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「Arque」人間のための尻尾が生み出す、独創的な夢

富山英三郎

破壊的イノベーションを起こすことを目的にし、分野や国境の枠を超えて独創的な人材を生み出すことを目的とした慶應大学大学院メディアデザイン研究科(KMD)。そこで学ぶ鍋島純一さんの研究プロジェクト『Arque』が大きな話題を集めている。人間のために作られた尻尾は、僕らの生活をどう変えてくれるのだろうか? この作品がどのように生まれたのかを含め、鍋島さんに話を訊いた。

身体拡張のパーツとして発想した尻尾

「尻尾というコンセプトが生まれたのは、入学してすぐの5~6月(2018年)と早いんです。身体拡張の方向で何か考えようとしたとき、腕や足の分野ではなく何か新しいものはないかと模索しました。そんなとき、バイオミミクリーの発想で考えたのが尻尾でした。人間が猿だった時代に有していた器官ですし、自分が動物好きだったことも大きいですね」

バイオミミクリーとは、自然界の生物が持っている構造や機能を模倣し、新たな技術を開発することを指す。1958年にアメリカ空軍の医師である、ジャック.E.スティールが提唱し、コウモリを模倣したレーダーや、クモの糸を模倣した繊維など、世界中さまざまな分野で新しい技術が生まれている。

「研究の初期段階では、尻尾とは何かという根源的なところを調べていきました。結果的に、犬であれば感情表現、水中の生物なら移動、猫などはバランス感覚など、大きく分けて3種類の機能があることがわかりました」

3種類といっても単機能ではなく、どの生物も複合的に使っている尻尾。そのなかで、どんな動物にフォーカスしたのだろうか。

「人間の祖先とも言われるオマキザルという猿に着目しました。普段は木の上で生活していて、地上では木の実を石で割って食べています。そして、大きな石を運ぶときは二足歩行になり、バランスを尻尾でとりながら移動するんです。その生態をヒントに、尻尾を装着することでバランス感覚が向上するものを作ろうと思ったんです。社会実装を考えると、三半規管の弱い高齢者のサポートや、荷物を運ぶ物流業界、重労働の介護業界に向けたものが考えられますが、現時点ではまだまだです」

現在はデモンストレーション重視の仕様に

プロトタイプは、簡易的な円盤をワイヤーでつなげ、カタチから作るところからスタートした。その後、お尻の筋肉で動かせないかと、お尻と腰に筋電位センサーを取り付けてみるなど、試行錯誤を繰り返したという。同時に、動物ごと尻尾の骨格の違いを調べていった。

「猫や猿のような、細くてフワフワした尻尾は軽くていいのですが、人間が使うには頑丈さが足りない。そこで、衝撃に強いタツノオトシゴを真似てみたんです」

感情表現を主とする尻尾なら、ふわふわのほうがキュートだが、生活の場で使うのならば耐久性や耐衝撃性は欠かせない。『Arque』はどちらかというとゴジラの尻尾のような見た目だ。

「現在、特殊なゴムチューブを使い空気圧で調整する人工筋肉を4本使っています。でも、これだと大きなコンプレッサーが必要なので、携帯ができず実用的ではない。また、かつてはジャイロセンサーを取り付けて重心の位置を測定し、背中を曲げると尻尾が動いたりもしました。しかし、いまはデモンストレーションを重視していて、尻尾の感覚をより快適に味わえるようジョイステイックで動かす仕様にしています」

出発点はデジタルアート

約2kgの尻尾を実際に装着してみると、フィット感が高いためか重さはそんなに感じられない。片足で立ってもふらつかない、重心を感じられるという機能面もあるが、何より尻尾をつけたビジュアルが面白いのが特徴だ。

「そうなんです。最初の考え方がアート文脈なので、当初からバランスを徹底的に研究したものではなく、あくまでもコンセプチャルな作品。シーグラフなど海外の学会でもそこを評価してもらった感じです。アメリカ人には “クレイジー”と言われました(笑)」

2020年1月には、『アジアデジタルアート大賞展FUKUOKA』のインタラクティブアート部門『優秀賞』も受賞。そのほか、SNS上ではコスプレ界隈からの反応が良いという。

新しいスポーツへの
展開も構想中!?

