対談 CONVERSATION

全米No.1 進学実績を誇るスタンフォードオンラインハイスクールがしかけるグローバル教育

HERO X 編集部

設立わずか15年で全米トップクラスの進学実績を誇るまでに成長したスタンフォード大学オンラインハイスクール。産業界でのオンライン化が社会変革をもたらしつつあるのと同時に、教育ICT(通信技術を活用したコミュニケーション)のインパクトは世界中に広がりはじめている。そんな中、世界の天才児が集うと言われる同校で現在、校長として陣頭指揮を執るのが星友啓氏だ。コロナ禍の影響で、国内でもオンライン教育の需要が高まりを見せたのだが、先駆者であるスタンフォードは、教育のICT化をどう見ているのか。スタンフォード大学大学院在学中からオンラインハイスクール立ち上げに関わり、世界中から集まる若者を見てきた星氏に編集長・杉原行里が切り込む。

オンラインでありながら全米1位の進学実績

杉原:今日はお時間をいただきありがとうございます。それにしても、目覚ましい発展ですね。オンラインなのに全米トップの進学実績ということですが、まずは、どのような学校なのか、成り立ちから教えていただけますか。

星:ありがとうございます。2006年創立の学校で、我々の学校はスタンフォード大学の一部なのですが、独立した私立の学校となっています。年齢的には日本の中高生にあたる年代の子供たちが学んでいます。ファイナンス的にも独立していて、生徒さんからの学費で経営している学校です。

杉原:そうなんですね。スタンフォードオンラインハイスクールということは、オンラインで授業をする学校ということでいいのでしょうか?

スタンフォードオンラインハイスクールの公式YouTubeチャンネルでは授業の様子も紹介されている。https://www.youtube.com/watch?v=1DZiIpz460A

星:そうです。もともとは、アメリカで伝統的に進められてきた才能ある子どもたちに対しての教育である「ギフテッド教育」のための教材開発から出発したプロジェクトでした。コンピューターと教育の融合を研究されてきたスタンフォード大学のパトリック・スッペス教授という方がいたのですが、この方が1990年代くらいからギフテッドの子供たち向けのCD-ROMベースの教材を開発し、販売をはじめたんです。

杉原:“ギフテッド”というと、あることに対して特別に優れた力を持っている子どものことですよね。

星:そうです。ところが、日本の場合、ギフテッド=障がいを持った子というような図式の形で説明されている専門家もいらして、これはちょっと違うなと思っています。例えば、数学に突出した力があり、同学年の学びでは物足りないような子どもたちなどがギフテッドにあたるのですが、そういった子たちみんなが発達障がいや、学習障がいを持っているかといと、そうではありませんから。

杉原:なるほど。そして、そのギフテッドの子供たちのためのプログラムというのをどうして作ることになったのでしょうか?

星:教育現場では、こうした子供たちに合ったプログラムが必要だという考えがあったのですが、ギフテッドの子供たちは地域の中でそんなに沢山いるわけでもない。学校に数人いるかいないかの状況ですから、公費を使って運営している学校で、数人の子たちに対するプログラムを導入するというのは難しいですよね。そこで、考えられたのが、通信制のプログラムだったのです。これが好評となりまして、オンラインの普及とともに、オンラインハイスクールとして立ち上がることになったんです。

杉原:アメリカは国土も広いですし、国内で時差もあるから、各地にいるギフテッドの子たちが同じ場所に通学するのは確かに難しいですよね。オンラインなら、距離的制約を受けずに授業が受けられる。英語さえできれば国をまたいで受講することも可能ですし。

星:そうなんです。われわれの学校には現在、40か国、900人の子供たちが在籍しています。

シリコンバレーも注目する哲学、
オンラインでしかできないグローバル教育

杉原:面白そうですね。アジア圏の子供たちもいるのでしょうか?

星:はい、います。多国籍になると、時差もありますから、韓国や中国から参加している生徒の場合は、自国の学校にも通いつつ、パートタイムの生徒として、うちの学校に在籍するというパターンが多いです。

各国に広がるコミュニティ。オフラインでの交流会やイベントも行われている。

杉原:教育としては、どのような特徴があるのでしょうか。

星:ギフテッドの子たちというのは、数学的能力が高い子が多く、その子たちに向けての教育プログラム開発から入っていたので、数学や科学の発展的な学びを多く取り入れていました。意識してやっていたわけではないのですが、結果としてSTEAM教育(Science(科学)、Technology(技術)、Engineering(工学・ものづくり)、Art(芸術・リベラルアーツ)、Mathematics(数学)の5つの単語の頭文字を組み合わせた教育概念)に強くなっていったというところです。哲学など人文系の学びも必須にしていて、リベラルアーツ的な学びができるようになってます。

