プロダクト PRODUCT

お手軽で、お手頃。「Finch」が電動義手の常識を変える!【the innovator】前編

長谷川茂雄

レディメイド(既製品)で対向配置の3指構造。それが電動義手“Finch(フィンチ)”の大きな特徴だ。日本の義手ユーザーの85%以上が装飾義手を使用している現状を考えれば、その構造もヴィジュアルも、メインストリームと逆行していると言わざるを得ない。とはいえ、無駄をそぎ落としたスタイリッシュなフォルムには、不快感ではなく好印象を抱く人も少なくないはずだ。しかも軽量で使いやすく、日常生活で求められる動きや負荷にもオールマイティに対応できると聞けば、大きな可能性を感じる。この興味深いプロダクトを生み出したキーマンの一人、大阪工業大学の吉川雅博准教授を訪ねた。

ソフトを研究しても
それを乗せるハードがなかった

JR大阪駅から地下通路を10分ほど歩けば、地上に出ることなく大阪工業大学の梅田キャンパスに到着する。今年4月に完成したばかりの真新しいキャンパスは、地上21階建ての高層ビル。真横には梅田を象徴する巨大な観覧車がそびえ立つ都会の真ん中に、吉川雅博准教授の研究室はある。

吉川氏は、今でこそロボティクスや福祉工学分野で多彩な研究を行っているが、もともとは心理学、行動科学、IT企業のマーケティングといったまったく別の分野に身を置いていた。ロボティクス分野に携わってからも、ハードではなくソフトの研究をしていたと語る。

「最初は義手の専用ソフトみたいなものを研究していたんです。腕につけた筋電センサーを機械学習させてあげると筋電だけで7動作できるようになるとか、そういうことを追求していました。ただ、いくらソフトを研究したところで、それを乗せるハードがないことに気がついたんです。実際にハードの開発を始めたのは2010年ごろ。もう必要に駆られてという感じでした」

吉川氏は研究室の奥のデスクでプロダクト開発を行うことが多い。乱雑に置かれた工具を巧みに使いながら、職人のようにリペアやメンテナンスもこなす。

もっと軽くて安くて
簡単に着けられる義手はないものか

日本で圧倒的に使用されているのがこちらのような装飾義手。リアルな見た目は魅力的だが、機能はほぼない。

現在の日本では、上肢の欠損者は約8万人、前腕欠損者は約1万人と推定されている。前腕欠損者が作業に使用できる義手は、大きく分けると「能動フック」と「筋電義手」の2種。とはいえ、前者は作業性に優れるが、フックの形状が心理的負担になる、後者は自然な操作性があっても非常に高価という難点を持ち合わせているため普及には至らず、多くの人は把持機能のない装飾義手を使用している。Finchは、それらの多くの問題点をクリアした画期的な提案でもある。

「そもそもは、“オーバースペックで重い義手ではない、もっと軽くて安くて簡単に着けられるものはないかな”という(国立障害者リハビリテーション研究所の)河島(則天)さんとの何気ない会話からスタートしました。実は河島さんがカナダに行った時に、マジックハンドのような子ども用の玩具を見て、“これはいい”とインスピレーションが沸いたそうです。そんなアイデアから互いに煮詰めていって、人と接する部分に使うサポーター作りのノウハウのあるダイヤ工業さんにも間に入っていただきながら、試作していきました」

機能を足すのではなく
引き算で作ったのがFinch

Finchは、そんないい意味での“お手軽”な発想が何よりもユニークだ。簡単に装着できるのはもちろん、とにかく軽い。2011年に開発がスタートしてから約1年で3Dプリンターを導入し、その開発スピードはさらに加速した。最終的には、ほぼすべての工程を研究室で作り、メンテナンスもできる状態が整ったという。

「いまFinchは、我々の研究室でほぼ100%設計しています。さらに仕上げまで研究室でやっているのですが、それはかなり珍しいケースです。通常は、あるところまで研究室で作って、あとは業者に仕上げてもらいますが、Finchは仕上げは疎かメンテナンスまで研究室で行っています。そこまでやらないと、関わっていただく企業のコスト負担を軽減できないという理由もあります」

無駄を削ぎ落としたシャープなフォルムが印象的なFinch。ロボティクスの技術が活かされた対向3指構造は、これまでの義手のイメージを覆した。総重量330g、価格は15万円。

無駄を削ぎ落としたデザインは、見た目のシンプルさや美しさだけでなく、モノづくりにかかるコストを軽減している。それが買いやすい値段を生み、ユーザーの親近感へと繋がっている。便利でハイスペックな筋電義手にはない大きな魅力だ。

「何か機能を足すのではなく、どちらかといえば引き算で作ったのがFinchです。電動義手に必要な機能だけを残して、無駄を極力省いている。実は、企画段階から150万円の筋電義手の10分の1の値段にするという目標がありました。それを実現するためには、モーターもフィードバックのためのセンサーもたくさん使えませんが、試行錯誤を繰り返しながら少しずつハードルをクリアしていきました。ちなみに、表にネジが出ないように設計した見た目の格好良さもこだわりです(笑)」

