対談 CONVERSATION

テクノロジーを基盤に、コミュニケーションの垣根を越える。『WITH ALS』武藤将胤の目線【the innovator】前編

吉田直人

ALS(筋萎縮性側索硬化症)。体を動かす運動神経系が変性し、徐々に壊れてしまう疾患で、進行に伴って手足の稼働、発話、嚥下といった動作が難しくなっていく。最終的には呼吸障害が生じ、延命の為、人工呼吸器の装着が必要になる。現時点で有効な治療法が確立されていないこの難病の当事者として、“テクノロジー”と“コミュニケーション”を軸に音楽、ファッション、モビリティなど多彩な活動を展開する『WITH ALS』代表、武藤将胤氏。そんな武藤氏に、HERO X編集長の杉原行里が話を伺った。人間の能力を“補完”だけでなく“拡張”しうるテクノロジーの役割。軌を一にする二人の議論に花が咲いた。

コミュニケーションの幅を狭めない

杉原:僕はボーダレスという曖昧な世界観を『スポーツ』、『テクノロジー』、『メディカル』という3つの分野を通じて、かっこよく、面白く楽しめることを目指しています。福祉の世界は選択肢が少ない。そこに僕は強い違和感を感じていて、いつか着てみたい服、行きたいホテル、乗ってみたい車、というように、様々な選択肢を提示したいと思っています。

武藤:見ている世界が近いと思います。『WITH ALS』は、ALSという病の認知・理解を促進することで、治療方法や支援制度の向上に寄与することを目的としています。加えてもう一つの役割は、ALSやその他難病の当事者、家族のQOLQuality Of Life)向上に貢献するコンテンツ開発や支援活動の実施です。具体的には、パーソナルモビリティ『WHILL』のレンタルシェアや、ロボットクリエイター吉藤オリィ氏と協業したロボットテレワークプロジェクト『働くTECH LAB』、メガネデバイスの『JINS MEME』を活用した眼球の動きのみによるDJVJソフトウェアの開発(『EYE VDJ』)などを行ってきました。いずれのプロジェクトもテクノロジーとコミュニケーションをキーに据えています。

杉原:僕は武藤さんにお会いする前から、武藤さんは相手に物事を伝達するのが本当に上手だと思っていたんですが、博報堂時代にコミュニケーションの仕事をされていたと知って合点がいきました。ALSに関する活動でも、エンターテインメントやテクノロジーを利用して、気づけばALSについて理解していたり、人の輪ができていたり、未来が見えていたり。

武藤:一方向のコミュニケーションには限界があると感じていて、ALSに関心を持っている方は熱心に応援して下さるけれど、全く接点がない方に、僕たちの思いをどう伝えるかを考えた時に、コミュニケーションの幅を限定しているようでは届かないと思ったんですね。それから、コミュニケーションの幅を、かなり広く捉えるように心がけています。

杉原 2014年、ALS患者を支援することを目的にはじまった「アイスバケツチャレンジ」は、動画サイトにアップされ、海外セレブに広がったことで、世界的な広がりを見せました。バケツに氷水を入れて、それをかぶるか、100ドルを支援団体に寄付するか、その両方をやるか、選択をするというもので、やった人が次の人を指名し、指名を受けたひとがまたその選択をするというものでした。どちらもやらないという人もいましたが、僕は面白いなと思ってドネーションをしましたが、あのアクションで結果的に、ALSを知る人は増えた。“理解を広める”ということに関しては「面白い」とか「かっこいい」が入り口でないと継続しづらいと思っていて、「アイスバケツチャレンジ」はそれができていたのかなと。

武藤:僕自身も健常者の経験があります。健常者時代に、このコミュニケーションの方法で果たして興味を持ったかを想像しながら、健常者の視点と、障がいを抱えた人の視点双方を精査することに重きを置いています。

「せりか基金」の広がり

杉原:武藤さんが動画で言っている「想像ではうまくいってる」という言葉が凄く好きです。

武藤:実は漫画『宇宙兄弟』の台詞なんです。僕たちは、ALS治療薬の研究開発費用を集める活動は『宇宙兄弟』チームの『せりか基金』()というファンドレイジングと一緒に行っているんです。僕もこの台詞がとても好きで、当事者である僕が、その言葉を発信することに意味があるんじゃないかと思いました。アイスバケツチャレンジから今年で4年。あれほど社会的なインパクトがあったものの、残念ながら一過性で終わっていることに凄くショックを受けました。もう1回当事者が、「僕らのゴールはALSが治る未来をつくることだったよね? じゃあそこに向けてできること。一人ひとりのキープムービングで良いから、続けていこうというメッセージが根底にあります。

