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電気刺激で「触感」を疑似体験! 最新のゲームコントローラーが熱い

富山英三郎

「Happy Hacking Life」を理念に掲げ、2012年に東大発ベンチャーとして誕生したH2L。2016年には、電気刺激を使うことで腕への触感を疑似体験できるゲームコントローラー「アンリミテッドハンド」、2018年にはVRゴーグルとセットにした「ファーストVR」を発売するなど、精力的に活動を続けている。ヴァーチャルの世界で「触覚」がキーワードになるなか、その独自のアプローチに迫った。

コロナ禍でバーチャルに対する
敷居が下がった

「当初は、いわゆるオーディオビジュアル(映像、音声)の次の技術を作っていこうと、共同創業者の玉城絵美と話していたんです。そこから考えたとき、着目したのが『触覚』でした。とくに、骨や筋肉の動きをともなう固有感覚。最終的には、究極の引きこもりシステムを作りたいと思っています。家から出なくても成立するような世の中です」

家から出なくても成立する究極の引きこもりシステム。それは、期せずしてwithコロナの時代とマッチした。

H2L株式会社代表の岩崎健一郎(いわさき・けんいちろう)氏に話を伺った。

「おかげさまで、私たちの技術や取り組みに注目していただくことが増えました。これまでは、チームのみんなに『世界を変えようぜ!』と発破をかけていましたが、世界のほうが先に変わってしまった感覚すらあります。いまでは、いろいろな会社さまから『早く御社の製品を使ってなんとかしたい』というお話をいただくようになりました」

そんなH2Lの原点といえる製品が、米タイム誌が選ぶ50の発明にも選ばれた『ポゼストハンド(PossessedHand)』(2013年)だ。これは、電極パッドの位置と電気刺激の大きさによって、前腕の筋肉を局所的に刺激し、望みの指を動かすというもの。一枚のベルトに14個、装置全体では28個の電極パッドを搭載している。最大の特徴は、これまでは筋肉の専門家でないと扱えなかった機器を、より幅広い層の人たちが活用できるようになったことだ。その大事な役割をしているのが、学習機能を持ったキャリブレーション(調整機能)にある。この製品は、現在も主に研究者や医療関係者向けに販売され好評を得ている。

「ポゼストハンドは、ボディシェアリングの中でも身体の動きをコントロールすることに特化しています。リハビリはもちろん、これを使うと電気信号で指が動き、楽器演奏の補助をするような研究開発も行なっています」

筋肉に直接アクセスする
触感型コントローラー

この技術を応用し、誰にでも使えるようにしたのが、2016年に発売された『アンリミテッドハンド(UnlimitedHand)』だ。

「ポゼストハンドを使って手を開かせようとすると、重みを感じることに気づきました。この動きをより簡単にしていったら、VRとの親和性が高いのではと思ったんです。そこで、まずはゲーム開発者向けの触感型コントローラーとして発売しました」

手を開くと重さの感覚が味わえ、手首を動かすと銃を撃ったりハンマーを叩いたりする際の反動に似た感覚を味わえる。このための電気刺激に特化したのがUnlimitedHandだ。それら、デジタル化した筋肉の動きを人間の身体で再現することが「アウトプット」だとすると、アンリミテッドハンドは人間の動きをデジタル化する「インプット」の表現も可能になっている。

「アンリミテッドハンドでは、インプットを可能にする8つの筋変位センサーと、6軸加速度ジャイロセンサーを装備しています」

とはいえ、腕の太さや筋肉量の多少など、人の身体はそれぞれ異なる。ゆえに、どこに電気を流すか、どの筋肉が動いたのかの計測はとてもデリケートなはず。しかしながら、アンリミテッドハンドは腕に巻くだけというシンプルな仕組みとなっていて驚いてしまう。

「弊社の強みは、それらをソフトウェアで検知するキャリブレーションの機能があることです。ポゼストハンドは精緻なので検出に5~10分程度かかりますが、アンリミテッドハンドでは主に筋肉量を計算するだけなので約30秒ほどで終わります。そこまで簡素化できた理由としては、ゲーム用ということで触感を3つに絞ったからです。重さ、銃を撃つような動き、手首を返すような動き。あとは、皮膚感覚。それを体験してもらうために、鳥が手に乗って突っつくようなデモンストレーションも用意しています」

