コラボ COLLABORATION

さあ、崖っぷちからの大逆転へ!夏目堅司×RDS社【世界に1台の高速系マシン開発】Vol.1 前編

岸 由利子 | Yuriko Kishi

「ピョンチャンでメダル獲得を確実視されている3人の日本選手たちのように、僕も得意種目を伸ばして、メダル獲得を目指していきたい」。チェアスキーヤーの夏目堅司選手がこう語ってくれたのは、今年4月、長野県白馬八方尾根スキー場で会った時だった。あれから半年、海外各地での合宿とトレーニングを着実に積んでいく一方、彼が所属するRDS社では、世界に一台の“夏目マシン”の独自開発が全力投球で行われてきた。刻一刻と迫るピョンチャンパラリンピックに向けて、万全の体勢が整いつつあるかと思いきや、ここに来て、先例のない大きな壁にぶち当たっているという。夏目選手の前に立ちはだかる壁とは、一体何なのか。ヨーロッパ遠征を間近に控える中、RDS本社で話を聞いた。

這い上がるための鍵は、「基本」に戻ること

今年8月29日、今シーズン初となるチェアスキー強化指定選手合宿が、南米チリでスタートした。チェアスキー界を席巻する森井大輝選手、狩野亮選手や鈴木猛史選手と共に過ごした26日間の合宿について、夏目選手はこう振り返る。

「ミスを連発してしまい、滑りこなせない日々が続きました。最終的には、一人勝手にスランプに陥ってしまって、コーチからは、このままでは、先行きは厳しいと忠告を受けました。次のヨーロッパ遠征で見極めると言われましたが、2ヶ月後のワールドカップで入賞の結果を出さないかぎり、前途多難だと思います。今が瀬戸際です」

本来、夏目選手が得意とするのは、時に120kmの豪速で滑ることもある“高速系種目”。その中でも、「スーパー大回転」と呼ばれる種目で好成績を収めてきたが、今回の合宿では、あいにく本調子が出せないままに終わった。次の遠征とワールドカップに向けて、何をどう改善し、挑んでいくのか。

「技術が上がれば、おのずと速くなれる。そう思っていたので、ずっと追求してきましたが、その一方で追求し続けることに対して、ある意味、限界を感じていました。現状を打破し、結果を出すためには、とにかく今できることに全力で取り組んでいきたいです。

具体的には、スキーの基本的な動作をもう一度きっちりやり直すことが最優先です。そこを疎かにしていた自分を猛省しています。あとは、下に向かって落ちていくイメージをより強く、自分の体と意識に覚え込ませること。それがないと、直滑降で滑り降りても、体がうまく落ちていかないからです」

高速系マシンへの果てなきこだわり

RDS社が夏目選手のために開発したマシンがこちら。座位のポジション、滑降中の体の動きやマシンの重心地など、モーションキャプチャやフォースプレートを駆使して緻密な力学的計測を行い、それらの数値化したデータを基に改良を重ね、進化を遂げた高速系マシンだ。

「特にこだわったのは、フレームの剛性を上げることです。RDS社に所属する以前、僕が使っていたフレームは、上部と下部のジョイント部分に少しガタがあり、スキー板を傾けた時に生じる揺らぎが気になっていました。その瞬間のタイムラグに反応の鈍さがあると感じていたので、エンジニアの方たちには、とにかく、ガタをなくしたいということを最初にお伝えしました」

RDS社の開発チームは、創意工夫を凝らし、マシンの下部に超硬度のアルミニウムを採用することで、夏目選手の求める剛性をみごとに実現した。

ピョンチャンパラリンピックに向けて、9月に用具登録を終えた今、マシンについては、調整の段階に入っていく。本番のコースを想定し、シミュレーションをかけながら、セッティングの正確性などをエンジニアリングの観点からさらに詰めていく。中でも、今後大きく調整されていくのが、マシン上部の素材だ。

現在は、剛性や振動吸収性に優れたフルカーボン製で、重量においては、以前に比べて約2kg軽量化されている。その軽さは、初めてカーボン製のマシンに乗る夏目選手にとっても、操作性の面では優れているが、カーボン特有のしなやかさが、逆に不安材料になっていたようだ。

「シートから伝わる力によって、シートとスキー板を繋ぐサスペンションと呼ばれる部分が沈んで、その力がスキー板に伝わっていく。これが正確な力の流れなのですが、カーボンは板厚が薄いので、サスペンションが沈む時に、シートやフレームが少し“しなる”感じがあって、力が正確に伝わりにくい印象がありました。あと、アルミのマシンに乗り慣れていることもあって、上部がカーボンで、下部がアルミと素材が違うとはっきり分かってしまうので、フレームの一体感を実現して欲しいということをお伝えしました」