慶應大学大学院メディアデザイン研究科、通称KMDは大学院ということもあり、さまざまなバックボーンを持った世界各国の人たちが集まっている。重視しているのは、独創的な発想から生まれる破壊的なイノベーションである。

「ここに来る前は、大阪大学経済学部経済経営学科で経営や統計を学んでいました。しかも、当時は部活動ありきでアスリート寄りの生活だったんです。その後、『ゆるスポーツ』という、『超人スポーツ』と似た年齢や障がいも関係ない、新しいスポーツのルール作りに夢中になって。そこから、身体性メディアに興味が生まれ、KMDに入学したんです」

鍋島さんは今年で卒業し、4月からはものづくりを続けながら社会人生活を送る予定となっている。

「『Arque』の最終目標は社会実装ですが、そこに近づける過程でまったく別のものに使われることもあると思っています。また、『ゆるスポーツ』のような新しいスポーツにも使えないかなと考えています」

(text: 富山英三郎)

(photo: 壬生マリコ)

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世界最高のアクションスポーツ用義足を生み出した、アメリカの“モンスター・マイク”

岸 由利子 | Yuriko Kishi

パラリンピック初出場にして、ピョンチャンパラリンピックの男子スノーボードクロスで金メダル、バンクドスラロームで銀メダルを獲得した米国のパラスノーボード選手、マイク・シュルツ。その時に彼が装着していたのは、なんと、自らが開発を手掛けたスポーツ用義足で、同大会のスノーボード競技では、6ヶ国20人以上の選手が、シュルツ選手による義足を採用した。アスリートと義足開発者のふたつの顔を持ち、レース界では、通称“モンスター・マイク”で親しまれるシュルツ選手と、彼が創設したアクションスポーツのための義足開発メーカー「BioDapt(バイオダプト)」の魅力に迫る。

世界トップクラスのスノークロスレーサーが
自ら「人工膝」を開発した理由

2008年、スノークロス競技で世界トップ5に入り、米国ミネソタ州セントクラウドに拠点を置くスノークロス競技のプレミアチーム、ワルナート・レーシングと選手契約を交わすなど、スノークロスレーサーとして絶頂期を迎えていたマイク・シュルツ選手。そんな最中、ミシガン州アイロンウッドで行われた世界大会第2ラウンドのレース中の事故により、左足の大腿切断を余儀なくされた。

「選手生命は、完全に絶たれてしまった」――そう思っていた矢先、世界最大のエクストリームスポーツの祭典「Xゲームズ」のスーパークロスに、障がい者部門があることを知る。だが、シュルツ選手によると、当時、コイルオーバーのサスペンションを備えたスポーツ用義足は、ダウンヒルスキー用に設計されたものしか存在せず、スーパークロスで使用するには、可動域が極めて狭く、コイルのばねが硬すぎるなど、改良するべき点がいくつもあった。

そこで、オートバイなどの修理を得意としていた彼は、自らのエンジニア技術を駆使し、特許権を有するリンク機構システムと、FOX社のマウンテンバイク用サスペンションを組み込んだオリジナルの「人工膝」を設計した。

アクションスポーツに特化した
義足開発を手がけるバイオダプト社を設立

引用元:Sports Illustrated
https://www.si.com/

2009年、独自の人工膝を採用した義足で、Xゲームズ夏季大会に出場し、スーパークロスでみごと銀メダルを獲得したシュルツ選手。自ら作り上げた義足と共に、再びアスリートとしての実力を発揮した経験が、「障がい者スポーツ用の義足をもっと進化させる必要がある」と彼を奮起させ、2010年、アクションスポーツのための人工装具や義足開発に特化したバイオダプト社(BioDapt,Inc.)を設立するに至った。

