対談 CONVERSATION

すべては、たった一通のメールから始まった。世界最軽量の松葉杖ができるまで 後編

中村竜也 -R.G.C

HERO X編集長・杉原行里(あんり)がデザイナーとして製作に携わり、2013年にGOOD DESIGNベスト100の中から、特に優れた20作品に贈られる最高位の賞 “GOOD DESIGN AWARD金賞”に輝いた、重さ約310gという世界最軽量の“ドライカーボン松葉杖”。レンタルベースの松葉杖がほとんどの市場に一石を投じた、この革新的な松葉杖が開発されるまでにはある物語があった。今回は、その物語のきっかけとなる一通のメールを送った、日本身体障がい者水泳選手権大会金メダリストでもある寺崎晃人氏と杉原の対談が実現。二人しか知らない製作秘話を存分に語っていただいた。

その松葉杖を手にした瞬間に世界が変わった

寺崎晃人(以下、寺崎):実際にプロジェクトが始まり、初めてドライカーボンで作られた第一弾の松葉杖を手にした時、えらい感動したのを覚えています。その想像以上の軽さには、ただただ驚きました。

普段から使い続けている人にしか分からないかもしれないのですが、脇から下の重みが一気になくなったんです。一時的に使う方たちなら、重さをそんなに気にしなくてもいいかもしれませんが、我々のように常に体の一部として使っている人間には、あの重さがものすごく堪えるんですよ。大げさではなく、羽根が生えたような気持ちでした。

杉原:ものすごい喜びようでしたよね(笑)。

寺崎:いやね、ちょっと既存の物より軽くなるのかな、くらいで考えていたので衝撃的でしたよ!

杉原:社内にある長い廊下をずっと一人で歩いていましたよね。その後に行った蕎麦屋でも、興奮冷めやらぬって感じでしたもん(笑)。

寺崎:イヤイヤ、その時だけでなくその後数日の間興奮していましたからね(笑)。

杉原:でもそうですよね。僕らが普段履いている靴が3、4倍重くなったと考えれば分かりやすいですよね。毎日それだったら負担でしかないな。もう歩くのが嫌になりますよ。

寺崎:そうだと思います。それから解放された喜びは伝えきれない。その後、地元に戻ってから飲みに行った帰りなんか、そこから10kmほど離れた自宅まで、5時間掛けてヘロヘロになりながらも歩いて帰りましたからね(笑)。

改良を重ね、辿り着いた310g

杉原:実は、第一弾の松葉杖の方が完成品より軽かったんですよ。確か290gだったかな。でも今使ってもらっている第二弾の方がそれより20g重いにもかかわらず、歩いた時の感じ方は軽いんです。それには構造的な理由があって、振り子の運動がより加えられやすい方がいいねと、細かい部分の設計を変化させていきました。

寺崎:いろいろなことを考えてくれていたんですね。僕にとっては、この松葉杖がなかったらジムやプールにも行こうと思っていないですし、大会に出て金メダルを取ることもなかっただろうな。この時を機に、気持ちが本当に前向きになりました。

おかげで今は、新たにパワーリフティングも始め、パリで開催されるパラリンピックを目指しています!こんなに様々なことにチャレンジできるようになるなんて思ってもいませんでしたから。このドライカーボン製の松葉杖で人生が変わったと言っても過言ではありません。

たった一通の思いを込めたメールが、寺崎さんの人生を変えた。少しの勇気を振り絞るだけで、人生を変えることができることを自ら証明したのだ。もし、様々なことで思い悩む人がいるならば、ほんのちょっとの勇気と覚悟を持って前に進むことで、きっと明るい未来は切り開けるのだろう。

前編はこちら

(text: 中村竜也 -R.G.C)

(photo: 壬生マリコ)

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対談 CONVERSATION

「OTOTAKEプロジェクト」鼎談前編 乙武氏が“悔しい”と語った理由とは?

宮本さおり

あの乙武氏が二足歩行に挑戦している。その名も「OTOTAKEプロジェクト」。すでに、電動義足を使っての歩行訓練がはじまっているが、今回は同プロジェクトで挑戦中の乙武洋匡氏と、技術面でそれを支える遠藤謙の両氏の元を編集長・杉原行里が訪ねた。

二足歩行の難しさを実感

杉原:今日、ようやくこの鼎談が実現しました。実は僕は遠藤さんが電動義足の開発をはじめた頃から乙武さんのお名前を聞いていたので、この日を心待ちにしていたんです。実際に「OTOTAKEプロジェクト」がスタートして、両脚で10キロほどある電動義足で練習をされていますが、順調に進んでいますか?

