなど、トップアスリートとして活躍したのち、パラスポーツを主軸とするスポーツの面白さや楽しさを伝播するために、全国各地の小・中・高や、イギリス、ブラジルの学校など、計2,600校にも及ぶ学校を訪れ、のべ80万人の子どもたちに向けて、講演活動や体験会を行ってきた根木慎志氏。現在、プロジェクトディレクターとして携わる日本財団パラリンピックサポートセンター推進戦略部「あすチャレ!」での活動をはじめ、四半世紀以上に渡り、力を注いできたパラスポーツの普及活動の先にどんな未来を見つめているのか。根木氏と出会ったその日から、“あ・うんの呼吸”で意気投合し、親交を深めてきたHERO X編集長の杉原行里(あんり)が話を伺った。

スポーツは、勝ちに行くから面白い

杉原行里(以下、杉原):前回は、X-Challengehttp://hero-x.jp/movie/1335/にご登場いただき、ありがとうございました。学生時代の部活に戻ったみたいで、めちゃくちゃ楽しかったです。特に、車いすバスケ用の車いすでコートをひたすら走り続けた“恐怖の20分間走”は、思い出深いです(笑)。僕たちのチームのペナルティだったにも関わらず、根木さんも一緒に走ってくださって。コーチやキャプテンに愛情をもってしごかれている部員の気持ちでした。

根木慎志氏(以下、根木):僕も、あんなにガッツリ走ったの、どれぐらいぶりやろ(笑)。現役の時のスピードでは走れてないけど、今の自分が持ってる最大限の力で、最高に楽しんで走れたから、ある意味、全力で走れたんとちゃうかな。

杉原:あの後、プライベートでも、体育館を貸し切って、車いすバスケ大会をやりましたよね。バスケットボールの経験者は、数名いましたが、車いすバスケに関しては、根木さん以外、全員素人。企業の社長さん、元プロ野球選手や芸人さん、RDSのスタッフなど、総勢30人が集まり、6チームに分かれて競い合いました。

根木:あれは、面白かったよね。バスケの経験がある人たちは、基本的なことを分かっているし、スクリーンプレーで、ちょっとレクチャーしただけで、ルールもすぐに飲み込めていたし、実際、プレーも上手いし、さすがやなぁという感じでした。賞品がかかってたから、芸人チームは、ちょっと違うテンションで頑張ってたみたいやけど(笑)。

杉原:あのレクチャーのおかげで、僕ら、初戦敗退ですよ(笑)。

根木:いきなりゲームやったから、余計に面白かったよね。勝負やから、みんな真剣になるし、“勝ちに行く”というスポーツの楽しさがあった。でも、実際、あの大会に集まった人たちの大半は、“車いすバスケ? よう分からんけど、なんかオモロそうやし、行ってみよか?”という感じで、多分、分からないながらも、とにかく来てみたっていう感じやったんやと思う。

杉原:でも、いざ始めると、みんなが熱くなった。キャラクターも特技も戦略も、みんなが違っていて、面白かったですよね。

根木:“トランプ大会しようぜ!”では、あの盛り上がりはなかったよね、きっと。車いすバスケを知らなくても、バスケと言うと、イメージが湧きやすいと思うし、見たことも触ったこともないものに対して、人間は、おのずと興味を持つ生き物やし。だからこそ、あれほど熱くなれたんとちがうかな。

杉原:言うまでもないことですが、当然ながら、根木さんは、他の人たちとは全く動きが違う。根木さんが、あるチームのメンバーに入ることが決まった時、“超ズルいよ~。何なんだよ~”って声が上がりましたけど、僕は、あの感覚こそが、今後、車いすバスケというスポーツを普及させていく上で、ひとつのブレークスルーになるんじゃないかなって思いました。20代~40代の大人たちが真剣に勝ち負けを競う中、車いすは、補助的なツールとしてではなく、このスポーツにエントリーするためのギアとしてあるわけで。

根木:“ズルい”とかいう発想、いいよね。面白いよね(笑)。

子どもも熱くなる。
想像を超えた車いすバスケの面白さ

杉原:今後、この大会というか、ストリートバスケ的な動きをもっと広げていこうと、根木さんとアイデアを企てているわけですが、第2回、第3回と進めていく時、一般ユーザーが欲しいと思えるような車いす(競技用マシン)を作っていきたいなと思っていて。繰り返しますが、身体能力を補助するツールとしてではなく、拡張するためのカッコいいモビリティとしての車いす。それを作っていきたいなと。