この要望を受けたRDS社の開発チームは、素材をハイブリッド化するという業界初の試みに取り組んでいる最中だ。

「カウルといって、ステップの部分に足を囲うためのパーツを初めて装着します。滑っている時に、風の抵抗を減少させるためのものです。これによって、ある程度、タイムが縮められることも想定できますが、自分の不調はマシンのせいではありません。自分自身のコンディションを整えながら、改良を加えたマシンを実践的に使っていきたいと思います」

後編へつづく

夏目堅司(Kenji NATSUME)
1974年、長野県生まれ。白馬八方尾根スキースクールでインストラクターとして活躍していたが、2004年にモーグルジャンプの着地時にバランスを崩して脊髄を損傷。車いす生活となるも、リハビリ中にチェアスキーと出会い、その年の冬にはゲレンデへの復帰。翌年、レースを始め急成長、わずか1年でナショナルチームに入り2010年バンクーバー、2014年ソチへの出場を果たした。

(text: 岸 由利子 | Yuriko Kishi)

(photo: 増元幸司)

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HEROQUEST ワクワクする聴く冒険プログラム#23,#24 医療編

HERO X編集部

ワクワクする未来の社会を創造する聴く冒険プログラムをお届けする。ZIP FM オフィシャルPodcast番組「HEROQUEST」。この番組では、「社会の課題」を解決し、「未来の社会」のインフラを整える開発者やエンジニア、起業家たちを「HERO」として迎え、いま、起きている「進化」の最前線を紹介する。

今回のテーマは「健康な未来をデザインしよう」。ゲストは麻酔科医で、Medical Health Coaching Lab.代表の柳澤綾子さん。
麻酔科医として救急の最前線で、重症患者の治療や救命に当たっていた柳澤さん。「ここまで重症化する前に、もう少し早く受診してくれていたらもっとできることがあった……」と日々感じていたという。そんな思いの中、柳澤さんが出会ったのが「公衆衛生学」。日本の医療業界ではマイナーな公衆衛生学だが、海外ではメジャーな分野。みんなの虫歯を予防するために、海外ではあるモノにフッ素を入れる作戦が?!
健康でいられる時間を長くするためには何が必要? 公衆衛生の考え方、教育格差が生む健康格差、健康格差解消のための柳澤さんの活動についてもたっぷりと話す。日本の高齢化社会、健康ライフのデータ化とヘルステックの未来にも迫る。

<ゲストプロフィール>
Medical Health Coaching Lab.代表・柳澤綾子
医師(麻酔科指導医)。東京大学医学部特任研究員(2019年4月〜2021年1月)、国立国際医療研究センター特任研究員(2017年10月〜2020年3月)。2020年3月、東京大学大学院医学研究科社会医学専攻修了(医学博士)。同年6月にMedical Health Coaching Lab.(メディカルヘルスコーチングラボ)を立ち上げ。現在は、臨床現場では麻酔科指導医として手術業務に従事、研究分野では客員研究員として研究を行いつつ、ママ女医の立場から子供たちの ”非認知能力” を育てることによる健康格差解消のための啓蒙活動に尽力。講演、執筆および監修等を行なっている。2021年4月より国立国際医療研究センター客員研究員。

「HEROQUEST」はポッドキャストで無料配信中
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PODCASTプログラム #HEROQUEST はニッポン放送PODCAST STATIONで無料配信中

未来の社会をデザインするHEROを迎える【聴く冒険プログラム】。
今回の冒険のステージは…【 健康な未来をデザインしよう 】

お迎えしているHEROは、麻酔科医、Medical Health Coaching Lab.代表の柳澤綾子さん。

人生100年時代といわれる現代において、健康でいられる時間を長くするためには、どうすればいいのか?
そのヒントとなるアプローチを考えます。
麻酔科医のお仕事についてもたっぷりとお話をお伺いします。

https://podcast.1242.com/show/zip-fm-original-podcast-%e3%80%8eheroquest%e3%80%8f/

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次回のゲストは、人を乗せて飛べる大型ドローン「空飛ぶクルマ」(SD-03)の開発で注目される株式会社SkyDrive代表の福澤知浩さん。順次放送を開始する。

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(text: HERO X編集部)

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