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アップルウォッチでも測定可能! 動きの「滑らかさ」を世界に先駆け数値化

富山英三郎

「脊髄性筋萎縮症(SMA)」の患者の動きを、モーションキャプチャやアップルウォッチを使い3次元解析するプログラムを開発した岐阜大大学院の研究チーム。本来は薬の効果を数値的に可視化するためのものだが、将来的にはスポーツ選手や舞踏家、職人技が魅せる「動きの美しさ」を数値化できるかもしれない。そんな3次元解析プログラムが生まれた背景や、今後の応用についてなどを同大学院連合創薬医療情報研究科の加藤善一郎教授に伺った。

ぎこちない動きと、
スムーズな動きの違いは何か?

加藤教授は創薬に関する研究を続ける傍ら、現在も臨床医として同大学の小児科でさまざまな患者を診察。医療の現場で得た知見を活用し、いくつもの研究を同時進行させている。そのひとつの成果が、モーションキャプチャやアップルウォッチを使った世界初の3次元解析プログラムだ。これは、全身の筋力が低下していく「脊髄性筋萎縮症(SMA)」患者の体の動きを解析するために生まれた。

「脊髄性筋萎縮症は、まだ研修医だった約30年前に担当していたことがあったんです。当時は薬もなく、視線を使っての会話術などQOL(クオリティ・オブ・ライフ)を改善する程度のことしかできなかった。それから約10年後、『TRH』という薬を、岐阜大学独自で脊髄性筋萎縮症の患者に向けて臨床応用し始めたのですが、その薬効を定量的に評価する方法がないということに改めて驚いたわけです」

脊髄性筋萎縮症の症状を評価する際、これまでは『腕が上がらない=0点』、『途中まで上がる=1点』、『耳まで上がる=2点』など大まかな評価方法が主体だった。

「でも、震えながら腕がぎこちなく上がるのと、スムーズに上がるのでは違いますよね? 『TRH』を投与すると、明らかに動きがスムーズになるわけです。これを臨床的には『滑らかになった』と表現します。しかし、その『滑らかさ』を評価する指標がなかった。これでは、薬を承認する機関に提出しても、どちらも手が上がっている状態と見なされ『治療効果ナシ』と判断されてしまう。そこで何かしらの指標が必要だと考えていました」

加藤教授は、遺伝子の変異によって生まれる病気の研究でも知られている。なかでも、免疫異常の原因物質(分子構造)を世界で初めて『立体的(3D)』に捉え、新薬開発へと導いた功績が大きい。『ハイテク技術を用いて立体構造を解明していく』ことは得意分野なのだ。

「体の動きを3Dで表現しようと考えたときに、スポーツの世界ではモーションキャプチャを使っているなと思ったんです。そこで、学内に眠っていた装置を引っ張り出して計測をしてみました。しかし、既存の方法論では臨床現場で必要とされる評価ができない。つまり、ぎこちなく上がる手と、滑らかに上がる手の違いを数値化できなかった」

モーションキャプチャとは、複数の赤外線カメラを並べた場所でマーカーと呼ばれる小さな球体を体に取り付ける。すると、カメラがマーカーの動きを捉え、軌道を計測していくというものだ。主に、正常な動きと比べてどれくらいズレているのかを計測するものであり、また正常値とされるものは健常者を対象としたものであった。

シンプルを極めたら、
アップルウォッチでも測定できることが判明

「臨床的な所見をどうすれば数学的に表現できるかを試行錯誤をしているとき、大学行きのバスの中で出会った方に話しかけてみたら、偶然にもコンピューターサイエンスを専門とする松丸先生だったわけです」

共同研究者である松丸直樹さんは、会津大学のコンピュータ理工学部、米国ウェイン州立大学コンピュータ研究科を経て、ドイツのフリードリッヒ・シラー大学コンピューターサイエンス研究科で理学博士となった人物。しかし、そんな専門家とタッグを組んでも『滑らかさ』の指標づくりには5年の歳月がかかった。