乙武:決して順調とはいえない状況です。実際にやってみて初めて私の体の特殊な部分が分かってきたということもあります。実はこんな壁があって、じゃあこの壁はどうやって超える?というような課題がゴロゴロと転がってくるんです。

遠藤:このプロジェクトで乙武さんが生まれて初めて二足歩行することになって、我々はようやく二足歩行がどれだけ難しいものなのかということに気付かされました。まだ最初の段階ですが、いかに難易度の高いことに挑戦しようとしているのかということを認識したところです。

杉原:確かに二足歩行の難しさというのは、ロボット業界では誰もが口にすることですよね。

乙武:3月まではモーターが搭載された義足を使用していたものの、そのモーター機能を全く活かせていませんでした。更に、膝をロックした状態でしたので、いわゆる棒状の義足での歩行練習でした。そしてこの4月から膝のロックを解除して、膝が曲がる状態での歩行練習を始めたばかりで、これである程度のレベルまで歩けるようになったら、ようやく本来のプログラムの肝であるモーターを作動させての歩行練習ができるようになる。まだそこまでたどり着けていないというのが正直なところです。分かりやすく言うと、スマホにたくさんの便利な機能が備わっているのに、“ごく一部しか使い熟せていない”、といったような感覚です。

遠藤:乙武さん本人はまだまだ難しいと仰っていますが、今年の3月から比べると、かなり変わってきているんですよ。将来は街中で歩けるようになるっていうところまでは見えてきています。

杉原:では今は、スマホを手に入れて、ひとつひとつアプリの使い方を覚えているという段階ですね。これからの進化が益々楽しみです。

乙武:そうですね。最近は義手や義足に対する私自身のイメージも変わってきました。

私は四肢欠損という障がいで生まれてきて、これまでは“欠損”=マイナスポイントだと思っていたのが、いまは“欠損”ではなくて“余白”という考え方ができるようになった。“余白”だからこそ何かに置き換えられる。健常者は、四肢を何かに置き換えるということはできないけれど、四肢欠損の障がいを持つ人は、四肢の全てを何かに置き換えることができるんだと思えるようになってきたんですよ。これからは社会的なイメージも変わってくれたらいいなと思っています。

杉原:僕も全く同じ思いです。まさに“選択の余白”ですよね。乙武さんには将来、部屋にズラッと義手・義足を並べて、TPOに合わせて今日はどれにしようか、という“選択”ができる日が来るかもしれないということですね。

乙武:このプロジェクトに途中から加わってくださった理学療法士の方は、このプロジェクトがきっかけで、更に向上したい、研究に力を入れていきたいという気持ちが強くなって、大学院に行くことにしたと聞きました。それを聞いて、私はすごくうれしかったんです。人を蹴落として自分がのし上がっていくというような、私たちがイメージしがちないわゆる“野心”ではなくて、遠藤さんがよくおっしゃっているんですが、“適切な野心”を持っている人が、このプロジェクトには必要なんですよね。自分が持ちうるものを全て注ぎ込むことで、結果的にそれを自分のステップアップに繋げてチャレンジしたいと思ってくれた彼のような人が現れてくれたことは、本当に嬉しいですよね。

杉原:このプロジェクトを契機に自分なりのゴールを見つけてほしいということですよね。

乙武:今回のプロジェクトでは、遠藤さんはエンジニアというスペシャリストであり、プロデューサーという立場でもあるので、みんながそれぞれ遠藤さんの描いた地図の上で動いている。私はもちろんですけど、チームのみんなが遠藤さんを信頼してやっています。

遠藤:ありがとうございます。嬉しい言葉ですね。私は今とにかく楽しい!本当に楽しんでやっています。最近やっと自分の居場所を見つけられたような気がしているんです。

乙武:「OTOTAKEプロジェクト」に対する遠藤さんのひと言が“楽しい”だとするならば、私は“悔しい”ですね。メカニカルな部分は整えていただいているので、あとは私の歩行待ちというところまできていますからね。今は私のところでストップしてしまっている。だから私のひと言はやっぱり、“悔しい”なんですよね。

後編へつづく

乙武洋匡
1976年4月6日生まれ。大学在学中に出版した『五体不満足』がベストセラーに。卒業後はスポーツライターとして活躍。その後、教育に強い関心を抱き、新宿区教育委員会非常勤職員「子どもの生き方パートナー」、杉並区立杉並第四小学校教諭を経て、2013年2月には東京都教育委員に就任。教員時代の経験をもとに書いた初の小説『だいじょうぶ3組』は映画化され、自身も出演。続編小説『ありがとう3組』も刊行された。おもな著書に『だから、僕は学校へ行く!』、『オトことば。』、『オトタケ先生の3つの授業』など。2014年4月には、地域密着を目指すゴミ拾いNPO「グリーンバード新宿」を立ち上げ、代表に就任する。2015年4月より政策研究大学院大学の修士課程にて公共政策を学ぶ。

遠藤謙
慶應義塾大学修士課程修了後、渡米。マサチューセッツ工科大学メディアラボバイオメカニクスグループにて、人間の身体能力の解析や下腿義足の開発に従事。2012年博士取得。一方、マサチューセッツ工科大学D-labにて講師を勤め、途上国向けの義肢装具に関する講義を担当。現在、ソニーコンピュータサイエンス研究所アソシエイトリサーチャー。ロボット技術を用いた身体能力の拡張に関する研究に携わる。2012年、MITが出版する科学雑誌Technology Reviewが選ぶ35才以下のイノベータ35人(TR35)に選出された。2014年ダボス会議ヤンググローバルリーダー。

(text: 宮本さおり)

(photo: 増元幸司)

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