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置く場所がないなら、身に付けてしまえ!歩ける椅子「archelis」(前編)【株式会社ニットー:未来創造メーカー】

岸 由利子 | Yuriko Kishi

世界初の“歩ける椅子”『archelis(アルケリス)』―販売前から国内のみならず、海外からも大きな反響を得ているこのウェラブルチェアを医工連携で開発するのは、横浜市鳥浜町に拠点を置く株式会社ニットー。開発を担当する同社代表取締役の藤澤秀行さんと、アルケリス・プロジェクトリーダーの飯田成晃さんにお話を伺いました。

株式会社ニットー 代表取締役の藤澤秀行さん

“一貫生産”という自社の強みを活かしたモノづくりがしたかった

自動車産業中心のプレス金型メーカーとして創立し、今年、創業50周年を迎えた株式会社ニットー。長年培った技術を活かし、現在は、「プレス金型」、「プレス板金加工」、「精密機械加工」、「治工具・設備」の4つの柱を軸に、設計、試作から量産、組み立てに至るまでー分業制で行われてきた従来の製造プロセスを一貫して社内で行えるという異例の体制を確立しています。

「当社の強みである“一貫生産”を活かしたモノづくりをしたい。そんな想いから、2012年より、自社製品の製造に取り組み始めました。その第一作が、iPhoneケースの“Trick Cover”で、製品企画の段階から、製造、販売までトータルに行いました」と話すのは、藤澤秀行さん(以下、藤澤さん)。

iPhone本体を覆うケースと、自由に回転・移動するカバーにより、“ヌンチャク”のようにiPhoneを振り回せることから、「ヌンチャク系」の異名を持つTrick Coverは、クラウドファンディングの活用によって製品化を実現した、日本初の中小企業の自社製品。オープンイノベーションの成功事例として、数々の賞を受賞。海外43ヵ国、累計35,000台以上の販売実績を誇る人気商品です。

「椅子が置けないなら、身に付けてしまえば?」アルケリス誕生のきっかけは、医療ニーズを踏まえた斬新なアイデア

「4年ほど前、ある講演にお招きいただく機会がありました。そこで知り合った医療商社の方とお話していたら、千葉大学フロンティア医工学センター准教授であり、内視鏡外科手術の専門医である川平洋先生が、医療現場ならびに、医師や医療スタッフをサポートできる製品づくりを実現してくれる会社を探していらっしゃることを知りました。医療系の製品開発には、かねてより興味があったので、お引き合わせいただけないかと打診し、その後ほどなくして、川平先生にお会いすることができました。これが、すべての始まりでしたね」

「川平先生とお話したり、手術室を見学させていただいたりする中で分かったのは、医師や医療スタッフの方たちは、長時間に及ぶ手術中、常に立った姿勢を保たなくてはならないということ。かつ、鉗子(かんし)の先端数ミリという高度で微細な技術が求められる腹腔鏡手術を行うので、体幹の安定が必要不可欠だということでした」

手術台をはじめ、既存の設備はそのままに、手術の安定性を保ちながら、どうすれば、手術する側の身体的負担を軽減することができるのかーこの課題を解決すべく、藤澤さん率いるプロジェクトチームが辿り着いたのは、シンプルながら、いまだかつてない斬新な発想です。

「術中は、医師をはじめ、スタッフの方たちは、さまざまにポジションを変えながら、中腰姿勢を保つことが求められます。そして、オペ室は、椅子が置けない現場。“ならば、椅子を身に付けてしまえば良いのでは?”と考えました。中腰で座りたい時だけ座って、立った時には椅子が消える。そんなイメージが浮かびました」

一番の魅力は、中腰の姿勢で、“歩く+座る”を長時間、ラクに安定して保てること

「Archelis(アルケリス)」の開発に取り掛かった最初の一年は、千葉大学フロンティア医工学センターの川平先生、中村先生と日本高分子技研株式会社との連携により、試作品に改良を重ねていきました。

「2015年末ごろより、デザイナーの西村拓紀さんにご賛同いただき、デザイン面でも、コラボレーションすることになりました。通常の製品開発では、機能を下から積みあげていき、最終形態にたどり着きます。アルケリスの場合は、デザインコンセプトを先に決めて、そこに向かって、設計や機構を積み上げて実現するという、従来とはスタート地点からやり方も、すべてが全く異なるものでした」