杉原:哲学は日本の教育でも最近注目はされているのですが、僕も常に大事にしているのは「説得の三原則」のロゴス、エトス、パトスですね。哲学って人々の失敗の歴史でもあると思うんです。だからこそ、哲学は僕たちにとって最大の教科書とも言われていますよね。

星:そうなんです。うちの学校にお子さんを通わせる親御さんからすると、「サイエンスを学ばせるために入れたのに、息子は哲学に興味を持ってしまった。どうしてくれるんだ」なんて、冗談で言われることもあるんですがね(笑)。

杉原:でも最近は、シリコンバレーの企業も心理学者を入れていますよね。

星:おっしゃる通りです。今度は哲学者も雇うようになってきたんです。

杉原:そうやってシリコンバレーの企業が哲学者や心理学者を雇うというのは、僕は分かる気がします。会社というのは結局人ですから、人を扱う以上、コミュニケーションが発生します。どの職業に就こうが必ず直面することなので、ないがしろにするのは危ないことだと思います。

星:行里さんがやっていることも、プロダクトを単に作るということではなく、価値を新しくつくりだすことをされていると思うんです。まさにそれって、哲学の根本じゃないかと。今あるフレームを問いただして、価値あるものを生み出そうとされていると。

杉原:哲学って、多角的なイメージがあるのですが、スタンフォードオンラインハイスクールで大事にされていることも、ものごとを2Dではなく、3Dで見るということなのでしょうか。

星:自分はこのフレームにいるのだが、ほかのフレームだとどう見えるのかということを感じられるかだと思うのです。

部活動やサークルも充実している。

杉原:違うフレームというと、具体的にどういうことなのでしょうか?

星:オンラン教育というと、録画したレクチャーを見て課題に取り組むイメージかと思うのですが、我々がやっているのは各国にいる生徒と生でつなげるライブ授業が中心です。例えば、先日のオリンピックにしても、各国のニュースでの取り上げられ方が違います。クラスメイトが現に中国のある町に住みながら、見聞きしたことをありありと共有し、意見を交換できる。これが毎日のようにできる。今までは、どれだけグローバル教育と言っても、いろいろな国から来た人たちが、同じ場所に住んで、同じことに触れて、学びあうというスタイルでしたが、「俺の住んでる国の状況見てみてよ」と、リアルタイムで見ることができる。違う目線に自分を投影することがしやすいことではないでしょうか。

杉原:だから、スタンフォードオンラインハイスクールが行っていることは、時代に沿った独自のアプローチによる教育のアップデートというイメージです。コロナ禍の日本の教育で行われたのは、今までの教育と同じものをどうやってオンラインでやるかというところに近い。つまり、手段としてのオンライン化、しかし、星先生のところが考えているのは、オンラインでしかできないことをやろうとされている。大前提である目的が違うと感じます。

星:そうかもしれません。

杉原:今日はなんだか自分の考えをリセットする機会となりました。僕も留学の経験がありますが、グローバルという定義が、自分の思ってきたものとは時代と共に大きくアップデートしていることが分かった気がしますので、自分自身も柔軟に対応していきたいと思います。ありがとうございました。

星友啓 (ほし・ともひろ)
スタンフォードオンラインハイスクール校長。哲学博士。Education; EdTechコンサルタント 1977年東京生まれ。2008年Stanford大学哲学博士修了後、同大学哲学部講師として論理学で教鞭をとりながら、Stanford Online High Schoolスタートアッププロジェクトに参加。 2016年より校長に就任。現職の傍ら、哲学、論理学、リーダーシップの講義活動や、米国、アジアにむけて、教育及び教育関連テクノロジー(EdTech)のコンサルティングにも取り組む。2000年東京大学文学部思想文化学科哲学専修課程卒業。2001年より渡米、2002年Texas A&M大学哲学修士修了。

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トップ画像:https://onlinehighschool.stanford.edu/

(text: HERO X 編集部)

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5教科の100点はいらない!人生の生き抜き方をとことん学べ!【異才発掘プロジェクト“ROCKET” 】 Vol.3 前編

