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孤独化する高齢者を救うのはテクノロジー「Future Care Lab in Japan」の提案

Yuka Shingai

マスク着用の必須化、外出は必要最低など、非日常が日常となりつつある日本。緊急事態宣言解除の地域も多くなり、ウイルスとの第一次決戦の出口は見え始めているとは言え、今後予想されている第2波の影響など、まだまだ油断できない状況が続く。だが、失われた日常を背景にテクノロジーへの期待は高まっている。もともと人手不足が問題となっていた介護業界、人とテクノロジーとの協同の必要性はますます高まっている。

コロナウイルスの蔓延を受け、私たちの日常は大きく変わった。人との接触を控え、外出が制限される日を、誰が予想していただろうか。だが、この映画のような状況が現実のものになっている。「With コロナ」という言葉が出てきているように、ウイルスとの共生が今後は必要になっていく。東京を省き、多くの地域で緊急事態宣言の解除となったわけだが、ウイルスとの戦いが終わったわけではない。特に高齢者のあつまる介護施設などでは、未だに面会の制限がかけられているところも多い。ゴールデンウィークには地方に住む両親の元を訪ねようとしていた人たちもいたはずなのだが、それもかなわなかった。未だ緊急事態宣言の続く都内から地方への訪問は感染リスクを伴う上に、人目も気になる。また、地方に住む両親だけではなく家族が近くに住んでいたとしても、病院では面会も制限されており、コロナというウイルスへの脅威だけでなく、孤独と戦う高齢者は多いだろう。

第2波がやってくるとのニュースも出回るなか、介護現場で働く職員は感染リスクと隣あわせの日々を過ごしている。長引くコロナの影響、接触を抑えつつ、手厚い介護をするための方法はあるのか。コロナ前に当取材班が訪れたFuture Care Lab in Japanで見た未来の介護プロダクトたちは、このコロナ禍にも活躍する素質を十分にもっていた。

厚労省の統計によると2025年時点での介護人材の需要見込みが253万人であるのに対し、介護人材の供給は215万人と、人材不足の解消を筆頭に加速する超高齢化社会における課題が山積みになっている。在宅介護から施設介護まで、フルラインの介護サービスを提供するSOMPOホールディングスが介護の現場にテクノロジーを届けるべく、IoT×介護を追求する場として立ち上げたのが未来の介護プロジェクト「Future Care Lab in Japan」だ。東京・品川の展示室には最先端の介護プロダクトが置かれている。

新しい介護のあり方として
「人間とテクノロジーの共生」を目指す

入り口にでまず出迎えてくれたのは以前HERO Xでも紹介した「LOVOT」(http://hero-x.jp/movie/8382/)。愛くるしい表情で私たちに近づいてきた。

「様々なコミュニケーションロボットがありますが、LOVOTはただ単に便利なロボットではありません。抱き上げてほしいという動作をしたり、じっと見つめ返してくれたり、『お世話したい欲』をくすぐるようで、導入している弊社の運営施設からも好評を得ています。こうしたコミュニケーションロボットにはより利便性を追求した製品もあるのですが、LOVOTは完璧ではなく人の手が必要になっています。高齢者とロボットがお互いの個性を活かしながら「共生」するという点が私たちの考え方にフィットしているので、現場で受け入れられているのかもしれません」
そう語るのはFuture Care Lab in Japanの所長を務める片岡眞一郎氏だ。

Future Care Lab in Japan所長 片岡眞一郎氏

労働人口の減少を受け、介護の質を落とすことなく、生産性を高めて運営できるサービスモデルを実現するためにはテクノロジーの力は不可欠というのは言うまでもないことだが、このコロナウイルスの出現で、テクノロジーの活用は利用者と介護者の命を守るという意味合いも持ち始めている。

実は、介護系ロボットやセンサーの製品数は著しく増加しているものの、実際に在宅介護や介護施設の現場で使ってみるとうまくいかない、効果が顕れないというケースも少なくのだという。介護事業会社であるSOMPOケアを傘下に持つSOMPOホールディングスは、2019年に「人間とテクノロジーの共生」をコンセプトにFuture Care Lab in Japanを開設。
「介護を受ける人」に対しては生活の質を維持・向上させながらと自立支援による尊厳ある暮らしを実現すること、「介護をする人」に対しては身体的・心理的負担を軽減し、働きやすい環境を構築すること、介護現場の生産性を向上し、介護職員の処遇を改善することを目指して動き始めた。