電極や筋変位センサーを使う理由

VRの世界において、「触感」がいまもっとも注目されている分野のひとつ。しかし、一般的にはモーターを使いながら機械的に動かしたり、画像解析やモーションセンサーで身体の動きを探知することが多い。電極や筋変位センサーを使ってそれを表現しようとする会社はほぼ見当たらない。

「ハードウェアの知識だけでなく、キャリブレーションのノウハウ、人間科学といった広範囲な知見が必要になるのがハードルになっていると思います。つまり、科学と技術のバランスが難しいんです」

それを可能にしたのは、創業者ふたりの経歴が大きい。

「会長の玉城は2年先輩ですが、私たちは大学院のときに暦本研究室で『ヒューマン・コンピュータ・インタラクション』を学んでいたんです。簡単にいうと、人間とコンピューターの快適な関係の研究。その後、私はコンサルティング会社を経て『理化学研究所』で脳科学を研究していました。一方、玉城は大学院を経て『視覚心理学』を学んでいた。そういった経歴が生かされていることが大きいですね」

人間の目は、実のところ小さい領域しか見えていないと言われている。しかし、目を細かく動かしたり、過去の記憶で補完したりしながら、見えたように脳が錯覚する。そういったものも『視覚心理学』には含まれている。つまり、人間の錯覚を利用することの多いVRの世界とは相性がよいのだ。

「電気を流すだけでは、ビリビリと痛かったり、ビクッと動いて不気味だと感じますが、VRゴーグルを付けて体験すると、重みを感じたり反動を感じたりするんです。人間というのは視覚と触覚、視覚と味覚など、感覚同士が絡み合って認知を生成します。そういうところをうまく作り上げるデバイスを作っていきたいと思っています」

H2Lでは、2018年に筋変位センサー搭載のコントローラーと、HMD(ヘッドマウントディスプレイ)をセットにしたデバイス「ファーストVR(FirstVR)」を発売。このデバイスは、NTTドコモの5Gとの連携も活発に行われている。

銃でモンスターを仕留めるゲーム。電気刺激に関しては、低周波治療器のような感覚で筋肉が無意識に動くのが面白い。また、こちらの動きはそのままスムーズに画面上に伝わる。

「ファーストVRには、計14個の筋変位センサーが搭載されています。『触感』のジャンルではデータグローヴを使うことも多いですが、それだと手のひらの感覚を損なってしまいます。また、グローヴで感じられるのはツルツルやザラザラといった感覚のみ。しかし、弊社が開発している一連のアームバンド形式であれば、身体の奥の部分に直結することができます。そのほうが得られる感覚は多いですし、より高い没入感が得られます」

最後に、今後描いている未来について聞いてみた。

「3ステップで考えています。まずはゲーム。その次に、NTTドコモさんと共同開発した、水の抵抗や揺れを遠隔で体感できる『カヤックロボット』のようなもの。つまり、ロボットの遠隔操作です。その先に、人と人をつなげていきたい。プロ野球選手のバッドスウィングをダンロードして、自宅で体験できるような。そういう未来を作っていきたいです」

NTTドコモと共同開発した、水の抵抗感や揺れを遠隔で体感できる「カヤックロボット」。高速・低遅延な5G通信環境下でのロボット利用を想定し、観光産業、建設現場での遠隔重機操作、上半身のリモートワークの応用を想定して作られた。

■プロフィール/
岩崎健一郎(いわさき・けんいちろう)
2010年東京大学大学院(学際情報学府)修了。専門はヒューマンコンピュータインタラクションの研究。在学中、未踏ソフトウエア創造事業に採択され研究開発とプロジェクトマネジメントを学ぶ。卒業後はアクセンチュア、理化学研究所(脳科学総合研究センター)を経て、玉城博士、鎌田博士とともにH2Lを共同創業。2013年に代表取締役就任。研究とビジネスの両輪を駆動する研究者/起業家として、研究シーズの事業化による産業クラスター「シリコンリーフ」形成を目指している。
2015年、新製品UnlimitedHandの発表をTechCrunch Disrupt San Francisco内のStartup Battlefieldにて行う(日本拠点のベンチャー企業としては初出場)。現在はVRの聖杯を目指して、仲間とともに研究開発とビジネス開発に没頭している。

(text: 富山英三郎)

(photo: 増元幸司)

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今さら聞けないカーボンニュートラル SDGs視点で見るとどういうコト?