根木:クルクル回ったり、明らかに普通とは違う動きができるのは、補助的な道具として使われてきた競技用車いすがあるから。それは間違いないことやけど、これから僕らがやろうとしていることって、どちらかと言うと、「人間ってこんなこともできるんだ」っていう、おそらく想像を超えたところにある車いすバスケの面白さをプレイヤーには体感してもらい、見る人に感じてもらうことやったりするよね。それをみんなで楽しむという。だから、何かこう、競技用車いすも、突き抜けてる感じのものができたらいいよね。

今日も、豊島区の小学校で体験会をやってきたんやけど、ミニバスケットボールで、大活躍している子がいました。でも、初体験の車いすバスケでは、なかなか、思うように動けなかったみたいで、「カッ!」と声を上げたりしながら、奮闘してて。終わった後に感想を聞くと、「すごく難しかったけど、ミニバスにはない面白さがあった。したことのない動きができるのが、面白くて仕方がなかった」と。

杉原:「あすチャレ!School」をはじめ、根木さんが取り組まれていることって、障がい者を支援するということではなく、子どもたちを含む参加者の人に、車いすバスケを体験してもらうことで、結果として、このスポーツを普及させていくということであり、その大きなきっかけのひとつになろうとしているのが、おそらく東京2020ですよね。「開催が決まったことで、出会う人が格段に増えて、自分が表に出ていく機会も増えた。このチャンスをしっかり活かしていきたい」とおっしゃっていたことが、僕の中で印象に残っています。ブレることなく、邁進されていて、すごいなと思いました。

子どもたちに伝えたいのは、
「友だちになろう」

根木:東京2020がひとつの大きなきっかけになって、パラスポーツやパラリンピックが知られるようになってから、驚くほどのスピードで、日に日に、ステージが変わってます。最初は、それらの言葉を知ってもらうことからのスタートやったのが、今ではほとんどの人が知るようになった。車いすバスケも、飛躍的に知ってもらえるようになった。じゃあ、次に何をするべきかというと、僕ができることのひとつは、これまで以上に、自分が伝えられるメッセージをしっかりと伝えていくこと。それをひと言に集約するなら、「友だちになろう」です。

この30年近く、全国各地の小・中・高の学校で講演や体験会をして、たくさんの子どもたちと触れ合って、「友だちづくり」をしてきたけど、言ってることは、今も昔も、一貫して変わってません。

今日の体験会は、300人くらいの子どもたちがいたんかな。隣同士、みんな友だちやんなぁって。でも、友達やからといって、顔形や髪型や着てる服が同じかといったら、みんなそれぞれ違うわけじゃないですか。考え方も、まったく一緒なんて、絶対ないから。でも、相手のことを自分ごととして考える、相手の気持ちを分かろうとすることで、その人と自分が違うということも理解できるようになる。それが、人を認めるっていうことやと思うので。そして、相手を認めることによって、どんどん違いが分かってくるから、逆に、自分のことをより深く知れるようになる。

僕は、事故に遭って、車いすになって、もう大好きなスポーツが出来へんわっていう時に、車いすバスケに出会ったんやけど、実際にやってみた時に、「コレ、ヤバイな、すげぇな!」って思って。今まで経験したことのないようなスピード感もそうやし、さっき話した、「人間って、こんなことも出来るんや!」という、上手い選手のプレーを見た時に垣間見た、人間の可能性。そういったことを子どもたちに実演して見せたり、話したりすることによって、僕自身も、自分のことを一番知れたんとちゃうかなって思いますよね。

中編へつづく

根木慎志(Shinji Negi)
1964年9月28日、岡山県生まれ。シドニーパラリンピック車いすバスケットボール元日本代表チームキャプテン。現在は、アスリートネットワーク副理事長、日本パラリンピック委員会運営委員、日本パラリンピアンズ協会副理事長、Adapted Sports.com 代表を務める。2015年5月、2020年東京パラリンピック大会の成功とパラスポーツの振興を目的として設立された日本財団パラリンピックサポートセンターで、推進戦略部「あすチャレ!」プロジェクトディレクターに就任。小・中・高等学校などに向けて講演活動を行うなど、現役時代から四半世紀にわたり、パラスポーツの普及や理解促進に取り組んでいる。

(text: 岸 由利子 | Yuriko Kishi)

(photo: 壬生マリコ)

  • Facebookでシェアする
  • LINEで送る

RECOMMEND あなたへのおすすめ

対談 CONVERSATION

あなたの疾病リスクが予知可能に 東芝が仕掛ける近未来の医療

宮本さおり

スマートウォッチの出現が私たちの健康管理のあり方を大きく変えた近年。データを取得することで健康増進につなげる動きはどのように加速しているのか。この夏、「疾病リスク予測AI」のサービスを開始した株式会社東芝、東芝デジタルソリューションズ株式会社を編集長・杉原行里が訪ねた。