※せりか基金:漫画『宇宙兄弟』から派生した『宇宙兄弟ALSプロジェクト』が展開するALSの治療方法を見つける為の研究開発費を集める活動。

『人TECH』は補完を超えて拡張する

杉原:アイスバケツチャレンジから学んだこととしては、未来に対する投資というよりも、未来を近づけるという考え方が近いのでしょうか。

武藤:そうですね。ビジョンを提示して、それに対する皆さんの協力や、一人ひとりが考えることがスタートだと思います。例えば「もう一度、氷水かぶれるな」とか「もう一度寄付だけはできる」とか「俺はテクノロジーに強いから、テクノロジーを使って患者さんをサポートできるんじゃないか」とか、一人ひとりが貢献できうることを考えてもらうきっかけをつくりたかったんですね。そういった発信をする度に新しい出会いがあり、プロジェクトのスタートにもなる。発信して、リアクションがあって、現実に変わっていく。動画を発信してから『せりか基金』の寄付も増えてきていて、アーティストの方が、自分のライブで募金活動を行ってくれたり、ステージで自分の思いを語ってくれたり、生のリアクションは本当に嬉しいです。

杉原:武藤さんが公開した一番最初の動画が201511日ですかね。「Fuckin(ファッキン) ALS」。

武藤:あれは本音です(笑)。周囲からは「あれはやめておいたほうがいいよ」と言われたりもしました。当時は『WITH ALS』というネーミングも既に考えていましたが、最初だけは本音をさらけ出したい、と。それから『WITH ALS』として、ALSと向き合う活動を始めた方が、自分自身の気持ちとしてもリアルだと思ったんです。

杉原:今も本心はそうではないですか? その気持が僕には凄く伝わりましたし、動画という形で残されていますよね。

武藤:リアルをさらけ出すことで、同じ病気と闘っている方へメッセージが届くと思ったんです。でも同時に考えていたのは、ネガティブな感情からは何も生まれないということ。「ファッキン」てどれだけ思っていても、その感情に負けたくなかった。自分が今、未来に向けて起こせるアクションは何かを考える為に、『WITH ALS』を立ち上げました。

杉原:その時に見た未来と今は比較してどうですか。

武藤:病気が進行していくという状況は、想像していた以上に大変なことだという実感は持っています。でも、3年半やり続けてきたからこそ「まだやれる」という思いもある。チャレンジを続けるほど新しい仲間との出会いがあります。僕たちは、主にテクノロジーとコミュニケーションの領域で活動をしていますが、前者で言うと「あなたはこれを2度とできません、不可能です」と言われていたことを、テクノロジーとの融合で可能にできるという確信を持つことができました。それは障がいを抱えていて、何かを補うという概念以上に、健常者の進化にも繋がると思っていて。

杉原:僕らは、それを拡張と呼んでいます。

武藤:人間の可能性を拡張するのは、まさにテクノロジーの役割だと思うんですね。僕らは、人を支えるテック、『人TECH』と呼んでいて、テクノロジーの力で人間の能力を拡張させることが僕らの使命だと思っています。

杉原:同感です。補完も勿論大事だと思っていて、それを否定している訳ではなく、拡張という要素がないとワクワクしないじゃないですか(笑)。

武藤:ひとつだけ例を挙げると、今、僕が付けているメガネ型デバイス。「これを使って日常的な意志伝達ができたら良いよね」と思う。でも、それは補完でしかなくて、ワクワクするスイッチって押されない。僕は本来、全ての人に表現の自由は平等にあるべきだし「俺ら、まだまだできるよ」という意味で、DJVJをこのデバイスだけで行う『EYE VDJ』を始めたわけです。僕は、健常者時代は手でDJしかできなかったのが、今は音楽と映像双方の表現を目の動きだけでやっている。これは、ある意味拡張だと思います。そういうモデルをどんどん社会に提示していきたい。

「不可能」と言われると、燃える

杉原:補完的な考え方って結構多くて、そういう社会に一石じゃなく、何石も投じている姿は感動だけで絶対に終わらせたくないと感じています。『せりか基金』でも、テクノロジーにどんどん寄付していくのも面白いですよね。

武藤:そうですね。『WITH ALS』の専門領域がテック。テクノロジーを活用して患者さんのQOLを上げていくことは、治療薬のない病気であればあるほど、大事な役割だと思う。QOLが担保されないで「ALSは治らないけれど、ただ生きて下さい」と僕は言えない。「自分らしく生きることができる。だから治るまで一緒に生き抜いていこうよ」と言えるようになりたい。