御堀直嗣

カーボンニュートラルという言葉が、世界を覆っている。日本では、菅義偉総理大臣の「脱炭素」宣言以来、社会の今後に影響を及ぼすことになった。 どちらも、炭素(C:カーボン)を含む燃料を熱源に使い、それによって生まれた動力で仕事をさせることで大気中の二酸化炭素(CO2)量を増やすことを止めようとの行動を指す。では、具体的にはどういうことをいうのか。詳しく見てみよう。

CO2削減が世界的流れに

古代の木を燃やすことからはじまり、18世紀の産業革命以降、石炭や石油など地下資源を燃やして熱を得て、それによって食事をしたり暖をとったり、あるいは機械や船、クルマ、飛行機などを動かして人は暮らし、生活をより楽に豊かにしてきた。しかしそれらの燃料はいずれも、成分に炭素(C)を含むので、燃やせばそれが大気中にCO2として放出される。そして大気中のCO2濃度が高まり、それを原因に大気の温度が上昇し、気候変動を生じさせ、人が住みにくい地球環境になっていくというのが、温暖化による気候変動の問題だ。
そこで、CO2を出さない動力の利用や、たとえCO2を出しても森林によるCO2の吸収などと差し引きし、大気中のCO2量をこれ以上増やさない取り組みが様々に行われている。

一方、46億年といわれる地球の歴史において、気候変動は何度も生じており、かつての生物が絶滅するといったことが起きている。したがって現在の気候変動も、CO2の増加ではなく、地球の営みであるとする説もある。

どちらが正しいか、それは私にもわからない。

CO2の増加による気候変動の説は、1985年に欧州のオーストリアで開かれたフィラハ会議で打ち出され、その後1988年に気候変動に関する政府間パネルが設立され、本格的なCO2削減の議論が世界的にはじまった。

CO2の増加と人口増加の関係性

そして私がこの動きに同意する理由は、世界人口の増加と、CO2排出量の増加が、傾向として一致するからである。つまり現在の気候変動は人の営みと関係が深いと考えられるのだ。

18世紀に産業革命が起こり、その際に地下の石炭が掘り出され、地中に埋められていた炭素(C)が地上で燃やされ大気中に放出されるようになった。しかし当時はまだ、それほど大気中のCO2濃度は高まっていない。ところが20世紀に入り、世界人口が急増し、それに合わせるようにCO2濃度が増えている。

産業革命がはじまった18世紀の世界人口は、10億人程度だった。現在の中国やインドの13~14億人より、世界の人口は少なかったのである。19世紀の末に16億人となり、それが現在では77億人を超えている。20世紀というわずか100年を通じ4.8倍にも人が増えたのだ。人間という一つの種だけが地球上で5倍近く増えるのは異常な事態といえる。

大気中のCO2量も18世紀まではほぼ横ばいであった。しかし人口増加に合わせるように、1.46倍へ増えた。人口増加の比率に比べると少ないが、1970年代の石油危機以来、省エネルギーの対策が行われてきたので、クルマや空調など人間が利用する機器の燃料消費が改善された効果が出ているのだろう。それでも使う人間の数が5倍近く増えたのだから、省エネルギーに向けての対処だけでは間に合わなくなってきていると分析できる。
大気中のCO2の増加にともない、世界的に年間の平均気温が上昇している。さらに近年は、地表の7割を占める海水の温度まで上昇しはじめた。

その影響は、より直接的で大きい。たとえば台風やハリケーンの巨大化は、海面温度の上昇に加え、海中の熱量が高まったためと考えられる。台風やハリケーンの渦で混ぜ返された海中の海水が冷たいうちは勢力を鎮めたが、海中の温度が上がったことで衰えないどころか巨大化し、移動していくようになった。

その昔、フィリピン沖で発生した熱帯低気圧が日本近海で生まれるようになり、台風となってからも勢力を落とさず上陸する。また列島を横断して日本海へ進んでも、日本海の温度も上がっているので勢力が衰えず、そのまま東北や北海道に再上陸するといったことが起きている。

表面化しはじめた気候変動の影響

海産物の獲れる種類も変わってきた。たとえば北海道でスルメイカが不漁になり、代わって鰤の水揚げが増えている。漁業の水揚げが減ったり、急に大漁となったり不安定なのも、海水温度の上昇に伴う海流の変化による。
上空の偏西風や強いジェット気流が変わり、豪雪や豪雨が集中的に、長い日数同じ地域で続くようになった。かつて耳にすることのなかった線状降水帯の影響だ。またジェット気流の変化は、航空機の運航時間にも影響を及ぼしている。従来、東へ向かう際はジェット気流に乗って速く目的地に到着し、反対に西へ向かう方はジェット気流に逆らうため時間を要したが、その差が縮まっている。