人々の健康に対する意識の高まりが見られる昨今、その後押しをしたものとして、スマートウォッチの存在は大きいだろう。日本国内における販売台数は年々増加、ICT市場調査コンサルティングのMM総研による調査では、2019年度には過去最高の191.4万台を記録、2020年度の予想数値は263.5万台と、さらに数字が伸びそうだという。利用者がよく使う機能でみると、最も多いのがウォーキング・ランニングの記録(消費カロリー、歩数、移動距離、ランニング機能)63.7%、次いで「心拍計」などが続き、「睡眠時の記録」についても47.4%がよく使う機能としてあげている。

自分の体の状態を客観的な数字を持って教えてくれるアイテムへの関心は、今後も高まりを見せるだろう。そんな中、東芝グループはAIを使い将来の疾病リスクを予測する「疾病リスク予測AI」の運用をはじめた。なぜこうした取り組みをはじめたのか。開発、運用に携わるチームの皆さんを編集長・杉原が訪ねた。

左から 東芝デジタルソリューションズ株式会社 ICTソリューション事業部保険ソリューション営業部営業第一担当主任太田和行氏、同事業部保険ソリューション部技術第二担当参事 栗田英和氏、株式会社東芝 技術企画部ライフサイエンス推進室主務 山口泰平氏

機械の故障を
見分ける技術を応用

杉原:今日はお時間をいただきありがとうございます。まず、現在の取り組みについて伺いたいのですが、病気の超早期発見や個別化治療という部分について、近未来の医療がどうなるのかをお伺いしたいのですが、こちらのチームではAIを使って疾病リスクを予測するものをされているとうかがいました。

山口:東芝グループは新規事業領域として精密医療に取組んでおり、病気の超早期発見や個別化治療に関わる研究開発、社会実装を進めています。その中の1つである「疾病リスク予測AI」は、健康診断のデータから将来の疾病リスクを予測する技術です。

杉原:「こうした病気にかかる可能性がありますよ」という予測を出すということですよね。

栗田:はい。糖尿病・高血圧症・脂質異常症・肝機能障害・腎機能障害・肥満症の6つの生活習慣病に関するリスクを、1回分の健康診断データを基に、6年先まで予測します。

杉原:具体的にはどのようにして予測が導き出されるのでしょうか?

山口:企業では、社員の健康診断を毎年行っていますよね。東芝にも健康診断データや、投薬データが長期間にわたって同じフォーマットで蓄積されています。これらのデータを使って何かできないかというところが一つありました。

加えて、我々には製造現場で培ってきたAI技術があります。例えば、半導体の製造現場で欠陥品を検出する際や、製造機械設備が故障する際の予兆を見つけるときなどに、AI技術を活用してきました。こういった技術は欠陥検出や機械故障を予測するためのものですが、対象を人間に置き換えると、体の不調、病気の発症を予測できるのではないかという発想から開発がはじまりました。

一気通貫したソリューションについて話す山口氏

こういったデータと技術を組み合わせることで、将来病気になるリスクを予測しています。この技術は超早期発見というよりも、どちらかいえば健常な人たちが将来病気になるのを予測するというものです。超早期発見というキーワードでいうと、マイクロRNAという技術があり、研究開発を進めています。わずかな量の血液から13種のガンを網羅的に検出する技術です。

杉原:それにはデータが必要ですよね。

山口:わたしたちとしては予防から治療まで、一気通貫したソリューションとして提供したいと考えていますので、その元になるのがやはりデータだと思っています。

健康を支える
ソリューションとは

杉原:「疾病リスク予測AI」は、ソリューションの一部ということですね。

太田:はい。健康診断データの数値を見るだけではピンとこなかった病気のリスクを可視化することで、生活習慣病の予防・改善につなげるソリューションです。

疾病リスク予測AIにより、生活習慣病の予防・改善に貢献したいと話す太田氏。

山口:もう一つデータという観点で言うと、我々は遺伝子解析事業も行っています。遺伝子データというのは私たちの体の設計図です。設計図に記載されている体質情報と健康診断の経年データや、服薬の情報を組み合わせることで、例えば、同じ薬を飲んでいる人たちの中で、効果に差が出る原因を調べることもできるようになるかもしれません。

さらに、年1回の健康診断だけではなく、食事や活動量などの生活データを組み合わせていくことで、個人を起点に医療・ヘルスケアデータを一本につなげていきたいと思います。

ウェアラブルだけ、ゲノムだけ、検診だけというところは多いのですが、弊社はぶつ切れではなく、つなぎ合わせることができる、弊社の考える精密医療の形はそういうところだと思っています。

東芝が考える生活習慣改善ソリューションの提案画面例。組み合わせたデータを元に、近い将来の疾病リスク予測を可視化、どこを気にかけると良いかを分かりやすく教えてくれる。

杉原:確かに、ただデータが取れるだけで終わってはもったいないですよね。一気通貫というのは面白いですし、経年でのデータ蓄積があるというのはすごく羨ましいところですね。これを使って今後はどのような取り組みをしていきたいと考えておられるのでしょうか?