杉原QOLと聞くと、皆、急に難しく考えるけれど、子どもの頃から持っている感情で、一番シンプルなはずなんですよね。

武藤:ただ、自分らしく生きたいだけですから。

杉原:その感情は誰も止めちゃいけない。今、武藤さんが実行しているテクノロジーという領域は凄く共感できます。一歩踏み出すゼロイチ的な考え方は、凄く難しい。でも武藤さんなら、できる気がします。

武藤:逆に、今は「不可能」と言われると燃えるんです。「本当か? 可能にできる道筋があるんじゃないか」と。でもそれを一人で体現、実現する必要はないと思うんです。今、活用できるテクノロジーの種類は無数にあると思っていて、あとは僕たちがテクノロジーの使い方を当事者の視点で発信していくこと。ですから、テクノロジーサイドにもイノベーションを起こせると思う。その意味では、テクノロジストと僕らのような存在はタッグを組むべきだと考えています。

後編につづく

武藤将胤(Masatane Muto
1986年ロサンゼルス生まれ、東京育ち。難病ALS患者。一般社団法人WITH ALS 代表理事、コミュニケーションクリエイター、EYE VDJJ-waveラジオナビゲーターまた、(株)REBORN にて、広告コミュニケーション領域における、クリエイティブディレクターを兼務。過去、(株)博報堂で「メディア×クリエイティブ」を武器に、さまざまな大手クライアントのコミュニケーション・マーケティングのプラン立案に従事。201326歳のときにALSを発症し、201427歳のときにALSと宣告を受ける。現在は、世界中にALSの認知・理解を高めるため「WITH ALS」を立ち上げテクノロジー×コミュニケーションの力を駆使した啓発活動を行う。

WITH ALS
http://withals.com/

(text: 吉田直人)

(photo: 河村香奈子)

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モノづくり起業はいばらの道!? デザイナー 小西哲哉が経験した困窮 前編

宮本さおり

衝撃的にカッコイイ義手を開発したexiii(イクシー)株式会社。デザインを担当したのはプロダクトデザイナーの小西哲哉氏だ。大手企業のデザイナーを離職し、裸一貫で新たなビジネスに挑戦した小西氏に、誰もまだ聞いたことのなかった起業直後の裏話について、編集長の杉原行里が迫る。

開発へのアクセル
3Dプリンターの存在

小西:行里さんとお酒のないところで1対1で向き合って真剣な話しをするのは初めてかもしれませんね。なんだか緊張します(笑)

杉原:そうかもしれない! 小西くんと出会ったのは、2013年くらいだったかな。筋電義手の開発をするexiii(イクシー)株式会社を立ち上げようとされているところで、小西くんはまだ、家電メーカーに勤めていましたよね。

小西:そうです。

杉原:知人からの紹介で、「起業したいのですがどうしたらできるんでしょうか」的なお話でお会いしたのが初めてでした。あの時、自分のセンサーにビビビっと電流が流れたことをよく覚えています。小西くんがデザインした義手を見た時に「なにこれ! ものすごくカッコイイ!」と直感的に思いました。そこにはもう、それが義手であるということではなくて、単純に見た目がカッコイイし、自分も身に着けたいと思えるものでした。いくつかのアワードで賞も受賞したよね。

小西:はい。いろいろと頂けました。行里さんと出会った頃は、ちょうど義手を作りはじめた時期で「ジェームス ダイソン アワード」に応募するため、電動義手の製作に取り掛かり、電動義手を3Dプリンターで作る試みをしていました。モノづくりの現場で3Dプリンターの普及が加速していて、電動義手もこれでできるんじゃないかなと思い、試していたんです。そうしたら、意外とできるじゃないか!となって。

杉原:3Dプリンターの出現は大きかったよね。

小西:通常のやり方で電動義手を作ると1つ150万円くらいするのですが、僕たちの作り方だと材料費だけで済むため、数万円でできる。このアイデアを形にし、「ジェームス ダイソン アワード」でも賞をいただきました。

杉原:スタートアップあるあるで、資金繰りは最初特に大変だったよね。私が受けた印象では、小西くんはなんだかお金を少し怖がっているようにも見えたのですが。

小西:そうかもしれません。お金儲けじゃなくて、俺たちは社会的起業みたいなところでやっているんだという気概がありました。お金=怖いものと思っていた部分は否めないかと。

倉庫の一角を借りて起業

杉原:だけど、ものづくり系の企業の場合はどうしても資本が必要になる。材料費もかかるし、開発途中ではどうしたってトライアンドエラーを繰り返します。機材や場所もいる。大手を辞めて起業された当時はそのあたりはどうしていたのですか?

