対談 CONVERSATION

認知症傾向の検出もAIで。岡田将吾の気になる研究 後編

長谷川茂雄

人と人とのコミュニケーションに必要なものは、言語だけにあらず。視線やジェスチャー、表情といった非言語情報も不可欠であることはいうまでもない。岡田将吾氏は、それを社会的信号処理という新しい領域に基づいた研究を通して読み取ることを実践する先駆者のひとり。前編では、氏がこのAIの研究に至った経緯や実情について伺った。後編では、認知症の初期症状などを読み取るために、研究の成果がどう活かされているのか? 気になる具体例やそれがもたらす今後の展望を語っていただいた。編集長・杉原が描く未来との共通点とは?

複数の行動データから認知症傾向を読み取る

杉原:岡田さんのプロジェクトのひとつは、認知症の症状を読み取るというものですよね。

岡田:そうですね。老人ホームのどの場所でよく生活していたのかという行動のデータを取りながら、高齢者にロボットと対話してもらったりして、行動履歴・対話履歴といったデータを掛け合わせたものを分析すると、認知症予備軍といいますか、認知症傾向にある方がある程度判断できることを示しました。ただ、限られた人数での実験結果なので、結果の解釈には注意が必要です。

杉原:それは、(認知症の)進行度とかがわかるということですかね。

岡田:ある程度はそうですね。データがもっと増えてくれば、そういうことがより可能になってくると思います。ただ、難しいところが感情と一緒で、認知症かどうかの診断っていうのは、お医者さんがいろんな検査をした上で統合的に判断するものなので、認知症傾向を検出できるというと、言い過ぎになってしまうんです。僕らの研究での正解データは、認知症の傾向を測る簡易的なスクリーニングテストの点数ですから、あくまで行動データからAIがスクリーニングテストの結果の傾向を推定しました、ということになるんですよ。

「超高齢化社会こそ、テクノロジーにとっては多くのチャンスがある時代」だと常々言っている杉原。認知症検知のシステムには、これからを生き抜くヒントがあると感じている。

杉原:医療行為ではないってことですよね。あくまで予測、予防のアドバイス的な役割を果たすのが岡田さんの研究ということですね。

岡田:そうですね。「こういう可能性があるのですが、大丈夫ですか?」というようなことですね。あくまで診断ではなくて。

杉原: AIなので、どれだけデータを溜められるのかも重要ですよね。結構な日数のデータを採らないと所見というのはわかりませんし、行動に合わせてその変化を見ていくことも重要になりますよね。

岡田:まさに、そうですね。

杉原:取ったデータをAIで解析する出口としては、認知症に限らず何でもありなんですかね。

岡田:そういうことは言えると思います。ただ、自分が専門とする分野は、AIのなかでも機械学習というものと、あとはセンサーの時系列解析というものを合わせて、例えば認知症テストの点数の良し悪しを推定する技術までなんです。データの結果をどうやって活かしていくかということになると、いろんなものが考えられますが、ちゃんとしたサービスと考えると、まだ明確なものはできていないので、これからですね。

2019年、英・ケンブリッジ大学で開催された著名な国際学会“ACII”では、ジョージ・アンド・ショーン株式会社と岡田研究室の共著論文「ライフログを活用した認知症の早期検知」が採択された。

 熟練者から得たデータはいわば遺言みたいなもの!?

杉原:まだしっかりとした形になってはいなくても、いくつかお話していただけるプロジェクトはありますか?

岡田:例えば美容アドバイザーのコンサルティングのテクニックをモデル化するというフューチャー株式会社さんとの共同研究の試みにも携わっています。美容コンサルタントの第一人者で、非常に有名な小林照子さんというアドバイザーの方がいらっしゃいますが、小林さんは、クライアントに対して化粧の仕方だけでなく、これから何になりたくてどこに向かって行きたいのか? というようなライフスタイルのヴィジョンまで聞き出したり、提案したりするんですね。その小林さんのアドバイスのオリジナルメソッドを、AIを通して後世に伝えていけないだろうかと、いま試行錯誤しているところです。

杉原:それは面白いですね。

岡田:それでお弟子さんと小林照子さんのコンサルの仕方を、音声やジェスチャー、目線などのデータとして読み取って、“上手なコンサル”のノウハウみたいなものを積み上げていこうとしています。