アルケリスは、片足ずつ独立したセパレート設計なので、自由に姿勢が取れる。装着も、自分で容易にできる。

開発に着手してから2年半。11号機まで改良が重ねられ、格段に進化したアルケリス。最たる特徴は、人間工学に基づいた“エルゴノミクスデザイン”。身体へのフィット感はもちろんのこと、医療現場のニーズに応えるべく、中腰の姿勢で“歩く+座る”の維持を繰り返し行うことを可能にしました。

「普通、中腰の姿勢で長くいると、どうしても腰に負担がかかってしまいますが、アルケリスは、スネと大腿部の広い面積のサポートで圧力を分散しながら、体重を支えているので、中腰の姿勢で座った状態を長時間、安定して保つことができます。一見すると、力を入れているように見えるかもしれませんが、実は下半身の筋肉は使っていません。スネと大腿部の2点に力を分散することで、体幹がしっかりするので、安定性を保ちながら、筋肉に負担を与えることなく、“歩く・座る”の姿勢をラクに行えます」

さらに、オペ室という特殊環境に最適化されたコードレスなので、バッテリーもなければ、モーターもありません。電源不要というアナログ機器ならではの“常に使える”という利点が、安定した高いパフォーマンスを実現します。

(※後編へ続く)

(text: 岸 由利子 | Yuriko Kishi)

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TAASの描き出す企業の最適化。 無料で機密文書を処理して、SDGsに貢献?

長谷川茂雄

“オフィスサイネージメディア”。少し聞き慣れないこのワードは、2016年に設立されたTAAS株式会社(以下TAAS)が生み出した新しい価値観に基づくメディアのこと。その根幹を成すのは、“e-Pod Digital(イーポッド・デジタル)”と呼ばれる機密文書処理サービスだ。「0円溶解処理」という謳い文句が示す通り、同サービスには、お金がかからない。文書の回収ボックスが広告メディア化した画期的なシステムなのだ。しかもこのサービスは、紙が再生資源化することからSDGsの貢献にも直結する。その先にはいったい何が見えるのか? TAAS株式会社 代表取締役兼CEOの大越隆行氏を訪ねた。

前例のない“オフィスサイネージ”
というメディアを創出

企業にとって、機密文書の処理は不可欠。それゆえ、業者に溶解処理を依頼するのは、当たり前のルーティンでもある。もちろん、それに対してコストをかけることも、これまでは疑問視されてこなかった。e-Pod Digitalは、その価値観を根底から変えるサービスだ。

「かつて自分が、海外の会社の立ち上げに携わっていた時に、数週間ぶりに日本に帰って来ると、膨大な広告やチラシが郵便ポストに入っていたのですが、それを捨てるたびに“もったいないな”と思っていて。たくさんのチラシが捨てられたゴミ箱を見て、企業の機密文書も高いサービスレベルで処理して、さらに付加価値も与えることができれば、共感してもらえるのではないかと。そう思ったのがe-Pod Digitalを作った原点ですね」

企業が大きくなればなるほど、処分する機密文書の量も膨大になる。それを安全に、しかも無料で処分できるサービスであるe-Pod Digitalは、コストの削減になるだけでなく、旧態依然とした考え方を変える起爆剤ともなる。 “オフィスサイネージ”という世界でも前例のない広告メディアを兼ねることで、無料のサービスとして成立させていることもユニークだ。

こちらが、e-Pod Digital。上のモニターが14インチ広告スペース、下が設置企業側が使えるサイネージパネル。利用企業は、自由に部署内などで共有したい社内情報を自由にサイネージで情報発信でき、IoTツール・デジタルツールとして使用されている。

「こういった形のオフィスサイネージは、これまで世界的にも例がありませんでした。日本では2019年8月に特許を取得して、現在、アメリカとEUにも特許出願を済ませている状態です。オフィスの中に、これほど入り込んだ広告メディアはありませんから、そこが大きな魅力だと思います」

ターゲットにダイレクトに
情報発信ができる

溶解処理するために、機密文書を回収して保管しておくボックスは、必ず社内に設置される。しかも通常は、部署やセクションごとに置かれるため、同じ環境、境遇の人たちが目にすることになる。それは広告主にとって、かなり有意義なことだ。