片岡氏は、元々SOMPOケアの職員。同ラボでは現場のオペレーションにおける幅広い知見と経験を活かし、ロボットをどのように使うのか、またどういう人をターゲットに使うと効果があるのかなど実証を行うほか、同業他社の見学やロボットの開発を行う企業、研究機関との共同研究からリサーチまで各種対応にあたっている。

ラボでは常時、約20~30社ほどの製品を展示し、およそ半分程度をすでに現場で導入している。SOMPOケアの施設のなかでも、フラッグシップホームと呼ばれるテクノロジーを活用した4施設で試験的に使用したのち、全国の施設での利用に移行していくという。

実証フィールドで評価を
重ねながら精度を高め、
現場での運用に繋げる

ラボを一巡してみると一口に介護・福祉関連のテクノロジーといっても、扱う製品は多岐に渡る。
排泄を匂いで知らせるセンサーや、体位変換を自動化するの自動寝返り支援ベッド、備品のストックが減ってきたら自動で発注してくれるスマートマット、画像認識で食事量を記録できるシステム、リクライニング式シャワー入浴装置など、衣食住のほぼ全てがテクノロジーで網羅できる印象を受ける。

介護版においソリューション「Swetty(スウェッティー)」

リクライニング式シャワー入浴装置「美浴(びあみ)」

「実証してみると、まだこれは実用レベルには達しない、というものも当然あるのですが、ラボでの失敗は臆せず、ここで精度を高めていけばいいと思っています。いざ現場に持っていって使えないよりは全然いいですから」(片岡氏)

製品の展示基準として、高齢者のQOL向上やADL維持、費用対効果に併せて、職員への効果も重視しているという。職員への効果はどの施設でも一様に得られるものではないため、定量的に評価することは難しい場合もあるが、超高齢社会を迎える我々にとって介護の効率化や負担の軽減は注目すべき点だろう。

その一例と言えるのがベッドに設置する睡眠センサー。呼吸と心拍を取得することができ、利用者が就寝しているのか、横にはなっているけれど起きている状態なのか、もしくは離床しているかを画面越しに確認することができる。それまで3名体制で行っていた夜勤を2名にできたという効率化だけでなく、たくさんの利用者がいるなか夜間に定期的に巡回すると、10㎞程度歩いていた距離が40%削減されたことで、介護職員の身体的な負担の軽減にも繋がったというフィードバックも得られた製品だ。また、利用者は夜間の巡回により起こされてしまうこともなく生活リズムが整いやすいという利点もある。

一方で、在宅介護向けで、非常に好評を博しているのが「HelloLight」という製品。LEDライトのON/OFFを通信で知らせることができるIoT電球だ。

IoT電球「HelloLight」

1日の間に点灯と消灯の動きがないと通知する期間検知機能を備えており、以前のように遠方に住む独居の家族を訪ねられない今、見守りができるのはありがたい。利用にあたって工事や電源、Wi-fiの設定も不要なため、届いたその日から気軽に使い始めることができる。テクノロジーの活用はあくまでも「さりげなく」やることがカギとなりそうだ。

職員のやりがいまでテクノロジーが
奪わない運用設計を意識

新たな技術を施設に導入する上で、片岡氏は職員への敬意を強く意識している。
「たとえば血圧や脈拍といったバイタル測定を自動化すると、記録の手間が省けて効率化できます。しかし、バイタル測定はただ数値を計測する作業ではありません。昨日と比べて表情が明るいな、今朝は何となく寝不足っぽいな、とか長年その人を見ているからこそ分かる観察の時間でもあります。観察という介護職員ならではの行為を残した上でバイタル測定を自動化していかないと、大事なことを失ってしまい、現場のモチベーションも下がってしまうかもしれません。新しいテクノロジーの運用を設計する際は、職員のやりがいについても細心の注意を払っています」

ラボの壁に貼られた「声の成る木」には見学に来た現場の職員からのリクエストが綴られている。

「職員からは、自動で体重を測定できるものが欲しいという声がこれまでに何度も出ているんです。体重の増減は健康管理の観点で重要な指標となるので、少なくとも月に1回程度は実施したいのですが、職員2人がかりで要介護者を起こして支えながら計測するのは非常に負荷の大きい仕事ですから、自動化したいというアイデアにはなるほど、と感じました。現場を知っている人たちだから出せる意見やアイデアを、ラボではできるだけ吸い上げていきたいですね」