小西:住む場所もありませんでした(笑)。株式会社ABBALabや、株式会社nomadの代表取締役をされている小笠原治さんが使っていた倉庫の一角を貸してくれて、そこを仕事場兼、寝床みたいな感じで使わせてもらっていました。

杉原:本当にいい方に出会いましたね!

小西:ありがたかったですね〜。行里さんとはじめてお会いしたのはそんな頃でした。行里さんに会いたいと思ったきっかけは、義足を扱うXiborgに関わられていたからです。確かメンバー構成も僕らと同じで3人でしたよね。

杉原:そうそう、そうです。

小西:賞をいただいて、アイデアが人目に触れるようになった時、実際に義手のユーザーの方から問い合わせが来るようにもなり、チームとしては、起業してこれ1本でいけるのではないかと思い始めていました。Xiborgの中では行里さんもデザイナーで、僕もデザイナー、同じ立ち位置だなと思って、先輩にお話を聞いてみたいという想いでコンタクトを取らせていただきました。

杉原:覚えています。小西くんが会社を立ち上げた当時は食べるものにも困るくらいの時期もありましたよね。

小西:独立前は大手に勤めていたため、少しは蓄えがあるつもりでいたのですが、会社にしようとなった時、3人である程度資本金を入れようという話になって、資本金を出したところ、お金がなくなっちゃったんです(笑)

杉原:アハハハ。本当に困窮していましたよね。

小西:帰る部屋もなくて、オフィスにいる時間がほとんどで、そこで寝袋で寝ているような生活でした。小笠原さんが一緒にやろうと言ってくださらなかったら、本当にどうなっていただろうかと思います。当時はまだ小笠原さんが手掛けたDMM.makeができる前の構想段階で、DMM.make AKIBAもありませんでしたから。

杉原:でも、その一番苦しい時こそ一番楽しかった時期ではないですか?

小西:そうですね。みんなもう、膝が当たるくらいのスペースでやっていました(笑)楽しかったのは確かなのですが、マネタイズをどうしていこうかという部分の不安はありましたね。

賞は名誉だけでしかない

杉原:モノづくり系起業の場合はそこがなかなか難しいところだと思うのです。小西くんたちは「ジェームス ダイソン アワード」をはじめ、いくつも賞を取られ、マスコミにも報道されましたよね。人の目に触れる機会は増えていたけれど、アワードは名誉という要素が強いので、バッチがつくだけなのではないでしょうか。そこからどうするかというのは本当に難しいと思います。賞は注目を浴びるきっかけにはなりますが、〇〇賞を受賞したというのでは、事業としての継続は難しいし、となると、使いたいと思う方々に届けることもできなくなります。エンドユーザーに届けるためには作り続けていかなければならない。作り続けるためには売れる必要がある。

小西:だから、行里さんに会ってみたかったんです。そこから一緒にお仕事をさせていただくようにもなり、今は車いすの開発やロボット開発にも携わらせていただけている。

杉原:何度も食事をしたり、話すうちに、うちのRDSのチームにも加わってもらうことになり、人との出会いって、やっぱり大事だなと思わされています。モノづくり系の企業の場合、モノを生み出すことはできたとしても、先ほども話したようにマネタイズが難しいことも多いです。また、新しいアイデア、構想を一人、あるいは一社で抱えていると、行き詰まりを感じることがある。でも他者と話したり、協力することで突破力が備わったり、構想を大きく膨らませることもできる。だから、今年はそんなお互いが刺激しあえる場の提供をHERO Xでも仕掛けていきたいと思っています。小西くんには今年も我々のチームの一員としても大いに活躍していただきたいと思っています!

後編へつづく

小西 哲哉
千葉工業大学大学院修士課程修了。パナソニックデザイン部門にてビデオカメラ、ウェアラブルデバイスのデザインを担当。退職後、2014年にexiiiを共同創業。iF Design Gold Award、Good Design Award金賞等受賞。2018年に独立しexiii designを設立。現在ウェアラブル、ロボット、福祉機器など幅広いカテゴリーのプロダクトデザインを中心に、さまざまな領域のプロジェクトに取り組んでいる。

(text: 宮本さおり)

(photo: 増元幸司)

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