「タクシーの座席に設置されているデジタルサイネージのオフィス版だといえば、イメージしやすいと思います。しかもe-Pod Digitalの場合は、広告を目にする人の働く企業やその規模、業種などが全て明確なので、ターゲティングやセグメンテーションが既に全部できています。ペルソナの設定とリアルなニーズに齟齬が出にくく、無駄なくターゲットに情報を提示できる。それは、理にかなっています」

e-Pod Digitalは、企業内に入り込むことで、「より明確なニーズに対して情報が訴求できる」と語る大越氏。

確かに、機密文書は、同じ所属部署・チームが共有する。その処理ボックスであるe-Pod Digitalを取り巻く人々は、必然的に同じ境遇の人間であるため、ニーズが掴みやすい。それは広告媒体として、大きなアドバンテージとなっていることは頷ける。

「サービスがスタートしてから丸2年ですが、もうすでに300社以上が利用してくださっています。ボックスがいっぱいになったら提携業社に取りに来てもらえたり、処理証明書が発行できたりしますが、それらは全てクラウド上で完結して管理もできるんですよ」

e-Pod Digitalには、広告サイネージの他に、企業側がクラウド上で自由なやりとりができるもう一つのサイネージが装備されている。それは、共有する部内にメッセージを提示する掲示板的な使い方もできれば、クラウド上で連絡ツールのような使い方もできる。備品の発注なども可能だ。

「そういった付加価値もありますし、e-Pod Digitalは、ビジネス設計の時点から、 そもそもSDGsを意識したビジネス設計をしてきました。実際、企業側もこのサービスを利用することで、環境問題の解決に寄与することを認識していただいています」

企業内の紙が“循環”するという
新たな常識を作りたい

TAASは、e-Pod Digitalのサービスを通して、国連が定めた17の“持続可能な開発目標”の中から、特に3つの目標を掲げて実践している。機密文書の処理システムだからといって、決して紙の使用を推進しているわけではない。

TAASが力を入れているSDGsへの貢献は、こちらの9、12、17番の3つ。

「基本的に、私たちはペーパーレスを推奨しています。とはいえ、日本に根付いている企業文化の中で、ペーパーレスを完璧に実行することは、なかなか難しいと思います。ですが、紙の使用を最低限に減らした上で、どうしても必要な提案書や契約書などを処理する場合は、e-Pod Digitalを使えばSDGsに寄与できる。なおかつコストも大幅に下げられるとなれば、デメリットはないんですよ」

現在、e-Pod Digitalで処理された企業の機密文書は、A6のノートなどに生まれ変わり再利用されている。それは企業のロゴなどを入れたノベルティ(有償)などとしても重宝しているという。まさに紙が“循環”しているのだ。

処理された機密文書からリサイクルされたA6ノート。

「これまで、機密文書を処理する場合は、業者に費用を払って委託するのが常識でした。ただ、これからは無料でそれをやり、なおかつSDGsにも寄与することが、当たり前になっていくはずです。日本に昔からある業態でも、新しい視点やサービスがあれば、まだまだ効率化は図れると思っています」

これまで誰も着目してこなかった機密文書の処理にイノベーションをもたらしたe-Pod Digital。まさに目から鱗とも言える着眼点と発想が興味深いが、大越氏には、まだまだ様々なプランがあるようだ。最後に、今後の展望を聞いてみた。

「今後は、異なる業種との協業を強めていきたいと考えています。e-Pod Digitalで生まれたサイネージの機能だけを提供するとか、広告配信の仕組みだけを提供するなどして、また新しいスタイルのサービスが生まれれば本望です。ITや真新しいテクノロジーではなく、私は、昔からある日本の業態の中で、まだまだIoT・DXでチャレンジする余地は、大いにあると思っています」

大越隆行(おおごし・たかゆき)
1985年、横浜生まれ。関東学院大学卒業後、株式会社groovesの営業職を経て、アマゾンジャパン合同会社に入社。当時、世界で最年少(26歳)の事業責任者に就任しキャリアを積む。2015年、ランサーズ株式会社に入社すると、ランサーズ・フィリピンの創業に参画。同社取締役に就任。2016年退社し、TAASを創業。2019年4月には、みずほ銀行「Mizuho Innovation Award 2019」を受賞。

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(text: 長谷川茂雄)

(photo: 増元幸司)

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