コロナ禍では人間同士の接触を極力控える必要がある。しかし、要介護の人にとって、人の手を借りずに日常を過ごすことはほぼ難しいのだが、テクノロジーの力を使えば感染リスクを低くする努力をすることは可能だろう。「人間とテクノロジーの共生」が実現していく姿をこれからも見届けたい。

(text: Yuka Shingai)

(photo: 壬生マリコ)

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車いすアスリートのレジェンドが惚れ込んだ、最速マシン開発チーム【八千代工業:未来創造メーカー】前編

岸 由利子 | Yuriko Kishi

八千代工業(以下、ヤチヨ)は、樹脂製燃料タンクとサンルーフを主とした自動車部品の研究開発・製造・販売と、自動車の受託生産を主要事業とする企業。その名が、自動車とは異なるパラスポーツの世界で人々の耳目に触れるようになった一つの大きなきっかけは、2014年10月より同社に所属する車いすマラソン女子の第一人者・土田和歌子選手の存在。これまで夏季と冬季を合わせてパラリンピック7大会に出場し、夏冬の両大会で金メダルを獲得するという日本人初の偉業を成し遂げたレジェンドだ。そんな土田選手が惚れ込んだのが、ヤチヨが、ホンダR&D太陽株式会社(ホンダR&D太陽)と株式会社本田技術研究所(以下、本田技術研究所)と三社共創で開発する“レーサー”こと、陸上競技用車いす。開発の裏側を探るべく、同社開発本部生産技術部新商品技術ブロックリーダーの柴崎博文氏に話を伺った。

自動車部品と自動車生産の
エキスパートが展開する多彩な事業

今年、創業65年目を迎えたヤチヨ。激化の一途を辿る自動車業界のグローバル競争を勝ち抜くべく、部品事業ではグローバルオペレーションを進化させ、海外を中心とした事業拡大の推進に尽力するかたわら、完成車事業では、大量生産を前提とした工場にはない新たな価値を顧客に提供するために、「少量生産特殊工場」への変革を進めている。その名の通り、生産台数は少なくとも、顧客が真に必要とする自動車の生産に特化した工場だ。

さらに、長い歴史の中で培ってきた独自の技術やノウハウを活かし、LPガスをはじめ、天然ガスや水素など、さまざまなエネルギー源を貯蔵する「エネルギーストレージ」の事業展開を進めながら、自動車の軽量化や低燃費化に寄与する素材を用いた自動車部品の量産化技術の構築に力を注いできた。その素材のひとつが、近年、陸上競技用車いすにも使われているCFRP(炭素繊維強化プラスチック)だった。

陸上競技用車いすの開発を
三社共創でスタート

開発本部生産技術部新商品技術ブロックブロックリーダーの柴崎博文氏

ヤチヨが、本田技術研究所とホンダR&D太陽との三社共創で、CFRP(炭素繊維強化プラスチック)を用いた陸上競技用車いすを開発するに至った経緯について、柴崎氏はこう話す。

レーサー(陸上競技用車いす)をCFRPで一緒に作りませんか?と本田技術研究所の方から、お声掛けいただいたことが全ての始まりでした。本田技術研究所が、次のジョイント先を探されていて、当社はちょうど、カーボン技術の基礎研究に着手し始めた頃でした。レーサーを造ることは、今後、社内のカーボン技術を構築していく上でも、自動車部品などの製品へCFRPを応用するための技術開発の上でも、良い機会になると思い、2012年より共同開発させていただいております」

勝ちに行くためのレーサー、
極<KIWAMI

世界に1台。極<KIWAMI>の“土田モデル”に乗った土田和歌子選手

カーボン技術の構築と共に、障がい者スポーツの発展を目指して、“1秒でも速く風をきって走る喜びを多くのアスリートと共有したい。その理念のもと、ヤチヨが誇る「ものづくりへの飽くなきこだわり」が、本田技術研究所の「徹底した先進技術の追求」と、ホンダR&D太陽の「妥協を許さない試験評価」とみごとに融合したレーサーが完成した。