岡田氏は、「人間の内面を数値化、可視化できれば、これまでできなかった試みがいろいろできるようになる」という。

杉原:そのデータが溜まってくれば、小林照子さんがこれまで感覚的にやってきたものが、数値として見えるようになる。まさにテクノロジーでわかりやすく提示するということですね。

岡田:そういうことを実現していければいいですよね。

杉原:そういうデータの集積っていうものは、成功された方や、その道の第一人者の方々の「遺言」みたいな感じになりそうですね(笑)。

岡田:そういうものの最初の例みたいになったらいいですね(笑)。確かに自分の遺言になるようなものを後世に残したい気持ちはあります。

杉原:例えばウォルト・ディズニーがまだ生きていたら、彼の感覚的な部分や、言葉のチョイスだったりをAI化していくと考えたらすごいですよね。それが精度の高いものであれば、ウォルト・ディズニーが永遠にコンサルできるってことですよね(笑)。

岡田:何年経ってもアニメーターに厳しく的確な指示を出し続ける。そんなことができるかもしれません(笑)。

コミュニケーションスキルの問題点もデータから紐解く

杉原:自分の会社も先代がもう亡くなっていますが、会社経営って意味では、蘇ったらめちゃくちゃ嫌ですけどね(笑)。それはスポーツの世界にも活用できそうですね。

岡田:そうですね。チャンスがあれば、何か一緒に取り組めたら面白いですね。

杉原:例えば、過疎が進んでいる場所とかもそうですし、そうではなくても、いまは子供たちが自由にスポーツできる場所も少なくなってきています。そうすると良質の指導を受ける機会も減りますよね。

岡田:スポーツがのびのびできる場所は、確かに昔より少ないかもしれません。

杉原:そういった状況に対して、チュートリアル的な取り組みも可能になっていくということですね。極端に言えば、イチロー選手のメソッドがあって、そのメソッドを、AIを通して効率よく伝えていければ、イチローさんを知らない子供たちがイチローさんの弟子になるみたいな感じですね。

岡田:そうですね。例えば若い担い手の少ない伝統芸術の職人さんなどの技術やメソッドを、情報化して伝えていければ面白いかなと思います。アメリカの南カリフォルニア大の研究グループは、戦争の体験者の姿をVirtual Reality(VR)の技術で再現し、また体験に関する証言もコンピュータに蓄積することで、戦争の体験に関してVR上の体験者と実際に質問応答の対話ができるシステムを作りました。実際のミュージアムでこのシステムが展示されたようです。

杉原:確かに人々が防げるものを事前にアドバイスできれば、それを回避することができますよね。認知症もそのひとつですね。あとは先ほどの小林照子さんのような技術を紡いで継承していくようなもの。そのほかに岡田さんの研究が活かせるものは何かありますか?

岡田:あとはコミュニケーションのスキルですかね。例えばプレゼントとかで、説明の質を上げることにも活用できます。わかりやすい説明だったか? 流暢に喋れたか? などをあらゆるデータから自動推定して、あなたのプレゼンのこの部分がちょっとわかりづらいみたいなものを割り出す研究もしています。

杉原:それは助かるなぁ(笑)。ゲーム感覚にもなりますね。自分で100%だと思ったとしても、例えば70%だと判定されれば、こことここは直さないといけないってなりますよね。

岡田:そこで逆に、AIに指摘されたところだけがうまくなってしまうこともありそうですけど(笑)。

杉原:それだけ様々な出口がある岡田さんの研究ですけど、一歩先の未来を考えたとき、どんな分野に一番応用されそうですか?

岡田:どれもまだ一歩足りないんですが、やはり高齢者関連は大事だと感じています。例えば老人ホームを利用している高齢者が、実際に普段はどんな生活をしているかというライフログを、ご家族がまとめて見たいというニーズは高まっています。推定するだけじゃなくて、そういう行動を可視化するだけで、様々な対応ができるようになりますから、高齢者自体のライフスタイルの質も、その家族の気持ちも、全然変わりますよね。

杉原:確かにそうですね。僕も超高齢化社会は逆にチャンスだと感じていますから、これから面白いことがいろいろできる未来がやってくると思っているんですよ。

岡田:僕もこういう時代だからこそ楽しんで、やはり若いときのテンションやパッションを持ったまま、年老いて死んでいきたいと思っています(笑)。そのために若い頃の感覚・新鮮さを忘れないように心がけていますし、社会的にもそんな自分の思いや経験を行動として伝承できる技術を作りたいという思いが、常にあります。