「できあがってみれば、1ヶ月もあればできたと思えるかもしれない(笑)。基本的な計算方法は、かなり早い段階でほぼ決まっていました。でも、患者さんにお願いするタスク(動き)と、我々が考えている解析手法がフィットするかなども含め、実証して検証して、最終的な計算まで詰めるのに時間がかかったんです」

一般的に、ぎこちない動きとスムーズな動きの違いは、モーションキャプチャを使いマーカーがブレる姿を表現すればいいと考える。そこで『ブレ』とは何かを考えたとき、加藤教授らは『空間精確性』(反復運動した際の、軌道の差を体積に似た数値として算出)と、『滑らかさ』(連続するベクトルの変化のズレから軌道の歪みを算出)というふたつの指標を取り入れた。

「一般的なモーションキャプチャは、20~30個のマーカーを取り付けるので、それもまたモーションキャプチャが臨床現場で敬遠される要因です。そこで、我々はできる限りシンプルなものを作ろうと思い研究開発した結果、マーカーが1つあれば解析できることがわかりました。その副産物としてアップルウォッチに内蔵されている加速度センサーなどを使っても、ほぼ同じ『空間精確性』『滑らかさ』という解析指標を使って評価できることがわかりました。実際の計算式はまったく別物なのですが(笑)」

モーションキャプチャを使う場合は、赤外線カメラなどの装置が必要になるが、アップルウォッチなら専用のアプリを使うだけ。これならば、町のクリニック、さらには在宅でも測定することができる。そうなると、遠隔医療の領域まで広がっていくことが予想される。また、動画に比べてモーションキャプチャやアップルウォッチからのデータは、せいぜい数十キロバイト。そのため、データのやり取りや保存も容易だ。今後、世界中からモーションキャプチャやアップルウォッチからのデータが集まれば、脊髄性筋萎縮症の子どもの標準値も決まってくる。すると、データ解析の手法にも広がりが生まれるかもしれない。

動きの滑らかさを追求すると、
「美」とは何か? にたどり着く

「運動機能を定量評価できるということは、薬の効果を可視化できるだけでなく、逆にどれくらいのペースで悪くなっていくのかもわかります。実は、そこもよくわかっていない部分なんです。また、神経疾患や筋肉疾患の患者さんだけでなく、発達障害の方へも応用できると思われます。さらには、スポーツや踊り、伝統芸能の世界で『キレ』や『美しさ』などと呼ばれる曖昧な表現も、数値で表現できるかもしれません」

私たちがプロのスポーツ選手やダンサーを見たとき、「動きに優雅さがある」「動きにキレがある」などと感心する場面は多い。しかし、なぜそう感じるのかを数学的に表現する術はこれまでになかった。しかし、『空間精確性』と『滑らか』さという指標を応用すれば、従来は曖昧だった『美』の領域へと踏み込むことができる。

「モーションキャプチャはスポーツの分野だけでなく、CGの世界でも使われていたりと、世界中にはさまざまなデータがあります。それらの過去データを使い、我々の解析プログラムで新しい評価軸を得ることができる。そうなると、医療とは違う業界でまったく新しい使われ方が生まれる可能性がある。そうなったら面白いですよね」

最後に、現在気になっている技術についてお話を伺った。

「アップルウォッチなど、ウェアラブルデバイスの進化に注目しています。今後さらに小さくなれば、指の繊細な表現も測定できるなど、ハード面の発達によって次なる展開が生まれる気がします」

加藤善一郎(Zenichiro Kato)
1990年 岐阜大学医学部医学科卒業、岐阜大学医学部小児科入局。
1997年 岐阜大学院医学研究科修了(医学博士)、奈良先端科学技術大学院大学バイオサイエンス研究科(国内留学・研究員)
1998年 岐阜大学医学部 助手(小児科)
2004年 岐阜大学医学部 講師(小児科)
2005年 ハーバード大学分子細胞生物学留学 客員研究員
2010年 岐阜大学医学部 准教授(小児科)
2011年 岐阜大学大学院医学系研究科 臨床教授(小児病態学)
2014年 岐阜大学大学院連合創薬医療情報研究科 教授(構造医学)、岐阜大学大学院医学系研究科 教授(小児病態学)