その名も、ハイエンドモデル「極<KIWAMI>」。最先端カーボン設計技術を駆使したCFRP製シートとメインフレームが一体型になったモノコック構造で、シート部分は、非接種方式の3Dスキャナーによる姿勢測定のデータを基に、3D-CADでアスリートの体のラインにぴったり合った形状を具現化。ホイールにも、軽量かつ剛性に優れたCFRPを採用することで、超軽量カーボンホイールが実現した。柴崎氏の言葉を借りるなら、これは他でもない、「勝ちに行くためのレーサー」だ。

CFRPを採用したのは、単に軽量化のためだけではない。優れた振動吸収性という特性を活かすことも、ヤチヨの狙いのひとつだった。選手によって、素材の好みの違いはあるが、路面に近い姿勢で長時間走り続ける車いすマラソン選手の場合、アルミ製メインフレームのレーサーなどに比べて、乗りやすさを直ちに実感するケースが多いという。「高い振動吸収性により疲労感が少なく、レースの最後まで力を出し切ることができる。また、自身の生み出す力が余すことなくレーサーに伝わるので、最大限のパフォーマンスが発揮できる」と土田選手が話すように、選手の体の動きに合わせた、最適なしなりやねじりを実現している。優れた走行性能はもちろん、極めてしなやかな乗り心地も兼ね備えたマシンなのだ。

全力で勝ちに行く選手に、
全力で応える

レーサーの中でも、選手の体に密着するシートは、パフォーマンスを左右する重要な部分。既存のレーサーに、ホイールを漕ぐ時のベストポジションで乗った状態で3Dスキャナーにかけ、取得した3Dデータを基に、シートの形状を3Dモデルで設計する。その強度と剛性を構造解析で確認したのち、ようやく石膏で型を造る段階に入っていく。というように、世界に1つのオーダーメード・シートは、気が遠くなるほどの細かなプロセスを踏みながら、少しずつ形になっていく。

その過程において、ヤチヨの技術者たちには、開発と同様に重要な役目がもうひとつある。それは、全力で勝ちに行く選手の要望に応えるために、密なコミュニケーションを取ること。土田選手の場合、開発チームの作業場の一角に室内練習機が常設してあり、数ミリ単位の細かなポジションの調整などの要望をマシンにフィードバックできる体制が整っている。

土田選手が、リオパラリンピックで使用した極<KIWAMI>

1位とわずか1秒差で、惜しくも4位に終わったリオパラリンピックも、2年連続11度目の優勝を果たした201712月のJALホノルルマラソンも、土田選手の体と一体化し、ロードレースを共に疾走したレーサー、極<KIWAMI>。ヤチヨが土田選手のために開発したレーサーは、現在5台目。1台の価格は200万円を超え、誰もが容易に手に入れることができるものではないが、米国やシンガポール、南アフリカなど、最速を求める海外選手からの注文も増えているという。

「海外選手の場合も、当社までお越しいただき、ここで(3Dスキャナーによる姿勢データを)計測して、ここで造ります。調整については、マニュアル的なものをお渡ししていますが、メールなどでもサポート対応させていただいています」

ハイブリッドレーサー、
挑<IDOMI>の魅力

優れた振動吸収性を持つCFRPはメインフレームだけに使っても、その効果を発揮する。スタンダードモデル「挑<IDOMI>」は、ハイエンドモデル極<KIWAMI>と同じ設計思想に基づき、CFRPのメインフレームにアルミ合金製のシートを組み合わせたハイブリッドレーサー。好みによって、振動減衰素材を積層が可能で、乗り心地や走行性能をさらに向上することも可能だ。なお、極<KIWAMI>と同等のたわみ特性も実現されており、ボルトで締結する分割構造により、フレームとシートは、着脱可能になっている。

Uフレーム

Tフレーム

「挑<IDOMI>は、車いす陸上をスポーツとして楽しみたいという人をはじめ、色々な方に乗っていただけるレーサーです。もちろん、極<KIWAMI>のように勝ちに行くことも可能です。基本的には、足を折りたたんだ正座の姿勢で乗る設計ですが、乗り方の好みによって選べるUフレームとTフレームの2つのシートフレームをご用意しています」

後編では、ヤチヨのモノづくりの現場を紹介する。

後編へつづく

八千代工業株式会社
http://www.yachiyo-ind.co.jp/

(text: 岸 由利子 | Yuriko Kishi)

(photo: 河村香奈子 ※土田和歌子選手:壬生マリコ)

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