杉原:そういう未来は、自分で作るしかないですね。

岡田:待っていても歳はとっちゃいますからね(笑)。

前編はこちら

岡田将吾(おかだ・しょうご)
国立大学法人北陸先端科学技術大学院大学(JAIST)准教授。2008年東京工業大学大学院知能システム科学専攻博士課程修了。京都大学特定助教、東京工業大学大学院助教、IDIAP research institute 滞在研究員等を経て、2017年より現職。「社会的信号処理に基づく人間の行動やコミュニケーションの理解」を主要テーマに、AIの新たな領域の研究に取り組む。専門は、マルチモーダルインタラクション、データマイニング、機械学習、パターン認識ほか。

(text: 長谷川茂雄)

(photo: 増元幸司)

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対談 CONVERSATION

遺伝子解析はこう使え!高橋祥子氏に聞く予防医療

宮本さおり

アメリカでいち早く脚光を浴びた個人向けの遺伝子解析。自分のルーツを知るためなど、ゲーム的な感覚で広まった感も強かった解析キット、だが、本来の目的は病気の予防への活用だろう。ダイエットや疾患予防の一助として再び注目がされるなか、日本初の個人向け大規模遺伝子解析サービスを作った高橋祥子氏。株式会社ジーンクエストを起業し、2018年4月から株式会社ユーグレナの執行役員としてバイオインフォマテクス事業も担当する高橋氏はアジアにおける遺伝子解析キットのパイオニアと言っても過言ではないだろう。そんな高橋氏が考える遺伝子解析の活用とは? 編集長・杉原行里が話を聞いた。

研究を社会に還元
ゲノム解析で起業のワケ

杉原:僕もすごく興味があって、遺伝子解析は僕もしていたのですが、活用方法など、いろいろとお聞きしてみたいと思って伺わせていただきました。日本ではまだ馴染の薄かったゲノム解析の一般化を手掛けられたということなのですが、なぜやろうと思われたのでしょうか。

高橋:私自身は元々、ゲノム、遺伝子解析の研究をしていました。東京大学の大学院で大規模な遺伝子解析を活用して、生活習慣病の予防について研究していました。研究、サイエンスの成果を社会に公表していくこと、それから、データが非常に重要なので、このデータを活用していくことを考えました。

杉原:研究成果を実社会に活用したいという気持ちは共感します。

高橋:それから、研究者として、生命科学の研究分野を発展させたいという想いもあって、サービス提供と研究を進めるという両輪を回していくため、起業という形をとりました。

杉原:高橋さんたちがおこなわれている遺伝子解析はパーソナライズ化されていて、そこが面白いなと感じていました。医療・福祉分野におけるパーソナライズ化は今後進むと僕も思っていて、僕たちが今やっている車いすもそうですが、その他の領域でも万人に良いものというよりも、一人ひとりにもっとフォーカスされたサービスや薬が今後はどんどん出てくる。実際、今、僕たちはある日常の行動からその人の疾患を初期段階で見つけることを研究機関の方と共にはじめているのですが、ここでもデータはとても重要になっています。ただ、この波への乗り方が日本はまだ遅い気がするのです。例えば、高橋さんのされているゲノム解析にしても、試す人はまだ少ないのではないかと。

高橋:日本が特別遅いかと言われると、そうでもないように思います。

杉原:そうですか。でも、アメリカは早いなという印象があります。

高橋:私としては、一部の人が早いだけではという印象です。ただ、個人向けの遺伝子解析キットで言うと、国によって規定が違うので、国によっての速度の違いは出てきているのだと思います。

杉原:日本はどうなんでしょうか?

高橋:個人向けの遺伝子検査サービスに関しては日本では現時点では規制する法律がないので、比較的進みは早いと思っています。

300以上の項目が分かる
「ユーグレナ・マイヘルス」

杉原:僕も「ユーグレナ ・マイヘルス」をやってみようと思っています。実は海外製のゲノム解析はやったことがあるのですが、「ユーグレナ ・マイヘルス」は具体的にはユーザーはどうやって解析データをもらえるようになるのでしょうか。

高橋:まず、注文していただくと自宅にキットが届きます。このキットを使って自分の唾液を採取、同意書など必要書類に記入していただき、箱に入れて返送していただくと解析しますというものです。

杉原:海外のものは、先祖は何系だとか、どんな病気になりやすい傾向があるなど、結果の紙切れがペロンと届いただけだったのですが、「ユーグレナ・マイヘルス」ではどのような形で結果が届くのですか?