後編へつづく

吉川雅博(よしかわ・まさひろ)
大阪工業大学ロボティクス&デザイン工学部システムデザイン工学科准教授。北海道大学文学部で認知神経科学を学び、卒業後はIT企業に入社。企画・マーケティングに従事した後、筑波大学に再入学。産業技術研究所の研究員を経て、奈良先端科学技術大学院大学ロボティクス研究室の助教に就任。2016年4月より現職。専門は福祉工学。国立障害者リハビリテーションセンター研究所の河島則天氏とFinchを企画立案したのは2011年。東京大学生産技術研究所の山中俊治氏も開発に加わり、同プロダクトは、2016年の1月にはダイヤ工業より正式に販売を開始。同年、超モノづくり部品大賞にて健康・バイオ・医療機器部品賞を受賞。

(text: 長谷川茂雄)

(photo: 長谷川茂雄)

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自宅でも唾液1滴でがん検査! 私たちのライフスタイルを変えるバイオテクノロジー × AIの最前線

富山 英三郎

唾液1滴でがんのリスクを判定する「サリバチェッカー」が話題を集めている。がん細胞から分泌される代謝物と呼ばれる分子をチェックし、AIを駆使することでがんの種類(肺がん、乳がん、大腸がん、口腔がん、膵がん)までも絞り込んでいくというものだ。しかも、自宅に届く検査キットに唾液を採取して冷凍便で送り返すだけという簡便さ。近年注目されるバイオテクノロジー × AIの最前線は、私たちのライフスタイルを変える可能性を秘めている。株式会社サリバテックの代表取締役・砂村眞琴氏に話を訊いた。

研究の進化と技術革新が後押しする
セルフヘルスケア領域

東洋医学では病気になる前の状態を「未病」と位置づけ、古くから健康管理に対する意識がある。一方、西洋医学では発病してからの対処方法(治療)に重きが置かれてきた歴史を有している。しかし、近年は「セルフヘルスケア」の領域が欧米をはじめ世界的に注目されている。

背景には、バイオテクノロジーを始めとする技術革新により、生命がどのような構造で成り立っているのかが細かな点まで判明してきたことも大きい。その進化は急速で期待値も高い。

「21世紀のイノベーションは、生物学とテクノロジーが交わる場所から生まれるだろう。ぼくが息子の年頃にデジタル時代が始まったのと同じように、新しい時代がまさに始まろうとしている」
スティーブ・ジョブス

「いま自分が少年だったら間違いなく生物学をやっていた」
ビル・ゲイツ

遺伝子研究だけでは
見えなかったがん細胞の全貌

慶應大学発のベンチャーであるサリバテックの代表取締役・砂村眞琴氏は、消化器外科医として主に膵がんを専門としてきた。膵臓は肝臓と同じく「沈黙の臓器」と呼ばれ、がんが発見されたときにはすでに治りにくい状態となっていることが多い。ゆえに平均余命は半年以下といわれる。

「約15年前、当初私がイメージしていたのはコンピューター上にがん細胞を作り出すことでした。それができれば、さまざまながん細胞の性格がわかり、治療薬の効果が測れるだけでなく、治療薬の開発もできるだろうと。そこでまずは遺伝子研究をするわけですが、それだけではがん細胞を構築できないことがわかりました」

「がん化」は、何らかの原因でDNAが損傷することから生じる。それならば、遺伝子を研究すれば全貌が見えるかと思いきや、そう簡単な話ではなかったということだ。

ちなみに、コンピューターが0と1の組み合わせからできているように、生命はATGCという4文字(塩基)の組み合わせで成り立っている。そのなかの3文字の組み合わせからアミノ酸が生まれ、アミノ酸がつながるとタンパク質ができ、タンパク質によって身体の臓器が作られ、人間全体が作られていく。

また、アミノ酸がタンパク質になるために欠かせないのが、COVID-19のワクチンでも話題のメッセンジャーRNAという物質。DNAが「このタンパク質をつくりなさい」とメッセンジャーRNAに設計図を渡し、彼らがアミノ酸を運んでくっつけてタンパク質を作っていく。

「DNAとRNAによる一連の仕組みのなかで、どこの情報が狂うとがんが出やすいのかなど、いろいろなことがわかってきました。しかし、基本的な4文字(ATGC)情報が狂っていないがんというのも現実には起こるわけです。それはなぜだろう? という研究のなかで注目されるようになったのが“メタボローム(代謝物質)”です」

代謝物を見れば身体の中で
起きていることがわかる

DNAやRNAといった遺伝子の構造や働きだけでなく、そこからどんなものが生まれ、どんな動きをし、どのように細胞に損害を与えていくのかなど、身体の中にある分子(代謝物)を解析することで解明してく。代謝物を研究することは「メタボロミクス(動的な代謝反応の量的な解析)」という。