山口:個人のこれらのデータを収集、分析し、その結果に基づいて層別化を行い、各層グループ毎に最適な予防法、治療法を提案していきたいと考えています。

杉原:実際今、どのような形で、どれくらいの量のデータを集められているのですか?

山口:今は東芝の従業員を対象に、精密医療のビジョンに賛同いただける方々から、ゲノムデータ、健診データ、レセプトデータの提供をお願いしています。当然、ご本人の同意をいただきながら進めており、その数は1万人を超えています。

杉原:その数字は予想よりも多かったのでしょうか、少なかったのでしょうか?

山口:まずは1万人を目標に進めてきましたが、思ったよりも早く1万人の同意が得られた印象です。

私たちの精密医療ビジョンの1つに「次の世代も見据えた予防医療に、デジタルの力を活かします」というものがあります。
現時点では、従業員に対して、遺伝子検査の結果から病気のリスクをお知らせすることを全く行っていないんです。あくまでも、医療のため、一個人だけでなく同じ境遇に悩んでいる人のためや、次の世代の予防医療のために残す健康資産という考えにご賛同頂いた方々に参加頂いています。

杉原:先ほど、次世代の医療に関するお話も出ていましたが、今回得たデータの活用方法について、御社として何か具体的なお考えはあるのでしょうか?

山口:ゲノムデータ、健康診断データ、レセプトデータ、更にウェアラブルデータ等を活用した日常データを繋ぎ合わせることで、医療発展のための研究だけなく、ヘルスケア産業自体の発展に貢献できる仕組みを作っていきたいと思っています。

センシング活用に
欠かせない倫理観

杉原:HERO Xはすごいコアなファンが多いのですが、私が思うに、その方たちって1つだけ共通項があるんです。いろいろなことを自分ごと化して見れているんですよね。例えば、ガンの超早期発見の話を聞いた時にスッと入ってくるという方は、おそらく近しい人がガンを経験したり、ガンで亡くなったりしていることが多いと思うのです。1万人の同意を得られたというのは、こうした自分ごと化されている方なのではないかと想像します。何か未来のためにっていう医療への期待が込もっているのを感じます。

未来のためにというのは僕らもよくテーマとして言っているところなのですが、正直結構勘違いされやすい。僕らの場合、パラリンピアンとか、いろんな疾患を持ってる方たちを助けようみたいな媒体に思われがちですけれど、狭くそこだけに焦点を絞っているわけではなく、どちらかと言えばそこで、その技術がどうなって進化していくのか、そのアイデアがどう大きくなっていくのかというところに注力を注いでいるので、今日のお話はすごく共感するのです。ただ、データを取られることが、まるで丸裸にされるように感じる方もいます。これよりも先、より多くの人たちに賛同を得ていくための壁はあるのではないでしょうか。

山口:そこはおっしゃる通りだと思っています。個人それぞれに考え方は当然違いますのでより多くの方に賛同頂くには、自分ごと化できるような小さな成功体験を少しずつ示していくしかないと思っています。

我々のビジョンにご賛同頂きゲノムデータまでをも提供してくれる方々に対して、中途半端なデータは返せないと思っています。しっかりとした研究に基づいたエビデンスにより、〝これなら返せる〟というものを作っていく必要があります。かつ、例えば「ある疾患のリスクがあります」で終わらせるのではなく、その先に「遺伝的背景から、あなたにはこういった予防がお勧めです」ということまでお伝えする、ここまでがセットになって初めてお戻しすることができると思っています。

杉原:ローマは1日にして成らないのだから、その30年、50年、100年というロングスパンで考えたときに、もしかしたら自分のひ孫あたりにそれらがフィードバックされるという想像力を持ち合わせているかいないかですよね。今日はありがとうございました。

(text: 宮本さおり)

(photo: 小林鉄兵)

  • Facebookでシェアする
  • LINEで送る

PICK UP 注目記事

CATEGORY カテゴリー