中村竜也 -R.G.C

ユニークな子どもたちの才能を伸ばすことに特化した、東京大学先端科学技術研究センターと日本財団が進める異才発掘プロジェクト「ROCKET」。Vol.1、Vol.2では、その概要にはじまり、授業の風景や教育方針を詳しくお届けしたが、Vol.3となる今回は、東京大学先端科学技術研究センター教授であり、「ROCKET」ディレクターの中邑賢龍教授に登場していただきHERO X編集長・杉原行里(あんり)との対談が実現。二人で語らう、ユーモアに溢れた真剣な話をお楽しみください。

杉原行里(以下、杉原):僕が中邑教授のやられている「ROCKET」というプロジェクトに興味を持ったきっかけは、昨年開催されたサイバスロン(http://hero-x.jp/article/1224/)の会場でメディアに追っかけられている子どもたちが目に止まり、あの子たちなんだろうって気になったのが始まりなんです。

中邑賢龍教授(以下、中邑教授):サイバスロン行かれてたんですね。

杉原:そうなんです!その時に、僕ら大人6人ぐらいで喋っているところに子どもたちが集まってきて、とてつもない質問を初対面の僕にしてくるわけですよ。まず一人の子は急に「お兄ちゃん年収いくら?フォアグラを食べるためにはある程度の稼ぎがないとダメなんだよ。お兄ちゃんは幾らくらい稼いでんの?」と(笑)。それで、「このくらいかな」と嘘をつかずに伝えたんです。そしたら「まあまあだね」って言われました(笑)。

中邑教授:本当に失礼いたしました(笑)。面白い子たちでね。ROCKETのトップランナー講義に堀江貴文さんをお呼びしたことがあるんですよ。一人の子供が話の途中で部屋を出て行き、戻ってきたと思ったら「ところでおじさん何やってる人なの?」って急に言い出しましたからね。びっくりしましたよ。

杉原:僕もHERO Xをはじめいろいろな仕事をやってんだと話したら、「要点が掴みにくいね」って言われました!自分でもそう思っていたので、確かに、と変に納得させられたというか。

中邑教授:素晴らしい子どもたちでしょ。

杉原:いや、心の底からそう思いました。それで一気に「ROCKET」って何なんだろうと興味を持ち始めたんです。大人たちが負けた瞬間を目の当たりにしましたからね。そういうストレートな疑問や感情って、多様性を必要としているこれからの世界の生き方なのかなって感じたくらいです。あの子たちにHERO Xでインタビューやってもらいたいですもん。

中邑教授:そう言ってくださると本当に嬉しいですね。子どもたち連れて来ればよかった(笑)。今度彼らをインドに連れて行くんです。なぜかというと、インドの階層社会の最下層の人たちのコミュニティを見せたくて。

彼らのコミュニティには、鍛冶屋がいれば様々な専門職の人がいるんです。その中で物作りをするとすぐに“物”が完成してしまうんです。そのフレキシビリティこそが、これからの生き方のポイントだと思っていて。日本の物作りが失っているのもそこだと思うし、その柔軟性を子どもたちに見せてあげられたらなと思い連れて行きます。なんというか、最新の設備や技術の中で何かを作ったりするのももちろん大切なんですが、“これでいいんじゃん”っていう感覚を持つことも、それ以上に大切なことだと我々は思っているんです。

公平や平均が良しとされる世の中に一石を投じる

杉原:たしか「ROCKET」は、子どもたちが自主的に応募しないとダメなんですよね?

中邑教授:基本的にはそうですね。こんなことを言ったら怒られてしまうかもしれませんが、子どもと一番接している時間が長い分、親の影響っていうのは確実に大きいんです。なかなか好きなことをずっとやらせてあげるのって難しいじゃないですか。明日学校があるからもう寝なさいとか、立場上言わざるを得ない。

杉原:これは世界的にこういう考えなんですかね?

中邑教授:そうだと思います。なぜかというと、現状の能力の判断が、主要5教科の点数で計られてしまい、その結果教育のゴールが大学に行くってことじゃないですか。大学の先が人生だということが分かっていない。つまらないですよね。

杉原:すごく共感します。なんで大学がゴールなのか、なんで大人扱いされるのは二十歳からなのかって、いまだに不思議でしょうがないです。まさに主要5教科による学力主義が生んだ負債の感覚ですよね。

杉原:学校に行ってない子どもたちに能力がないわけじゃないんですよ。逆に、空気を読まない能力があったり(笑)。それだけでも素晴らしいじゃないですか!

後編に続く

ROCKETオフィシャルサイト
https://rocket.tokyo/

(text: 中村竜也 -R.G.C)

(photo: 増元幸司)

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