「遺伝子解析するためには針を刺して組織を採るので、患者さんの苦痛もあって何度もできないんです。しかし、代謝物の解析に組織は必要なく、血液や尿を採ればわかる。そんな折、サリバテックを一緒に起業することとなる杉本昌弘(取締役)が、UCLAの口腔外科の先生と唾液の研究をしていた。その代謝物を見ていたら、ここから面白いことがわかるのでは? と気づいたわけです」

分析にあたり活躍したのは、同社の研究拠点である慶應義塾大学先端生命科学研究所が所有する「キャピラリー電気泳動」だった。

「液体クロマトグラフィーやガスクロマトグラフォーといった分離器はどの研究室にもあります。でも、それだときれいに分離することができないんです。一方、キャピラリー電気泳動の性能は桁違い。血液、尿、唾液などで分析しましたが、もっともデータがきれいに出たのが唾液でした」

サリバテックの拠点である鶴岡市先端研究産業支援センター

サリバチェッカーでは代謝の解析後、AIを使った計算をかけてがんのリスクを検査する。

「がん細胞に関連する代謝物は10個弱あるのですが、それらを単体ではなくトータルで評価しようということでAIを導入しました。大腸がんと膵がんでは数式が違いますし、乳がんでも数式が違ってくる。同じような物質を見てはいますが、人工知能を使って計算することでだいたいの傾向がわかってくるわけです」

AIを組み合わせることで
疑われる臓器を絞り込む

AIによるリスク検査の元になるビッグデータには、膵がんを例にすると東京医大、慶應大学、東京女子医大、山梨大学、杏林大学など、さまざまな先生および患者さんの協力があって成り立っている。現在、サリバチェッカーで検査可能なのは肺がん、乳がん、大腸がん、口腔がん、膵がんの5種類。今後、胃がんや前立腺がんなども各種データが揃い次第、同じキットで 検査できるようになるという。

「がんであるかの最終判断は、画像診断ができて初めて成り立つわけです。がんの確率が高いよといっても、どこにあるのかを探すのはひと苦労。AIを組み込むことで、疑われる臓器をある程度絞り込むことができる。そこがサリバチェッカーの特徴のひとつです」

がんは早期発見するほど身体に優しい治療で済み、根治に至る可能性が高くなる。とくに胃がんや大腸がんであれば外科医の手に渡る前に、内視鏡を使い、粘膜を削り取るだけで終わってしまう。

「会社員であれば年一回の健康診断が義務付けられていますが、その扶養者は受けていないわけです。市町村の健康診断もありますが受診率は低い。そういう意味では健康診断がすべてをカバーできているわけではない。また、医療機関に行くのは意外にハードルが高いんですよ。そうなると、その手前にあるセルフヘルスケアが重要になると考えています」

早期発見が身体にも社会にも
優しい医療につながる

サリバチェッカーは、キットを注文して自宅で唾液を採取して冷凍便で送り返すだけ。医療機関に行くのは検査結果を聞きにいくときのみだ。現在、山形県鶴岡市のふるさと返礼品にも選ばれるなど、気軽なものとなっている。
費用は保険外診療なので3~4万円。結果はABCDの4段階評価で表され、CやDの場合は何らかの検査が推奨される。感度7割(真の陽性率)、特異度9割(真の陰性率)程度であり、従来型のがん検査と遜色はない。

「肺炎や糖尿病、心臓病などに関しても私たちの技術は応用可能で、そこを進めている最中です。現時点での目標はさまざまな病気の早期発見ですが、最終的にはAIを活用した予防医療を目指していければと思います」

セルフヘルスケアは数年前から関心が高まっていたが、新型コロナウイルスによる世界的なパンデミックが起きたことでますます注目されている。日本は国民皆保険という充実した制度のおかげもあり、何かあってもすぐ病院に行けるゆえ、他国に比べて検診率が低いとも言われる。しかし、パンデミックや医療崩壊という事態を目の当たりにしたことで、セルフヘルスケアへの意識は高まるだろう。また、病気を早期発見することで身体への負担の少ない低侵襲医療が可能になり、医療費の負担も少なくなる。まさにいいことづくめだ。

そんな時代に、自宅で唾液を採取するだけでがん検査ができる、いずれはさまざまな病気の検査も可能になるサリバチェッカーの役割りは大きい。これがさらに普及すれば、病院の少ない田舎への移住もしやすくなるなど、私たちのライフスタイルを大きく変化させる力も持ち合わせている。

砂村眞琴(すなむら・まこと)
弘前大学医学部卒業後、東北大学消化器外科で主に膵がんの診療・研究に尽力。米国Pittsburgh大学癌研究所に文部省在外研究員として出張。英国Cancer Research UK研究員を兼任。2007年より大泉中央クリニックの院長に就任し地域医療に携わる。 東京医科大学八王子医療センター兼任教授、慶應義塾大学非常勤講師としてメタボローム研究を展開。 2013年に株式会社サリバテックを起業。がんの早期発見、早期治療をテーマに活躍している。

 

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(text: 富山 英三郎)

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