高橋:まず、当社のサイトでマイページ登録をしていただきます。解析が終了するとメールが届くので、メールがきたらこのマイページを見ていただくと結果が確認できます。

杉原:どの程度まで自分の特徴が分かるようになるのでしょうか。

高橋:生活習慣病などの疾患リスク、体質に関わる情報など300項目以上の遺伝子情報を知ることができます。具体的には、がんや、2型糖尿病、アトピー性皮膚炎、骨粗しょう症など、多くの病気リスクのほか、アルコールに強いかどうか、痛みの感じやすさや、記憶力、乳糖耐性、骨密度などの遺伝的体質が分かります。

遺伝子と聞くと「確定論的に何でもわかる」と思われがちですが、病気の発症には遺伝的要因と環境要因の2つがあります。このサービスはあくまで遺伝要因のリスク傾向をお伝えするもので、環境要因については皆さんが食事や運動などの生活習慣を変えることで改善できます。自分がかかりやすい病気を知ることで、予防のために何ができるかを知るために役立てていただきたいと思っています。

杉原:かなりいろいろなことが分かるんですね。データはきたものの、出たリスクに対してどう注意したらいいのかが分からない。例えば、僕の場合は食道がんのリスクが高いと出ていたのですが、だからどうしたらいいんだろう?と。

高橋:そうですね。私も食道がんのリスクが高かったのですが、食道がんの場合、アルコールによる食道がんリスクが高いという結果が出ました。アルコールを分解する力が弱いのだと思います。それからはお酒の席には出ますが、摂る量を抑えるようになりました。お酒に強い人と同じ量を飲むと、本当に危ないのだと分かりました。それから、結石のリスクも高かったので、シュウ酸が多く含まれる生のホウレン草を食べないようにするとか、緑茶ではなくほうじ茶を飲むとか、将来のために生活習慣を変えて気をつけるようになりました。健康を維持するため、自分の体質を知るのはとても有用だと思っています。
自分がかかりやすい病気に対してどのように生活習慣を変えた方がよいかのアプローチを解析結果に表示していますので、ぜひご活用ください。

未来の自分を健康にする 『ユーグレナ・マイヘルス 遺伝子解析サービス』
https://myhealth.euglena.jp/

杉原:こうして活用の仕方を伺えると、やってよかったなとなりますね。

高橋:欧米系の人はお酒に強い人が多くて、東アジア系は弱いという人種による傾向の差も分かってきています。

杉原:面白いですね~。これ、子どもにはできないんですか?

高橋:サービスの対象は18歳以上となります。また、技術的にはできるのですが、やはり、ゲノム解析を行うメリット、デメリットを知った上でお試しいただきたいと思っています。個人のゲノム情報が明らかになることで、そんなことがないように願いたいですが、社会的差別につながり得るというリスクもあるかもしれませんし、この病気になりやすいと知った場合の精神的なリスクも考えられます。これは、現時点で一般に遺伝子の知識が伝わっていないことも要因と考えられ、本人が理解し、同意した上で解析を受けることで大部分は回避できるとは思うのですが、そうなると、子どもの場合は難しいのではないかと思っています。

杉原:なるほど。

高橋:ゲノム情報を今後どう扱うかはようやく議論が始まったところです。データの活用にあたっては、倫理的基盤の形成をしていく必要はあります。

高橋祥子 (たかはし・しょうこ)

株式会社ジーンクエスト 代表取締役
株式会社ユーグレナ 執行役員バイオインフォマテクス事業担当
1988年生まれ。京都大学農学部卒業。2013年6月、東京大学大学院農学生命科学研究科博士課程在籍中に株式会社ジーンクエストを起業。2015年3月博士課程修了、博士号取得。個人向けに疾患リスクや体質などに関する遺伝子情報を伝えるゲノム解析サービスを行う。2018年4月 株式会社 ユーグレナ 執行役員バイオインフォマテクス事業担当に就任。
経済産業省「第2回日本ベンチャー大賞」経済産業大臣賞(女性起業家賞)受賞。第10回「日本バイオベンチャー大賞」日本ベンチャー学会賞受賞。世界経済フォーラム「ヤング・グローバル・リーダーズ2018」に選出。

(text: 宮本さおり)

(photo: 壬生マリコ)

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