(text: 富山英三郎)

(photo: 岐阜大学)

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病院での “待ちぼうけ人口” 削減はできるのか!オンライン診療の行方

HERO X 編集部

慢性的な病気を抱えると、定期的な受診が不可欠になる。ところが、高齢者の増加に伴い、受診を必要とする人口も増えてきた。予約制を取る病院も多くあるが、それでも、大きな病院では待ち時間は多くなる。この足止め時間が嫌で必要な受診をしないという患者もいる。また、待ち時間の長さが、働く世代の足を健康診断から遠ざけてしまう原因にもなっている。しかし、病が経済活動を止めてしまうことを、わたしたちは今回のコロナ禍で痛感した。人々が健康でなければ、経済活動は回らない。もしも、自宅である程度のデータが取れるようになったとしたら、どんな変化が起るだろうか。

人により違う「調子が悪い」の基準値

超高齢化社会と言われる日本。現在の40代後半から50歳にあたる団塊ジュニアが高齢者になれば、高齢者人口の増加が頭打ちになるという話しもあるが、少子化の上に平均寿命が伸びているため、人口に占める高齢者の割合はそれほど大きくは変わらないと予測される。死ぬまで健康でいられれば、それが一番良いのだが、そうもいかないのが人間だ。年齢と共に体の衰えはやってくる。すると、病院に通う機会も増えてくる。それを表す一つの数字が、通院人口の割合だ。

国民生活基礎調査を元に厚生労働省が公表している通院状況の調査によると、人口千人に対する通院者率は男性で388.1、女性で418.8(2019年調査)。分りにくい数字だが、人口千人に対してこれだけの人がなにかしらの理由で通院しているということだ。そしてもちろん、年齢が上がるにつれ、通院人口も増えていく。調査では、ケガではなく、疾病により通院しているという人達にどのような病気で通院しているのかを聞いたものもある。それによると、男女共に1位は高血圧。男性の場合は2位に糖尿病が入っている。

2019年 国民生活基礎調査(厚生労働省)
https://www.mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/k-tyosa/k-tyosa07/3-2.html

高血圧や糖尿病はどちらも生活習慣病と言われるものだ。疾病の改善には食生活や運動などの生活改善が不可欠と言われるため、その目的で定期的に受診をしている人も多い。もちろん、受診時には、血液検査や尿検査など、体の中の状態を数字として可視化するための検査も行われる。だが、これらの生活習慣病の場合、データが自宅で取れるようになれば、オンラインでの診療も可能になると言われている。これが進めば、病院に足を運ぶ人の数は減るだろう。つまり、本当に対面受診が必要な人だけが病院を訪れることになる。するとどうだろうか。上手く回りはじめれば、待合室の混雑や、予約の取りづらさが緩和される可能性が出てくるのだ。

未来の受診スタイルを支える
検査事情最前線

しかし、患者の顔を見るだけでは状態を把握できない。遠隔診療を進める上で必ず必要になるのが検査データの取得だ。血圧については家庭用血圧計がかなり普及したため、すでに自宅での計測が可能となっている。さらにデータをスマホで管理できる便利なアプリも出回り、日々の記録を手書きで付けていた手帳からは解放されつつある状況だ。体重計もここ数年でかなり開発が進み、体重だけでなく、BMI値や骨密度まで測れる体組成計へと進化を遂げた。

さまざまな基礎データの取得が手軽にできるようになってきた現在、尿や唾液の検査も手軽にしようと試みる会社がある。イギリス、アメリカ、日本と、多国籍のメンバーで挑戦を続けるBisu, Inc. 。HERO Xでの対談から2年(http://hero-x.jp/article/8393/)、代表のダニエル・マグス氏の元を訪ねると、当時のアイデアはさらにブラッシュアップされ、サービスのローンチに向けた準備が進められていた。