  

Moto Knee(モト・ニー)(左)と、Versa Foot(ヴァーサ・フット)。

当初、シュルツ選手が開発した人工膝には、改良が重ねられ、現在は、大腿義足者のために開発された義足「Moto Knee(モト・ニー)」として、製品販売を展開している。Moto Knee(モト・ニー)の最たる特徴は、可動域の広さと優れた衝撃の吸収力。最大130度まで屈曲可能な仕様でありながら、屈曲抵抗も備えているほか、好みの空気圧に合わせて、圧縮と反発を容易に調整できるFOX製サスペンションが搭載されている。

足部の「Versa Foot(ヴァーサ・フット)」は、サスペンションの位置を変えることで、さまざまな角度調節ができる。大腿義足の人は、足部のMoto Knee(モト・ニー)と組み合わせることで、下腿義足の人は、Versa Foot(ヴァーサ・フット)のみで、従来の義足では考えられない設定が、カスタマイズできてしまうのだ。

引用元:Biodapt https://www.biodaptinc.com/

Versa Foot(ヴァーサ・フット)においては、かのトーマス・エジソンやチャールズ・ダーウィンが寄稿したことでも知られる、米国の科学と技術の専門誌「ポピュラーサイエンス」の「2013年の発明・トップ10」に選出されている。どれほど画期的なイノベーションであることかが伺えるだろう。

そして、今や、シュルツ選手が開発する義足は、スノーモービル、ウェイクボード、ジェットスキーなどから、モトクロス、ダートバイクや乗馬まで、海、陸を問わず、さまざまなアクションスポーツの世界で、義足の人々がパフォーマンスを発揮することを可能にしている。

自分の作った義足で、
世界の頂点に立ったモンスター

義足の企画から製作まで、試行錯誤を重ねながらも、そのすべてを自身で行う中、2010年のXゲームズでは、夏季・冬季の両大会で金メダル獲得を果たした初の選手に輝き、2014年までにスノークロスなどの競技で、計6個の金メダルを獲得したシュルツ選手。「義足を開発して欲しい」という要望があれば、喜んで製作を引き受けてきた。

スノーボードとの出会いは、Xゲームズで知り合ったある選手からの質問がきっかけだった。

「君は義足を作っているそうだけど、その義足って、スノーボードにも使えるのかな?」

それを確かめるためには、スノーボードを自分でやってみる必要があった。バイオダプト社の義足を発展させるための研究のひとつとして、飛び込んだスノーボードの世界。だが、同時にそれは、“モンスター・マイク”の新たな境地を拓く、スノーボード選手としてのキャリアのスタートでもあった。

起伏の激しいコースを高速で滑っても、バランスを崩すことなく、衝撃吸収性など、優れた機能性を発揮する――シュルツ選手が自らのスノーボード経験をもとに開発したスノーボード用義足の素晴らしさは、彼の実績が物語っている。前述した通り、ピョンチャンパラリンピック初出場にして、男子スノーボードクロスで金メダル、バンクドスラロームで銀メダルを獲得という大快挙を成し遂げた。同大会では、女子スノーボードクロスとバンクドスラロームで金メダルを獲得したブレナ・ハッカビー選手をはじめ、世界トップクラスのスノーボード選手20人が、彼の開発した義足で勝負に挑んだ。

「もし、何かを成し遂げたいと強く望むなら、そのための道は見つかるものです」

その道が見つかった今、アスリートと義足開発者のふたつの顔を持つ“モンスター・マイク”の新たな大躍進が始まろうとしている。

BioDapt
https://www.biodaptinc.com/

Monster Mike Schultz
https://www.monstermikeschultz.com/index.htm

[TOP動画引用元:https://youtu.be/UjWx5LlUvnE©BioDapt]

(text: 岸 由利子 | Yuriko Kishi)

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