400ミリ以上の降水量の日数は過去10年と比べて2.7倍になっている。
(元データ:https://www.data.jma.go.jp/cpdinfo/extreme/extreme_p.html

以上のように、CO2排出量の増加により大気中のCO2量が多くなったことで、これまでと異なる現象が様々に起こり、新たな対応を余儀なくされる事態となっている。
そこで、CO2を増やさない取り組みが不可欠となり、カーボンニュートラルや脱炭素の話になる。国内では少子化が課題とされるが、世界的には今後も人口は増加すると見込まれている。慣れ親しんだ生活様式を踏襲し、人が暮らしやすい気候へ戻す、あるいは少なくとも現状を維持するための行動が求められている。
それには、もはや省エネルギーの取り組みだけでは間に合わない。CO2の排出をゼロにするしか対処の道が残されていない事態に至っている。

クルマでは、電気自動車(EV)の普及と結びつく。
日本の自動車メーカーが、いまを重視しハイブリッド車(HV)の普及を進めようとしているのに対し、欧米や中国の自動車メーカーが一気にEV時代へ持ち込もうとしている背景がそこにある。HVの普及は、省エネルギー策の延長だ。一方、EVの普及はカーボンニュートラルや脱炭素を目指す行動だ。

国内に根強く残る電力問題

しかし国内には、現在の電源構成の話を持ち出し、火力発電が多い地域や国でEVを普及させても、使う電力はCO2を排出する火力発電所だという意見もある。だが、世界の電源構成は、将来計画によってカーボンニュートラルや脱炭素へ向かおうとしている。日本の電源構成も、10年後の2030年には、再生可能エネルギーと原子力発電によって、45%近くを賄うとしている。原子力発電の利用に不安を持つ声が国内では強いが、既存の軽水炉はもっとも古い方式で、世界が話題としているのは、次世代の原子炉である。当然、効率も安全性も改善されている。それは、1960年代と現在のクルマの燃費や安全性能が格段の差であるのと同じだ。

次世代車の普及は、未来へ向けた話だ。それにもかかわらず、なぜ将来の電源構成を視野に入れず、いまの電源構成で未来を語るのか。論点がずれており、それに気づかない国内の論調は矛盾している。

モータースポーツでも、世界自動車連盟(FIA)が、10年後の2030年までとしてカーボンニュートラルの道筋を公表している。カーボンオフセットの購入無しで、関連するあらゆる項目でのCO2排出ゼロを目指し、これはカーボンニュートラルと別にネットゼロといわれる。
これまでのカーボンニュートラルは、たとえばEVのようにそれを利用する段階でCO2を排出しないことを重視したが、ネットゼロとなると、EVをつくる材料や製造段階から廃棄するまでのCO2排出ゼロを達成する仕組みづくりを指す。FIAは、こうした組織への転換をはかろうとしている。
ただし、ネットゼロは容易ではない。原料の入手や運搬などにはまだ、石油や天然ガスなど地下資源に依存した手段が使われている。廃棄段階も、処理する工程がまだ明確でなかったり、処理に際し地下資源の利用が必要であったりする可能性がある。しかし、それを創意工夫で乗り越えようというのだ。

カーボンニュートラルや脱炭素、あるいはその先のネットゼロへ向け、現状を理解することがまず基本となる。それに際し、多くの産業や暮らしの基となる電力が、東日本大震災以降火力発電主体となり、中国さえ超える80%を依存する現状は、将来へ向けて厳しい。しかし、だからEVの早急な導入に意味がないのではなく、先行して普及させることが国の電力政策の脱炭素を促す行動につながるはずだ。なぜなら、いま売られたクルマはこの先10年かそれ以上市場を走り続けるからだ。
550万人ともいわれる自動車産業の雇用も、EVへの移行が働き方の転換を求めるだろうが、いま構造改革に着手し行動を起こさなければ、10~20年後に大量の失業者を一気に出すことになりかねない。そもそも、1990年からEV導入の動きがあったにもかかわらず、30年も足踏みしてきた企業経営にも責任がある。
しかし過去を振り返っても取り返せるものではない。いま、きょうにでも、未来志向で行動を起こすことが日本国民に求められている。

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(text: 御堀直嗣)

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