スタートアップが入居するシェアオフィスを卒業、東京駅近くのビルに自社オフィスを構えるまでになっていた。スタッフは相変わらず多国籍。海外に居住するリモートメンバーもいるという。

「細かな開発はほぼ終わり、今は生産ラインをどうするかという段階まできています。2年以内のローンチを目指して、頑張っています」と、流暢な日本語で説明するダニエル氏。試作品も以前のものより完成形に近づいていた。

ダニエル氏の考える尿検査キットは、独自開発の棒状の「テストスティック」と呼ばれるものに尿をかけ、小型検査デバイスに差し込むだけで、データが手元に届くというもの。テストスティックは使い捨てのため、一つの検査デバイスを家族で共同利用することも可能だ。

白い箱型のものが検査デバイス。隣に並ぶカラフルな色が施されたものがテストスティック。スライドすると中から棒状の検査装置が出てくる仕組みだ。

スティックのケースをよく見ると、色が分かれていることに気が付く。埋め込まれたチップにより、検査項目を変えることができるため、どの検査が行えるかを一目で分るように色分けしたのだ。これまでの家庭検査の倍にあたる20項目の検査が自宅で手軽にできるようになる見込みだ。唾液検査ができるスティックも開発、サービスローンチに向けて地道な開発が続いている。

取れたデータの活用についての開発も急ピッチで進められている。検査デバイスと連動したスマホアプリを使えば、⽔分やビタミン、ミネラルなど、体にとって重要な栄養素に関するフィードバックをわずか数分で得られるようになるというのだ。睡眠データや活動パターン、個⼈の⽬標などを紐付ければ、これらに基づいた健康改善のアドバイスも表⽰されるようになる。

「今考えているのは、身体情報を元にしたコミュニケーションです。ただ、数字を表示できるだけでなく、データを軸に、健康であるためのアドバイスをすることで、みんなが健康でいるための伴走者となっていく、そんなイメージです」

生産拠点は日本に置く!
「Made in Japan」にこだわる理由

生産拠点は日本国内に置きたいと話すダニエル氏。

検査キッドとデータの可視化について、技術的な問題はほぼクリアしたというダニエル氏。データの取得という部分に重きが置かれていた2年前の構想から比べると、サービスに広がりが生まれている。アプリを通じてデータの共有が可能になるため、医師やトレーナー、家族などとの連係も可能になる。そうなれば、通院する回数をグッと減らすことにも繋がる。

しかし、これだけのものを作るには、かなりのお金が必要となる。特に検査キットの量産化の部分は要となるため、潤沢な予算が必要だが、どうやらその壁についてもダニエル氏はクリアしたようだ。10月、シードラウンドで総額3億円の資金調達を達成、本格的な生産に向けて大きな一歩を踏み出した。出資元の一つはスポーツセンシング分野を牽引しているアシックス・ベンチャーズ社。資金調達と同時に同社との協業も発表している。そんなダニエル氏が目指すのは、検査キットの日本での生産だ。

「開発だけ日本でして、製造その他は海外にという会社も多いのですが、僕たちが開発したキットは生産を請け負う工場との綿密な打ち合わせも必要です。日本の技術は優れていますし、機密保持もしっかりしています。労働力の安い海外に出せば、我々がそちらに出向く時間と費用がかかる上、目が届きにくいため、技術が漏れてしまう危険も高くなる。だから僕たちは、日本国内での生産をと考えているのです」

多国籍メンバーが作る「Made in Japan」の健康管理サービス。世界に向けての挑戦が始まろうとしている。

ダニエル・マグス
Bisu, Inc. 代表取締役 。ロンドン生まれ、東京在住のイギリス人。ケンブリッジ大学で日本語を専攻後、法科大学院に進み法律事務所に入社。英国法弁護士資格取得。投資銀行でアナリストなどを務めた後に日本のディー・エヌ・エーで新規事業企画を担当。その後独立しヘルスケアIoT商品の開発を手掛ける同社を立ち上げた。現在は日々の健康を見える化する IoT尿検査装置の開発に挑戦している

(text: HERO X 編集部)

(photo: 増元幸司)

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